有力者同士の会談が進み、子弟たちは若い食欲を満たしていく。
エールの樽が干され、普段は、収穫祭くらいでしか出ない
そうして宴もたけなわとなった頃、シロヴァがふたたびルジェを手招きした。
「さて、一番槍のルジェよ」
シロヴァは立ち上がり、大猪の亡骸の前へと彼を連れていく。
「名誉の一口はもうやったがな……、森の主はデカい。まだ『持って帰る分』が残っている」
***
シロヴァの足元には、いくつかの「山」が並べられていた。
牙と頭骨――谷の印としてロングハウスに飾られるべき戦利品。
毛皮――上等な防寒具にも、儀礼用の肩掛けにもなる、ひとつの家を暖める価値。
丁寧に切り分けられた背肉やモモ肉の塊――本来なら鹿とウサギだけで足りるはずだった今宵の宴会に、贅沢な彩りを添える肉。一切れあれば、大人が数人満腹になれるだろう。
「名誉が欲しけりゃ牙か皮だ。腹を満たしたきゃ、この肉だ。……好きなのを一つ、選べ」
シロヴァは短剣の切っ先で、それぞれの山を順に示した。
「ええと……」
周囲の視線が集まる。
有力者の子弟たちは羨望と嫉妬の眼差しを向け、大人たちは「王都の客人がどう振る舞うか」を値踏みしている。
ルジェは、牙を見た。
あれを首飾りにすれば、王都に帰っても英雄だと噂されるだろう。
毛皮。
こんな毛皮を肩に掛けて歩けば、どの宴でも一目置かれるはずだ。
整えられたロース肉の塊に目をやれば、焼けばどれほど美味いだろうかと、腹の虫が鳴く。
赤肉も良い。成長期の肉体は、常にタンパク質に飢えていた。
(あっ、肉――)
ルジェはやや逡巡してから、視線をずらし、解体場の隅に積み上げられた「山」を指差した。
「…………あっちを、頂けませんか?」
そこにあるのは、解体で出た端肉、厚皮、内臓、骨についたままの肉、そして脛などの硬い部位だ。本来なら、猟犬の餌や、使用人への報酬、スープの出汁に回される部分である。
「ん? おお。……どれくらい要るんだ?」
シロヴァが怪訝そうに眉を上げる。
「ええと、できればいっぱい……。全部でも、いいくらいです」
ルジェは、少しはにかみながら言った。
「分けてあげたいんです、みんなに」
ルジェの脳裏には、屋敷で留守番をしているガズや、泥まみれの孤児たち、農民の三男坊たちの顔が浮かんでいた。
彼らは今頃、いつもの薄い豆のスープを啜っているだろう。
この極上の肉を一人で食うよりも、あのごった煮のような仲間たちと、脂たっぷりのモツ肉を焼いて食いたい。
それは高潔な慈悲ではない。ルジェにとって、綺麗な服を着た貴族たちよりも、泥にまみれた彼らの方が「身内」だと感じていた、それだけのことだ。
シロヴァは一瞬きょとんとし、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「ははは! 『みんな』ってのは、うちの部屋住まいたちと、いつものガキどもか! 欲のない奴め!」
シロヴァはバンバンとルジェの背中を叩いた。
「いいだろう! 内臓も端肉も、全部お前のものだ。持って帰って、子分どもに振る舞ってやれ。おーい、誰か荷車を持ってこい!」
シロヴァの目は、温かく細められていた。
「牙でも皮でもなく、群れの餌を選ぶか。……良い兄貴分になるよ、お前は」
***
宴が終わり、解散の時。
ルジェは血と泥でカピカピになった上質なチュニックを脱ぎ捨て、いつもの訓練着に着替えた。
「申し訳ありません、シロヴァ様。借りた服をこんなにしてしまって」
ルジェが頭を下げると、シロヴァは手を振った。
「気にするな。服なんぞ、また買えばいい。それに、この汚れは大猪を討ち取った名誉の証、飾っておきたいくらいだぞ」
シロヴァは笑い、端肉の山を荷車に積ませた。
ルジェとロサは、その荷車を押して、着飾った貴族たちの列から離れ、屋敷の裏手へと向かった。
その背中を見送りながら、シロヴァはふと思った。
(王都の第一王子殿なら……、迷わず上座でロース肉を食べ、有力者たちと洗練された会話を楽しんだだろう。それが「調整者」としての王の姿だ)
だが、ルジェは上座を捨て、肉を抱えて下層民の元へ帰っていった。
それは、群れに餌を運ぶ「ボス狼」の姿に近い。
(……リッドヒン王よ。あんたは、とんでもない種を遺したかもしれんぞ)
ルジェが選んだのは、貴族社会での名誉ではなく、現場での連帯だった。
この選択こそが、後に彼を戦士の代弁者へと押し上げ、王国の運命を狂わせていく原風景となったのである。