リオの大冒険 ~ 紋章の指輪と冥竜王ヴェルザー ~   作:ギアっちょ

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雷の道 ―訓練場の稲妻―

パプニカ城・訓練場。

 朝の空気は冴え、石畳の上に残る夜露が光っていた。

 

 レオナハイト隊の四人が並び立つ。

 その視線の先には、木製の標的――ではない。

 

 鎧化<アムド>したタイガが、仁王立ちしていた。

 

「……やっぱり見た目が物騒だね、それ」

 リオがぼそっと言うと、タイガは兜の奥で溜息をついた気配を出す。

 

「見た目で怯むな。中身は俺だ」

 

「中身が一番怖いんだよ」

 ニックスがさらっと返し、リンスが苦笑した。

 

 ニックスは地面に指先で線を引く。

 石畳の上に、簡単な図形が描かれていく。

 

「今日の目的は二つ。

 一つ、“雷を受けた時に死なない”。

 二つ、“雷を受けた時に負けない”。」

 

「同じじゃないの?」

 リオが首を傾げる。

 

「違う。生き残るだけなら運でもできる。

 勝つなら、理屈がいる」

 

 ニックスは指で、タイガの足元を指した。

 

「金属は雷を“防ぐ”んじゃない。“通す”。

 だから雷が怖いのは、痛みじゃない。

 通った雷が、体の中を好き放題に走るからだ」

 

 タイガが腕を組む。

 

「つまり俺の鎧は、雷の通り道になりやすい」

「そう。だから通り道を“こっちが決める”。

 受けるんじゃない。“逃がす”」

 

「逃がす?」

 リンスが小さく復唱した。

 

 ニックスは足元の線をトン、と叩く。

 

「地面だ。

 雷は上から来る。なら下へ落とせ。

 体内に回すな。足で受けて、足で捨てろ」

 

 タイガは一歩、石畳を踏みしめた。

 鎧の重みが、地面に沈む。

 

「……姿勢か」

「姿勢と、意識と、呼吸。あと――覚悟」

 

 ニックスは淡々と言いながら、リオを見た。

 

「殿下。弱い雷が必要だ。作れるか?」

「……雷?」

 

 リオは一瞬、戸惑った。

 だが、すぐに剣を握り直す。

 

「……覚えたい」

 

 その言葉は、小さかったが芯があった。

 

 リオは、胸元のペンダントに指先を触れる。

 紋章の指輪は保管庫にある。

 それでも、胸の奥に残る“勇者の系譜”は――消えていない。

 

 息を吸い、吐く。

 

「……デイン」

 

 唱えた瞬間、空気がピリッと弾けた。

 目に見える稲妻ではない。

 だが確かに、雷の気配が生まれる。

 

 指先ほどの小さな青白い光が、リオの剣先に宿った。

 

「……ちっさ」

 ニックスが真顔で言う。

 

「うるさい! 初めてなんだから!」

 リオが頬を膨らませ、リンスがふふ、と笑った。

 

 タイガは剣先を見て、真面目に頷く。

 

「十分だ。むしろ安全で助かる」

 

 ニックスが片手を上げる。

 

「よし。第一段階。弱デインで“流す”練習をする」

 

 

「……来るぞ」

 

 タイガが、鎧の重さを地面に落とすように立つ。

 膝を柔らかく。肩は力を抜く。

 足の裏で、地面を掴む。

 

 ニックスの指示は短い。

 

「胸に入れるな。足で受けろ。

 痛みは来る。だが、来た瞬間に“落とす”」

 

 リオは剣先の小さな雷を、恐る恐るタイガへ向けた。

 

「い、いくよ?」

 

「来い」

 

「……デイン!」

 

 ピリッ――!

 

 青白い稲妻が走り、鎧の表面を撫でるように伝う。

 

「……っ」

 

 タイガが息を詰める。

 鎧の金属が雷を受け、肩から腕へ、胸へ――行きそうになる。

 

 だがタイガは踏ん張った。

 足を“沈める”。地面に落とす。

 

 バチッ、と石畳の隙間に火花が散った。

 

 ニックスが即座に言う。

 

「今のは半分落ちた。まだ胸に残ってる」

 

「く……!」

 タイガの指先が痺れ、わずかに震える。

 

 リンスが一歩、前へ出かけた。

 だがニックスが指で制する。

 

「待て。今は“解除”じゃない。軽減だ」

 

 リンスは唇を噛み、頷いた。

 

「……はい」

 

 彼女は両手を胸の前で組み、静かに唱える。

 

「……キアリク」

 

 完全に痺れを消すほどの力はない。

 それでも、タイガの呼吸が整い、指の震えが少しだけ収まる。

 

「あ……」

 

 リンス自身が、その手応えに驚いた顔をした。

 

 ニックスが、淡々と褒める。

 

「今のでいい。

 “ゼロにできないなら、三十に落とせ”。

 戦場は完璧じゃなくていい。実用で勝て」

 

 リンスは小さく、はい、と返事をした。

 その声が、少しだけ強くなっていた。

 

 

 二度、三度。

 弱デインが走るたび、タイガのフォームが変わっていく。

 

 重さを嫌がらない。

 鎧の重みを、地面へ落とすために使う。

 

 足の置き方。膝の角度。肩の脱力。

 痛みの瞬間に、息を吐く。

 

「……よし、今のはほぼ落ちた」

 ニックスが言う。

 

 タイガが息を整えながら頷く。

 

「通るのは通る……だが、止められる」

 

 リオは汗を拭き、剣先の雷を消した。

 

「タイガ、すごい……!

 でもニックスもすごい。なんでそんな理屈知ってるの?」

「本を読んだからだ。あと、痛い目に遭ったから」

 

 ニックスはさらっと言って、目を細めた。

 

「殿下。次は“場”を整える話をする」

「場?」

 

「雷は空から落ちる。

 つまり空気と雲が“器”になる。

 器が薄いと、殿下の雷は細いままだ。

 器を厚くすると、同じ呪文でも太くなる」

 

 リオは目を丸くする。

 

「……それって」

「そう。雷雲を呼ぶ呪文がある。ラナリオンだ」

 

 タイガが眉を上げる。

 

「お前、使えるのか」

「今の俺には、まだ無理だ」

 

 ニックスは平然と言った。

 

「だから、いずれ使えるようになる。

 そして、その時のために今日“理屈”を揃える」

 

 リオが、ふっと笑った。

 

「参謀っぽい」

 

「俺はいつでもクールだからな」

 ニックスが言い、リオとリンスが同時に「それはどうかな」と言いかけて黙った。

 

 

 鍛錬の終わり。

 リオは剣を握り直し、少しだけ視線を落とした。

 

 今日覚えたのは、弱い雷。

 でも、弱い雷でも――使い方次第で“意味”が変わる。

 

 リオは足元の石畳を見つめる。

 地面。割れ目。導線。

 

(……大地斬で“道”を作って、そこに雷を流したら……?)

 

 リオは、唾を飲み込んだ。

 

「……ちょっとだけ、試してもいい?」

 

 タイガが、鎧のまま一歩下がる。

 

「標的は俺じゃなくて、あれにしろ」

 彼が顎で示した先に、厚い木柱の標的が並んでいる。

 

 ニックスが腕を組む。

 

「いい。だが“ちょっとだけ”だ。

 殿下の雷はまだ細い。制御を間違えるな」

 

 リンスが不安そうに言う。

 

「……殿下、無理は……」

「大丈夫。試すだけ」

 

 リオは剣を構え、息を吸った。

 

「……大地斬!」

 

 剣が石畳を裂く――わけではない。訓練場だからだ。

 だが地面を割る“イメージ”と闘気の走りが、木柱の足元へ走った。

 

 そこへ、リオは続けて唱える。

 

「……デイン!」

 

 ピリッ!

 

 雷が走る。

 だが今回は、剣先からばらけず、割れ目の“道”に沿って木柱へ吸い込まれていくように見えた。

 

 木柱が、バチッと弾ける。

 焦げた匂いが立ち、表面がひび割れた。

 

「……っ!」

 

 リオの腕が痺れ、剣を握る手が一瞬だけ緩む。

 

 タイガが素早く一歩出て、リオの背を支えた。

 

「殿下、呼吸を」

「う、うん……」

 

 リンスがすかさず、軽く唱える。

 

「……キアリク」

 

 痺れが薄れ、リオが息を吐いた。

 

 ニックスが、木柱の焦げ跡を見てから言う。

 

「……悪くない。

 だが、今のは“試し打ち”だ。

 戦場で使うには、まだ“場”が要る」

 

 リオは汗を拭きながら、にっと笑った。

 

「じゃあ、次は場を整える」

「そうだ」

 

 ニックスはいつもの顔で言う。

 

「勝つ準備をする。俺の仕事だ」

 

 タイガは鎧の中で、小さく息を吐いた。

 

(地の道に、雷を通す……)

 

 光の闘気を扱う“空”の輪郭。

 雷を逃がす“理屈”。

 そして、殿下の雷が強くなる未来。

 

 遠い。

 だが、見えた。

 

 だからこそ――彼はもっと前へ進む。

 

 己の剣で、殿下の背を守るために。

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