大学時代、山岳サークルに所属していたんだが、そこで怪異に年2,3回遭遇したことがある。大体、仲が良かった2年先輩の女子と二人の時に遭遇したんだが、その時のことを書こうと思う。個人の特定を避けるために、色々とフェイクを入れるし、脚色も加えるので、そのつもりで読んでください。俺が大学2年秋の話です。
昼間なのに、山道は妙に暗かった。
時刻は午後3時を少し過ぎた頃だったはずだが、頭上を覆う枝葉が、太陽の光をほとんど通さなかった。
木々が密集し、光は細い筋になって足元に落ちている。
俺と先輩は、無言で下山を続けていた。
「疲れた?」
先輩が笑う。
「いや、大丈夫です」
そう答えた瞬間だった。
前方の空気が、突然歪んだ。
細長い何かが、地面すれすれに横たわるように回転している。
つむじ風──だが、普通じゃない。
回転の中心軸が垂直ではなく、完全に水平なのだ。
まるで、透明な巨大な棒が、道を塞ぐようにゆっくりと転がっているように見えた。
その奇妙なつむじ風は、横倒しになって、道を塞ぐように渦を巻いていた。
枯葉が吸い込まれ、音もなく消えていく。
葉が舞い上がる音も、渦が地面を擦る音も一切しない。
ただ、視覚的に回転しているだけだった。
「……何、あれ」
先輩の声が震えていた。
俺は言葉が出なかった。
風はゆっくりと移動し、道の脇へ、森の奥へと消えていった。
残されたのは、異様な静けさ。
鳥の声も、風の音も消えていた。
まるで、耳栓をしたかのような、密閉された静寂。
標高の低い山のはずなのに、高山にいるような息苦しさを覚えた。
「行こう」
先輩が歩き出す。
俺も続いたが、胸の奥に重いものが残った。
何かが変だ。
足音が、妙に響く。
まるで、森全体がこちらを見ているような感覚。
分岐点に差し掛かったとき、先輩が立ち止まった。
「……この道、こんなに暗かったっけ?」
確かに、来るときはもっと明るかった。
携帯で位置を確認しようとしたが、圏外。
画面に一瞬、奇妙な通知が浮かんだ。
《現在地:風の尾根》
そんな名前、地図にはない。
しかし、通知は消えず、画面の隅に張り付いていた。
「急ごう」
先輩の声が硬い。
俺たちは早足で進んだ。
だが、道が妙に長い。
何度歩いても、同じ倒木が現れる。
「……さっきもこれ、見たよね。この三又に折れた枝を持つ倒木」
先輩が呟く。
俺は答えられなかった。
そのとき、背後で音がした。
ザッ、ザッ……。
誰かが歩いている。
足音はゆっくりと、しかし着実に近づいてくる。
振り返ると、道の奥に、細長い影が立っていた。
人ではない。
風の渦が形を変えて、こちらを見ていた。
「走れ!」
俺たちは駆け出した。
枝が顔に当たり、息が切れる。
肺が悲鳴を上げ、喉が焼けるように熱い。
必死で走り続けると、視界が開けた。
駐車場だ。
車が見える。
俺たちはドアを開け、飛び込んだ。
エンジンをかけると、携帯に電波が戻っていた。
通知も消えている。
「……何だったんだろう」
先輩が呟く。
先輩の顔は青ざめていたが、俺の顔も同じだったろう。
俺は答えなかった。
バックミラーに映る自分の顔が、妙にぼやけて見えた気がしたが、もう振り返らなかった。
先輩は車を急発進させ、一目散に山を下りた。