先輩との出会いと、初めて遭遇した怪異について書こうと思う。先輩は女子としてはかなりクールな人だったので、そういう展開は期待しないでくれ。個人的にはなんかかっこいい人だな、と思っていたくらいだ。
春の午後、キャンパスの芝生にブルーシートが広げられていた。
山岳サークルの新入生歓迎会。
紙コップのジュースとコンビニのおにぎりとかなにやら。
和やかな笑い声が風に乗って流れる。
「吉井くん、だよね?」
声をかけてきたのは、黒髪を後ろで束ねた女性だった。
落ち着いた目元に、どこか影がある。
「はい、吉井です」
「神崎。3年。よろしく」
彼女は軽く笑った。
だが、その笑みは一瞬で消え、遠くの校舎を見つめるような目になった。
どこか不思議なものを感じたが、言葉にはできなかった。
「山って、危ないこととかないんですか?」
軽い気持ちで聞いたつもりだった。
先輩は少し間を置いてから答えた。
「危ないことは……あるよ。でも、"見なければいい"」
その言葉が、なぜか耳に残った。
それからしばらくの後。
春の低山。
初心者向けのコース。
新入生歓迎登山は、和やかな雰囲気で始まった。
俺は息を弾ませながらも、景色に感動していた。
「いい天気ですね」
「そうだね」
先輩は俺のすぐ前を歩きながら、淡々と答える。
彼女の背中は小柄なのに、妙に頼もしい。
昼過ぎ、山頂で昼食をとり、下山を開始した。
最初は笑い声が続いていたが、次第に言葉が減った。
木々が密集し、光が細い筋になって足元に落ちる。
ふと、耳を澄ませた。
──声がする。
遠くで誰かが話しているような、低いざわめき。
「……聞こえます?」
小声で尋ねると、先輩は振り返らずに言った。
「気にするな」
だが、声は近づいてくる。
言葉にならない音が、森の奥から流れてくる。
ザザ……ザ……。
それは風の音ではなかった。
人の声に似ているが、意味がない。
そして、気づいた。
──俺の名前を呼んでいる。
「……よしい……」
はっきりと聞こえた瞬間、背筋が冷えた。
さらに、鼻を刺す匂いがした。
潮の匂い。
海は遠いはずなのに、強烈な磯の香りが森に満ちる。
吐き気を催すほど濃い匂い。
「……海の匂い、しますよね?」
声が震えた。
先輩は答えない。
歩調を速める。
俺は慌ててついていく。
声は背後から追ってくる。
「……よしい……」
足音が乱れる。
匂いがさらに濃くなる。
まるで森が腐っているような臭気。
突然、先輩が立ち止まった。
俺は息を切らしながら追いつく。
目の前の道が、急に明るくなっていた。
木々が途切れ、光が差し込む。
声も、匂いも消えていた。
ただ、鳥の声が戻っている。
先輩は振り返り、淡々と言った。
「……気にするな」
それだけだった。
俺は何も言えなかった。
胸の奥に重いものが残ったまま、俺たちは歩き続けた。
後で訊いてみたところ、その体験をしたのは同行メンバーのうち俺たち二人だけだったらしい。