野原ひろし 昼メシの流儀
みんな見てね!!

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野原ひろし 祓霊の流儀

AM 7時25分

 

目覚まし時計のけたたましいアラームで野原ひろしは目覚めた。

隣には5歳の息子と生後1年の娘がすやすやと寝ている。妻の方を見てみるとそこに姿はなく既に起床して朝食を準備しているようだ。

寝室とキッチンは扉で仕切られているが隙間から空腹を誘うステキな香りがひろしの鼻腔をくすぐる。

布団を抜け出して扉を開けると、ダイニングテーブルには家族分の朝食が準備してあった。

炊き立ての白米とみそ汁。きゅうりの浅漬け、ソーセージとハムエッグとが皿に盛りつけてあった。

朝食を作り終えた妻は息子がお昼に幼稚園で食べる弁当を拵えている。

いつもはひろしの分もあるのだが、前夜に断りを入れている。

愛する妻の仕事ぶりを後ろから見ていたひろしの視線に気づいた。

 

「あなたおはよう」

 

「おはよう、みさえ」

 

AM 7時45分

 

 

ひろしが髭を剃って歯を磨き、着替え終えて朝食を食べていると、みさえに起こされた息子しんのすけが眼をこすりながらひろしの前にやってきた。

 

「とーちゃんおはよう……」

 

「おはようしんのすけ。まーた幼稚園バスに遅れるぞ」

 

「かーちゃんに送ってもらうからだいじょーぶ」

 

こりゃまたみさえが幼稚園まで連れて行くことになりそうだ。

 

「最近どうだ幼稚園は」

 

椅子に座り朝食のハムエッグを咥えながら「まあまあですな」と返答した。

ひろしは「そうか、まあまあか」と言ってお茶を飲みほした。

 

「それじゃ父ちゃん会社行ってくるから」

 

「ほーい。いってらっしゃ~い」

 

 

AM 9時30分

 

朝の満員電車を乗り越え、ひろしは出社していた。

双葉商事に勤めるひろしは営業係長として働いている。

係長といっても、平社員と同様に外回り営業がメインなのだ。

 

 

「部長に頼まれた仕事を片づけて、金有電機の見積もり終わらせないとな」

 

「先輩~ちょっといいですか?」

 

こいつは後輩の川口。お調子者で直ぐに注意散漫になる少し困ったやつだ。

 

「なんだ川口。また先方を怒らせたのか」

 

「違いますよ!見てくださいこの資料の山を!」

 

川口が指さすほうを見れば、デスクに積み上げられた資料が見える。

 

「おいおい、こりゃあいった何の…」

 

「実は、先方に送る報告書に不備がありまして、それを訂正していたらもう訳が分からない状態なんですよ!

先輩助けてください!!」

 

「いきなり言われてもなぁ」

 

「マズいっすよ、先方には今日中に送るって約束してるんだから!!」

 

川口め、そんな大事なもん早いうちに片づけておけよ。

そう心打ちで毒づいてみたが、しかし、どうしたもんか。

俺にも今日中に終わらせなくちゃいけない仕事があるしな。

 

「あっ!そうだ。川口ちょっと待ってろ」

 

「えっ、あ、はい」

 

スマホを胸ポケットから取り出して電話をかける。

3コール目で相手がでた。

 

「はい高桐です」

 

「ああ高桐君、ちょっと申し訳ないんだが……」

 

高桐君に事情を伝えると、快諾してくれた。

 

「承知しました。午前10時には社に戻りますので、それから対応させて頂くことになるのですが…」

 

「それで大丈夫。よろしく頼むよ。また今度昼飯おごらせてくれ」

 

「はい、楽しみにしてますね。それでは失礼します」

 

「ああ、ありがとう」

 

そこで通話を切る。まだ新人の高桐君に緊急でヘルプを求めるのは心苦しいことだが優秀な彼のことだ。任せても問題ないだろう。

 

「川口、高桐君が手伝ってくれるそうだ。後でお礼言っとけよ」

 

「先輩ありがとうございます!これで何とか間に合いそうですよ!」

 

一礼すると、すぐに自分のデスクに戻って報告書を作成し始めた。

その熱量で最初から取り組んでいれば、もっと早く終えられたろうに。

おっと、俺にも今日中の仕事があるんだった。川口に構わずに、己の仕事をしなくちゃな。

 

 

PM 12時00分

 

ちょうど昼休憩の時間だ。

 

「いや~高桐君!助かったよ。何とか今日中に提出できそうだ」

 

「お役に立てて僕もうれしいです」

 

川口の方に視線を向けると、どうやら山場は越えたらしい。

俺の方も昼以降に終わりそうだし、落ち着いて昼飯を食べれそうだ。

 

「先輩ありがとうございました。先輩が高桐君を呼んでくれなかったら、僕どうなっていたことか」

 

「もっと早いうちにな」

 

「はい!あっ、そうだ。これから3人で昼飯行きませんか」

 

「昼飯……よし、3人で行くか」

 

「やったあ!係長の奢りで昼飯だ」

 

「俺は奢るなんて言ってないぞ!」

 

「係長すいません。ちょっといいですか?」

 

「なんだい高桐君」

 

「実は……」

 

PM 12時34分

 

俺は今、青森の山奥にいる。

え? さっきまで会社にいたのにどうして青森にいるのかって?

川口からの誘いを断った後、呪具で瞬間移動しただけさ。

俺はさっさと任務を終わらせて昼飯を食いたいんだ。

 

「えっと、確かこの辺のはずなんだが」

 

次の瞬間、ひろしは後方から強い殺気を感じ、その場から離脱した。

先ほどまでいた場所には、クレーターができており、中心には人型の異形の姿があった。

 

「おいおいマジかよ。これから昼飯だってのに、特級呪霊が相手かよ!」

 

この呪霊は、自身の領域内に侵入したモノが野生動物や普通の人間ならば攻撃しなかった。

自分の命を奪える存在ではないからだ。

ひろしを殺さなければならないと本能が訴えていた。

侵入者を完全に屠るために背後から奇襲したというのに、対象は容易に回避した。

その事実を呪霊は重く受け止め、今度こそ相手を破壊するために身体を槍のような形に変化させて投擲した。

 

「Syaaaaaaaaaaaa!」

 

ひろしと呪霊の距離はおおよそ10メートルもなかった。

避ける隙さえないないのだが、ひろしは回避行動を取らず、むしろ高速で回転しながら向かってくる呪霊を左手の親指と人差し指で掴んだ。

ひろしを僅か数センチ後方に押しやり、呪霊は停止した。

 

「ネガティブに考えるのはやめよう。ポジティブに考えるんだ。昼飯前のよい運動だと。健康診断でも医者に運動するよう言われてるしな」

 

左手の指で抑えながら、空いている右手に呪力を流して切断するように呪霊を攻撃した。

切断された呪霊は二つに分かれ、一方は消滅したが、もう片方は無事だった。

 

「流石は特級呪霊。攻撃を受ける前に身体を引きちぎって回避したか」

 

消滅した上半身を再生した呪霊は先ほどの軽挙を自省し、距離を取って対象を観察した。

呪霊はひろしの身体を覆う呪力に部位ごとの差がある事を発見した。

特に足首よりも下。そこに対象の呪力の半分以上が蓄積されている。

下半身は狙えない。ならば、先ほどよりも素早く相手の懐に飛び込んで、首を刎ねるしかない。

呪霊は観察と思考できる知性を持ち合わせていたが、生来の性なのか、逃走するという選択肢は頭にない。

首を刎ねる好機を窺っている呪霊を尻目に、ひろしは戦闘の余波で壊れないよう胸ポケットに入れていた腕時計を取り出して時間を確認する。

 

PM 12時41分

 

「し、しまった!思っていたより時間がない」

 

やっちまった!と驚愕するひろし。

昼メシにかけられる時間は5分ぐらいだろうか。

 

「カップ麺でも食べるとしよう。先ずは、コイツ(呪霊)を祓っておかないとな」

 

内臓が浮かび上がるような圧迫感(プレッシャー)受けた呪霊は無意識に更に後方に下がった。

ひろしの身に纏う呪力がより濃く、大きなものとなっていることを察知したのだ。

存在しないはずの本能が命じる。逃走せよ、と。

しかしそれには従わず、強者としての矜持が本能からの命令をねじ伏せて、迎撃の構えをみせる。

 

「ほう迎撃か。どれだけ捌けるかみてみたいものだが、長引かせると昼飯を食い損ねる。そうすると仕事に支障をきたす。そんな調子じゃ家族を養えない。ローンも返せない。1秒以内に祓わせてもらうぜ」

 

いただきます。と言うように両手を合わせ、自身の術式を外部に展開する。

人間、呪霊問わず天に選ばれたと言っても過言ではない才覚を完全に開花させた者にのみ許された術式の極みを。

 

 

領域展開  昼飯ノ流儀

 

それは記憶であった。野原ひろしが生まれてから今まで食べてきた昼飯の記憶。

幸せなひと時の記憶が呪霊の魂に書き込まれ、追体験させた。

ひろしが昨日食べた昼飯のサバ定食の記憶を体験し終えると、

 

「う……う、うま……かった……」

 

満足そうに消滅した。

 

「そりゃどうも」

 

呪霊が消滅した後には2本のミイラ化した指があった。

 

ドロップアイテムみたいだ、と呟いてポケットからハンカチを取り出し2本の指を回収した。

 

「帰るか」

 

財布の中に入れてある瞬間移動できる呪具に呪力を込めてひろしは帰還した。

 

 

PM 12時52分

 

会社の給湯室に転移したひろしは、給湯ポットに水を注ぎ沸騰させている間に会社近くのコンビニでカップ麺を買うと急いで会社の給湯室に向かった。

お湯を注いで3分で完成するものを選んだので、たった5分で完食しなくてはならない。

給湯室に入ると、最近流行りの曲の歌詞を口ずさんでいる川口が給湯器のお湯をマグカップに注いでいた。

 

「ああ!か、川口それ」

 

「(。´・ω・)ん? 何ですか先輩」

 

「お、お前って奴は……」

 

短時間で沸騰させようと最小の量しか入れてなかったことが災いした。

川口が注いだことにより、ポットの中のお湯は空っぽになったのだ。

項垂れるひろしを川口は「変なものでも食べてお腹痛いのかな?」と一瞥すると、淹れたてのインスタントコーヒーに息を吹きかけながらその場を離れた。

 

「おのれぇ川口。この恨みはらさでおくべきか!!」

 

「ここにおられましたか係長」

 

非術士の川口に呪詛を込めようと、禍々しいオーラを発するひろしの背後から若い男が呼んだ。

振り向くと、カップ麺を片手に持っている新人の高桐君がそこにいた。

 

「た、高桐君!どうしたんだい」

 

「先ほど青森の樹海にいた特級呪霊が消滅したと報告が入ったんです。帰ってきた係長は昼食を食べていないだろうし、昼食にかけられる時間は10分もない。となると、係長はカップ麺を選ぶと判断しました」

 

「それで?」

 

続きを促すと、高桐君は手に持っていたカップ麺をひろしに差し出した。

 

「ですので、僕の方でカップ麵、作っておきました」

 

「高桐君!ありがとう。本当にありがとう!」

 

泣きながら感謝するひろしに少しだけ()()()高桐君。

そんなことはつゆ知らず、用意されたカップ麺を受け取り食べ始めた。

 

「そうそう、食べながらでいいのですが。先ほど特級の五条さんから、定時過ぎたら回収した宿儺の指を高専まで持って来て欲しい。と連絡がありました。伊地知さん経由ですけど」

 

面倒だなと思ったが、後輩の高桐君が自分のために昼食を用意してくれた嬉しさと感謝が雑念(五条)を頭の隅に追いやった。

 

 

野原ひろし 35歳。

双葉商事に勤めるサラリーマン。春日部に居を構え家族3人と犬一匹を養っている。

家族曰く、足が臭い男。

会社の後輩曰く、真面目な係長。

銀髪無下限目隠し曰く、現代最強の呪術師。

 

 


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