リオの大冒険 ~ 紋章の指輪と冥竜王ヴェルザー ~ 作:ギアっちょ
王都近郊、石畳の旧街道。
崩れかけた道標と雑草の隙間から、薄い瘴気が漏れていた。
「……ここも匂うね」
リオが鼻をしかめる。
ニックスはしゃがみ込み、地面に擦り込まれた黒い粉を指先で掬った。
指の腹がじん、と嫌な痺れを覚える。
「教団の仕込みだ。まだ“途中”……いや、餌だな」
「餌?」
タイガが鎧の魔剣を握り、周囲を睨む。
「俺たちを呼び寄せる。来たら試す。
“今の俺たちに何が効くか”を」
リンスが胸の前で手を組んだ。
「……また、実験……」
その瞬間だった。
ゴゴ……と地面が、低く鳴った。
土が盛り上がり、石畳が押し上げられる。
「来る!」
タイガが前へ出る。
――土の中から現れたのは、巨大な亀。
しかし生物というより、鎧の塊だった。
甲羅は黒鉄のように硬く、表面には瘴気の筋が走っている。
首の根元と腹側の隙間から、紫がかった霧が漏れていた。
「アーマータートル……!」
リオが息を呑む。名前の通り、鎧を纏った怪物。
それは鈍重なはずだった。
だが次の瞬間、アーマータートルは“跳ねた”。
重さを感じさせない突進。
石畳が砕け、土煙が舞う。
「速い……!」
リオが身構える。
「殿下、下がれ!」
タイガが鎧化<アムド>のまま、前へ踏み込む。
――ドンッ!!
衝突音。
鎧の魔剣が衝撃を受け止める。
だが重量差が桁違いで、タイガの足が石畳を削りながら数歩押される。
「っ……!」
リンスがすぐに唱える。
「……キアリク!」
痺れではない。衝撃で一瞬、感覚が鈍る。
それを“薄める”ように、リンスの光がタイガの背を支えた。
ニックスが即座に判断する。
「物理は通らない。甲羅が硬すぎる。
隙間――腹側か首の根元、そこに核がある」
「核?」
リオが目を凝らす。
瘴気が漏れている場所。
そこだけが、不自然に黒い。
「……あの黒い結晶片だ」
ニックスの声が低くなる。
「ヴェルザーの破片を混ぜた“芯”。あれが動力」
タイガが剣を振り下ろす。
――ガンッ!!
刃が甲羅に弾かれ、火花が散っただけ。
「くそっ……!」
タイガが歯を食いしばる。
リオも踏み込む。
「大地斬!」
地面を裂く衝撃波が走る。
だが、アーマータートルは甲羅を伏せて受け、衝撃を“滑らせた”。
まるで、攻撃が効いた気配がない。
「……硬すぎる」
リオの声が悔しそうに震える。
ニックスは一度だけ、目を閉じた。
(想定通り。だから――)
「殿下。タイガ。リンス。聞け」
ニックスの声はいつも通り冷静だった。
だが、ほんの少しだけ喉が乾いている。
「こいつは“割る”んじゃない。内側を焼く。
――雷でな」
リオがはっとする。
「……ライデイン?」
「殿下の雷はまだ細い。
だから俺が“器”を作る」
ニックスは空を見上げた。
薄曇りの空。雲はある。だが弱い。
「ラナリオンをやる」
ニックスが言い切った瞬間、リンスが目を見開く。
「ニックス様、それは……! まだ……」
「使えない。だから無理する」
ニックスは淡々と続ける。
「詠唱に時間がかかる。
その間、タイガは耐えろ。殿下は導線を準備しろ。
リンスは……俺とタイガを落とすな」
タイガが短く頷いた。
「分かった。やれ」
リンスも、息を吸い直す。
「……はい」
リオは剣を握りしめた。
胸の奥が熱い。
「ニックス、絶対に成功させて」
「任せろ。俺はいつでもクールだ」
言いながら、ニックスは既に口の端がわずかに強張っていた。
*
ニックスは一歩下がり、詠唱を始めた。
「――ラナリオン……」
言葉が空気を揺らす。
目に見えない圧が生まれ、雲がゆっくりと集まり始める。
だが遅い。
長い。
そして、アーマータートルはそれを待ってくれない。
怪物が甲羅を鳴らし、首を伸ばし、吐息のように瘴気を吐き出した。
紫の霧が地面を這い、四人の足元を鈍らせる。
視界が少しだけ霞み、反応が“遅れる”。
「……鈍い、来るぞ!」
タイガが叫ぶ。
突進。
タイガが受ける。
――ドンッ!!
鎧化<アムド>の装甲が衝撃を受け止める。
だが、衝撃が重すぎる。
タイガの足が石畳を抉り、膝が一瞬だけ沈む。
リンスがすぐに唱える。
「……マヌーハ……!」
まだ完全な回復には届かない。
それでも、瘴気の“鈍り”が少しだけ軽くなる。
「ありがとうございます……!」
タイガが息を吐く。
リオは、その間に地面へ剣を向けた。
(導線……大地斬の“道”!)
今は撃たない。
撃つのは、雲が器になった時。
ニックスの詠唱が続く。
「……雷の器よ、集え……」
声は冷静。
だが額に汗が浮かび、頬がわずかに青い。
(まだだ……まだ足りない)
アーマータートルが首を振り、腹側を守るように地面へ押し付ける。
核を隠す動き。
「狙えない……!」
リオが歯噛みする。
「祓う!」
タイガが叫び、剣を構える。
瘴気は薄いが、確実に邪魔だ。
なら払って“通す”。
「海波斬!」
斬撃が走り、瘴気が散る。
霧が一瞬だけ薄くなり、空気が澄む。
その隙を狙い、ニックスが詠唱を押し切った。
「――ラナリオン!!」
空気が鳴った。
雲が“集まる”のではない。
引き寄せられ、押し固められ、重くなる。
訓練で感じたピリつきが、今度は街道全体を包む。
髪が逆立ち、金属が微かに震える。
「……来た」
ニックスが小さく呟いた。
同時に、膝がふらつく。
「ニックス!」
リンスが駆け寄りかける。
「来るな……詠唱の反動で足が抜けるだけだ……」
ニックスが強がる声で言う。
だが、その唇の端が切れて、赤いものがにじんだ。
リンスは一歩だけ近づき、無理に抱えず、必要最小限の支えを入れる。
「……キアリク」
痺れと眩暈を薄める。
“倒れない程度”に。
ニックスが、短く笑った。
「……いい判断だ、リンス」
「……任せてください」
*
「殿下!!」
ニックスが叫ぶ。
「今だ! その雷は“太くなった”!」
リオは頷いた。
胸の奥で、勇者の血が熱く燃える。
(細い雷じゃない。今は――空が器だ)
リオは剣を地面に向ける。
「大地斬!」
衝撃波が走り、石畳の亀裂が“道”になる。
地面が割れるのではない。
割れる“イメージ”が、雷の通り道を作る。
タイガが前へ出て、アーマータートルの首を斬り払った。
甲羅の隙間が一瞬だけ開く。
「殿下! いま――!」
リオは息を吸い、叫ぶ。
「――ライデイン大地斬!!」
唱えるのは、まだ完全なライデインではない。
だが、ラナリオンで整えられた空が、その雷を“増幅”する。
「デイン!!」
雷が落ちた。
剣先から落ちた稲妻は、地面の亀裂へ吸い込まれ、導線を走り――
アーマータートルの腹側へ、一直線に突き刺さった。
バキィッ!!!!
甲羅の内側から、眩い光が走る。
黒い核が焼け、瘴気が爆ぜ、怪物が悲鳴のような音を立てる。
――硬い甲羅が、内側から割れる。
アーマータートルは足をバタつかせ、重たい体が崩れ落ちた。
瘴気が霧散し、地面に黒い灰が残る。
リオの腕が痺れ、剣先が少し下がる。
だが倒れない。
リンスがすぐに唱える。
「……キアリク」
痺れが薄まり、リオが息を吐いた。
「……できた……!」
ニックスが、ふらつきながらも笑う。
「当たり前だ。勝ち筋は、俺が作った」
タイガが甲羅の割れ目を見下ろし、呟く。
「……内側から終わらせたか。
硬い相手には、これだな」
リンスは黒い灰を見つめ、静かに言う。
「……瘴気が消えていく……」
ニックスがしゃがみ込み、灰の中から小さな黒い欠片を拾う。
指で挟んだそれは、まるで小さな歯のように尖っていた。
「……破片。やっぱりヴェルザーの欠片が混ざってる」
リオが顔を引き締める。
「じゃあ……これも“捨て駒”?」
「そうだろうな」
ニックスは空を見上げた。
雲はまだ重い。雷気が残っている。
「こっちは勝った。だが向こうは試しただけだ。
次はもっと露骨に“対策の上”を被せてくる」
タイガが拳を握る。
「なら、俺たちも上に行く」
「うん」
リオが頷き、笑った。
「みんなでね。レオナハイト隊だもん」
リンスが小さく頷き、そして控えめに言った。
「……ニックス様。
無理しすぎです。次は、もう少し……安全に……」
ニックスは一瞬だけ黙り、目を逸らして言った。
「……善処する」
それが彼なりの“最大限の反省”で、
リオとタイガは顔を見合わせて、同時に小さく笑った。
空の奥で、まだ微かに雷が鳴っている。
けれど、四人の歩幅は揃っていた。
次の戦いへ向けて――確かに。