リオの大冒険 ~ 紋章の指輪と冥竜王ヴェルザー ~   作:ギアっちょ

6 / 14
廃聖堂の瘴気と、メラ大地斬!

王都を出て半日。

 丘をいくつか越えた先、森の縁にぽつんと残された石造りの建物が見えてきた。

 

 ――小さな廃聖堂。

 

 かつては旅人が祈り、病人が癒やしを求め、村人が祝福を受けに来た場所だと聞く。

 だが今は屋根の一部が崩れ、扉は半ば外れ、風が勝手に出入りしていた。

 

 それでも、リンスは足を踏み入れた瞬間に息を呑んだ。

 

「……祈りの“残り香”が、あります」

 

 そう言った声が、いつもより少しだけ硬い。

 リオは彼女の横顔を見て、小さく頷いた。

 

「でも、嫌な感じもする。……だよね」

 

「はい。清らかさが……薄い膜みたいに、汚れに押し返されてるような」

 

 タイガも、眉間に皺を寄せた。

 

「……空気が重いな。身体が鈍る」

 

 言われてみると、確かにそうだった。

 歩くたびに、足首が少しだけ遅れる。剣を握る指先が、わずかに痺れる。

 

 微弱だ。致命的ではない。

 だが「普通じゃない」と分かる程度には、確かに異常。

 

 ニックスが肩をすくめた。

 

「瘴気だな。濃度は低い。けど……“場”が汚れてる」

 

 そして目線だけで、リオに合図する。

 

(殿下、ここだ)

 

 リオは頷き、皆に手を上げた。

 

「……警戒。中に、何かいる」

 

 

 廃聖堂の内部は、思ったより広かった。

 壁面には色褪せた壁画。祭壇の奥には、割れた紋章の彫刻。

 

 ――と、その前に。

 

 道中、森の手前の草地。

 隊を進めながら、リオは小さく息を吐いて剣を構えた。

 

「……もう一回だけ。タイガ、見てて」

 

「いいけど。焦るなよ、殿下。……いや、リオ」

 

 タイガはそう言って、わざと少しだけ口調を柔らかくした。

 リオは頬をふくらませる。

 

「いま、“殿下”って言いかけたでしょ」

「言いかけた」

「言いかけたんだ」

「……敵がいないときくらい、力抜け」

 

 リオは、むぅ、と唸ったが――すぐ真面目な目になる。

 

「いまのボク、呪文も剣もどっちも中途半端だ。

 だから……合わせたい。合わせたら、きっと強い」

 

 ニックスが後ろから鼻で笑う。

 

「殿下、理屈は合ってる。問題は手順だ」

「分かってる。……でも難しい!」

 

「難しいなら簡単にしろ。詠唱を短くするんじゃない。完成のタイミングを合わせる」

 タイガが口を挟む。

「踏み込みの瞬間、点火。剣の動きに呪文を“乗せろ”。押し付けるな」

 

 リオは深く息を吸う。

 大地斬の踏み込みを、ゆっくり確かめる。

 

(踏み込みの瞬間……点火)

 

「メラ……!」

 

 炎が剣先に灯る。

 だが、散った。火花が風にほどける。

 

「うぅ……!」

 リオは悔しそうに剣を下ろし、じたばたと足踏みした。

「くやしい! あとちょっとなのに!」

 

 リンスが思わず微笑む。

 その笑顔を見て、リオは照れたように咳払いした。

 

「……い、いまのは“確認”だから! 本番はちゃんとやるから!」

 

 タイガは苦笑しながら、剣を立てる。

 

「殿下は殿下だ。焦らなくても強い。

 ……でも、その“あとちょっと”を埋めるのが訓練だ」

 

 リオは真剣に頷いた。

 

「うん。もう一回。……今度は、ちゃんと合わせる」

 

 

 そして今。

 

 廃聖堂の内部。

 壁面には色褪せた壁画。祭壇の奥には、割れた紋章の彫刻。

 

 ――そして。

 

 祭壇の前に、黒ずんだ石片が三つ、並べられていた。

 

 石碑の欠片。

 ただの石ではない。表面に細い溝が刻まれ、そこに黒い粉が擦り込まれている。

 まるで、簡易の魔法陣の“核”みたいに。

 

 その周囲には、鱗のある影。

 

「……リザードマン」

 

 タイガが低く呟いた。

 

 しかもただのリザードマンじゃない。

 身体の周囲に、薄い霧のような黒い揺らぎ――瘴気を纏っている。

 

 彼らは、石碑片を“設置している途中”だった。

 一本の棒で溝に粉を押し込み、何かの符号をなぞるように刻んでいる。

 

 リオは息を吸った。

 

(これが……教団の“下準備”)

 

 静かな廃聖堂に、リザードマンの低い声が響いた。

 

「……ミツケタ」

「……ニンゲン」

「……ジャマ」

 

 次の瞬間、瘴気がふわりと膨らみ、空気が一段重くなった。

 

 リオの反射が、ほんの僅か遅れる。

 タイガの踏み込みが、ワンテンポ遅れる。

 

 ――鈍い。

 

 微弱でも、戦闘では致命傷になり得る。

 

「リンス!」

「はいっ!」

 

 リンスが胸の前で手を組み、短く祈りの言葉を紡ぐ。

 光、というほどの派手さはない。だが彼女の祈りが、薄い膜みたいに皆の周囲に広がった。

 

 重さが、ほんの少し和らぐ。

 

「……完全に消せません。まだ、私の力が……」

 

「十分! 今は、それでいい!」

 

 リオはそう言って前に出た。

 ――だが、タイガが先に踏み込んだ。

 

「俺が押さえる!」

 

 剣が走る。

 リザードマンの爪が迎え撃つ。

 

 カンッ――と硬い音。

 

 タイガの剣が弾かれるわけではない。

 ただ、刃が“通りにくい”。瘴気が薄い膜のように抵抗する。

 

 その抵抗が、さらに動きを鈍らせる。

 

(……くそ、厄介だ)

 

 タイガが歯を食いしばる。

 

 リオは後方から剣を構え、息を整えた。

 

(今だ。……訓練の通りに)

 

 彼女は短く唱える。

 

「メラ!」

 

 炎が剣の先に灯る。だが――散る。

 踏み込みが遅い。炎が剣に“乗らない”。

 

「……っ」

 

 焦りが、喉に引っかかる。

 

 そのとき、ニックスの声が飛んだ。

 

「殿下! “当てる”な。同期しろ!」

「……同期」

「剣のタイミングと呪文の完成を合わせろ! 押し付けるな!」

 

 リオは、息を吸い直す。

 

(踏み込みの瞬間で……点火)

 

 その間にも、前線は崩れかけていた。

 

 タイガが大地斬で距離を取ろうとする。

 だが瘴気が絡み、踏み込みが遅れた。

 

 ――反撃。

 

 リザードマンの尾が横薙ぎに飛ぶ。

 

「タイガ!」

 

 リオが叫ぶ。

 タイガは腕で受け――受けきれない。鈍りのせいで、ほんの僅か遅い。

 

 その瞬間、リンスが一歩踏み出しそうになった。

 

(ダメだ、まだ解除呪文は……)

 

 だが、そこでタイガが目を見開いた。

 

「……祓う」

 

 それは、訓練で何度も繰り返した“言葉”だった。

 

 タイガは剣を引き、身体の芯から息を吐く。

 斬るのは鱗じゃない。爪じゃない。

 纏わりつく“流れ”だ。

 

「海波斬!」

 

 剣が薙がれた瞬間――空気が割れた。

 

 瘴気が霧みたいに裂ける。

 祭壇の前の黒い揺らぎが、真っ二つに割れ、奥の景色が一瞬だけ“澄む”。

 

 そして同時に、リオは体感した。

 

(……軽い!)

 

 身体が戻る。

 指先が戻る。

 視界が、澄む。

 

 裂け目の向こうに、リザードマンの“核”のような赤黒い部分が見えた。

 石碑片に擦り込まれた黒粉が、空気に漂い、そこへ吸い寄せられている。

 

 ニックスが叫ぶ。

 

「今だ! 核を叩け!」

 

 リオは頷いた。

 

(今!)

 

 彼女は踏み込む。

 

 ――大地斬の踏み込み。

 

 その瞬間、呪文を“完成”させる。

 

「メラ!」

 

 炎が剣に灯る。散らない。

 踏み込みの勢いと一緒に、刃へ吸い付くように走る。

 

 リオはそのまま、地面を斬る。

 

「大地斬!」

 

 衝撃波が走った。

 地面に、細い割れ目が一直線に伸びる。

 そして、その割れ目に沿って――炎が流れ込んだ。

 

 燃え広がるのではない。

 制御された、一本の火線。

 

 リオの声が、廃聖堂に響く。

 

「メラ大地斬!!」

 

 火線が、裂けた瘴気の隙間を貫き、露出した核へ突き刺さる。

 

 リザードマンが、呻いた。

 瘴気が、剥がれる。

 抵抗の膜が、消える。

 

 そして次の瞬間、タイガが踏み込んだ。

 

「――っ!」

 

 剣が一閃。

 瘴気が晴れた身体に、今度は刃が通る。

 リザードマンは崩れ落ち、祭壇の石片に爪を立てたまま動かなくなった。

 

 残りの個体は、撤退を選んだ。

 

 ――いや、“撤退できた”。

 

 リザードマンは、倒れた仲間を見て歯噛みしながらも、

 石碑片を捨てることに迷いがない。

 まるで、ここが“本命”ではないと言わんばかりに。

 

「……ココ、ステゴマ」

「……ホカニモ、アル」

「……オソイ、タイヨウノコ、オソイ……」

 

 不気味な言葉を残し、瘴気を散らしながら壁の崩れた穴へ消えていく。

 

 廃聖堂に残ったのは、荒い呼吸と、焦げた石の匂いだけだった。

 

 

 リンスは、祭壇の前に膝をつき、そっと祈りを捧げた。

 

「……ごめんなさい。私の力が、足りなくて」

 

 彼女の肩が小さく震える。

 

 リオは首を振った。

 

「違うよ。リンスが“抑えてくれた”から、ボクたちは動けた」

「でも……解除までは……」

「今は、そこまで求めない。求めるのは――一緒に強くなること」

 

 リンスは、少しだけ顔を上げた。

 

 タイガは剣を拭きながら、祭壇の石碑片を睨む。

 

「……ここが祈りの場だったっていうのに。こんなものを置くなんて」

 

 ニックスが近づき、石碑片の溝を覗き込んだ。

 

「回収は危険だな。けど壊すだけじゃ足りないかもしれねぇ」

 

 彼は袋を取り出し、手際よく黒粉を掬い取る。

 そして溝に刻まれた符号を、目で追った。

 

(……これ、手記の符丁と似てる)

 

 だが今は、言わない。

 言うべきは、別のこと。

 

 ニックスは立ち上がり、リオを見る。

 

「殿下。石碑片は破壊する。粉は俺が封じる。材料は集めた」

「うん。……決めた」

 

 リオは短く言って、剣を握り直した。

 まだ刃先が、ほんのり温かい。

 

「次は、もっと早く決める。もっと上手く合わせる。……メラ大地斬、完成じゃない。まだ“入口”だ」

 

 タイガが鼻で笑う。

 

「主役っぽいこと言うな」

「主役だよ?」

 

 リオは、にやっと笑った。

 

 だが、タイガはその笑い返しのあと、ほんの一瞬だけ視線を落とした。

 

(俺は……祓っただけだ)

 

 今日、瘴気の流れを断ったのは自分だ。

 だが、“決めた”のは殿下。

 剣に火を乗せ、道を貫いたのは殿下。

 

(……俺は、殿下が迷わず踏み込めるように、道を作る)

 

 胸の奥で、静かに誓う。

 

(呪文が使えない? 関係ない。

 俺は“祓う剣”で、殿下の剣を通す)

 

 リオは、そのタイガの沈黙の意味に気づいたのか、気づいていないのか。

 けれど、いつも通り言った。

 

「レオナハイト隊、帰還。報告して、次の手を打とう」

 

 その声には、迷いがなかった。

 

 廃聖堂の外では、月が雲の向こうから顔を出し、石畳を淡く照らしていた。

 

 ――太陽の名を嗅ぎつける影は、確かに動き始めている。

 

 そして。

 その影に対抗する“剣”も、確かに今、育ち始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。