レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第15話 ルジェの選択

 有力者同士の会談が進み、子弟たちは若い食欲を満たしていく。

 エールの樽が干され、普段は、収穫祭くらいでしか出ない蜂蜜酒(ミード)まで持ち出された。

 

 そうして宴もたけなわとなった頃、シロヴァがふたたびルジェを手招きした。

 

「さて、一番槍のルジェよ」

 シロヴァは立ち上がり、大猪の亡骸の前へと彼を連れていく。

 

「名誉の一口はもうやったがな……、森の主はデカい。まだ『持って帰る分』が残っている」

 

 ***

 

 シロヴァの足元には、いくつかの「山」が並べられていた。

 牙と頭骨――谷の印としてロングハウスに飾られるべき戦利品。

 毛皮――上等な防寒具にも、儀礼用の肩掛けにもなる、ひとつの家を暖める価値。

 丁寧に切り分けられた背肉やモモ肉の塊――本来なら鹿とウサギだけで足りるはずだった今宵の宴会に、贅沢な彩りを添える肉。一切れあれば、大人が数人満腹になれるだろう。

 

「名誉が欲しけりゃ牙か皮だ。腹を満たしたきゃ、この肉だ。……好きなのを一つ、選べ」

 シロヴァは短剣の切っ先で、それぞれの山を順に示した。

 

「ええと……」

 

 周囲の視線が集まる。

 有力者の子弟たちは羨望と嫉妬の眼差しを向け、大人たちは「王都の客人がどう振る舞うか」を値踏みしている。

 

 ルジェは、牙を見た。

 あれを首飾りにすれば、王都に帰っても英雄だと噂されるだろう。

 

 毛皮。

 こんな毛皮を肩に掛けて歩けば、どの宴でも一目置かれるはずだ。

 

 整えられたロース肉の塊に目をやれば、焼けばどれほど美味いだろうかと、腹の虫が鳴く。

 赤肉も良い。成長期の肉体は、常にタンパク質に飢えていた。

 

(あっ、肉――)

 

 ルジェはやや逡巡してから、視線をずらし、解体場の隅に積み上げられた「山」を指差した。

 

「…………あっちを、頂けませんか?」

 

 そこにあるのは、解体で出た端肉、厚皮、内臓、骨についたままの肉、そして脛などの硬い部位だ。本来なら、猟犬の餌や、使用人への報酬、スープの出汁に回される部分である。

 

「ん? おお。……どれくらい要るんだ?」

 シロヴァが怪訝そうに眉を上げる。

 

「ええと、できればいっぱい……。全部でも、いいくらいです」

 ルジェは、少しはにかみながら言った。

「分けてあげたいんです、みんなに」

 

 ルジェの脳裏には、屋敷で留守番をしているガズや、泥まみれの孤児たち、農民の三男坊たちの顔が浮かんでいた。

 

 彼らは今頃、いつもの薄い豆のスープを啜っているだろう。

 この極上の肉を一人で食うよりも、あのごった煮のような仲間たちと、脂たっぷりのモツ肉を焼いて食いたい。

 

 それは高潔な慈悲ではない。ルジェにとって、綺麗な服を着た貴族たちよりも、泥にまみれた彼らの方が「身内」だと感じていた、それだけのことだ。

 

 シロヴァは一瞬きょとんとし、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。

 

「ははは! 『みんな』ってのは、うちの部屋住まいたちと、いつものガキどもか! 欲のない奴め!」

 

 シロヴァはバンバンとルジェの背中を叩いた。

「いいだろう! 内臓も端肉も、全部お前のものだ。持って帰って、子分どもに振る舞ってやれ。おーい、誰か荷車を持ってこい!」

 シロヴァの目は、温かく細められていた。

「牙でも皮でもなく、群れの餌を選ぶか。……良い兄貴分になるよ、お前は」

 

 

 ***

 

 宴が終わり、解散の時。

 ルジェは血と泥でカピカピになった上質なチュニックを脱ぎ捨て、いつもの訓練着に着替えた。

 

「申し訳ありません、シロヴァ様。借りた服をこんなにしてしまって」

 ルジェが頭を下げると、シロヴァは手を振った。

「気にするな。服なんぞ、また買えばいい。それに、この汚れは大猪を討ち取った名誉の証、飾っておきたいくらいだぞ」

 

 シロヴァは笑い、端肉の山を荷車に積ませた。

 ルジェとロサは、その荷車を押して、着飾った貴族たちの列から離れ、屋敷の裏手へと向かった。

 

 その背中を見送りながら、シロヴァはふと思った。

(王都の第一王子殿なら……、迷わず上座でロース肉を食べ、有力者たちと洗練された会話を楽しんだだろう。それが「調整者」としての王の姿だ)

 

 だが、ルジェは上座を捨て、肉を抱えて下層民の元へ帰っていった。

 それは、群れに餌を運ぶ「ボス狼」の姿に近い。

 

(……リッドヒン王よ。あんたは、とんでもない種を遺したかもしれんぞ)

 

 ルジェが選んだのは、貴族社会での名誉ではなく、現場での連帯だった。

 この選択こそが、後に彼を戦士の代弁者へと押し上げ、王国の運命を狂わせていく原風景となったのである。

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