訓練中に痛みに耐えかねてうずくまるロサに対し、周囲の男たちは「女だから」と、侮蔑交じりの配慮を見せる。だが、同じ激痛を抱えるルジェには、その逃げ道すらない。ロサが噛み締める、主君の孤独と、自身の無力さ。
「……ううっ」
その日の午後、ロサは薪運びの最中に、膝から崩れ落ちた。
下腹部を、錆びたナイフで抉られるような激痛が襲ったのだ。
呼吸が浅くなり、視界が白む。
「……おいおい、どうした女戦士。へばるにはまだ早いぞ」
ガズが近づいてくる。だが、ロサが股間を押さえて脂汗を流しているのを見ると、その片眉を上げ、納得したように鼻を鳴らした。
「あー……。『月』が来たか」
周囲の男たちから、下卑た失笑が漏れる。
「まったく、女ってのはこれだからな」
「おい、ロサを休ませてやれ。血の臭いがすると熊が寄ってくるからな!」
それは差別だった。侮蔑だった。
「戦士の真似事をしても、所詮は女だ」という嘲笑だった。
けれど、そこには明確な「社会的な居場所(セーフティネット)」があった。
お前は女だ。だから月に一度、血を流し、腹を痛め、弱くなるのは「仕方がないこと」だ。男たちはそうやって、ロサの不調を「女という枠組み」の中で理解し、許容した。
「……すいません、ガズ教官。少し、休みます」
ロサは屈辱に唇を噛みながらも、その配慮に甘えることができた。
だが。
ロサは、薪を背負ったまま直立不動で立っているルジェを見た。
ルジェの顔色は、ロサ以上に蒼白だった。額には玉のような脂汗が浮き、呼吸は小刻みに震えている。
ロサには分かる。彼にも今、同じものが来ているのだ。
乳兄妹である二人の周期は、不思議と重なることが多かった。
今、ルジェの腹の中では、ロサと同じ激痛が暴れているはずだ。さらしで締め上げられた胸も、張って痛んでいるはずだ。
けれど、ルジェはうずくまれない。
「おい、ルジェ! ロサの分までお前が運べ! 男だろ!」
「……はいッ!」
ルジェは痛みにひきつる顔を笑顔の下に隠し、ロサが落とした薪まで背負い込んだ。
もし、彼がここで腹を押さえてうずくまれば?
男たちは「男のくせにだらしがない」と罵るだろう。
もし、彼が「月が来た」と言えば?
男たちは悲鳴を上げ、彼を化け物として排除するだろう。
ロサの不調は「女の弱さ」として社会に包摂される。
ルジェの不調は「存在の破綻」として社会から拒絶される。
(……悔しい)
ロサは、自分に向けられた「休んでいいぞ」という言葉が、鋭い刃物のように思えた。
私は、彼の剣になると誓った。
けれど、私は彼と同じ苦しみを背負えない。
私は「女」という安全地帯に守られ、彼だけが荒野で血を流している。
「……平気だ、ロサ」
すれ違いざま、ルジェがロサだけに聞こえる低い声で囁いた。
「休んでいろ。僕は、大丈夫だから」
その強がりが、ロサの胸を締め付けた。
生理痛と、過剰な荷物の重み。二重の苦痛に耐えて山を登る少年の背中。
それはロサがこれまで見たどんな騎士よりも気高く、そして涙が出るほど残酷な光景だった。
**
同年代の少年たちに髭が生え始める時期。ルジェが「自分にも髭が生えてくるはずだ」と信じて剃刀を当てるが、肌は滑らかなままであることに絶望する姿を、ロサが見守るシーン。
#本文断片
朝の光の中、ロサは見てしまった。
ルジェが、シロヴァから借りた剃刀を、自身の顎に当てている姿を。
同年代の少年たちの顎には、薄汚いが男らしい産毛(髭の卵)が生え始めている。ルジェはそれを羨ましそうに見ていた。
ジョリ、という音はしない。
ルジェの肌は、北の冷たい風に晒されているにもかかわらず、陶磁器のように白く滑らかだった。
――この理由を彼らは知る由もない。男性ホルモンの働きはあるはずなのに、それを上回る女性ホルモンが、彼の肌を女性的に保たせているのだ。
ルジェは鏡を睨みつけ、苛立ったように剃刀を強く押し付けた。
スッ、と赤い線が走る。
髭のない滑らかな肌から、血が滲む。
「……ルジェさま」
ロサがたまらず声をかけると、ルジェはビクリと肩を震わせ、慌てて血を拭った。
「……ロサか。いや、かみそり負けだ。僕もそろそろ、手入れが必要かと思ってね」
引きつった笑顔。
そこには「男の身だしなみ」を演じようとする痛々しい努力があった。
ロサは知っている。ルジェの身体つきが、日に日に丸みを帯びていることを。
月ごとの腹痛に脂汗を流しながら、「ただの腹痛だ」と言い張って訓練に出る意地を。
ロサ自身の身体もまた、女性として成長している。だからこそ分かる。ルジェが抱える身体の痛みや胸の張りが、どれほど不快で、戦士としての生活に邪魔なものかを。
(貴方様は、誰よりも美しい。けれど、その美しさはここでは呪いでしかない)
ロサは何も言わず、止血用の薬草を差し出した。
二人の間には、共有することでしか耐えられない、重苦しい沈黙が横たわっていた。