ボクのヒーローアカデミア くらっしゅ!! 作:ぺぺぺぺぺぺぺ
「って感じで仲直り……知り合い直し? ができました」
「ようやった! 勇気出したなぁ。上出来や、環!」
天喰はインターン先のヒーロー……『ファットガム』にパトロール中の雑談として近況報告をした。前回も相談に乗ってもらっており、そのときは「まずはぶつかってみいや!」とあんまり参考にならないアドバイスを貰っていた。
「切島くん……君の言ったとおりだった。過去にどうだったかではなく……今を見てくれると……その通りの人だった。イレイザーヘッドの薫陶だろうか……」
「センパイのお役に立てたなら良かったっス!」
困っていた天喰に声をかけたのは切島だった。最初はインターン先を紹介してもらおうとダメ元でやって来た切島だったが、悩んでいる様子の天喰を見てたまらずに色々と情報提供したのだ。メスガキの良いところを紹介したり、仲の良い人物の特徴を教えたりとあれこれ世話を焼いた結果、天喰も切島に心を開きインターン先も快く紹介してもらえた。別に切島はそのために相談に乗ったわけではないが、まさに情けは人の為ならずである。
「お礼というわけではないが……俺も君の手本となれるよう頑張るよ……」
「やっぱ下のモンが出来るとちゃうなあ! あんじょう面倒みたるんやで、環! それがお前自身を成長させるんや!」
「ひえっ……ぷ、プレッシャー止めてください……」
ファットガムはうんうんと頷きながら天喰の肩をばしばしと叩いた。天喰はよろめきながら情けないことを言っている。
「おっと、余計なお世話やったみたいやな! ハハハ! せやけど後輩が来るって決まってから顔つきが違うで!」
「……そう……なんですか? 自分ではわかりませんが……」
後輩ができたこともそうだが、「お前ファットガムに甘えてんじゃねえの?(意訳)」と後輩に言われたのも相当効いている。わりと強引に始まったインターンだったのだが、天喰はファットガムに感謝していた。
「センパイセンパイて直接慕われて自覚が湧いてきたんやないか? これだけでも来てもらった価値あったな、レッドライオット!」
「あざーっス!! でもそれに満足せずに頑張ります! よろしくお願いしゃす!!」
元気に返事をする切島にファットガムは上機嫌だ。こういう子が一人おるとやっぱ盛り上がるなぁ! とテンションアップである。天喰は優秀だけど辛気臭いからな。
「うんうん! 二人とも腹減らんか? なんか食うか!」
ちょうど声をかけてきたたこ焼きの屋台を指さして軽く食事にしようかと思っていると、ケンカだ、誰か来てくれ! という叫び声が聞こえた。
「なんやまた騒ぎか! ファットガム事務所、出動や!」
ファットガムが最近多いな、と思いつつ現場に向かうと何人かのチンピラが逃げてくるのが見えた。ファットガムは〝個性〟の『脂肪吸着』で全員を一瞬で捕らえたが、〝個性〟の相性により一人を取り逃してしまった。だがそれも天喰が即座に取り押さえる。鮮やかな連携に何一つ出来なかった切島は自身を不甲斐なく思いつつも感動した。
「センパイすげー! さすがビッグ3! めっちゃ迅速でした」
「少しはお手本になれただろうか……なぜ素早く動けたかだが……これもミリオが言っていた予測だ……〝個性〟は千差万別……もしかしたら誰か抜けてくるかもしれない……そう警戒していたんだ……」
切島はさらに褒めようとしたが聴衆の歓声にかき消された。天喰……『サンイーター』はすでにファンが居るらしくヒーロー名を呼ぶ声がちらほら聞こえる。緊張で身体が固まる天喰。そしてそれは、大きな隙となった。ファットガムが警告をするも間に合わず、人垣から銃弾が放たれ、天喰に命中する。二発目が来るかもしれない、ととっさに思った切島は全身を『硬化』させ銃弾が放たれた方向と天喰の間に立ちふさがると、殆ど同時に切島の額に弾丸が命中した。何事か叫ぶ銃撃者を発見した切島は、逃げるそいつを走って追いかけた。
「おい! 仲間のために立ち上がったんじゃねえのかよ! 置いて逃げるなんて漢らしくねぇぞ!」
「何言うとんねんアホンダラぁ! お前を引きつけてアニキが逃げる隙を作ろうとしとるのかもしれんやろ!」
実際はそんな事は考えていないというか、逃げるのに必死なだけだが、切島はあっさり信じてしまった。
「そうだったのか! 漢だぜ! それじゃあ心置きなく捕まえられるな!!」
「どういう情緒しとんねや! 近寄んなきっしょいんじゃ!」
おかしな反応をされたのでドン引きして逃げる男。しかし最近来たばかりで土地勘があるわけでもなく、袋小路に入り込んでしまった。
「行き止まりだぜ! 観念して捕まれ! 捕まって罪を償って社会復帰しろ!」
「優等生じみたこと言いやがってからに……! 誰がお前の言うことなんか聞くかボケェ!!」
振り向きざまに腕を振りかぶって〝個性〟を発動する男。腕から刃が飛び出している。命中すればかなりざっくりと切り裂かれ、それなりの深手を負うだろうが、切島の『硬化』を突破するほどの切れ味はなく、逆に切島のカウンターを食らって倒れ込んだ。
「いててて……刃物か……!? お前の〝個性〟俺と似てるな!」
「ぶべっ……い、痛ってぇえええ……なんやねん……なんでこんなことに……」
「悪ィことするからだろ! 後悔するようなことしたら結局自分が苦しくなるんだぜ? 本当にしたいことはなにか、考えたことあんのかよ?」
倒れ込んだ男に手を貸そうと近寄る切島。へたり込んだ男は自分で立とうとしないのでそれなりに重かったが、鍛えている切島はひょいと立ち上がらせることが出来た。肩を貸して大通りに向かって歩いていると男はボソボソと喋りだした。
「…………強い男になりたかったんや……アニキらと……強い人らと一緒におれば強くなれると思った……世の中は怖い……怖がらずに歩くには強さが必要なんや……そうやろうが?」
「……そうだな……俺もそう思うよ……分かるぜ……本当にお前は俺と良く似てる……でも──」
「何が分かるや……何が似とるや……! ヒーロー目指せるようなやつが共感してくんなムカつくんじゃボケ……!!」
同意を求めたのは自分なのにいざ共感を示されると怒り出した。情緒が不安定のようだ。切島はいきなり切れる情緒不安定な男の相手は慣れているので気にせず会話を続けた。
「目指すのは誰だって出来るだろ! なれるかどうかは、俺だってまだ分かってねえ! 分かんねえからやるしかねえんだ! そうだろ! お前も──」
「はっ……眩しいわクソボン……お前みたいなんがおるから日陰者は余計に惨めなんやぞ……でもなぁ……日陰モンでも光モンは持っとるんやで……!」
男は袖口から取り出したなにかを首に打ち込んだ。急に力が増した男に切島は振りほどかれる。
「あああああああ!!!」
「何だ!? 何打ったんだよ!? 大丈夫か!?」
ギュアッ! っと男の全身から刃が飛び出した。切島は咄嗟に『硬化』したが勢いは殺せずに遠くへふっとばされてしまった。
「っはぁ──……なんやこれ……気持ちいいわぁ~……! 元は『刃渡り10cm以下の刃が飛び出る』程度やったのに……! テンション上がってきた!!」
全身から飛び出した刃が壁に刺さっているのにもかかわらず男は普通に歩いた。当然彼が動くのと連動して刃も動き、壁面をバターのように切り裂いていく。近所の店から出てきた野次馬たちがそれを見て悲鳴をあげる。
「……全身から……刃物が……! 皆さん、下がっていてください! できれば大通りまで! 最低でも刃が届かない距離まで……!」
「偉そうに説教しとったなぁ……! 何が似とるってぇ!? 誰と誰が似とるやとぉ!? もう一度言ってみいや!!」
ガガガッっと音を立てて切島の身体に刃がぶつかってくる。全く近寄れない状況ではあったが、切島は怯まなかった。
「ああ……言うぜ!! お前は、俺と似てる!!」
切島の全身から刀が飛び出し刃を迎撃した。それはまさに『同型』の〝個性〟であった。男の刃は折れ、切島の刀は光を浴びてきらりと輝いている。
「痛ってぇえええ!!? な、なんやそれぇ……硬くなる〝個性〟とちゃうかったんか……!? ば、馬鹿にしくさってぇ……!!」
「馬鹿になんてしてねぇよ! 〝個性〟はどう使うかだろうが! 生き方だって! どう生きるか自分で決めるもんだ!!」
「クソガキがぁ……! 何歳上に説教しとんねん何様や! 何がヒーローや! もうヒーローがチヤホヤされる時代は終わりじゃボケェ!! お前もここで!! 終わっとけェ!!!」
体の前面に刃を集中させ放ってくる。薬の効果か、あるいは火事場の馬鹿力とでも言うのか、それはプロヒーローでも圧殺できたであろう密度と速度だった。
「終わらねェ!! 俺を見ろ! お前と同じ、弱くて情けねぇ俺を!! 刃物を纏って強くなったように錯覚して! 強がる俺を見ろォ!! 俺はお前だ! お前は俺なんだ!!」
切島も同じく全身から刀を出して迎撃しながら接近していき、刃ごと殴りつけ男を吹き飛ばした。
「がぁ……あ……く、クソがぁ……く、来るな……!」
刃が砕けてぼろぼろになり倒れ込んだ男は怯えながら後ずさった。切島はそんな彼に地面を力強く踏みしめながら近づいていく。
「いいや行くぜ! 俺はお前の刃でも傷つかねえ!」
「や、やめろ……分かったようなこと言うなや……! 近寄んな! お前なんか、俺やない! 絶対にちが、ちがうんやぁ……! ぐぅ……な、なんなんや……ふざけんなや……今更! 今更お前みたいなもんが! 俺の人生に立ちふさがんなや!」
ぼろぼろと泣き出す男。支離滅裂な言葉だったが、切島にはなんとなく伝わった。
「大丈夫だ! お前は俺を傷つけねぇ! そうだろ! そう出来るはずだ! なぁ! まだ間に合うって、少しも思わないのかよ! 強くなりてぇんだろ! 刃物で他人を傷つけるのは強さじゃねえって、お前が一番わかってるんじゃねえのか!」
「聞きたない……! やめろ、やめてや、今更なんで…………なんでぇ……なんでもっと早く来てくれんかったんや……」
それはこの現場に、というより過去の……彼の人生を決定的に捻じ曲げたなにかから、どうして助けてくれなかったのかという理不尽な怨嗟だった。
「……俺ももっと早く駆けつけたかったって思う! でも、後悔は未来に活かせる! お前はまだ終わってない! そうだろ! 遅かったかもしれねぇが、手遅れじゃねえ!」
切島にもそれが分かった。だから叫んだ。まだだ、まだ終わってない。そうなって欲しい。
「ふざけんな……遅いんじゃボケ……遅いやろうが……俺が何年チンピラやっとると思っとんねん……ケチな犯罪重ねて、もう人生終わっとるんよ……お前はまっさらやから想像もできんのやろ……ムショから出てきた人らがやり直そうと頑張ったってなぁ……世間の目は冷たいんやで……」
かつての仲間が足を洗うと言って抜けたあと……今戻ってきている。そんな話を、アニキがしてくれた。いや、世間の目が冷たいのは分かる。当然のことだ。だが……。
「俺も何度も見聞きしてきた……やり直そうと頑張っても前科モンやとバレたら一瞬でぜんぶワヤんなるんを……いっぺん転落したら光の当たる場所に戻ることなんてできへんのや……現実見ろや……クソガキが……何がヒーローや……終わった現場にやってきてドヤ顔すんなや……ムカつくんじゃ……」
正直に経歴を明かせばうまく行かない。隠していればこれまた壁ができ、バレてしまえば終わる。一度間違えた人間は、どう生きればいい。一体どうやってまともに生きろというのか。そんな方法があるなら教えてくれ。アニキらに、教えてやってくれや……。使い捨ての
「俺は間に合わなかったのかもしれねェ……! お前が決めることだ……! 受け入れるよ……けど、お願いだ! やけになって自分を傷つける言葉を言わないでくれ! 俺の言葉が、現実が見えてねェガキの戯言にしか聞こえないのは分かる! でも……ヒーローは夢を現実にするために頑張る人たちなんだ! 俺もそうありたい! お前にも、夢を見せたい!」
ジャキン! と音を立てて全身から片刃の刃が飛び出す。先程よりさらに長く、整然と並んだそれはある種の美しさすら帯びていて、同型の〝個性〟を持つ男の目にはことさら美しく絶対的なものとして映った。
「!? さっきのでも全力や無かったんか……すげぇ……」
呆けた顔で見惚れる青年。険の取れた顔は意外と幼く見えた。
「いいや、さっきのも全力だった! いま限界を超えたんだ! 褒めてくれてありがとうな! お前の〝個性〟も便利そうだったぜ! 俺の〝個性〟は頑丈な分、曲げるのは難しいんだ!」
「何が言いたいんや……それの何が夢やっちゅうねん……自慢か……?」
明らかに言葉の勢いが落ちた。切島の真剣さが伝わり始めたのだ。言葉とは裏腹に言いたいことは伝わっている。自身の〝個性〟の先にあるものを見せてくれたのだと、理解している。
「俺のこと、ヒーローになれるって思ってくれてただろ? そういうすげェ〝個性〟だって、思ってくれたんだよな? 俺もお前の〝個性〟にそう思ったぜ!」
心からの言葉だ。切島が勝てたのは同型ゆえの相性勝ちで、しかもツーパン(実質ワンパン)で戦意喪失するという弱メンタルに助けられたものだ。青年が歩いただけで壁に刺さった刃は大した抵抗もなく進んだ。恐るべき切れ味である。展開した速度も一度に出せる数も優秀で、かなり強力な〝個性〟だ。切島は知らないことだが、全身から出せる分『ムーンフィッシュ』の上位互換だと言えばその恐ろしさが伝わるだろう。
「ふざけんな……クスリに頼って出したもんが何になんねん……このクスリはバカ高い上に副作用があるんじゃボケ……ヤク中になって早死にしろってか……」
粗悪品ではあるが、元がクソ高いのでそれでも値段はまぁまぁ高い。だから効果は知っていたものの、実際に使うのは初めてだったのだ。その割には急激に増した力にメンタルはともかく技術的には振り回されもせず、器用に使えてるんだよね。才能マンか?
「薬で引き出せたってことは、お前のポテンシャルだろ! 自信もてよ!」
「……何がポテンシャルや……ここまで伸ばすのにどれだけ苦労があるかも分からんのやぞ……それにこんな〝個性〟人を傷つけるしか使い道ないやんけ……」
伸ばしたところで、何になるのか。ただの徒労である。〝個性〟とは気軽に使って良いものではない。実は犯罪者にとっては尚更そうなのだ。警察の相手だけでも大変なのに、ヒーローにまで目をつけられたら困る。だから大っぴらに〝個性〟を使うのは捕まりそうだとか、すでにヒーローが立ちふさがっているとかの極限状態での『最後の手段』となる。
「そんなことねェよ! 俺みてェに身体を保護するとか! ……えーと、すげェ切れ味だったし林業とかにも使えるんじゃねえか!? あ! 草刈りって意外と需要があるって聞いたことあるぜ!」
修練を積んで回転させたり出来るようになれば実働は短時間でそこそこ稼げるだろう。現状でも足首辺りからポン出しするだけで相当楽に刈れるだろうし、斜面などで重い草刈り機を使わなくて良いのはかなりのメリットだ。
「なんやそれ……しょーもな……」
「しょうもなくねえよ! 立派な仕事だろ!! 人を傷つけながら生きるんじゃなくて、感謝されながら生きたいって思わねえか?」
「……出来たら苦労せんわ、クソガキが……」
もはやその言葉に敵意はなかった。戦意はとっくに喪失し、力なくへたり込んでいる。反発はすでに口だけとなっており、抵抗するつもりは一切無かった。それが分かったのか切島は彼のそばにしゃがみ込んで語り始めた。
「俺は初めて〝個性〟が出たとき、自分の顔を切りつけちまった。ほら、この傷だよ。それからはこの〝個性〟が嫌いだった。……俺は弱い自分が嫌いだったんだ」
「…………」
「それをごまかして生きてきた。うわべだけを理想の自分で着飾って……強いふりをした。でもそれじゃあダメだった。肝心な時に、動けなかったんだ」
「……だから……なんやねん……てめーの話なんぞ……知るかボケが……」
顔を背ける。まるで自分のことを言われているようだと思った。他人事では、なかった。裏路地で幅を利かせて肩を怒らせて歩く、強そうに見えたアニキたち。その仲間になれば、自分も強くなれると思った。だがそうではなかった。アニキらは強がっていただけで、強くはなかった。強いふりをする方法だけ教わったが、虚飾を纏っても弱いままだった……。
「お前は動けたんじゃねえのかよ?」
「?」
「怖くても仲間のために動いたんだろ! 銃を使ったり、犯罪はダメだけど……そのことはすげえって思うから! もう一度勇気を出して、やり直そうって思ってくれよ!」
この青年は天喰を撃った。切島はそのことを許したわけではない。だが、ヒーローとは私刑を行うものではない。人助けをして、その姿で勇気を与える存在だ。会ったこともないクリムゾンライオットが、その生き様だけで自分に教えてくれたように。
「う、ぐぅ……」
青年の顔がくしゃりと歪む。
「今からだって遅くねえ! 俺は間に合わなかったかもしれねェけど! お前はまだ間に合う! そうだろ! まっすぐ、後悔のねェ生き方をしよう!!」
その言葉を聞いて、ついに青年の心の壁は決壊した。
「……うぁああああああ……わぁああああ…………わぁあああああん……」
いい歳した青年が無様にべそをかき、恥も外聞もなく泣きわめいている。悲惨さすら感じる情けない姿だ。だが切島は笑わなかった。笑えなかった。自分がこうなっていても、おかしくなかった。だから、助けたかったのだ。『決着』がついたそのタイミングで、いつの間にかそばに来ていたファットガムが人垣をかき分けて近づいてきた。
「はーいはいはい通したってな。あーあー、そない泣かんでええて。ちゃんと反省したんやったら優しくしてくれる人も、分かってくれる人も必ずおるもんや。大丈夫、君はやり直せるよ」
青年のそばに駆け寄り、しゃがみ込んで肩をポンポンと叩くファットガム。包容力があるな、良いデブだ! こういう人情噺は大好きでな……。野次馬たちも口々に切島を称え、青年にも頑張れよと声をかけている。
「……気休め言わんとってやファットガム……ずびっ……俺は今感動に打ち震えとんねん……こんなに良くしてもらったこと今までない……現実見せて水を差さんといて……」
青年は切島に敗北を認め服従したが、その言葉の全てが現実になると思っているわけではない。ただ、後悔のない生き方をしたいと本気で思えるようになった。逃げたい気持ちは今でもある。でもそうしたら……この若きヒーローはきっと騙されたと思って『傷つく』だろう。それだけはどうしても嫌だった。自分の後悔になると、思ったのだ。
「ファットさんは口だけとちゃうで。出所したらウチの事務所頼ってきい。真っ当な仕事紹介したるわ。名前なんて言うん?」
「……キリト……『
「! 『
「キリトくんか、覚えとくで。さ、一緒に刑事さんトコいこうな。俺よりレッドライオットに支えてもらうか?」
「うん、そうしてほしい……ファットガムおおきに……おおきにな……レッドライオット……肩貸してくれるか……? ぐすっ……薬の副作用で全身だるくて立つのもしんどくてな……」
「ああ! 手を貸すぜ! よっと!」
何のてらいもなく〝個性〟を解除して自分を抱えたことに驚く青年。チクチクしそうやけどレッドライオットが良い、と思っていたのでびっくりだ。
「素直すぎやろ……。俺の〝個性〟をもう忘れたんか……? 今いきなり刃出したらキミ、死ぬやんけ……。やめてや、もう……。眩しすぎるわ……」
ぽろぽろと再び涙を流す。震えながら力の籠るその腕に、切島は恐怖を感じなかった。いきなり刃を出してくるなんて事をするはずがないと、知っていた。
「忘れてねーよ! 〝個性〟で傷つけられるかも、って思われるの嫌だよな! 俺も何度も経験があるから分かる! だから、信じてやらねぇと! 自分がしてもらいたいように、他人には振る舞わなきゃいけねえんだ!」
青年は切島に笑顔を見せた。久しくなかった、本当の、心からの笑みだった。しばらくのこのこと歩いて天喰と警官達がいる場所へ向かっていると、彼はぽつぽつと話し始めた。
「……あの兄ちゃんには悪いことしてもうたわ……」
「……環は〝個性〟が使えへん言うとったけど、弾丸のこと聞いてもええか?」
ファットガムが穏やかに問いかけると、青年は少しためらったあと話し始めた。
「……俺も詳しいわけやないけど……てかあの銃がそれって知らんやったけど……最近裏で出回っとる『個性消失弾』やと思う……効果は1~2日で切れるって聞いとる……」
「そ、そうか! 治るんだな! よかった……!」
センパイが治るのが嬉しいのは当然だが、せっかく更生しようとしているこの青年の罪が重くなるのも嫌だった。だから致命的な効果ではなかったことに安心している。……この青年の兄も弟に本当の銃は持たせたくなかったのだろうな、と切島はぼんやりと思った。
「ごめん……ごめんなぁ……堪忍やで、あの子にも謝らせて欲しい……ファット、連行される前に時間取ってもらえんか……後生や……」
「頼んだるよ。俺が責任取る言うたら多分大丈夫や。いつもようしてもらっとる刑事さんやからな……仲間とも話すか?」
「アニキらには合わせる顔がないわ……俺は裏切りモンやからな……。『個性消失弾』には他にも噂がある……そのうち完全に『消失』させる上位版が出るっちゅう話や……これが出たらヒーロー社会は崩壊するいうて盛り上がっとる……」
「うはぁ……ごっつい話が出てきたな……一時的な『個性消失弾』だけでも勘弁して欲しいのに完全消失やとぉ? こら
「そんな……〝個性〟を消すなんてひでェ事を……!」
「……もう一つ噂があってな……レッドライオットなら分かると思うけど……世の中には自分の〝個性〟を嫌がっとる人もおるやろ? そういう人用に『個性消失薬』っちゅうのも作っとる……らしい」
「……あ。そうか……バカか俺は! どんな物でも使いようって分かってたはずなのに……!」
「せやね。真の敵は技術を悪用する『悪意』そのもの……その点レッドライオットはすごいで! キリトくんの心の中の悪を打ち破ったんや! ほんまもんの、一番難しい
ファットガムは切島を褒め称えつつ内心でこれからのことを考え戦慄していた。『破壊』と『治療』……二つの異なる運用思想は『派閥』の存在を想起させる。つまり敵の規模は相当巨大であると目されるからだ。まぁそう思うよね……。個人のラボなんすよ……。
「うん……! 俺を暗闇から救けてくれた……! きみは俺のヒーローや……! かっこええよ、レッドライオット……!」
切島が照れながら歩いていくと警官たちとともに居る天喰が不思議そうにこちらの様子をうかがっているのが見えてきた。自分を撃ったはずの男がなんだかいい雰囲気のなか申し訳なさそうに自分を見ていることに困惑しているらしい。かわいそう。
「……なぁ……俺ときみが似とるって……ほんまか……?」
そろそろ二人が話せる時間も終わりだ。ファットガムが天喰への謝罪の時間をとってくれるらしいが、無理を言ってお願いする形なので許可が出たとしてもあまり長く話せるわけではない。だから彼が切島と再び話す機会は、出所するまでもうないだろう。
「もちろんだぜ! 自分でもびっくりするくらいだ!」
まだそこまで思い至ってない切島は朗らかに返した。
「……元犯罪者が……ヒーロー科を出たわけでもない中卒がハタチにもなって今更ヒーロー目指すのってどう思う……?」
幼い夢。諦めるのはとても早かった、夢。レッドライオットが見せてくれたもの。
「すごく立派なことだと思うぜ! 現実はきっとものすごく大変なんだろうって想像する事しか出来ねェけど……諦めなきゃ、いつかたどり着けるだろ! 俺もまだ目指してる途中だから偉そうなことは言えねえけど!」
青年はその返答を聞き、くすりと笑って切島に問いかけた。
「……『
「! ああ! そうだぜ! 知ってるのか!!」
「……俺も昔、ファンやったよ……おんなじやね……」
「見てくれキメラ。神の光だ……」
曇り空の中、銀色の髪を長く伸ばした青年の周囲だけが日の光に当たりきらきらと輝いている。
「すっげえー! すげえぞナイン! か、神! こりゃァ神だぜぇ!!」
「私は……天に立つ……!」
ナインと呼ばれた青年の足元に霧が発生した。おそらく雲に見立てて「天に立ったよ」と言いたいのだろう。
「かっけぇ~~! ナインは世界がどういうものかではなくどうあるべきかについて語ってるんだよな!」
あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ。憧れは理解から最も遠い感情だよ。
「ふぅ……ありがとう。こんなに楽しいキメラを愚か者どもは石をもて追い立てたというのか……やはりこの世の中は間違っている……」
キメラの調子のいい囃し立てに気を良くしたのか朗らかな笑顔でありつつもなんだか厨二病みたいなことを言う青年。キメラはサブカル知識などないのでひたすら「かっこいい!」と思っている。
「俺ぁ良く分かんねえけど……ナインが言うならそうなんだろうな!」
大好きなナインが自信たっぷりに言うのだからきっとそうなんだろう。自分や周りの人間ではなく、世の中が悪いだなんて考えたことはなかった。キメラは俺とはスケールが違う! と感動している。
「……むぅ……私も学があるわけではない……やるべきことを定めるためにも賢い仲間が必要だと思わないか、キメラ」
言ってる本人はそこまで自信がないらしい。眉を下げて気弱な言葉が出てきた。
「わ、わりぃナイン……俺がもっと賢ければ……!」
へにょーんと耳が垂れ尻尾がだらりと地面に横たわるキメラ。くぅーんと哀れっぽい鳴き声までもが漏れているのを見てナインは慌てて、しかしその慌てぶりがキメラには分からないように努めて冷静なふりをして言った。
「何を言う。お前にはその強く大きな体と、仲間を思いやる優しさがあるだろう? 適材適所だ、キメラ。お前のその強さで、きっとこの先出来る弱き仲間たちを守ってやるがいい」
「仲間かぁ~! ナインみたいにかっこよくって優しい奴らだといいなぁ!」
ナインのキメラを元気づけようという試みは成功した。やるべきことが分かったキメラは再び耳と尻尾をぴーんと立ててテンションを高めてはしゃいだ。
「結局のところ……この世は弱肉強食だ。そして今は強さの種類が多すぎる……もっと分かりやすい基準が……私やお前でも分かるような基準が必要だ。そう……それは『暴力』。我々はこれから、強きものが先頭に立ち、道を指し示すユートピアを創るのだ……! その過程できっと私は沢山の人を傷つけるだろう。だから私の優しさは……お前に預けておく」
重苦しく喋るナイン。さっきのおふざけは名残を惜しんだものだ。社会から見捨てられた者同士、二人で生活するのは楽しかった。だが少しずつその生活にはほころびが見えてきている。狡猾に隠れ潜んでいたナインとは違い、キメラはすでにこのあたりの界隈では名が売れていて、再びヒーローたちが集まりつつあることが分かったのだ。だからもう苦しくとも楽しかったその日暮らしは終わりだ。
「ナイン……それはお前も傷つくんじゃねえのか……? それに〝個性〟を使えばナインは苦しいんだろ?」
ナインはキメラの思いやりがたっぷり詰まったその言葉に顔をほころばせたが、首を振ってその笑みを振り払った。強きもののボスとして君臨するからには、朗らかではいけない。畏怖されるような存在にならねばならないのだ。
「先ほど見せた軽い操作くらいならそこまでではないさ。それに『力』はそう何度も見せなくても良い……と思う。見せしめに落雷でもすれば、人々は慄くだろう」
1000年くらい前なら通じたかもしれないけど現代じゃ無理だと思いますよ。天候を操る『気象操作』の〝個性〟は確かに非常に強力な、いわゆるレア〝個性〟だがデメリットが大きい。細胞が死滅する生まれつきの障害、と思っているが実際は〝個性〟の使用コストである。
「でもよぉ……世の中を変えるなんてだいそれた事をするなら、簡単な操作じゃあ追いつかねえんじゃねえのか……俺はお前が苦しむところを見たくねえよ……」
「優しきキメラ。お前を助けたとき、私の心にあったのは怒りだけだった。ただお前が虐げられているのが気に食わなかっただけで、お前自身のことなどどうでも良かった……」
「だからどうしたって言うんだ? ナインは俺を救けてくれた。それに今もどうでもいいと思ってるわけじゃねえだろ? 俺達は仲間じゃねえか」
二人はとても気があった。生い立ちから今に至るまでのことをすべて共有しあって、寄り添って生きていた。だが、二人組になったことで様々な制限が生まれ、いよいよ進退窮まったことでナインはハッチャケた。
「そうだ。私たちは仲間……この理不尽な世の中から弾き出された……救けてもらえなかった弱者だ。だが……これからは違う。我らが強者となり……『弱者』となった『元強者』どもに思い知らせてやろう」
お前たちが放っておいてくれないのであれば、こっちから構ってやるよ。恨みも憎しみも、我慢してやっていたのに。私の友達をこれ以上いじめるつもりなら、相手になってやる。そんな幼稚で、だからこそ純粋な思いだった。
「本当にやるのか? ナイン……どっか南の島でも行ってよぉ、そこで狩りでもして暮らそうぜ……? ナインは〝個性〟を使わなくても、俺が全部やるからよ……」
ナインのためならキメラにとって多少の不自由などどうでも良かった。どうでもいいもののためにナインに傷ついてほしくなかった。
「ああ……素敵な生活だな……。穏やかな日差しを浴びながら風に吹かれて、恵みの雨を待ちながら作物を育てて……憧れる生き方だ」
「それじゃあ……」
「すまないキメラ……もう私の中に渦巻くこの怒りを……押し留めることは出来ない。何故我らは虐げられなければならなかった? どうしてこの世の者共はそれに関心を持たない? やっと関心を持ったかと思ったら『討伐』だと? ふざけている! ……いや、分かっている。我らとて常に虐げられていたわけではない。僅かだが我らのような生きる場所がないものを救けてくれる者たちが居る。だが……構造自体が間違っているのだ。我らを助ける者たちとて裕福ではないし、余裕もない……弱者だ……」
「…………」
ナインは嵐になりたかった。この社会を好き放題に暴れまわって、ぐちゃぐちゃに撹拌してやりたい。汚泥の如き世の中を、洗い流してやる。そのためには計画が必要だ。しかしナインもキメラも身も蓋もない事を言えば学歴なしの馬鹿なので、賢い仲間が必要なのだ。能力は●ネルみたいだけど頭脳は●フィだから●ビーや●ミが必要なんですね。最初の仲間が医者じゃない●ニー●ニー・●ョッパーだもん。これじゃ航海出来ないよ。
「我らが『強者』となり『弱者』の扱いを差配せねばならん。必要なのは数だ。私が『オールマイト』のように象徴となれば……賛同するもの、ついてくるものも増え、きっと世の中は変わるはずだ」
「……どうやって象徴になるんだよ? オールマイトを倒そうってのか? ナインは強えけど……さすがに『オールマイト』には勝てないだろ……?」
「どうやるかはこれから考える」
ずっこけるキメラ。まさかの無計画だ。賢い仲間に全部丸投げするつもりだったらしい。
「おい! 行き当たりばったりかよ! そんな博打にナインの人生を賭けさせられるか! ぶん殴ってでも止めるぜ!」
「まぁ聞けキメラ。先程も言ったが我らには学がない。故にビジョンが描けない。だが賢い仲間ができれば……いい考えが生まれるかもしれないだろう?」
「そりゃあそうだけどよ……どうやってそんなやつを仲間にするんだよ?」
「わからん」
「ナイン~~!」
キメラがナインの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。だって二人とも馬鹿だもんよ……学校に行ってる奴らを羨ましく思うような底辺だぜ? 具体的な計画とか全く無いけどじっとしてても捕まって離れ離れになるジリ貧状態だから動くしかねぇんだ。
「お前が仲間になってくれた理由だって分からん。私がお前を仲間だと思っている理由も実は分からん。何も分からん……」
「俺が仲間になった理由は俺が分かるぜ、ナイン! オールマイトが人気者なのとおんなじさ! 俺を救けてくれたのはオールマイトじゃねえ! ナインだ!」
良くしてもらったから恩返ししたい。最初はその程度で、一緒にいる内に気が合って、ずっとこうしていたいと思うようになった。
「……ふむ。人助けをしてたら仲間が増えるのか?」
「世の中を変えるとかは置いといてよぉ……俺達みたいな虐げられているやつを救けていこうぜ! そうして仲間を増やしてよぉ、南の島で悠々自適に暮らすんだ! なっ!」
キメラはどこかでその言葉の虚しさを理解っていた。ナインはきっと止まらない。彼がずーっと……胸の奥に抱えているどす黒い暗雲を、知っていた。キメラはそれを自分の手で晴らしてあげたかった。だが、もう誰でも良い。仲間が増えれば誰かが……ナインの心を救けてくれるかもしれない。
「むむむ……とりあえずはそれでいい。だがもし良いアイデアが生まれたら……賭ける価値があると思えるようになったら……ついて来てくれるか、キメラ」
「そんな事になってほしくねえが……どこまでもついていくよ、ナイン。お前は俺の……初めての友達だから」
嫌がられたってついていく。たとえそれが地獄の底であっても。だってナインは、キメラを地獄の底から救けてくれた、かみさまだったから。
「わたしもともだち……」
「ん? おお、エリじゃねえか! そうだった、お前も友達だったな……んん?」
路地裏からいきなりソファにワープした気がするキメラはぼんやりした頭であたりをキョロキョロと見回した。そこはあの薄汚れた場所とは全く違う、ヤクザハウスの応接間だ。膝の上には小さな女の子。キメラの友達のエリだ。隣に座ってるのは白髪の青年。キメラの友達の死柄木弔だ。
「なんだキメラ……寝ぼけているのか? そろそろシャキッとしろ。治崎が来る」
「うおっ……わりぃな死柄木、うとうとしてた……」
ぶんぶんと頭を振って眠気を振り払う。ドレッドヘアが激しく振り回されてうざったかったらしく死柄木が上半身をのけぞらせた。
「さっきの寝言……南の島にバカンスに行きたいのか? ナインの無事が確認できたら沖縄あたりでお祝いでもするか」
「死柄木……! へへっ、そのためにもあのアホをさっさと説得しなきゃな」
どうしてここに来たのかキメラは思い出した。治崎が寝たきりにした『組長』を目覚めさせるように要請するためだ。
「そうだな。全く、誰かのためになにかしたいなら本人に聞くべきなのに寝たきりにするってアホすぎるだろ。高学歴なのを自慢していたが、学歴じゃ知恵は測れないってことだな」
お前も似たようなことやらせてるだろ、井口くんによぉ。
「この説得がうまく行かなくても……情報収集はマシになるんだよな?」
「多分な。裏の情報網の繋がりを持っている古株のヤクザどもは治崎のことを認めていない……いや、組長に反逆して失望されている。もとは過激ながらも組長への敬愛は本物だと思われてたらしいからな」
つまりナインの探索にも繋がる用事だ。だからきっと懐かしい夢を見たのだろう。
「寝たきりの組長への忠誠こそがこの組の根幹。だから「組長を治すように」って説得しようとした事自体が成否にかかわらずそいつらの心に響くってことだよな」
「そうだ。ずいぶんと物事をしっかり考えるようになってきたじゃあないか。偉いぞ。飴をやろう」
死柄木はポケットからエリ用の飴を取り出しキメラに渡した。
「俺はガキじゃねえぞ……ぱくり。甘くて美味しいなァ……」
ちょっとした冗談だったがキメラは素直に受け取ってぺろぺろと舐めだした。かわいい。エリちゃんと一緒に居る機会が増えたので葉巻が吸えないからね。まぁキメラは別に葉巻が好きで吸っていたのではなくて、自分の高めだった声が気に入らなくて喉を燻すために吸ってたので我慢していると言うほどでもない。依存性とかもキメラのスーパーボディには効いてないからな……。
「…………」
壊理は何を思ったか死柄木弔をじーっと見ている。
「エリも静かにしてたらあとで飴をやるから、大人しくしてるんだぞ。言いたいことがあったら言ってもいいが」
要望はするが聞き入れるかどうかは相手任せなのが死柄木弔のスタイルなのだが、逆らうやつはもはや居ない。この「別に従わなくてもいいけど?」という余裕がある種のカリスマ性として働いているのだ。荼毘とトガの無軌道ぶりを思い出しちょっと笑みを浮かべる弔くん。まぁそいつらは『無軌道に暴れるのが目的』だった所があるからね……。
「……わかりました!」
元気良くエリちゃんがお返事する。キメラを参考にしたのかエリちゃんは死柄木弔にめちゃくちゃ従順である。大人しくキメラの手の脚鱗をぺたぺたと触っていると治崎がのこのこやってきた。
「すまない、少し下部組織とのやり取りがあって遅れ……なぜエリが居る? ふざけるな」
「いきなり沸騰するな……これからする話に無関係じゃないし、キメラに引っ付いて離れないんだからしょうがないだろ」
でかつよキメラはエリちゃんにとって精神安定剤だ。治崎の横暴から『解放』されたのは死柄木弔とキメラのおかげなのを幼くとも良く理解している。特にエリちゃんは一見分かりづらいが実は暴力の信奉者の蛮族脳なので分かりやすい『暴』を持つキメラが特にお気に入りである。
「くそ……どいつもこいつもエリを甘やかして……なんでそいつばかりが……」
「孤児院育ちのお前やカスの育成ゲームの素材にされてた俺じゃ良く分からないことだが、子どもには優しくするのが世の中の常識らしいぞ。俺には関係ないけど」
「児童養護施設の大人だって子どもには優しかったぜ? 中身のガキどもは俺には厳しかったけどな。顔が人間じゃねえと仲間じゃねえそうだ、ハハハ」
明るく吹き出してくる闇。まぁこの場にいるのはみんな闇属性モンスターなのでこやつめハハハという感じで流された。
「仲間かどうかは顔で決まるもんじゃないぜ、キメラ。いいか治崎、お前がエリをどう思おうと勝手だが俺も勝手に扱う。文句があるなら聞いてやるが、ちゃんと俺が納得する話を持ってこないと何も変わらないぞ」
「……それで、本題は何だ。まさかまたエリの待遇を改善しろとかいい出すのか? もう何度目だ、今は本当に必要なことしかしていないんだからこれ以上言われてもこっちもどうしようもない。苦痛を軽減したいなら秘密を漏らさない信用できる科学者を増やして研究を進展させるしかないぞ」
もうすでに無意味な痛めつけは厳しく制限されている。とはいえ本当に必要な分だけになっても苦痛はそれなりのものだ。治崎がカスみてぇな研究方針だったせいで能力を引き出すトリガーが現状『痛み』しか無いので、それ以外の発動方法……つまり壊理が自分の意志で発動できるようになるまで研究は凍結される予定だったのだが、壊理が「やる」と言ったので死柄木はそれを止めなかった。仲間がやりたいって言うならやらせちゃうのがこいつのスタイルなのでね……。
「信用できる科学者ね……どっかに居るといいんだがな、優秀でいて今何も研究してないような、それでいて研究のためなら犯罪者と協力することも飲み込んでくれるような都合のいいやつが」
「……最近『I・アイランド』が日本近海をうろついてるって話がある。今なら『黒霧』が侵入して交渉を持ちかけるなり、脅すなり出来るんじゃないのか」
それは本来なら悪くない思いつきだっただろう。I・アイランドは優秀な科学者が集まっているが、出入りが制限されているのでフラストレーションを貯めている科学者もそれなりにいる。脅迫などする必要がないくらい入れ食いである。『ワープゲート』とかみんな研究したいからな……。
「あそこは『ホーリーナイト』の縄張りだぞ、馬鹿野郎。お前本当にあいつの地雷踏むのが上手いな。わざとやってるのか?」
「は?」
弔くんは『ホーリーナイト』の情報を熱心に追いかけているね。メスガキのI・アイランドでの活動は日本だとそこまで注目されていない。デビュー前の学生が科学者と協力してセキュリティを復旧したのはそこそこ知名度があるが、大々的に報道されたのは『デヴィット・シールド』のほうである。「俺は初期の頃からファンだったけど?」みたいな害悪古参がしたり顔で知識自慢しながら拡散しているので遠からず広まるだろうが。
「……ああ……まぁ話してやるか……『ホーリーナイト』自体は流石に知ってるよな?」
別に教えてやる義理はなかったが、話の流れで結局言うことになってしまった。死柄木弔にとって治崎は仲間ではない。ないが、面倒を見ている相手だとは思っている。行動の責任を持ってやる気はないので、差し詰めニア・仲間と言ったところかのぉおおお!!
「オールマイトの弟子とか後継者とかもてはやされている孤児のことだろう? 後継者というのが虚名ではない程度には強いらしいが……そこまで警戒の必要があるのか?」
治崎というか一般的に知られているのはこのくらいである。エンデヴァーやオールマイトがAFOと戦う時に同行を許されている(と認識されている)のでそれに見合うくらいの強さはあるのだろうな、という当て推量だ。実際の強さは殆ど未知であるが、飛行したり、拘束したり、ドラゴンを出したり、景観を保護したり、地面を一瞬で隆起させたりと捕縛と他人の補助に長けたヒーローであると目されている。ついでに次世代のヒーローらしい流血を嫌う戦い方は非常に高評価だ。
「そうだな。あいつは全盛期のオールマイトの500億倍くらいすごい。敵対する愚が分かったか?」
「……冗談だろ? そうだと言ってくれ」
実際は数値化できないくらい差がある。全盛期のオールマイトが500億人居たら勝てるかと言うと無理なので。イレ先呼んできて説教させたほうがまだ勝ち目がある。『OFA』の強さは複数人の身体能力を凝縮した……というかとっしーが40年くらい溜め込んだパパパパワー! がキモなわけだがメスガキはその気になれば太陽とかからエネルギーを持ってこられるので文字通り桁が違う。レモン1個分のビタミンCはレモン5個分だぜ!
「こんなつまらない冗句言う意味あると思うか? ギャグなのはこの現実だぜ。お前のご自慢の『個性消失弾』もあいつには効かないだろうな。仕組みは知らんが〝個性〟の産物じゃあいつには通用しない。いくつか影響を与えることのできる要素はあるが……結局は出力勝負になって確定敗北だ。一瞬動きを止めるくらいが関の山だろう」
ぶっちゃけ腕力だの〝個性〟だので動きを止めるよりなぞなぞでも出したほうが有効っすね。
「……そんなやつがいるなら何をしても無駄なんじゃないか……」
インテリぶっていても結局のところ治崎もオールマイト世代なので暴力で物事を解決したがっている。強いやつが偉いという蛮族脳だ。オールマイトのことが好きだろうが嫌いだろうが、暴力が世界を動かすんだと思っちゃってるわけだ。実際そのとおりでもある。そしてメスガキはそれをアップデートしたがっている。
「ところがそうでもないんだなこれが。お前は世の中を意のままにしたいのか? 違うよな。お前が求めている『ヤクザの復権』は社会がある前提……例えば民衆が原始時代みたいにウホウホいい出すような状況になったらお前にとっては損しかない」
「……まぁ、そうだな……健全な社会という土台があって初めて俺の目的は叶う……社会の『混乱』は望むところだが、社会の『崩壊』は困る」
「俺やお前のやろうとしていることは極論すれば寄生だ。まぁライフハックと言い換えてもいいが」
「……そういう性質を持っていることは認めざるを得ないだろうな……それで?」
「ホーリーナイトのやろうとしていることもそれだ。自分が生きやすくするために常識をハックするってことだな。だから暴力じゃなくて未来のヴィジョンで張り合わないといけないんだ。分かるか?」
「……競合しなければ敵対しないということか?」
「基本的にはな。だから例の研究をせめて成果くらいは残せるようにあいつの逆鱗に触れないように調整してやったんだよ。お前のためと言った意味がわかったか? しょうもない嫌がらせにネチネチ時間をかけて不要なリスクを招いた害悪性を理解しろ」
「ぐっ……余計な寄り道だったことは認めよう……だが無意味だったわけではない……エリの肉体の精査は研究にしっかりと寄与している……」
「幼女の肉体の精査ってお前……ロリコンなのか? あんまりエリに近づくな」
「おぞましいことを言うな! 誰がこんな呪われたガキに欲情なんぞするか!」
ブチギレ治崎にびくっとしたエリを見てキメラが唸り声をあげて治崎を睨みつけた。ヤクザの若頭の治崎をして気圧される胆力だ。無意識に腕に力が入る。
「お前組員からホモ疑惑出てるけどそうなのか?」
ロリコンとホモはどっちが世間体マシなんだろうな、などというセンシティブな事を考える死柄木弔。弔くんは性欲が薄いので性癖の事はいまいちわからない。
「なんだとぉ……誰だクソみたいな噂を流しているゴミは……オーバーホールして痛めつけてやる……」
今治崎の怒りの矛先になったものは八つ当たり分まで上乗せされてとんでもないことになるだろう。死柄木弔が禁じているので殺されることはないだろうが、むしろ殺してほしいと思うまで苦痛を与えられるかもしれない。
「残念ながらお前の直属の奴から聞いた話だ。何だっけあのお前と一番仲いいヤツ。レトロゲーのタイトルみたいな名前の」
「……? 一番仲がいいと言えば玄野……あるいは根本だと思うが……?」
治崎の主観だと玄野が一番親しいが、根本とも仲が良いので傍から見たらそのどちらかが一番親しく見えるだろう。そのどちらもそのようなクソ噂を流すような人間ではないので首を傾げる治崎。
「ああ、クロノだ。あの側近でも痛めつけるのか?」
「………………」
若頭びっくり。あいつ俺のことそんなふうに思っていたの? いつから? なんで? と頭の中は疑問と悲しみでいっぱいだ。そして玄野が相手では痛めつける意味もないと言うか、痛めつけても治崎が苦しいだけである。
「へえ。お前にもそういう軽口を許せるような友だちがいるんだな。良いことだ」
「そうだな。ちょっと見直したぜ。実際は「女に興味がなさそうで心配」っつーハナシだったから安心しろよ」
「お前達……俺を馬鹿にしているのか?」
内心はほっとしながら文句を言う治崎。信じていたぞ玄野。ちなみに治崎はホモではない。ホモではないが、女性不信である。『母親に捨てられた』ことで若い女に苦手意識があり、このせいで組長の娘ともまともに交流がなかったし、男社会であるヤクザワールドに傾倒する遠因ともなっている。エリちゃんを過剰に痛めつけたのもこの事と無関係ではない。
「まさか。俺たちが友情を大事にしていることが分からないわけじゃないだろ」
「エリがその「オトモダチ」に入っていなければよかったんだがな。……本題は『ホーリーナイト』の情報共有で良いのか?」
なんとなく怒りがしぼんで早く話を終わらせたくなった治崎に、死柄木は今思い出したと丸わかりな態度で本題を切り出した。
「ああ、忘れるトコだった。おまえ、組長起こせよ」
「……何だと?」
「組長を起こせ。そうすればお前がこの後どうなろうと『組長の望みを叶える』事を約束してやる……と言いたいところだが、起きた組長に不可能なことを言われても困るから『実現するためにあらゆる努力をし続ける』と言い換えておく。俺達だって盤石じゃないからな。『ホーリーナイト』にボコボコにされてムショ入りするかもしれないし。あと流石に『
「……………………」
「悪い話じゃないだろ? つーか『ヤクザの復権』はあくまでお前がそれが
「!! ……俺が『頼まれた』のは……」
──世話『ついでに』あの子の〝個性〟調べ上げてくれや そういうのお前得意だろう──
「エリを調べることだ! だから調べた! 徹底的に分解し尽くして……調べ上げたんだ!!」
「……じゃあ次の頼みを聞かないといけないな。もう大体わかっただろ、エリのことは」
「ぐぅううううう……!!」
頭を抱えてうつむく治崎。本当に頼まれたことはなんなのか。
「はぁ……なんか認めたくない『頼まれごと』があるらしいな? 認めろ。どれだけ苦しくてもだ。そしてやりたくないなら直接言え。俺にじゃなく……『
「……ごめんなさい……わたしがすてられてここにきたから……」
壊理は悲しげな目で治崎を見つめた。すでに恐怖は感じていない。治崎は恐ろしくて強いと思っていたが、そうではなかった。哀れで弱い存在だと、分かってしまったのだ。かしこい。
「!!!! やめろッ……! 知ったような口を……!! お前が! 俺を!! 憐れむなァッ!!!」
やりたくないなどと……『孫娘なんて捨ててくれ』などと言えるはずがない。そんな事を言って「じゃあお前はもう要らねぇ」等と言われたらどうすれば良いのか。……治崎はもう、それを言われている。「出ていけ」と。「いやだ」と言えなかった。「ここに居させてくれ」と言えなかった。言えばきっと言われてしまう。「お前より壊理が大事だ」と。だから、寝たきりにして、黙らせた。
「お前なぁ……組長のこと好きなんじゃねえのか? 全部じゃないにしてもよ……本音の一つも話すことも出来ない程度の関係だったのか?」
キメラはナインが相手でも自分を偽ったことなどない。きっとナインもそうだった。お互いの醜さも、卑しさも……隠した優しさも全て曝け出し、分かりあった。ガキじゃねえんだから……と治崎を呆れた目で見つめてキメラは気付いた。違うか。こいつ、ガキのまんまなんだな。
「違う!! 俺は……俺は!!!」
「はぁー……頼まれごとは『壊理を大事にしろ』とかそのあたりか? お前はそれが嫌だったけど言い出せなくてこんな事になっちまったわけだ」
死柄木弔の頭の奥がじくじくと痛む。父親に正直な気持ちを言えなくて苦しむ子供。それは一体、誰のことだろうか。今なら言える。「お父さんなんて、だいっきらいだ!!」と。でもそれは……二度と話したくないってことじゃなかったはずだったのに……。口元の傷跡を撫でる。父が本当はどう思っていたのか、もう確かめることはできない。どんなに願っても、どんなに祈っても、叶わない。
「違う……!
危険な殺意のこもった目でキメラに庇われているエリを見る。頭の中ではキメラをバラバラにしてエリを痛めつける算段が始まった。キメラを『分解』出来るかは五分五分と言ったところだ。キメラの身体能力は治崎の両腕を避けながら治崎に致命傷を与えるのに十分なスペックがあるし、首尾よく分解出来ても死柄木弔が激怒して死穢八斎會は終わりだ。そこまで考えてギリギリと歯を食いしばる。ただ自分がスカッとするだけでデメリットしかない害悪行動だ。
「分かった分かった、エリの面倒は俺が見てやる。エリもここに居るより俺達と来たいよな?」
不健全とか死柄木弔にはどうでもいい。このままここにエリを放置していたらろくなことにならないだろう。いつかブチギレた壊理に治崎が消されてこの地獄は終わる。治崎は目的のために壊理が死なないように気を使わなければならないが、壊理にはそんな枷はないからだ。今それがあるように見えるのは4歳までの教育の賜物である。死柄木とキメラが治崎より強いと分かった瞬間、彼女は一瞬で治崎を見限った。表面的な態度はともかく、限界は近かったのだ。
「……はい。ここにいても、このひとをくるしめるだけですから……けんきゅうはつづけられますか?」
その気持ちがこのように出力されるのは彼女が優しいからである。他人の、それも自身を痛めつけ散々に虐げた男の心に思いを馳せる余裕が『まだ』残っていた。これが尽きたときが治崎の人生最後の日だったことを、どちらも分かっていないのだろう。治崎はぽかんとして成り行きを見つめている。
「なんとかしてやる。ただ今の成果の大部分はこの男のものだから、こいつが納得しないと一からやり直しだな。データから施設まで全部買い取るがいいよな? 治崎。もういらないだろ、こんな『呪いの装備』は。解呪してやるよ、俺がな」
死柄木はデータと設備だけのことを言ったが、治崎にとっての『呪いの装備』は……壊理そのものだ。インベントリに存在するだけで持ち主を蝕む最悪の『呪い』。呪っているのは壊理でも組長でもなく、治崎本人。散々にやらかして、自分を愛しているか確かめるための幼稚な試し行動。かつては『
「ほら、保護者の許可を貰いに行くぞ、バカ
死柄木弔にとってはそんなしょうもないセルフ・ハンディキャッピングなど今すぐやめさせたい不快な行動でしかない。死柄木弔は許さない。『己の仲間』を傷つけるものを、決して許さない。たとえそれが、自傷であっても。
独自設定とか
・チンピラと切島くんが似てる:かなり意図的に被せてるキャラだと思います。
・アニキ:多分実の兄。でもなんか他人ぽい台詞(強い人ら扱い)もあるのでおそらくグレて家出したとかでしばらく離れてたんじゃないかと思います。
・才能マン:切島くんは才能マンに縁があるね。原作だと跳躍にも利用していたので切れ味も調整できてると思われる。まじやばくね。
・ファットガム:素早い戦意喪失が重要とかは今度教えよっと。
・あるよぉ!刃あるよぉ!:自分では思わないんだけど周りに身体から刃物がでてるって良く言われるwこないだDQNに絡まれたときも気づいたら周りに人が血だらけで倒れてたしなwちなみにアニキは俺に似てるw(個性は似てないw)
・切島くんの行動:メスガキの影響をだいぶ受けてる。
・元犯罪者中卒ヒーロー:グラントリノが免許取れてたからなんとかなるんじゃね?あのおっさん無免でAFOと戦ってたことになるからな!
・ナイン:最初の仲間はキメラらしい。
・あほナイン:便器で出産されてそのまま捨てられたぽい描写がある。誰が育ててくれたんやろね。
・優しくナインです:自分のためというよりキメラのためっぽいんだよね。ドクターの実験を受けるまで「誰にも知られることなく生きていた」らしいし。多分動物好きなんだと思う。
・嵐になりたい:某アイドルグループではない。
・葉巻メラ:くぅーん……ってやつを消したくて喉を燻している(成果なし)。
・壊理蛮族脳:治崎を暴力で上回ったのを見せないと保護とかしても無駄。自力で治崎の所に帰るだけ。
・外から見たメスガキ:生意気だけど行動はしっかりオールマイトを立てている可愛い弟子。
・なぞなぞ:クイズとかでもいい。「問題です!」とか言えば「なんだろう?」って思って動きが止まる。幼稚。
・健全な社会:馬鹿な民衆が大騒ぎできない状況って相当追い詰められてるからね。
・女性不信:シンリンカムイの初期設定に親に捨てられて(若い)女性不信ってのがあるので。
・組長の娘と治崎の関係:結婚したら『息子』になれるのに目論まなかったのかなって思ってな。エリちゃんの年齢的に同世代ぽいし。「そんなやつもいたね」って反応だったので考えすらしてないんだろうなって。
・見限った:一応は二年育てられてるからね。自分が悪いって思ってる虐待児はむしろ毒親を庇ったりする。
・勝手するのは
・セルフ・ハンディキャッピング:この場合は獲得的セルフ・ハンディキャッピング。左手で描いたから絵が下手だわー!みたいな未熟や失敗の言い訳を先に作るやつ。
・許さない:ニア・仲間なのでニア・許さない。