リオの大冒険 ~ 紋章の指輪と冥竜王ヴェルザー ~ 作:ギアっちょ
王都に戻った翌朝。
レオナハイト隊の詰所に、ひとつの木箱が届けられた。
蓋に刻まれた王印を見た瞬間、リオは眉を上げる。
「……カール王国」
封蝋の赤は濃く、押された紋章は迷いなく深い。
これはただの荷物ではない。王の意思が、ここにある。
タイガが一歩前へ出る。
表情は平静を装っているが、指先だけがわずかに強張っていた。
「……俺宛て、か」
リンスが書状を受け取り、封を切る。
文面は硬い。短い。だが、重い。
「カール王国より、パプニカ王国レオナハイト隊に派遣中の騎士タイガへ。
その護衛任務における功を認め、装備を下賜する。
本装備は試作品であり、運用を誤れば命取りとなる。
用いるに足る者であることを示せ。」
「“命取り”……」
ニックスが肩をすくめる。
「ロン・ベルクの“親切”だろ。箱の中に答えがある」
木箱の隅に、もう一枚。雑に折られた紙片が挟まっていた。
封もない。筆跡は乱暴。インクは濃い。
タイガが読み上げる。
「これは鎧だ。魔法もだいたい弾く。
だが金属だから雷は通るぞw
それで死ぬなら、お前の運が悪い。
使いこなせ。
――ロン・ベルク」
「……は?」
リオが目を丸くする。
リンスが口元を押さえて肩を震わせた。笑いを堪えている。
「ロン・ベルク様……煽りが強すぎます……w」
ニックスは鼻で笑った。
「弱点まで書いてある。相当マシだ」
タイガは紙片をじっと見つめ、ゆっくり息を吐いた。
「……“運が悪い”で済ませるなよ」
だが文句のあと、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
*
箱の中身は、一振りの剣だった。
柄は黒鉄。鍔は角張り、どこか“鎧”を思わせる意匠。
刃は美しく、そして異様なほど“頑丈そう”だ。武器というより機構に近い。
「……鎧の魔剣」
かつてヒュンケルが身にまとい、戦いの果てに消えた伝説の武装。
それを――名工ロン・ベルクが作り直した。ver2。
タイガが握った瞬間、重さの質が違うと分かった。
単に重いのではない。
“鎧としての重さ”が、剣の中に仕込まれている。
リオが、目を輝かせて言った。
「それ……ほんとに鎧になるの?」
「……なるって書いてあった」
ニックスが顎で示す。
「掛け声だ。ほら」
タイガは一度だけ目を閉じ、剣を胸の前に掲げる。
「――鎧化<アムド>」
刹那。
剣が鳴いた。
金属が擦れる音ではない。“変形”の音だ。
刃が割れ、鍔が開き、柄の部品が滑るように動いて――
銀黒の装甲が、タイガの身体に走った。
腕。肩。胸。腰。脚。
最後に兜が、カチリと固定される。
そこに立っていたのは、騎士ではなく、鎧そのものだった。
「……すご……」
リオが素直に呟く。
タイガは指を握って開く。動く。動ける。だが――重い。
(慣れないと、踏み込みがズレる)
強い防御は、代償を伴う。
当たり前の理屈が、身体の芯に響いた。
そのとき、詰所の扉が叩かれる。
「レオナハイト隊! 至急出動要請!」
伝令兵の顔は青い。
「王都近郊の墓地で、死者が動いています!
……ただのアンデッドではありません!」
ニックスの目が細くなる。
「教団の実験だな」
リオが剣を握り、短く言った。
「行くよ。レオナハイト隊!」
*
墓地は昼でも薄暗かった。
雲が重く垂れ、冷たい風が墓標の間を縫う。
そして、黒い霧――瘴気が、地面を舐めるように漂っていた。
ガチャ……ガチャ……。
土を押しのけ、骸骨が起き上がる。
だが普通のスケルトンじゃない。胸の中心に黒い結晶片が埋め込まれ、瘴気が関節を“糸”みたいに引いている。
「……闇に生を受けし、アンデッド」
リンスが息を呑む。
さらに厄介なものが混じっていた。
骸骨の指先が、パチパチと青白い火花を散らす。
「……雷?」
リオが眉を寄せる。
ニックスが即座に判断する。
「鎧の弱点に合わせた個体だ。わざと混ぜてきた」
タイガは鎧の中で、苦く笑った。
(言われてた通り、ってわけかよ)
「タイガ、前に出られる?」
「出る。……出なきゃ始まらない」
タイガは一歩踏み込み、鎧の重さを地面に叩きつけるように立った。
「来い」
骸骨が爪を振り下ろす。
タイガは受ける。――装甲に通らない。骨の刃は弾かれ、呪文の火や氷も、薄い膜に阻まれるように散った。
だが次の瞬間。
骸骨の指先から青白い稲妻が伸びた。
バチッ!!
「――っ!」
雷が金属を伝い、鎧の内側へ突き抜ける。
痛みが走り、膝が一瞬だけ落ちる。
「タイガ!!」
リオの声が飛ぶ。
リンスが手を伸ばした。
「キアリク……!」
――まだ届かない。
呪文が言葉の途中で揺れる。
ニックスが畳みかける。
「殿下、雷持ちを潰せ! リンスは“抑えろ”。解除は狙うな!」
「うん!」
リオが前へ出る。
タイガは歯を食いしばって立ち上がった。
「……大丈夫だ」
声は低い。痺れは残る。だが彼は笑った。
「“運が悪い”で終わらせてたまるか」
タイガは受け方を変えた。
耐えるのではなく、流す。
鎧の重さで足を固め、雷の衝撃を地面へ落とす。
(崩れない。それだけでいい)
彼が崩れなければ、殿下は踏み込める。
そのための鎧だ。
だが――それだけでは終われない。
この敵は“生きて”いない。
瘴気と核晶片が、命を偽装して動かしている。
(終わらせるには、“祓い”が要る)
タイガの脳裏に浮かんだのは、祈りで仲間を守ったリンスの姿だった。
そして、剣技で場の“汚れ”を断った感覚。
同時に、胸の奥で別の輪郭が立ち上がる。
――地。力。
――海。速さ。
――空。光の闘気。
それらをすべて揃えた者が、奥義に至る。
(……まだ遠い。だが、“空”だけなら掴める)
タイガは息を吸い、剣を水平に構えた。
闘気を刃にする。
その闘気の“色”を変える。
闇を断つための、光へ。
「――空裂斬」
低い声。
しかし飛んだ斬撃は、白かった。
光を孕んだ刃が空を裂き、雷の火花を散らす骸骨を真正面から叩き割る。
骨が崩れ、核晶片が露出する。
そこへ、白い闘気が突き刺さった。
ジュッ――と音がした。
闇が焼ける音だ。
核晶片がひび割れ、瘴気が霧のように散り、骸骨は“ただの骨”へ戻って崩れ落ちた。
「……効いた……!」
リンスが息を呑む。
リオは目を見開いた。
「タイガ……いまの、光……!」
タイガは短く答えた。
「祓いの延長だ。……闘気を“光”に寄せただけ」
――言いながら、内心では震えていた。
同じことがもう一度できるか、分からない。
だが、“道”は確かに見えた。
アンデッドたちが怯む。
実験個体だ。指揮も粗い。連携も脆い。
ニックスが即座に畳みかける。
「殿下、今だ! 数を減らせ!」
「うん!」
リオが踏み込み、タイガが作った“光の裂け目”へ剣を走らせる。
ニックスは小規模なバギで砂埃を巻き、視界を奪う。
リンスの祈りが“鈍り”の悪化を抑え、踏み込みを支える。
そしてタイガが、もう一度。
「空裂斬!」
白い斬撃が飛び、アンデッドは次々に“終わって”いった。
最後の一体が崩れ落ちたとき、墓地の空気がわずかに軽くなる。
瘴気が薄れた。
――だが、墓標の影に、黒い粉が擦り込まれた小石が落ちているのが見えた。
ニックスが拾い上げ、舌打ちする。
「……ここも仕込み途中かよ」
リオが顔を引き締める。
「一箇所だけじゃない……」
タイガは鎧の中で、ゆっくり息を吐いた。
(捨てていい場所だったってことだ。……つまり、他にもある)
点で動く。試す。潰されても回るように。
なら――こちらも、点を線にするしかない。
リオが振り返った。
「タイガ、大丈夫?」
「雷は通る。分かった」
「“分かった”じゃなくて!」
「分かったから、次は対策する」
タイガは少しだけ笑った。
「殿下が踏み込むために、俺は崩れない。
でも……それだけじゃない。俺も、いつか“奥義”に届く」
リオは一瞬だけ黙って、そして笑う。
「うん。頼りにしてるよ。護衛騎士さま」
タイガは咳払いして顔を逸らした。
ニックスがいつもの調子で締める。
「材料は回収。次は“本命”の足跡を踏むぞ、殿下」
リンスが小さく頷き、胸の前で手を組んだ。
「……次は、私も“解除”まで届くように。必ず」
雲の隙間から月光が一瞬だけ差し込み、墓標の文字を白く浮かび上がらせた。
影は増えていく。
けれど、それに抗う剣も、祈りも――確かに強くなっていた。