レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

10 / 58
ロサとルジェ、二人に同時に「月の障り(生理)」が訪れた日の出来事。
訓練中に痛みに耐えかねてうずくまるロサに対し、周囲の男たちは「女だから」と、侮蔑交じりの配慮を見せる。だが、同じ激痛を抱えるルジェには、その逃げ道すらない。ロサが噛み締める、主君の孤独と、自身の無力さ。


第10話 裏切る肉体

「……ううっ」

 その日の午後、ロサは薪運びの最中に、膝から崩れ落ちた。

 下腹部を、錆びたナイフで抉られるような激痛が襲ったのだ。

 呼吸が浅くなり、視界が白む。

「……おいおい、どうした女戦士。へばるにはまだ早いぞ」

 ガズが近づいてくる。だが、ロサが股間を押さえて脂汗を流しているのを見ると、その片眉を上げ、納得したように鼻を鳴らした。

「あー……。『月』が来たか」

 周囲の男たちから、下卑た失笑が漏れる。

「まったく、女ってのはこれだからな」

「おい、ロサを休ませてやれ。血の臭いがすると熊が寄ってくるからな!」

 それは差別だった。侮蔑だった。

 「戦士の真似事をしても、所詮は女だ」という嘲笑だった。

 けれど、そこには明確な「社会的な居場所(セーフティネット)」があった。

 お前は女だ。だから月に一度、血を流し、腹を痛め、弱くなるのは「仕方がないこと」だ。男たちはそうやって、ロサの不調を「女という枠組み」の中で理解し、許容した。

「……すいません、ガズ教官。少し、休みます」

 ロサは屈辱に唇を噛みながらも、その配慮に甘えることができた。

 だが。

 ロサは、薪を背負ったまま直立不動で立っているルジェを見た。

 ルジェの顔色は、ロサ以上に蒼白だった。額には玉のような脂汗が浮き、呼吸は小刻みに震えている。

 ロサには分かる。彼にも今、同じものが来ているのだ。

 乳兄妹である二人の周期は、不思議と重なることが多かった。

 今、ルジェの腹の中では、ロサと同じ激痛が暴れているはずだ。さらしで締め上げられた胸も、張って痛んでいるはずだ。

 けれど、ルジェはうずくまれない。

「おい、ルジェ! ロサの分までお前が運べ! 男だろ!」

「……はいッ!」

 ルジェは痛みにひきつる顔を笑顔の下に隠し、ロサが落とした薪まで背負い込んだ。

 もし、彼がここで腹を押さえてうずくまれば?

 男たちは「男のくせにだらしがない」と罵るだろう。

 もし、彼が「月が来た」と言えば?

 男たちは悲鳴を上げ、彼を化け物として排除するだろう。

 ロサの不調は「女の弱さ」として社会に包摂される。

 ルジェの不調は「存在の破綻」として社会から拒絶される。

(……悔しい)

 ロサは、自分に向けられた「休んでいいぞ」という言葉が、鋭い刃物のように思えた。

 私は、彼の剣になると誓った。

 けれど、私は彼と同じ苦しみを背負えない。

 私は「女」という安全地帯に守られ、彼だけが荒野で血を流している。

「……平気だ、ロサ」

 すれ違いざま、ルジェがロサだけに聞こえる低い声で囁いた。

「休んでいろ。僕は、大丈夫だから」

 その強がりが、ロサの胸を締め付けた。

 生理痛と、過剰な荷物の重み。二重の苦痛に耐えて山を登る少年の背中。

 それはロサがこれまで見たどんな騎士よりも気高く、そして涙が出るほど残酷な光景だった。

 

 

**

 

同年代の少年たちに髭が生え始める時期。ルジェが「自分にも髭が生えてくるはずだ」と信じて剃刀を当てるが、肌は滑らかなままであることに絶望する姿を、ロサが見守るシーン。

#本文断片

 朝の光の中、ロサは見てしまった。

 ルジェが、シロヴァから借りた剃刀を、自身の顎に当てている姿を。

 同年代の少年たちの顎には、薄汚いが男らしい産毛(髭の卵)が生え始めている。ルジェはそれを羨ましそうに見ていた。

 ジョリ、という音はしない。

 ルジェの肌は、北の冷たい風に晒されているにもかかわらず、陶磁器のように白く滑らかだった。

――この理由を彼らは知る由もない。男性ホルモンの働きはあるはずなのに、それを上回る女性ホルモンが、彼の肌を女性的に保たせているのだ。

 

 ルジェは鏡を睨みつけ、苛立ったように剃刀を強く押し付けた。

 スッ、と赤い線が走る。

 髭のない滑らかな肌から、血が滲む。

「……ルジェさま」

 ロサがたまらず声をかけると、ルジェはビクリと肩を震わせ、慌てて血を拭った。

「……ロサか。いや、かみそり負けだ。僕もそろそろ、手入れが必要かと思ってね」

 引きつった笑顔。

 そこには「男の身だしなみ」を演じようとする痛々しい努力があった。

 ロサは知っている。ルジェの身体つきが、日に日に丸みを帯びていることを。

 月ごとの腹痛に脂汗を流しながら、「ただの腹痛だ」と言い張って訓練に出る意地を。

 ロサ自身の身体もまた、女性として成長している。だからこそ分かる。ルジェが抱える身体の痛みや胸の張りが、どれほど不快で、戦士としての生活に邪魔なものかを。

(貴方様は、誰よりも美しい。けれど、その美しさはここでは呪いでしかない)

 ロサは何も言わず、止血用の薬草を差し出した。

 二人の間には、共有することでしか耐えられない、重苦しい沈黙が横たわっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。