Lycoris Recoil:Not Missing 作:あんち
京都駅のバスターミナルは、予想外の喧騒に包まれていた。 的場凛(まとば りん)は、サードのリコリス制服のスカートを握りしめ、不安を押し殺すように息を吐いた。
(新幹線が止まるなんて……。これじゃあ、集合時間に間に合わないかもしれない)
本来なら、今頃は快適なグリーン車で試験のシミュレーションをしているはずだった。しかし、直前の事件対応で出発が遅れた上に、新幹線のトラブル。 どうやら名古屋まで新幹線は動いているとのこと。 リコリスの権利をフルに使って、どうにか手にいれた名古屋行きの高速バスは満席のすし詰め状態だ。
「ここ、座っても?」
予約した席にたどり着くと、そこには既に先客がいた。同じリコリスの制服。凛は少しだけ安堵しつつ声をかける。
「ん? あぁ、どうぞー」
窓側の席に座っていた少女が振り返る。第一印象は「落ち着いている」だった黒く綺麗にまとまったハイポニーテール。 琥珀色のアーモンドアイが、アンニュイに空を眺めていた。 その横顔は彫像のように動かない。どこか騒がしい車内において、そこだけ空気が凪いでいるような、静謐な空気を纏っていた。 どこか歴戦の先輩のようにも見える、ベテラン特有の落ち着きがあった。
しかし、バスが走り出して数分後。凛の少女に対する評価は地に落ちた。
ガサガサ、バリバリ。
隣の少女は、絶え間なくお菓子の袋を開け、口に放り続ける。
(子供の遠足ですか? あなた……)
凛は試験科目の確認をしようとスマホを取り出したが、隣から漂うスナック菓子の匂いと咀嚼音に集中力が削がれる。少女のテーブルは既に空き袋で山になっていた。 気が散る環境の中、なんとか集中しようと必死にスマホを見つめる凛。そんな時、バスが大きく揺れた拍子に、凛の手からスマホが滑り落ちてしまった。
「あっ」
「おっと」
ゆれと同時に少女の机からもゴミが落ちる。少女が反応して身を乗り出す。しかし少女は膝の上にあったお菓子袋の存在を忘れていたようだ。その瞬間、彼女の膝の上にあったお菓子袋が雪崩れ落ちた。
「きゃっ!?」
通路に散乱する少女のゴミとお菓子。車内の視線が一斉に二人に突き刺さる。
(最悪……! なにやってるのこの人!)
凛は顔から火が出る思いで、ゴミとお菓子を分けずにゴミ袋に投げ入れた。少女はというと、ゴミやお菓子に目もくれず、凛のスマホを素早く拾い上げる。
「はいこれ、大事なものでしょ?」
「……ありがとうございます」
(こんなに散らかして・・・恥ずかしくないのか?)
だらしない少女 を凛は軽蔑した。しかし
「あなたはどこまで行くの?」
と少女は呑気に聞いてくる。
「東京の本部です」
「ふーん。期待されてるんだね。でもなんでバス? 新幹線のほうが速いじゃん」
凛は眉をひそめた。
(ニュースも見ていないのか。ていうかこの人……私と同じじゃないのか?)
「新幹線、止まってるんですよ。ていうか、あなたも試験を受けに行くんじゃないんですか?」
「え、試験?」
「知らないんですか?本部の方でセカンドの空きがでたみたいです。今回は異例なんですけど全国の優秀なサードを集めて昇格試験をするとかで。そうですか、てっきりあなたもその受験を受けるのかと思ったんですが……」
少女はそれから「あー」と頭を抱えた。
「そっか、昇格……セカンドへの……うん、そうだね。わかんないけど多分受けるよ」
(多分? 何言ってるのこの人?)
凛は少女の相手をしているとダメになると思い、それ以上なにも話さなかった。 都合よく、少女も凛にそれ以上声をかけてこなかった。 少女は名古屋駅にたどりつくまで、ずっとお菓子を食べながら空を見つめていた。 話したときの雰囲気と黙っている雰囲気と全く印象がことなる。 凛は話しかけたことを後悔した。
バスはついに名古屋駅に到着する。しかし少女は一向に動こうとしなかった。
「あなた、着きましたよ。降りないんですか? 」
少女は不思議そうに首を傾げる。
「うん?私はこのままバスで行くよ?」
「はあ!? 遅れますよ! あなたも支部を代表して来てるんでしょう!?」
「えー、いいよ遅れても……」
「ダメです! 私が一回見てしまった以上あなたが遅刻した場合、連帯責任になります!」 「さぁ私と新幹線に乗りますよ!」
凛は強引にリツの腕を引いた。こんなだらしない人を放っておけない。 これも優秀なリコリスなる一歩だと言い聞かせて。
***
本部の大会議室。 昇格試験の筆記会場には、張り詰めた空気が漂っていた。 だが、マークシートの前に座る春野リツにとって、目の前の難問はどうでもよかった。
(あーあ、めんどくさ。なんでこんなことしなきゃなんないの)
リツはあくびを噛み殺し、周囲を盗み見る。周りの「向上心の塊」みたいな少女たちは、鬼気迫る形相でペンを走らせている。バスで隣だったあの子もそうだ。
(そもそも、なんで私が本部に「異動」に、ていうかなぜか「試験」させられているし一体どういうことなの)
リツの中に一つ思い当たることがあった。
(あれは・・・やっぱり”あいつら”のしわさ、なのかな?)
先日遭遇した密造工場での事件。ラジアータのハッキング疑惑から生じる、今後予測される事象。
(やっぱ気づかれているかぁ。まずいなぁ、もう関わりたくないのに)
リツは適当にマークシートを塗りつぶすと、机に突っ伏した。 早く意識が闇に落ちるよう祈って。
「……おい」
しばらく時間がたった、リツは体を揺すられ顔を上げる。 目に映るのは馴染みのある蛍光灯の優しい光ではなく、眩しいLEDの光。 そして、二人の人物。試験官ではない。
ひとりは白いスーツを着ている。威圧感があり、どこか歴戦の官僚を思わせる。 特徴は、冷たく鋭い目だ。もう一人は肌色に近いグレーのスーツを着ている、見たところ官僚の補佐といったところか。一人目と同じような目をしている。しかし歳が足りないのか、ほかに何か足りないのか、どこか迫力がない。いつまでも補佐な気がする。いやこの人はその方がいいだろう。人には適切な身分がある。もちろんリツにもある。
「試験中に寝るとは、いいご身分だな」
「いやーすみません。問題が難しすぎて知恵熱が出ちゃって」
リツは悪びれもせず、適当に書いたマークシートを差し出した。 官僚は受け取らず、隣の補佐官がそれをひったくる。
「お前には期待しているんだがな」
「あれ? おばさん、”私”のこと知ってます? いやー恥ずかしいとこ見せちゃいましたね」
リツが頭をポリポリとかくと、補佐官が色めき立った。
「貴様!! 楠木司令に向かって無礼な!!」
楠木は眉一つ動かさない。
「お前にはしてやられたよ。まさかそこまで頭が回るとは」
「何のことです?」
「前のことは水に流すと言ったらどうする?」
楠木の言葉に、リツの目が一瞬だけ細められた。
「おばさん、更年期? ”わたし”にはなんの話だかサッパリ」
「……いいだろう。明日は実技だ。備えて休め」
「お断りしますと言ったら?」
楠木は踵を返し、背中で語った。
「お前自身が一番よくわかっているはずだ」
会議室に残され、ひとり立ち行くリツ。
「はぁ・・・マジめんどいわ。あの人」
***
因果応報と言う言葉はリツの為にあるのではないか?
試験官の説明をまともに聞かず、ただ寝ていた彼女は宿泊する場所を知らなかった。
楠木たちが去ったあと、かれこれ1時間近くリツは広い本部内を彷徨っていた。
(宿舎どこだよ……メールも来てないし)
噴水広場で途方に暮れていると、ファーストの制服を着た女性が声をかけてきた。
「あの……大丈夫ですか?何かお困りですか?」
顔を見て、リツはギクリとした。
「あぁ…….すみません。何でも無いんです。ご迷惑をおかけしてすみません」
リツは立ち上がりその場を離れようとすると、ファーストの人は引き止めた。
「何かお困りなんですよね?私で良ければ力になりますよ?」
「あ、いや……実は今日試験に来たんですが、宿舎がわからなくて」
「そうだったんですね!そういう場合、何かメールで案内が届いていませんか?」
「それが来て無いんです。自分もそうじゃないかと思って確認したんですが」
リツは自分のスマホをファーストの人に渡した。
ファーストの人はリツのスマホを覗き込み、数秒で解決した。
「迷惑メールフォルダに入ってますね」
「……あ、マジ?」
「はい。ここですね」
リツはスマホを受け取ると迷惑メールフォルダを確認する。 そこには、本部から送られてきたメールでいっぱいになっていた。 一番新しいメールに宿舎の場所や部屋の割り振りリストなどがしっかりと記載されている。
「こんな所に……。すみません、お手数をおかけして」
「いえいえこれくらいお安いご用です。また何かあったら声をかけてください」
「力になりますよ」
ファーストの人が離れていくのを見届けると、リツは動き出した。
宿泊する部屋は案外近くにあった。会議室から。
無駄な時間を過ごしてしまったリツの意識はもはや朦朧とし始めた。 バス、新幹線での長距離移動。試験。そして本部の右往左往。 試験での居眠りでは足らず、またも限界が来たようだ。 どうにかこうにか部屋にたどり着くと、倒れこむように部屋に入る。
「ふへぇ……もう限界……」
「あなた!! どうしましたか!?」
部屋の中から素っ頓狂な声が響いた。床から顔を上げると、そこにはバスで一緒だった「真面目ちゃん」がいた。
「あぁ……バスの。同じ部屋だったんだ」
「あなたが同室ですか……大丈夫ですか? 顔色がおかしいですよ?」
「いやもうダメ、眠すぎて」
リツがよろよろと立ち上がると、真面目ちゃん――的場凛は呆れたようにため息をついた。
「なんだ……心配しないでくださいよ。私は明日の対策中なんです。邪魔しないでくださいよ」
凛は机の上の資料に目を戻す。
「あー、明日ね。そういえばさぁ?自己紹介してなかったよね?」
リツはふらふらと凛の背後に立った。
「私、春野リツ。甘いもの大好き、ピチピチの17歳でーす」
「……的場凛、15歳です」
凛は明日の資料を見たまま冷たく返す。
「そういえば、あなた試験中も居眠りしてましたよね? バスでも言いましたけど、支部を代表する者としてどうなんです?恥ずかしくないんですか? 」
凛の説教は止まらない。しかし、背後からの返事がない。
「……ちょっと? 聞いてます? 春野リツさん?」
凛が振り返る。 リツは直立不動のまま、目を閉じていた。
「……は?」
凛は恐る恐るリツの肩を揺すった。グラグラと頭が揺れるが、目は開かない。
「嘘でしょ……立ちながら寝てる……」
凛の顔が絶望に染まった。
「なんだこの人……こんな人が、明日のパートナー……?」