三日後、フラジュトフ戦士団は南へ向けて進軍を開始していた。
ルジェは、シロヴァの
(すごい……!)
ルジェは圧倒されていた。
それまでルジェの中で「戦士」といえば、ガズのような古参兵か、共に泥にまみれた孤児たちだった。
ガズたちは経験豊富だが老いており、身体の一部を失っている。孤児たちは体力こそあれど、技も装備も未熟だ。
だが、目の前を行く男たちは違う。
二十代後半から四十代前半。人生で最も脂の乗り切った、男盛り、戦士盛り。
分厚い胸板。丸太のような腕。歩くたびに砂利を踏みしめる足音すら重いようだ。
そして何より、装備が違う。
全員が自前の鎖帷子(チェインメイル)と鉄兜、分厚い革鎧を身につけている。背負っているのは、傷だらけだが手入れの行き届いた、堅く重い
その全てが、氏族長シロヴァの厳しい
まだここはセルウィ国内ゆえ、行軍の歩調までは揃っていない。だが、そのスピードは凄まじかった。
雪が峠を閉ざす前に、山脈を越えて南へ抜けなければならない。
重装備を身に着けながら、誰一人遅れることなく黙々と歩を進める。その背中には、プロフェッショナルだけが持つ静かな威圧感があった。
***
夜。野営地。
ルジェはシロヴァの小間使いとして陣営を走り回り、水や薪を配り終えた後、戦士たちの焚き火の近くで息をついた。
そこで耳に飛び込んできた会話は、高尚な忠義などではない。
剥き出しの、そして切実すぎる「欲望」だった。
「……今回こそ、稼がなきゃなんねえ」
一人の屈強な若者が、手入れ中の剣を磨きながら語っていた。
「弟が兜を欲しがってるんだ。剣と鎧はようやく揃えた。あと兜さえあれば、あいつもシロヴァ様の検品を通って、正規の
「いい兄貴だな。弟まで盾列に入れりゃあ、一家の稼ぎは倍だ」
別の焚き火からは、もっと苦い声が聞こえる。
「俺は、絶対に勝って帰る。……次こそ、次こそ家を建てるんだ!」
三十代後半の髭面の男が、悔しげに固いパンを齧っていた。
「いいか、俺の身の上を聞いて涙しろ。十年前に親父が死んで、うちの家督は長兄が継いだ。それはいい。だが、その兄貴も去年死んで、家は兄貴の息子……、俺の甥っ子のものになっちまったんだ!」
自由民の家督相続は残酷だ。痩せた土地を細かく割り、全滅しないため、すべてまとめて長子が継ぐ。
弟たちに回ってくる土地はない。
兄が死ねば、その息子が継ぐ。叔父である彼は、自分より若い甥に顎で使われる「部屋住み」として一生を終えるか、出ていくしかないのだ。
髭面の男は甥の身長を身振りで示した。
「こぉんな小さい甥っ子だぞ!? そいつが俺の家の長だ!」
「わははは! そいつぁ悔しいなぁ」
「これ以上、甥の家の部屋住まいはやってられん! 俺は独立するんだ! 自分の暖炉を持つんだよ〜〜!」
その叫びに、周囲の男たちが同意の声を上げる。
「俺もやるぞ! 農耕馬が老いて、来年はもう保つか分からん。新しく買うんだ」
「俺は嫁取り費用だ! 銀貨を積み上げて、今度こそ可愛いあの娘のクソ親爺の首を縦に振らせる!」
「ガハハ! そりゃあ一番の難敵だな!」
「黒い岩のヨーレン家だろ? あの爺さんは頑固だからなぁ」
野心。野望。熱気。
金が欲しい。女が欲しい。家が欲しい。自由が欲しい。
そのシンプルで強烈なエネルギーが、凍える夜の空気を熱く震わせていた。
***
ルジェは膝を抱え、彼らの横顔を見つめた。
彼らは、王のために戦うのではない。
自分の人生を、未来を切り開くために、命をチップとして賭けているのだ。
そして、そのチップを預かり、勝負の場へ連れて行ってくれる胴元こそが、あの男。
フラジュトフ氏族長、シロヴァ・フラジュトフ。
ルジェの視線の先、上座の焚き火の前で、シロヴァが豪快に笑いながら部下たちと杯を交わしている。
彼が「行け」と言えば、この猛者たちは地獄へも行くだろう。
それは恐怖による支配ではない。
「この人についていけば、必ず勝たせてくれる」「俺たちの夢を叶えてくれる」という、絶対的な信頼と利害の一致。
(……すごい)
ルジェは身震いした。
これが「ボス」だ。
王都の宮廷で見てきた、血統だけで偉ぶる貴族たちとは違う。
数百人の男たちの人生と欲望を、その背中一本で背負って歩く男。
ルジェは荷物持ちの列に戻り、粗末な毛布にくるまった。
明日も早い。
だが、その胸の鼓動は高鳴っていた。自分もいつか、あんな風に誰かの夢を背負える男になれるだろうか。
冬の星座の下、欲望を孕んだ行軍は続く。
目指すは南。富と裏切りの地、――平原だ。