先輩と遭遇した怪異については書き尽くしたので、先輩から聞いた過去遭遇した怪異について書く。と言っても先輩はあまり詳しく話してくれなかったので、盛りに盛っています。あしからずご了承を。ただ、先輩がこの話をしたとき、いつもの余裕のある笑顔が消え、視線がどこか遠い場所を彷徨っていたのが印象的だった。
海の匂いが、今でも時々、記憶の奥から立ち上がる。
あの日のことを思い出すたび、胸の奥がざわつく。
高校二年の夏休み。仲良し四人組で海へ行った。
私を含めて四人。
──そのはずだった。
メンバーは、確かに三人は思い出せる。
美咲と、沙耶と、私。
もう一人がいた。
でも、その顔も、名前も、声も、何も思い出せない。
社交的な明るい子だったのか、それとも物静かな子だったのかさえ、記憶の霧に包まれて判然としないのだ。
写真を探しても、三人しか写っていない。
砂浜で並んだ写真も、海の家で撮ったスナップも、そこには不自然な空白さえなく、最初から三人だったかのように収まっている。
なのに、記憶の中では、確かに四人で笑っていた。
四人で並んで歩いた雰囲気や、四人分買ったはずの飲み物の感触だけが、執拗に脳裏にこびりついている。
海は穏やかだった。
防波堤に座って、アイスを食べながら、くだらない話をした。
そのあと、近くの神社に寄った。
小さな神社。鳥居は赤く、塗装が剥げていた。
まるで長い間、誰の参拝も拒んできたかのような、ひっそりとした佇まいだった。
境内は薄暗く、蝉の声が遠くで響いていた。
「なんか、怖いね」
美咲が笑った。
「肝試しみたい」
沙耶がふざけて鳥居をくぐった。
私も続いた。
古い石畳を踏みしめるたび、湿った土の匂いが鼻をついた。
──そのとき、見えた。
本殿の奥、木々の間に、細長い影が立っていた。
人の形に似ている。
でも、異様に細い。
腕も、脚も、針金みたいに長く、曲がっていた。
顔は見えない。
ただ、黒い塊が揺れていた。
「……誰か、いる?」
思わず声が出た。
美咲と沙耶が振り返る。
「え、どこ?」
指差した場所には、もう何もなかった。
風が吹き抜け、木の葉がざわめく音だけ。
ただ、そこだけが周囲より一段と暗く、澱んでいるように見えた。
次の瞬間、背筋が冷えた。
──もう一人は?
さっきまで隣にいたはずの、四人目。
名前も、顔も、思い出せないその人。
その人は、どこにいた?
鳥居をくぐったとき、確かに背中を見た気がする。
白いブラウスが夕闇に沈んでいくのを、確かに視界の端に捉えていたはずだった。
でも、今はいない。
「帰ろう」
美咲が言った。
沙耶も頷いた。
私は何も言えなかった。
ただ、境内の奥を見つめていた。
細長い影が、まだそこにいる気がした。
その影が、私たちが失った”誰か”を抱きしめているような、そんな悍ましい想像が頭をよぎった。
帰り道、海風が妙に冷たかった。
笑い声が遠くに聞こえた気がした。
でも、振り返っても誰もいない。
──あの日から、ずっと考えている。
四人目は誰だったのか。
どうして、記憶から抜け落ちているのか。
そして、あの影は何だったのか。
答えは出ない。
ただ、時々、夢に見る。
赤い鳥居の向こうで、細長い影が立っている夢。
その隣に、背中だけ見える誰かがいる。
顔は見えない。
でも、私の名前を呼んでいる。
低い声で、何度も、何度も。