ボクのヒーローアカデミア くらっしゅ!!   作:ぺぺぺぺぺぺぺ

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2万字近くあります……
しかもおっさんの話ばっか


『怪物と闘う者は、その過程で自らも怪物にならないよう気をつけなければならない』

「邪魔するぜ」

 

「! いらっしゃいませ。カウンターへどうぞ」

 

 ここはとある場所にある隠れ家的バー。テロリスト予備軍が隠れ家として利用しているが、実際にバーとしても営業してはいる。宣伝はしていないので常に閑古鳥がないているそこに、初めての来客が訪れた。

 

「おっ。客が来たの初めてじゃないか……犬顔の兄さん、どうやってこの店を見つけたんだ? 黒霧、何か出してやれ。俺のおごりだ」

 

 大きな身体。ベージュのコートを羽織った狼顔の大男だ。死柄木弔にとっては犬のほうが親しみのある表現らしく、上機嫌そうにウェルカムドリンクを出すことにした。

 

「そいつぁありがてぇな。ただ、残念ながら客じゃあねえ。知り合いに聞いてきたんだよ。ここでデカいことやろうとしてるってな」

 

「知り合い? まさかそいつジジイか?」

 

 態度が一気に硬くなる。ここを知っている人物は少ない。とりわけ死柄木弔の把握していない来客を紹介する人物など、心当たりは一人しかいなかった。どうやったのか『ドクター』は死柄木弔が独自に準備したここを見つけ出し、接触してきたのだ。死柄木弔は『ドクター』の容姿を知らない。ただ声と喋り方からジジイだろうと予想しているだけである。

 

「あ? 知らねぇよ。直接あったのは俺のボスだけでな。胡散臭いやつで俺達とは連絡も取ろうとしやがらねぇ。そんなことより」

 

「おい。客じゃないなら相応の態度を取れ、下っ端。俺は一団体のリーダー。お前は誰かの部下。格が違うんだよ。お前がそんな態度だとお前のボスの品格まで疑われるぞ」

 

 ドクターの使いっ走りに親切にしてやる理由はない。ピシャリと言い放ち悠然と構える。その姿には確かにある種のカリスマが宿っていた。

 

「……育ちが悪ィもんで礼儀なんて知らねぇんだ。お望みなら床に這いつくばろうか?」

 

「いいや、分かれば良い。それじゃあまず名乗れ。基本だろう」

 

 素直に従う素振りを相手が見せたことで充分溜飲が下がったらしく、椅子を勧め自己紹介を促す。大人しく座った大男は少し戸惑いながらも名前を名乗った。

 

「お、おう。そうだな。俺はこんち……『キメラ』だ」

 

「そうか、こんちきめら。……どういう意味なんだ? ポメラニアン的なあれか? それともお前の仲間にこんちきイオとかこんちきバギとかもいるのか」

 

 からかっているわけではない。普通に勘違いである。

 

「ちげぇ。『キメラ』だ」

 

 キメラはゲームなどやったことがないので、後半は何を言っているか分からなかったが、ポメラニアンというのはぼんやり知っていたのでからかわれてるのかと思い少し不機嫌になった。

 

「ああ、『キメラ』か。ずいぶん自虐的な名前じゃないか? ギリシャ神話から取るならリュケイオスとかのほうが良くないか」

 

「はっ。この犬顔だけじゃねえんだよ、俺の〝個性〟はな」

 

 そう言うと『(こん) 鳥獣郎(ちょうじゅうろう)』……キメラは爬虫類の尻尾をのっそりと持ち上げて、鳥の足のような脚鱗に覆われた掌を見せつけわきわきとした。『リュケイオス』が何かは分からなかったが、『キメラ』という名前を疑問視してくれたことは少しだけ嬉しかった。これは、怪物の烙印だからだ。

 

「どうぞ。クリームソーダです」

 

「……黒霧。お前何考えてるんだ? それはあのがきんちょの好物だろ……」

 

 そんなに昔ではないのに、懐かしき風景が脳裏に蘇る。やかましく口うるさいメスガキが同じものをカウンターで飲んでいる姿。そこにはまだトガもいて、マグネと3人でこちらをチラチラ見ながらたまに歓声が上がっている。ムカつく……! 言いたいことがあるならさっさと言え! そんなふうに怒鳴ったら「髪を切ったほうがいい」とか言われてムキになって伸ばし始めたんだっけ。

 

「デカいスプーンとストローが付いてるな。……俺のために……?」

 

「ええ。我々の活動の一つに〝個性〟で苦しむものの救済がありますからね。口の形状で苦労したなんて話は事欠きませんから、様々な食器を用意しているんですよ」

 

「ありがとう。甘くて冷たくて、舌に気持ちの良い食感。こいつはいい具合だ……タバコにも合いそうだな」

 

「おや、タバコを嗜むのですか。でしたらコーラのほうが良かったかもしれませんね」

 

 ぼんやりと楽しい思い出──当時は楽しい思い出になると思っていなかった──に浸っているとわんこがぱくぱくとアイスを食べて鰐みたいな尻尾をぱたぱたしている。かわいい。

 

「めちゃくちゃ嬉しそうじゃないか。好きなのか、そういうの」

 

 なんだか記憶の奥がちくちくと刺激されている気がする。不愉快なものではない。だからか、死柄木は自分でも少し驚くくらい柔らかい声が出た。

 

「ああ……今好きになった。昔、憧れていた時期があったんだ。ショーケースの中にあるそれを食べてみたいってな……こうして出してもらうまで、そんな事は忘れてたぜ」

 

 傷つき虐げられた眼。その中にほんのりと滲んだあこがれ。死柄木弔はキラキラしたショーケースに張り付いて食品サンプルを見つめて尻尾を振る子犬の姿を幻視した。

 

「そうか……。久々に俺もアレを飲むか。黒霧、例のものを」

 

「はい。……どうぞ」

 

 しゅばっ! っとものすごい早さでコーラが出てきた。しかしそれは死柄木が欲しかったものではない。ママー! これ、ちがうー! 

 

「やりなおし。あの氷をカランって入れてクルって回すやつをしろ」

 

「ああ、アレが見たかったんですね。分かりました」

 

 過程も楽しみたいのだと理解した黒霧はかつて義爛に修練の成果を見せびらかしたときのように、ゆっくりと噛みしめるようにドリンクを作った。縦に長い氷をよく切れる刃物でシャッと素早く削り、四角形の透き通った氷にする。見ているだけで楽しくなるような涼し気な工程にキメラも笑みを浮かべた。

 

「ははは。思ったより楽しいところだな、ここは。……俺はボスにあんたらを手伝うようにって頼まれてな。戦力が必要なんだろ?」

 

 アイスとソーダの境目のしゃりっとした部分をスプーンで掬い大事そうにぺろぺろしながら問いかけるキメラ。あまりにも体格に不釣り合いな子供っぽい仕草だったが、死柄木弔は笑わなかった。『異形』はそういうやつが多い。食い方が汚いのは、本人のせいじゃあない。断じて、違う。

 

「どこで誰に聞いたんだそんな事。必要なのは意思だ。世の中を変えたいっていう強い動機(メンタル)だ。お前まさかまだ自分の暴力(フィジカル)がこの世の中(メタ環境)で通用するとか思ってるんじゃないだろうな? 情報アンテナ低すぎるぞ。短期的(アーリーゲーム)にはそりゃあ通じるだろうが、先がない」

 

 子供にものを教えるお兄さんのようにしているつもりの死柄木弔だったが、LoL(闇のゲーム)とかで増やした語彙のせいで全く伝わらなかった。

 

「俺やボスの強さを知らないからそんなことが言えるのさ。オールマイトは力を失い、裏社会からAFOも居なくなった。つまりこの先は必ず動乱が来る」

 

「世の中が乱れるのはそうだろうな。だがそこに暴力を持ち込むとどうなるか分かるか?」

 

「分かるぜ。強いやつが望みを叶える、美しい世界になる。うちのボスが世界を統べる」

 

「そうかそうか。オールマイトにビビって引っ込んでたようなやつがずいぶんと自信満々じゃないか。いま娑婆にいるようなやつが何言ったって負け犬の遠吠えだろ。その話の続きはあのニヤけた勘違い男をデコピン一発で木っ端微塵に出来るような強さがないなら言わなくていい」

 

 デコピン一発でオールマイトを木っ端みじんこに出来るメスガキを思い浮かべながら呆れたように言う死柄木弔。そもそもあのごみの引退予告自体ムカつくんだよな。小出しにしやがってかまってちゃんがよ。やめるやめる詐欺ってやつか? 引退します、って宣言したやつほど復帰してくるみたいなネットゲーあるあるじゃないのか。本当にやめるやつは黙っていなくなる事が多い。

 

「確かに俺にそこまでの強さはないが……ボスは違う。神の如き〝個性〟を持ち、その上さらに強くなる予定だ」

 

「ふーん。神の如き〝個性〟って何だ? 俺はそれに近いものを見たことがあるが持ち主は窮屈そうに生きてたぞ」

 

 自由とは心の所作であり、物理的な強さはカードの1枚でしかない。持ち得の強カードではあるが、出し得の万能カードではない。自由も幸せも、暴力がもたらす『孤独』のなかにあっては楽しめないからだ。

 

「……『気象操作』だ。嵐を呼び、竜巻を巻き起こし、雷を落とす。絶大な力だが代償があった。しかし……それももうなくなり、あいつは新世界の神となる」

 

 大男は死柄木弔のことをかなり信用しているらしい。少し迷いを見せたが、ボスの〝個性〟とその弱点までも開示した。まぁこれからなくなる欠点だからというのもあるだろうが。

 

「はぁ~……天候なんぞオールマイトのパンチ一発で吹き飛ばされて終わりだろ。お前オールマイト信者なのか? 遠回しにあのごみを持ち上げてるんだな?」

 

「ち、違う! オールマイトはその絶大な力をもう使い切ったって聞いたぜ? また溜め込むらしいが、そんなものまた消耗させてしまえばいいだけだ!」

 

「強いやつが望みを叶えるんじゃなかったのか? なんでオールマイトに従わないんだお前は。いや、言わなくていい。どうせお前がボスのことを好きなだけだろ。最初からそう言え」

 

 力の信奉者ならオールマイトに(かしず)いていないのはなんでやねん、という話だ。長らく世界最強の存在として君臨していたのに。今はまだ勝てないけど未来なら勝てるぜ! なんて不確かな予想でいいなら別に誰に対してだって言えることで、じゃあ基準はお前の好みじゃん、となる。

 

「ぐっ……そうだ。俺はあいつに賭けた。人生のすべてを捧げてあいつの理想を叶えると誓ったんだ」

 

 わんこは素直に認めた。だってボスは……『ナイン』は恩人だから。路地裏の野良犬でしかなかったキメラのことを、人間扱いしてくれた人だから。怪物と呼ばれ、何もしてないのに石を投げられて、怒って反撃したら(ヴィラン)扱い。どうして許される暴力と許されない暴力があるんだ? 石を投げるのは良くて、投げたやつを殴るのはダメなのはなんでなんだよ。俺、学がねえからわかんねえよ。全部、許されるようにしようぜ。そうすれば、バカな俺でも『普通』になれるから……。

 

「ようやく分かる話になってきたぜ。今の最強は『社会』なんだからそれに従ってない時点で個人的な感情で動いてるのは分かりきっていたんだよ。それで? お前のボスは俺達に助力をして何を得るんだ」

 

「いまボスはさらに強くなるための実験の被験者になっている。万が一にもそれが中断されたくないんだ。俺が『(ヴィラン)連合』として暴れればヒーローや警察からナインが施術を受けている施設を調査する余裕が失われるだろ?」

 

 つまり欲しいのは看板だ。いま一番ホットな(ヴィラン)連合。伝説のスーパーヴィランの残した組織。世の中のだれもが放置できないビッグネーム。それを背負って暴れれば、きっといろいろな場所から注目されるだろう。その過程で死ぬことになっても本望だ。……いいや、最高だ。主のために死ねるなんて、怪物じゃなくて守護者みたいでかっこいいじゃないか。

 

「……へぇ。『実験』ねぇ。良くそんなもの受ける気になったな。察するに『ドクター』の施術だろう、それ。やつはヤブだぞ」

 

「……は? や、ヤブ? 嘘だろ? 『脳無』を作った天才だって……」

 

 うっとりと未来予想図を語っていたキメラの表情が一気に曇る。キメラはアホなので実験が成功することしか考えていなかった。いや、大成功することしか考えていなかった。リスクがあると聞いていても、ナインならもっと強くなると信じていた。彼にとって路地裏で自身に未来を示した男は、神だったからだ。その神の決断なのだから、うまくいくに決まっている、と。

 

「そんな外向けの宣伝文句を信じてるのか? 『脳無』なんて欠陥品だ。薬漬けにしなきゃ劣化し続けるし、劣化しない上位種はAFOが渡す『超再生』っていう〝個性〟頼り。分かるよな。すごいのは『ドクター』じゃなくて『超再生』だ」

 

「そんな……ナイン……!」

 

 悲痛に歪む顔。耳はぺったりと下がり、尻尾は力なく地面に横たわり、くぅ~んと情けない鳴き声がバーに響き渡る。このようにこのわんこは他人の言うことをすぐ真に受けてしまう。死柄木のことをすでに信じることにしてしまったので、疑えないと言ったほうが良いかもしれない。

 

「……そんな顔するなよ。『超再生』は複製してるようだから、お前のボスもそれでなんとかするのかもしれないしな」

 

 あまりにも哀れっぽい姿に死柄木弔はなんとかプラス要素を探して伝えてあげた。別にこの大男をいじめたいわけではない。単にあのごみドクターが信用できるような存在ではないことを教えてあげたかっただけだ。ナインが強くなることはどうでもいい。オールマイトに勝てないような強さにしかならないことは分かりきっているからだ。いや、あるいは恐ろしい強さの存在になったとして……遠からず他の科学者に研究され、もっとすごいやつが作られるだけだろう。『ドクター』が世界一すごいオンリーワンの科学者なら、あの男が無様なのっぺらぼう状態で6年も放置されるはずがないのだから。

 

「ナインは……〝個性〟を使うたびに細胞が劣化するんだ……だがその『超再生』ってのがあれば解決できるはず……」

 

 なんとか知識を総動員して立ち直ろうとするキメラ。しかし死柄木にはもう一つ言っておかなければならないことがあった。

 

「複数〝個性〟を持つと頭がおかしくなるらしいぞ。どうおかしくなるかと言うと、喋ったり考えたりできなくなるそうだ」

 

 最悪の状態だ、と死柄木は思う。そんなの死んでるのと何が違う? 『生き返る』可能性があるのが利点なのかもしれないが、仮に『生き返った』としても死柄木弔はそれの『同一性』を信じる気になれない。〝個性〟に乗っ取られていないと、誰が証明できる? 

 

「……そ、そういうのを何とかするための実験なんじゃねえのか……?」

 

「さぁ? 俺が知るわけ無いだろ。お前は知らないのか」

 

「なんにも知らねぇ……ナインが決めたことだから、俺は従うだけだ……」

 

「そうか。そういうのは良くないな。お前にとって大事なやつなんだろう、そいつは。バカでもバカなりに理解しようとしなきゃ、そいつの危険にも気付けないんじゃないのか」

 

 理解。相手のことが分からないと、害したくなる。分からないことを放置するのは良くない。諍いの種となり、憎しみの苗床となり、本当にやりたいことからどんどん遠ざかる羽目になる。まず行動しなければならないのはなぜか? 闇雲に進むためではない。今いる場所がどこか、理解するためだ。どこに進むべきか、何をするべきか、理解しなくてはならないからだ。

 

「……そうだな。なぁ、あんた……死柄木弔。俺はあんたみたいなやつ、好きだぜ。こんな俺に、真剣に向き合ってくれてありがとうな」

 

 わんわんはついにはっきりと明言した。ナインの短い言葉に込められた、世界に対する怒り。それと似たものを、死柄木弔の言葉に感じていた。彼はキメラのことを、正面からじっと見つめてくれる。そんな些細なことすら、キメラはまともにしてもらえない。

 

「あっ。悪いが俺はそっちの趣味はない。お前が男が好きでもそれはお前の自由だが、俺が誰を好きになるかも俺の自由だろ?」

 

「ははは! そういう意味じゃねえよ! ……あんたを手伝いに来たなんて言っておいてすまねえが、やることが出来たからそれは出来なくなった。俺は行くぜ。邪魔したな」

 

 名残惜しさを隠さずキメラは立ち上がった。ナインより先にこの男に出会っていたならきっと……そんな、もしもの未来を想像する。ナインの声が聞きたい。

 

「ナインってやつを探すんだな? 無駄だ。『ドクター』の施設は俺達にすら秘匿されているんだぜ。お前が闇雲に探したところで見つかるとは思えない」

 

「はっ! 俺の面が見えねぇのか? このかわいいワンちゃん顔がよ」

 

「……鼻が利くのか?」

 

「ああ。怪物としての力の一部だから、ただの犬よりもすげぇぜ」

 

 何故だろう。この男の前で自分を『怪物』と言うのは、嫌じゃなかった。自慢げに言えるのは、仲間たちの前だけだった。ああそうか。俺はもうこの男のことを。

 

「事と次第によっては『脳無』の集団と戦うことになるのを分かっているのか? お前がいくら強かろうと、再生する怪物複数には分が悪いんじゃないのか。お前が『キメラ』なら、敵は『ヒュドラ』の集団だぜ」

 

「敵が強いのはナインの危機を見過ごす理由にはならねえな」

 

 ヒュドラなら、分かる。勝てるだろうか? 勝って、ナインを救ける事ができるだろうか? そんな事は考えてもしょうがない。やると決めたのだから、成功させるために全力を尽くすだけだ。

 

「見つけるあてはあるのか」

 

「ナインは実験を受ける前、俺達と話すために一度だけ戻ってきた。あんたの手伝いをするように言われたのもその時だ。で、その時にナインの身体についていた薬品の臭いに紛れて、男の加齢臭が混じってた。今もまだ覚えてるぜ。これがおそらく『ドクター』ってやつの体臭なんじゃねえか」

 

 嫌な臭いだ、と思ったから良く覚えている。死臭が染み付いた、気持ち悪いにおい。

 

「あるいはその窓口となる人物の臭いかもな。……手伝ってやろうか、キメラ」

 

「え! ……ほ、本当か? なんで……ちょっと話しただけの俺のために……」

 

 尻尾が持ち上がり、耳がぴーんと立ち上がった。そんなことをしてもらうわけにはいかない。だってキメラは、死柄木弔に対して何の役にも立てていないし、何も返せない。ナインのために生きると決めたのだから。

 

「理由は2つある。1つめ。俺達も『ドクター』の本拠地の場所を知りたい。一方的に向こうがこっちに連絡してくる状況だといつもあっちにイニシアチブを取られて不愉快だからな。つまりこっちにもメリットのある話……お前の鼻を利用させてもらうって事だから安心しろ。もう1つは……」

 

 無言でグラスを磨いている黒霧に目をやる。『ドクター』の本拠地が分かれば。『脳無』のことが詳しく分かる。そうすれば『黒霧』ともっと自由に話せるようになるかもしれない。あのごみくずに押し付けられたクソくだらない枷から解放して、何にも縛られずに、やりたい話をするんだ。俺達は、そういうふうに生きるんだ。

 

「仲間のために頑張るやつは、好きだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対"個性"最高警備特殊拘置所。通称タルタロス。一度入れば出られないと言われるそこの面会室で、クソカス梅干しおじさんと誤魔化し言い訳おじさんが対峙していた。

 

「やぁ。良く来てくれたね。もしかして弔の話を聞きに来たのかな」

 

 親しげに話しかけてくるAFO。聞きたいなら話してあげるよ、と言わんばかりの態度だが実は話せることはあんまりない。グイグイ突っ込んで聞かれたら困るのにこういうこと言っちゃうの本当に幼稚。

 

「よう、友達(フレンド)。退屈そうなお前に言ってやりたいことは沢山あるが……時間も限られているし、頼まれごとをしているからそちらの話しか出来ないんだ、すまないな」

 

 同じだけの親しみのある声を返すオールマイト。皮肉だ。日本じゃあんまり発揮できないのでここぞとばかりにアメリカ仕込みの嫌味をぶち込む。

 

「ははは。そろそろ『燃えカス』も無くなってきて他人の使いっ走りくらいしかできなくなったのかな?」

 

「ふっ……なんでも知ってるぞ、って態度で見当違いのことを言うと恥をかくぞ? 私はやろうと思えば何度だってお前をワンパンでぶちのめせるんだ」

 

 事実である。今だって簡単に殴り殺せるくらいの残り火は保持している。

 

「ほぉ? 腹の傷が癒えでもしたのかな。どうだい? 少しは恥を雪げただろうか」

 

「…………」

 

 流石に、バレるか。タルタロスの看守にはあんまり知られたくなかったが、もはや必死になって隠すようなことではないのでため息を付いて聞き流す。

 

「いやぁ、楽しいな。君と話すと僕の心はわくわくしてたまらないって知ってたかい? 君が好きなわけじゃないぜ。大嫌いだからこうやって嫌がらせ出来ると嬉しいのさ」

 

「くだらない。用事を済ませるとしよう。『脳無』についてだ」

 

 本当にしょうもないやつである。まぁオールマイトはある程度慣れている。AFOの拠点を潰すたびにビデオメッセージみたいなのがあってそれで散々愚弄された。なのでもう大して心も動かず、冷静に本題に入る。

 

「うん? 脳無がどうかしたのかい? 弔に渡してたのが暴れでもしてるのかな。確かまだ5体ほど持ってたと思うが」

 

「しらばっくれても無駄だ。私との戦いでは出来の良いやつを出し惜しみしたみたいじゃあないか。それで負けてちゃ世話ないな」

 

 黒い上位種。あの場の脳無にそれは一体も混じっていなかった。まぁぶっちゃけ居た所でメスガキの前で何か出来たかというと厳しかっただろう。

 

「別に必要なかったからね。僕が居なくてもそのうち世の中は乱れる。このタルタロスを維持できなくなるほどにね。もう社会にそういった兆候は現れてると思うが、どうだい」

 

「!!」

 

 放送でオールマイトに注意の声がかけられる。外の情報は遮断しているのでそれを踏まえて喋ってほしい、とのことだった。

 

「……さすがに脱獄出来るとは思ってないらしいな?」

 

 維持できなくなる。それは、全くもってあり得ることだ。ぶっ壊して脱獄してやるよ、みたいなことを言われるよりよほど現実味がある。タルタロスそのものに加えて、本土とつなぐ5Kmの橋の維持費。拘置所と言いながら実質刑務所……いや、それを超えた人道無視の収監。はっきり言って維持できてるのが奇跡といったほうがいい、滅茶苦茶な施設なのだ。

 

「ははは。君は知らないだろうけど、ここは保管庫なんだぜ。危険な〝個性〟ってのはすなわち使い道がたくさんある〝個性〟ってことさ。いつか必要になったときに骨になってたら『もったいない』だろ? 実に日本的だ」

 

 特例で即タルタロスに入れられた。……といえば聞こえはいいが、実際は量刑の確定も出来ずに推定有罪で何の法的根拠もなくぶち込んでいるにすぎない。〝個性〟による犯罪はそういったことが多々ある。例えば、〝個性〟で人間を文字通り『消滅』させた場合。どうやってそれを客観的に証明するか、ということだ。消したことが確実であると『思われる』のなら、ここタルタロスにぶち込まれる。凶悪犯を入れてます、などと外向けのアピールにすぎない。司法の限界、歪みの具現化こそがこのタルタロスなのだ。

 

「恩赦が出て外に出るチャンスが来るとでも思っているのか? ありえない。お前はここで一人ぼっちで虚しく朽ちていくんだよ」

 

「医療もレベルが高くて良いね。窮屈に拘束されているが呼吸だけはずいぶんと楽になった。こんな場所にも『人道的配慮』ってやつがあるそうだ。滑稽だと思わないか?」

 

 お互いに自分の言いたいことだけを言う。オールマイトは今更いちいち真に受けたりしないし、AFOは単に嫌がらせがしたいだけだからだ。

 

「……お前は生かされている。沢山の人たちの『善意』にな。何が魔王だ、思い上がりも大概にすることだ」

 

「ほぉ。なかなか苛つくことを言ってくれるね。誰に考えてもらったセリフだい?」

 

 初めて、AFOの雰囲気が変わった。へらへらとした雰囲気がなくなり、モニター越しに監視している看守たちは息を呑む。オールマイトは当然、小揺るぎもしない。善意……まぁもっと直接的に言うとAFOは今、税金でその身体を維持して貰っている。

 

「お前のしょうもないプライドはこの状況をどうやって言い訳してるんだ? ……私の怪我は『友』が治してくれたが、お前はずいぶんと不格好だな。ちゃんとした友達がいないからそうなる」

 

 友こそがオールマイトにとっての宝だ。人生の殆どを他人のために費やしているオールマイトにとって唯一、我を出してでも守りたいもの。……そして、自分を守ってくれるもの。

 

「失礼な事を言わないでくれ。僕には沢山の友だちがいるぜ。長生きしてるから死に別れたものも多いけどね」

 

 友だち。AFOのお友達とは〝個性〟を与えてそれを恩に着せて好き放題に動かせる人間のことである。本人か、家族か、あるいは脳無か、〝個性〟を与える対象に違いはあれど、全員がそうだ。

 

「話をそらしているのか? お前が頑張って媚びている『お医者様のお友達』より私の友人のほうが優れていると言ったのが分からなかったか? タルタロスより『医療のレベルが低い』お友達しか頼れなくて残念だったな」

 

 オールマイトは滅多なことでは怒らないが……当然許せないことだってある。例えば友人に手を出されるとか、だ。『ウォルフラム』。彼はオールマイトの友人であるデヴィット・シールドを貶めるために〝個性〟を貰っていたらしい。自供など一切しなかったのに何故それが分かったかというと、彼が『物言わぬ存在』となってしまったからだ。『複数の個性を持った副作用』である。段々と思考力が落ちていき、先日ついに一切の反応を示さなくなったそうだ。

 

「なんだ、ずいぶんと不毛なマウントを取ってくるじゃあないか。君の親友なんてそのうちまた(ヴィラン)にそそのかされて君を裏切るだろう。それにI・アイランドにずいぶんきつく首輪をつけられて連絡すら取れていないんじゃないか? 僕の友人は僕のために今も頑張ってるだろうけどね」

 

「はっ! お前の友人が今も頑張っているだって? どうせお前の〝個性〟目当てのマッドサイエンティストだろうに。『非人道的なことをしてなお私の友人以下』だし、頑張っていたとしても間違いなくお前のためじゃないね。お前の〝個性〟を利用するためだ」

 

 確信を持った言葉だ。実際どうかはともかく、オールマイトは本当にそう思っているらしい。

 

「……君らしくない攻め口だ。『平和の象徴』だからって伝書鳩に成り下がるとはね。次会うときは枝切れにでもなっていそうだな」

 

 おおかた頼み事をした存在の入れ知恵だろう。そいつはずいぶんと性格が悪いらしい、とAFOは思った。心当たりもある。放送が鳴り響き面会時間の終了を告げられたオールマイトは、去り際に目一杯の侮蔑と哀れみを込めて言葉を投げつけた。

 

「そうやっていつまでも現実逃避をしているといい。お前と私に次などないよ。ありもしない未来を夢想して余生を過ごすんだな、ごっこ遊びの魔王様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね、レディ・ナガン。私のことはまだ覚えているかしら」

 

 タルタロスの面会室。公安委員会会長はメスガキを連れてとある元ヒーローと面会していた。

 

「もちろん。会長の腰巾着だろ? ずいぶん良いスーツを着てるじゃないか。私をここへぶち込んで出世でもしたか?」

 

 バカにしたような軽薄な笑み。『レディ・ナガン』。かつて公安の子飼いとして数多の犯罪者ヒーローを誅殺した、麗しい女性(三十代後半)だ。

 

「ええ、お陰様でね。貴方が『元』会長を排除してくれたおかげで、今は私が会長よ。私は貴方を踏み台にして野望を叶えたわ」

 

「……そいつは良かった。こんなところで人生を無駄にしてる甲斐があるよ」

 

 皮肉……あるいは自虐の応酬。お互いに笑みを浮かべてはいるが、その雰囲気はよろしくない。両者明らかに「言わなきゃ良かった……」というテンションダウンを起こした。本当に愚者。

 

「こんにちはぁ、先輩」

 

 メスガキは丁寧にペコリと頭を下げてナガンに挨拶した。

 

「……はっ。お前が今の私の後釜か? 可哀想になぁ?」

 

「勘違いがあるわよ、レディ・ナガン。あなたの後釜は別のヒーロー。この娘は……オールマイトの後釜ね」

 

「……へぇ。ついに平和の象徴も堕ちたのか。どんな(ヴィラン)に殺されたんだ? ウワサのAFOか? ははっ」

 

 その言葉には明確に動揺があった。ありえないギャグ(ナガン視点)で中和したくなるほどに。

 

「オールマイトは加齢で活動縮小してるわ。世間の動揺が収まった頃に引退する予定よ。ちなみにAFOはオールマイトとエンデヴァーとこの娘……ホーリーナイトが協力して倒して、今はあなたと同じタルタロスに居るわよ。すごいでしょう。」

 

 なんでおばさんが自慢げなのかナガンにはさっぱり分からなかった。

 

「……マジで実在したのか。でも思ったより不甲斐ないやつだったんだな、AFOってのは。本当にいたなら世の中をめちゃくちゃにしろっつーの」

 

 心にもない言葉……ではないのかもしれない。今の社会はどうなっているのだろう。なにか変わっていてほしいが、何も変わっていないのだろうか。ナガンは繰り返される退屈な毎日の中では考えなかったことを考えてしまう。

 

「変わったわね、ナガン。昔のあなたなら決してそのようなことは言わなかった。社会の安定の尊さを、誰よりも知っていたのに」

 

「社会の安定だぁ? ハリボテの社会を安定させて何になる。底の抜けた器に何を注ごうが、空っぽのまま。徒労だね」

 

 やれやれ、といった態度で嘲笑するナガン。本音でもあるが、本当は……そうじゃないと否定して欲しい。変わったんだと言って欲しい。そういう願いが込められていた。

 

「今外がどうなってるかなんて何も知らないでしょ~? 世間知らずのくせに知ったかぶっちゃってバカみたい」

 

「あぁ? ……つーか私の後釜が別にいるなら、こいつは何でここにいる?」

 

 なかなか活きの良いガキだ。顔も服装も可愛らしくてナガン的にはかなり好みであったため、じっとそいつの目を見つめてみた。爛々と輝いているそれは、見つめている間にも色が変化している不思議な瞳だった。

 

「誰に話しかけてるんですかぁ? もしかして会長に? 会長は今も頑張っている人。貴方は獄中で反省している人。なんでそんなに偉そうなんですか?」

 

「おぉ、権威主義ってやつか? 怖い怖い。敬語を使えばご納得くださいますかね?」

 

 本音が出た。冗談めかした態度でごまかしたくなるほどに『怖い』。その七色の眼で、私を見ないでくれ。

 

「人を殺したくせに反省ゼロなの~? だとしたら呆れちゃうなぁ。親御さんはきっと悲しんでるだろうねっ」

 

「あ?」

 

「ホーリーナイト。やめて。レディ・ナガンは貴方の先達のヒーローとして社会に多大なる貢献をした実績があるわ。敬意を払いなさい」

 

 先程までの威厳のないおばさんのものとは違う、毅然とした態度。表情は真剣で、こちらのほうが本音なことがひと目で分かる。

 

「はぁい。そうですね。『功績』を無かったことにするのはフェアじゃない。ねぇ、元ヒーローさん」

 

「ちょっとホーリーナイト……貴方がどうしてもと言うから同席させたのよ? 私はナガンともっと穏やかに話がしたいの。邪魔をしないで頂戴」

 

 会長の考えだと本来はもう少しさり気なく、ナガンの今の気持ちを探ってから適切な言葉を選ぶつもりだったのだが、メスガキが喧嘩腰なせいでナガンに見せたくない腹を見せる羽目になってしまった。穏やかに話を、とぼかしているが、最終的には謝罪するつもりでここに居る。

 

「それですよ。ボクは納得してません。実物を見て確信しました。なぜ彼女に謝る必要が?」

 

 メスガキはぶっちゃけてしまった。段取りはめちゃくちゃだ。例の事件でこちらがオールマイトの乱入を許してしまった仕返しかしら? などと現実逃避をしてしまうおばさん会長。

 

「なんだ? 内輪揉めか? それともお芝居か? くっだらねぇ。それに、謝るだぁ? 求めてねぇんだよそんなもん。さっさと失せろ」

 

 もう、どこかに行ってくれよ。私はもう、終わった存在なんだ。だから、放っておいてくれ……。そのきらきら輝く瞳で、私を見るな。強気な態度とは裏腹に、心は恐怖でいっぱいだ。

 

「ほらぁ。無意味でしょ? この人に謝っても。それに謝罪っていうのは悪いことをした人がするものですよ? 人助けが出来なかったから謝る、なんてナンセンスです。オールマイトにでもなったつもりなんですか?」

 

「……見解の相違ね。相手が受け止めるかどうかは謝罪の必要性と無関係よ」

 

「なるほどぉ。じゃあこの殺人犯にも必要な謝罪がいっぱい溜まってるんじゃあないですかぁ?」

 

「…………」

 

 数多の殺人を犯したレディ・ナガン。謝るべき相手は大量にいるだろう。……「あれは正しいことだった」と思っているのなら謝罪は必要ないが、そうではないのだから殺した相手や遺族への謝罪が必要である。実際はナガンがそうしたいと思っても、タルタロスに居る限り叶わないが。ナガンに負い目のある会長は彼女を責めるようなことを言いたくなかったので、メスガキのダブルバインドじみたロジックによって黙らされてしまった。会長が謝る必要があるのであれば、ナガンも謝らなくてはならないし、ナガンが謝らなくていいなら、会長もその必要はない、ということだ。

 

「それで、元レディ・ナガン。今はなんて名乗ってるんですか?」

 

「は?」

 

「ヒーローの名前でしょ、『レディ・ナガン』は。オマエは獄中で反省すべき『元』ヒーロー。本名で呼んでやってもいいけど、自分で決めれば? 『敵名(ヴィランネーム)』をさ」

 

「そんなもんお前らが勝手に決めればいいだろうが、うざってぇ」

 

「不思議だなぁ。『レディ・ナガン』はオマエにとって呪われた忌まわしい名前じゃないの? びっくりしたよ、何で普通に受け入れてヘラヘラ返事してるの。「その名で呼ぶな」と激昂するか泣き喚くと思ってたよ、ボクは」

 

「…………」

 

「都合が悪くなったらだんまり? ハリボテがどうのって話、もっと聞いてあげるから言ってみなよ、名も無き(ヴィラン)

 

「やめろ」

 

「何を~? なんちゃってぇ。分かるよ~。オマエさぁ、獄中でも思ってたんでしょ? 『まだ自分はヒーローだ』ってさ。『悪のヒーロー公安委員会会長』をやっつけたって思ってるとかぁ? 違うよね~、殺人者。オマエの『ヒーロー殺し』は公安の責任だけど、『ヒーロー公安委員会会長殺し』はオマエの都合で行った私的な罪なんでしょ~? だとしたらオマエはもうヒーローじゃないよねぇ。〝個性〟を使い社会と敵対する者。(ヴィラン)だ」

 

「ホーリーナイト! やめなさい!」

 

 現会長は鋭い声で警告した。彼女の部下の公安委員であれば縮み上がって震えたであろう迫力だ。だが、メスガキには全く通用しない。

 

「引き金が軽くなっちゃったのは公安の使い方の問題……公安の責任だけど。最後にやったのは結局自分のための殺人ってことだよね? 良かったら聞かせてよ、どう正当化してそんな態度を取ってるのか。もしかして『かっこいい』とか思ってる? それ」

 

「会長は……私を殺そうとした! だから、だから私は……!」

 

「正当防衛の主張? へぇ~。前会長ってそんなに強かったの?」

 

 例えばボクサーが相手を殴り殺した場合。正当防衛が認められるのは非常に難しい。プロヒーローも同じだ。肉体が優れている〝個性〟でなくとも、戦闘を生業とする『ヒーロー』は『(ヴィラン)』ではない存在を害してはいけない。

 

「銃を持っていたんだ! 辞職すれば殺すって、脅されたんだ! 懐に手を入れて、拳銃を出そうとした!」

 

「ふ~ん。前会長は遠距離系日本一って言われてる現役プロヒーローを拳銃1丁でぶち殺せる凄腕だったのぉ? ヒーローでもないのにそんなに強いなんてすっごい天才だったんだねぇ!」

 

 そんなはずがない。そんな事ができるのであれば、レディ・ナガンを使う必要自体がないのだから。〝個性〟が銃より弱ければ、『ヒーロー』など生まれなかったのだから。身体も〝個性〟も鍛えたヒーローは、まさに超人で、ヒーローでない人間が太刀打ちできるような存在ではない。とはいえ生命の危険自体はある。『銃』はヒーローを殺す力があるし、『レディ・ナガン』はスナイパー。つまり至近距離での戦闘は不得手だ。普通ならば。

 

「私は……! 辞めたかっただけだ! もうあんなの、やりたくなかった! なんで、なんで私だけ……!」

 

「質問の答えになってないなぁ。なんで『レディ・ナガン』は勝てたの? 至近距離の拳銃。近づかれたスナイパー。どうしてこれで前会長が死んだのぉ? 逆でもいいや。プロヒーローと一般人、どっちが勝つかなんて火を見るより明らかなのにさぁ、どうして脅迫なんて成立するの? ……まだ言わなきゃダメ?」

 

 レディ・ナガンは公安直属のヒーローで、近接戦闘も十分に仕込まれているし、銃に対する対処もしっかりと学んでいる。つまり、どの情報に比重をおいても、状況におかしさが生まれてしまう。それが成り立つのはどんな状況なのか。不自然な状況が不自然でなくなるために、どのような情報を足せばいいのか。

 

「その右腕で弱っちぃお年寄りを撃ち殺して、どんな気持ち?」

 

「…………」

 

 現実は、ナガンが前会長を殺害している。当然の結果だろうか。プロヒーローとそうでない人間の殺し合いで、プロヒーローが負けるなどということがあるのだろうか。拳銃で脅されて〝個性〟持ちが大人しくなるなら、ヴィランなどまたたく間に消え失せるだろう。だが現実はそうなってはいない。ナガンの『勝利』は当然なのか、そうではないのか? 前会長はナガンの強さを知らなかったから早撃ち勝負に負けたのだろうか。何を根拠に前会長はレディ・ナガンに勝てると思っていたのだろうか。ナガンが無抵抗に撃ち殺されるのだと思っていたのだろうか。前会長が何を考えていたのか、その視点に立てば不自然さしかない。

 

「八つ当たりかなぁ? 自分の決断のせいで『華々しいヒーロー活動』が出来なくなっちゃったから、誰かのせいにしたかったのかなぁ?」

 

「ホーリーナイト……もう止めて……それは私が……私たちが悪いのよ……」

 

 憔悴しきった顔で、会長は絞り出すように慚愧した。そこにあったのは公安の会長として君臨する女帝の姿ではなく、疲れ果てた中年女性の哀れな姿だった。

 

「社会が悪い。命令したやつが悪い。私は悪くない。そう思ってたからそんなに居丈高だったのかなぁ~? 『反省』なんてするわけないよね、そんな考え方じゃ。何のためにタルタロスに居るの~? 税金で生かされてる事をどう考えてるか教えてよ、中身空っぽのハリボテヒーローもどきさん」

 

「違う……! 違うわ!! ナガンはハリボテじゃない! 私たち公安がこの娘の中身を、えぐり出して、すりつぶして、踏みにじったのよ! この子は誰よりもヒーローだった! 誰もやりたがらない、苦しくて名誉もない、おぞましい汚れ仕事を背負って社会の安定を支えた、本物のヒーローよ!」

 

 無言でうつむくレディ・ナガンに代わって会長は叫んだ。会長にとって、彼女は特別な存在だ。デビューから見守り続け、燃え尽きて灰になるまでの全てを、彼女は見ていた。何も、出来なかった。その謝罪に来たのだ。

 

「不当な贔屓でしょ~。じゃあ命じてた方にもそう思うべきじゃないですかぁ? 物事は実行者より計画者が主導者でしょう」

 

 冷たいロジックだ。犯罪は大抵命じたもの……首謀者の罪が重くなる傾向にある。じゃあ善行はどうなんだ、という話である。ナガンが本物のヒーローであるのであれば、それを命じた人物はどうなのか。

 

「ぐっ……あの男は英雄なんかじゃないわ……! 人を使い潰し、命を転がすような冷血漢だった! 大体ヒーローの犯罪が増えたのはあの男が考えなしに基準を緩めてヒーローを増やしたせいなのよ!? そのしわ寄せで苦労させられたナガンとあの男が同列なはずないでしょう! 悩んで苦しんで、疲れて擦り切れて、魔が差した人間の罪を! まるでその人のすべてのように言わないで!」

 

「それは会長の主観でしょ~? そこの絶望顔で黙ってる人の内心をなぜ勝手に決めつけるんですか? じゃあボクも勝手に決めつけてみようかな?前会長だって擦り切れてたかもしれないじゃないですか。 疲れて、やむを得ず選んだ選択かもしれないじゃないですか。そういう不当な印象操作、良くないと思います。死者は反論ができないからって、ずるいでしょう。反論できなくしたのは、誰ですか?」

 

「それは……!」

 

 ぐうの音も出ない。レディ・ナガンの罪が彼女の全てではないなら。前会長だって、そうなる。

 

「あなたがごまかしたんでしょ? 会長。ダメですよぉ、自分の行動から目をそらしちゃあ。貴方が罪をすり替えたから……隠蔽しちゃったから、そこの置物は背負うべき罪を無かったことにされて、今までの『お仕事』みたいに正当化して開き直るしか無くなっちゃったんじゃあないかと思いますけど?そんなに前会長のやったことが間違ってると思ったなら、全部公開するべきだったんじゃないですか? でも貴方はそうしなかった。だって、そんな事したら、社会がめちゃくちゃになりますもんねっ! 前会長は罪人で、その手先は罪人じゃない。そんな認識は、フェアじゃない。ただの贔屓、ダブルスタンダードだ」

 

 会長はレディ・ナガンを生かして、活かした。ヒーロー同士の揉め事で殺し合いが起きたことにした。これにより『強力な個性の持ち主が争うとこうなるぞ』とヒーローにも(ヴィラン)にも警鐘を鳴らすことが出来た。だがそれは、後付の理屈だ。生かすために、活かしたのだ。

 

「……………………そうね……そのとおりだわ……分かってる……分かってるのよ……だからナガンの罪は、私の罪なの……」

 

「そーですかっ! じゃあ不当な収監は辞めてタルタロスから出してあげたら良いじゃあないですか。法律なんていつも好き勝手曲げてるでしょ? 脱獄させて隠蔽でもしたらいいんじゃないですかぁ?」

 

 痛烈な皮肉。恐ろしいことに、それは現実に実行可能なことなのだ。モラルだけが公安の活動を掣肘しているのが、今の仕組みである。

 

「好き勝手ではないわ……私たちが好き勝手に法を捻じ曲げたら、そんなことを覚えて味をしめたら、歯止めが効かなくなる……そうなればそれこそ社会はめちゃくちゃになって、秩序は崩壊し、誰も安心して眠れなくなるわ……誰もが平和を、平穏を願っているのよ……どうしてその切実な祈りを無碍に出来るでしょう……私たちが邪悪なのは、法を曲げるのは、そうしたいからではないわ……そうならざるを……得ないから……」

 

 がっくりと肩を落とし祈るように言葉を紡ぐ哀れな女。今すぐ世界中の人が争うことを辞めて仲良くなって欲しい。言葉にすれば簡単なことなのに、現実はそうならない。格差が、不理解が、不寛容が、壁となって人を(へだ)つ。

 

「……さて! 聞いてましたか? 筒美(つつみ) 火伊那(かいな)。貴方がハリボテと罵った社会の存在意義が、少しは分かりました? なぁにが底抜けですか。一生懸命頑張っている人をバカにして、なにがしたかったんです? 世の中を変えたいならやるべきことは殺人じゃあないんですよぉ? 底抜けのバカは貴方でしょうっ! ボクの言いたいこと、分かりますよね?」

 

「…………」

 

「ここまで言われてもまぁだだんまりですか? ボクが全部言ってあげなきゃダメなの? もぉ~……恩義ですか? それとも忠誠心? あるいは同情、仲間意識かな? ……ねぇ、筒美火伊那さん。ボクが分かってないと思います? 貴方の隠し事」

 

「隠し事……? 何のこと、ホーリーナイト」

 

 戸惑う現会長。ホーリーナイトはレディ・ナガンの、一体何を知っているのか? 

 

「『自殺』。これでボクが貴方が必死に隠したがっていることを理解していることが分かったでしょう? ……貴方の言葉で聞かせてくださいね、レディ・ナガン」

 

「なんで……」

 

 ばっと顔を上げ目を見開いたナガン。見当外れのことを言われた困惑など一切ない。その表情はまさにそれが隠し事の中核なのだと雄弁に物語っていた。

 

「状況を整理して主観を排せば自ずと導き出されますよ。貴方の主張や調書の内容を纏めると結果は『貴方の死亡』で終わるのが自然です。そうならなかったのは何故か? 貴方の態度と合わせれば推測は難しくありませんでした」

 

 メスガキは淡々と語った。事前に見せてもらった秘匿案件の資料。この場でのレディ・ナガンの振る舞い。それらに芯を通す、隠された真実を。

 

「すべてを終わらせようと思った貴方は、死ぬつもりだったんでしょう。そもそも殺すつもりなら『狙撃』するほうが自然ですからね。密室に赴いて二人で会話しているタイミングをわざわざ選んだ時点で貴方の目的は見え透いている。反逆して、粛清されたかったんだ」

 

 あるいは、一旦任務を了承したふりをして後で狙撃すれば不要なリスクなど負う必要はない。そしてそれは、会長にとっても同じ事。一旦辞職を受け入れたふりをして背中から撃つか、暗殺すればいいのだ。

 

「…………だって、言われたんだ。その右手で、社会を良くしようって……そうなるって信じて、いっぱい殺したんだ……」

 

 観念したかのように、レディ・ナガンはポツポツと語り始めた。

 

「それしか、出来なかったんだよ……私の腕は、血まみれになって、それなのに、それなのに、どうして社会は、良くなってくれなかったんだよ……これじゃあ私が、ばかみたいじゃあないか。騙されて人殺しになった、ばかじゃないか……人を殺しちゃいけないなんて、子供でも知ってる……それで世の中を良く出来るだなんて、しんじるほうが、愚かなんだって分かってる……だから……」

 

 彼女の〝個性〟は『ライフル』。それを人助けのために使うことは、とても難しかった。しかしたゆまぬ修練によってそれを可能とし、表のヒーロー活動も、遠距離系日本一と称されるほどに、頑張っていた。だが……社会は一向に良くならない。段々と比重が裏に偏っていくが、それでもなお何も変わらない。がりがりと大切な何かが削り落とされる日々に、疲れ果てた。

 

「だから自暴自棄になってすべてを放り出したくなった。辞めさせてもらえるなら、それはそれでよし。さもなくば反逆して粛清される。……どちらにせよ『お仕事』は終わりますね! ……もう一つの『自殺』のほうも、どうぞ?」

 

「……私は会長にこの右腕を向けた……それだけですべて伝わるはずだった……でも会長は……懐にずっと手を入れたまま、いつまで経っても手を出さなかった……だから、分かったんだ……」

 

 ぼろぼろと涙をこぼしながら、筒美火伊那は慟哭した。

 

「し、死にたがってたのは、終わりたがっていたのは、会長もだった!! その眼が何を求めてるか分かったから、そうしてあげたんだ……! だって、私とおんなじだったから……!」

 

 自分だけが苦しかったのならば、筒美火伊那は壊れなかった。これ以上はもはやヒーローとしての『振る舞い』すら出来なくなる。そうなれば『ハリボテでも仮初の平和』が崩壊してしまう。だから、辞めたかった。だって、だって、頑張ってきたんだ。やりたくもないことを世の中のためだって思って、必死に駆け抜けてきた。それを徒労に終わらせたくなかった。そのためなら、死んでも良かった。

 

「私は結局最後まで『会長』の掌の上でころころと転がされる、ばかな小娘だったんだ!! こ、こんなハリボテの社会なんて……要らないだろ!! こんなおぞましいシステムの中で、誰が幸せになるっていうんだよぉ!! いつか真実を知って、絶望するだけだ!!」

 

 しかし、これで終わりだと安堵を込めて向けた右腕は……『会長を救った』のだ。「ああ、これで解放される」と、安らいだあの顔。それに気付いたときの絶望は、筆舌に尽くしがたい。『会長は最後までレディ・ナガンのことを信頼していた』。彼女が撃つと、会長のために撃ってくれると、理解っていたのだ。こんな、誰も彼もが擦り切れて壊れてしまうような仕組みに、意味はあるのか。終わらせることが救いになるのであれば、滅んでしまえばいい。

 

「死者は裏切れない。だから貴方は『自殺』を隠蔽したんだ。それは貴方にとって最後の矜持……あるいは呪いだったんでしょうね。だってそれは、『ハリボテの維持』だ。『公安委員会会長が死にたがってた』なんて広まったら、委員会が、ひいてはヒーロー社会がグラグラに揺れちゃいますから。……貴方なら隠してくれると、前会長はきっと知っていた。誰よりも貴方を信じ、誰よりも貴方を理解し、誰よりも貴方を……利用し尽くした」

 

「ああ……きっとそうなんだろう……私は……捨てられなかった……ヒーローになりたかった……誰かの助けになれる人に……その手段が人殺しだけしかなかっただなんて、私は一体なんだったんだ……」

 

 私欲ではなかった。最後まで『レディ・ナガン』は人を救った『ヒーロー』だった。だが、そのことが彼女を苦しめている。

 

「な、ナガン……」

 

 会長も耐えきれず涙を流した。何も理解っていなかった。ナガンのことも、前会長のことも。貴方は悪くないと、私たちが悪いと、言ってあげたかった。しかしそれは慰めにはならない。一体どうすれば彼女の絶望を癒すことが出来るのだろう。

 

「笑っちゃうよな……会長は銃なんて、持ってなかった。私がこの右腕で撃ち殺したあの人がその手に持ってたのは……」

 

 スティックシュガー。前会長が箔付けのために好きでもないのに飲んでいたブラックコーヒーに、こっそり入れるためのもの。『銀の弾丸(シルバーブレット)』だ、なんて冗談めかして言っていた。任務を終えて、疲れ果てつつも報告する筒美火伊那に『会長』が淹れてくれた珈琲の味は、今でも思い出せる。「この苦みは我々の使命そのものだな」だなんてしょうもないカッコつけをしていた、くたびれたおじさん。「他の皆には内緒だぞ」と教えてくれた、甘やかな秘密。二人で笑いあえた、最後の思い出。その象徴だった。




独自設定とか

・キメラ:ギリシャ神話の怪物。あるいは『実際には存在しない、決して実現できない夢』を表す言葉として使われる。
・リュケイオス:アポロン神の異名。狼の神という意味。
・食べ方が汚いキメラ:ヤバイわよ!
・新世界の神となる:キラキラした目で言うキメラ。
・ナインの声:ねっとりしたエエ声。個性を貰う(くぉせぃをもるぁう)
・タルタロス:I・アイランドの次くらいにやばいですね☆
・友だちがいなかったんだな:いるもん!
・ウォルフラム:某所で貴重なデータとなりました。
・平和の象徴:白い鳩。
・ナガンの面会:時間制限ナシ。ナガンは模範囚だし面会するのも公安委員会会長だしクソ強護衛も居るしでフリータイム。
・メスガキの瞳:ずっと七色。
・ナガンの好み:可愛いもの好き。
・あんたは強いね:これからお前を殺しますよって予告したうえで拳銃1丁でナガンをぶっ殺せるくらい強いらしいな。このセリフの時点では「あんたは強い=私は弱い」つまりまだハリボテの意義を認めていた(『正しさ』についていけない弱い自分が悪いと思っていた)んじゃないかなと。
・公安に一通り仕込まれてる:ナガンは45%オールマイトをボコれるくらい近接も得意。推定十年以上獄中にいてこれ。当然現役時代はもっと強かったんでしょうね。
・前会長:俺鬼つええ!このまま逆らうナガン全員ブッ殺していこうぜ!みたいなテンションだったのかな……。疲れてるんじゃないですか?
・籠の中の一等星:二等星以下や見えない星も一杯籠の中にあるんやろなぁ……。
銀の弾丸(シルバーブレット):「あらゆる問題を解決する万能な解決策」を表す言葉として使われる。
・珈琲:前会長もそのさらに前の会長から淹れ方を教わった。
・他の皆には内緒だぞ:ナガンはスティックシュガーを処分して、デスクに保管されていた拳銃を会長の懐に忍ばせた。『他の皆には内緒』にするために。
・余談:原作でナガンが登場する2話前に『グラントリノ』が出てきて『殺しが救いになることもある』って言ってるんですよね。映画『グラン・トリノ』は名作ですよ。ググってあらすじ調べたらこの話がなんでこうなってるかわかると思います。
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