Lycoris Recoil:Not Missing   作:あんち

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Sheer luck?

「ふあぁ……」

 

あくびをした拍子に、滲んだ涙がアイガードの内側に付着する。屋内訓練場の控えエリア。これから始まる模擬戦に向け、周囲の候補生たちが緊張した面持ちで装備点検をする中、春野リツは一人、緊張感とは無縁の空気を纏っていた。凛がリツの目の前にやってくる。

 

「ちゃんと起きてますか?」

 

「あぁ凜ちゃん。ありがとうね、起こしてくれて」

 

「まったく……しっかりしてくださいよ。私たちは初戦なんですから」

 

 実技試験は、2対2タッグマッチのトーナメント制。 DAの実技演習でも良く取られる方法であった。

 

(しかしまぁなんで演習と同じ方式にするのかねぇ。これでセカンド適性がわかるのか? まぁ結局、実技試験は参考にするだけで、筆記試験が良かった子を選んじゃうのかな?)

 

リツが今までみてきた中でも、セカンドの質の差は目に見えてわかった。 勉強ができても、判断能力、戦闘能力はサードみたいな子を何人もみてきた。

 

(結局は政治か……。そんなんでよく日本を守れてきたよな。このままじゃ、リリベルに立場奪われちゃうよ?そんな事も覚えてないのか?)

 

「リツさん!? 聞いてます!?」

 

「あぁごめんね。なんて言った?」

 

「今日の作戦です!! とりあえず私が正面にたつので、援護をお願いできますか?

ということです」

 

「あぁ昨日言ってたやつね。ちゃんと覚えているよ」

 

 実力を知らない相手に、作戦も立てずに「援護」を頼む。それは軍事用語的な支援射撃の要請ではない。要するに「邪魔をしないでほしい」「自分だけでなんとかするから、後ろで見ていろ」という意味だ。

 

リツは心の中でほくそ笑んだ。  

自分が何もしなくても、勝手にこの「真面目ちゃん」が突っ込んで自滅し、負けてくれる可能性がある。そうすれば、悲惨な筆記試験に加えて、実技試験も一回戦負け。

いくら楠木が偉いといっても、そんな奴を本部に異動させようとしたら他が止める。

”傷つき”なリツなら尚更だ。

 

「お願いしますね?」

 

リツは殊勝な態度を装い、「はーい」と気の抜けた返事をした。

  

***

 

 ブザーと共に扉が開く。目の前に広がる屋内演習場は、かつての平城京を模したようなフィールドだった。朱雀大路のように、中心には東西に伸びる広い直線通路がドンと設けられている。その大路の両端にあるT字路の突き当たりが、それぞれのスタート地点だ。  

 

リツと凜は東側スタート。凜の事前の指示(という名の命令)に従い、リツはT字路の左側の壁に張り付いた。

 

開始の電子音が鳴り響く。

 

その瞬間だった。

 

 隣にいた凛が、弾丸のように飛び出した。  

遮蔽物のない、見晴らしの良い大路のど真ん中を、西側に向かって一直線に駆け出した

のだ。

 

(おいおい!! マジかよ!!いくら何でも無茶でしょ!?)

 

 リツは思わず目を見開いた。

 

ここは戦場だ。西部劇の決闘ではない。遮蔽物なしでの突撃なんて、ただの自殺行為だ。

いくら試験と言っても無茶がある。 遠目で相手陣地を見ると、敵の二人はまさに「鳩が豆鉄砲を食った」ような顔をして固まっている。

当然、味方であるリツも、おそらく同じ顔をしていただろう。

 敵の一人が我に返り、直進してくる凛に向かって発砲した。距離はあるが、真っ直ぐ走ってくる標的など、優秀なリコリスにとっては止まっているも同然だ。  

当たった――誰もがそう思った。

 

その瞬間、凜は地面に向かって飛び込むように、前のめりに伏せる。ペイント弾は、一瞬前まで凛の頭があった空間を虚しく通過し、遥か後方の東側の壁に赤いシミを作った。

 

(……避けた?)

 

 リツは口を半開きにしたまま固まった。今度は敵二人がかりで、地面に這いつくばっている凛へ向かって制圧射撃を撃ち込む。蜂の巣にするつもりだ。だが、凜は止まらなかった。 彼女は倒れた勢いを殺さず、そのまま左にごろごろと体を転がしていく。乾いた着弾音が響く。凛がいた場所には赤と緑の無数のシミができたが、彼女の体には一発たりとも掠っていない。凛の体は転がりながら、大路の脇にあった小道へと消えていった。

 

(嘘でしょ……)

 

 リツが呆然としながらその様子を覗いていると、凛を見失った敵の一人と目が合った。           標的を失った銃口が、今度はリツ目掛けて向く。

 

「おぉ今度はこっちかよ……」  

 

リツは慌てず大路から顔を引っ込める。直後、リツが隠れていた壁の角に、綺麗に纏まった3発の赤いシミができた。

 

(あの子、避けたのか?弾の出所が見えるとか?いやいやまさか……それはない。そんなことできる奴、この世に二人もいないでしょ、さすがに……)

 

 壁の向こうでは、敵が制圧射撃を続けている。緑色のペイントが飛び散り、リツの背後の壁を汚していく。

 

(もしできるとしたら……マズいな、あの子。このままじゃ勝ち進めちゃうよ)

 

 リツは頭を抱えた。 早々に負けて田舎に帰る計画が、相棒の異常な実力(?)によって崩れ去ろうとしている。その時、ふと弾音が途切れた。リツがそっと顔を出して様子をうかがう。 敵の一人がリロードをしているのが見える。そして、もう一人の姿がない。どうやら、相方のカバーを任せて、凛を追って小道に入ったようだ。

 

(やっぱ一対一かぁ……。そうするとやっぱり相手は君だよねぇ)

 

 リロード中の敵を見つめながら、リツは思考を巡らせる。

 

(……私はここらで「退場」しておくかなぁ? 君にはあまり期待できないけど……凜ちゃんが弾の軌道が見えるとしたら、せめて多勢に無勢にしておかないと)

 

 リツは意を決し、大路に向かって小走りで飛び出した。リロードを終えた敵が、リツに気づいて慌てて銃を構える。その焦った顔がよく見えた。銃口がブレながらこちらを向く。  発砲音。弾はリツの真横を通過していった。

 

(本当に下手くそか! 頼むよぉ、ちゃんと当ててくんないと!)

 

 リツは心の中で毒づきながら、続く二発目に合わせて自分から地面に転んだ。 もちろんワザとだ。ドサッ、と倒れこむと同時に、髪の毛のあたりに奇妙な感触が広がる。

 

「あっ……」

 

 リツは短く声を上げ、そのまま動かなくなった。 顔だけをわずかに上げると、敵が得意気な顔をして、そのまま凛の方へ走り去っていくのが見えた。リツの顔に緑色のペイントが滴ってくる。そして心の中で相棒にエールを送った。

 

(頑張ってくれよぉ……本当に)

 

 これで晴れて、自分は死体だ。あとは寝て吉報を待つだけである。

 

***

 

「勝者、的場・春野ペア!」

 

 試験終了のアナウンスが訓練場に響き渡った。 リツは顔面を地面に摺り付けながら、アナウンスを聞く。

 

結果は――凜が一人で華麗に相手二人を倒していた。

 

(やっぱりダメだったかぁ……。やっぱり、勝っちゃうよね……)

 

リツはこちらにやってくる凛を見つめる。

 

(……なんであんなのがサードなんだ?)

 

凜はリツの目の前にやってくると手を差し出した。 凛の手を受け入れ、リツは立ち上がる。

 

「お疲れさまです」

 

「あぁ……お疲れさま。すごいね凛ちゃん」

 

「ありがとうございます」

 

凛は汗を拭いながら、淡々と答える。勝利の高揚感はなく、当然の結果だと言わんばかりの態度だ。

 

「ごめんね。役に立たなくて」

 

「いえ、気にしてないので。次まで時間がありますね。シャワー浴びてきます」

 

 凛はリツを一瞥もしない。最初からリツを戦力として数えていなかったのだから、当然の反応かもしれない。 凛が立ち去ろうとしたとき、リツはその背中に声をかけた。

 

「あぁ、凛ちゃん? ひとつ質問していい?」

 

「何ですか?」

 

凛が足を止める。

 

「凛ちゃんってさ、銃の軌道が予想できたりする?」

 

「いや? そんな事できるわけないじゃないですか」

 

凛は怪訝そうに眉をひそめた。嘘をついているようには見えない。

 

 

「え? でも試験が始まって通路に飛び出したとき、地面に伏せて弾避けてなかった?」

 

「あぁ、あれですか? あれは転んじゃったんですよ。なにか躓いて」

 

「そうなの? 私には避けたように見えたんだけど?」

 

「そんなことないですよ? あぁでも私、昔から運がよくて。弾に当たったことないんですよ」

 

 凛はサラリと言ってのけた。訓練だけでなく、実戦も含めて「当たったことがない」と言っているようにも聞こえた。

 

「運……? そうなんだ」

 

「そうなんです。もういいですか?」

 

「あぁ、ありがとう。ごめん無駄な時間を取らせて」

 

 凛は一礼すると、今度こそロッカールームへと去っていった。 その背中を見送りながら、リツはポケットを探る。  くしゃり、と包装紙の音がした。

 

(偶然かぁ……仮に避けられるとしても、素直に私に話してくれるわけないよね。まぁそれは後で考えるとして)

 

 リツはポケットに入っていたミルクチョコを取り出し、顔の前に持ってくる。この試験は、DAの愚かさ、無駄さがすごく反映された試験かもしれない。

 

(みんなの実力の差、調べちゃいましょうかねぇ)

 

 リツはニヤリと笑い、チョコを口に入れる。

そして、みんなが控えているロッカールームへ向かって歩き出した。

 

 

 

 

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