さくさくと玉砂利を踏む、足音がふたつ境内に響く。
どうやら不知火は、本殿の裏手へと向かっているようだった。
「――差支えがなければ、すこし聞きたいのだが」
「――差支えのないことならば、お答えします」
横に並んで歩く不知火の表情は、相変わらずよく訓練された猟犬のように揺るがない。
「君たち艦娘は――船だった頃を、覚えているのか?」
素朴な、単純な疑問だった。
人のパーソナリティは、個々の記憶と経験により形造られる。艦娘にもそれが当てはまるのなら。
ならば先の会話の中で垣間見えた『不知火』という人格は、一体どこから来ているのだろうか。
「船だった頃、というのはあまり適当ではありません」
不知火は、こちらを見ぬまま、足を止めることもせず、咄々と話す。
「不知火は今も『不知火』であり、一隻の駆逐艦です。そういう意味で言えば、不知火は今も『船』です。ですが少佐、貴方が言う船の記憶というのが、先の戦争の記憶を指すのであれば――不知火だけでなく全ての艦娘がそれを持っているはずです。『不知火』を作った方々が込めた願い、中村中佐、赤澤中佐、荒少佐はじめ不知火に乗組み戦った方々の思いや無念――」
目の前の欅の大木を通して空を仰ぐように、不知火が謳う。
「それら全てを、不知火は覚えています。それが、不知火たちのような、船を艦娘たらしめているもの」
振り向いた不知火の横顔は、柔らかく、優しげだった。
「――そうか。覚えておこう。貴方達の誇りを汚すことのないように」
見惚れそうになっている自分に気付き、気恥ずかしさに目を逸らす。
途切れた会話の続きを思いつく前に、本殿の裏手の小さな建物の前で不知火は立ち止まった。
「……茶室、か」
「どうぞ、中へ。」
革靴を脱ぎながら、穴の開いていない靴下で良かった、なんて場違いなことをふと思った。
「――お待ちしておりました」
「おお、来たな。待っていたよ、早瀬少佐」
「失礼いたします」
亭主の座には、留袖姿の見慣れぬ女性が。主席の座には、こちらも和装の、初老の男性が座っていた。
「……閣下?」
弾かれたように立ち上がり敬礼する。昔祖母に聞きかじった作法など、綺麗に頭の中から抜け落ちていた。
「ああ、構わん構わん、かけ給え。茶席に中将も少佐もあるまい」
「は……失礼、いたします」
促された次席の座に着くのを待っていたかのように、自分の隣に不知火が座った。
「呼び立ててすまないね、早瀬少佐。彼女とは旧知でね、無理を言って一席設けさせてもらった。省内では、なかなか直接話すのも難しいだろう。くつろいでくれ、というのも難しいだろうが……まあ、作法なんぞは私も良く知らんから、適当でいい」
笑いながら、中将は茶碗を亭主の女性に返す。
「お心遣い感謝いたします、酒井中将。中将閣下は、こちらの不知火はご存知だったでしょうか」
「帝國海軍所属、陽炎型駆逐艦二番艦不知火です。お初にお目にかかります、酒井中将殿」
「帝国陸軍中将、酒井だ。不知火殿、よろしく頼みます」
何をとも問わず、不知火は静かに頷いた。
「さて、藤原中佐から良く君の話は聞いているが、面向かって話すのは初めてだな――」
もう少し書き溜めてからアップしはじめればよかった、と後悔中。
仕事の合間にちまちま書いてます。遅筆、何卒ご容赦を。