レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第2話 一路南へ

 三日後、フラジュトフ戦士団は南へ向けて進軍を開始していた。

 ルジェは、シロヴァの小間使い(ページ)や、食料や天幕を背負って運ぶ大柄な荷物持ちたちの列に混ざり、前を行く本隊の背中を見つめていた。

 

(すごい……!)

 ルジェは圧倒されていた。

 

 それまでルジェの中で「戦士」といえば、ガズのような古参兵か、共に泥にまみれた孤児たちだった。

 ガズたちは経験豊富だが老いており、身体の一部を失っている。孤児たちは体力こそあれど、技も装備も未熟だ。

 

 だが、目の前を行く男たちは違う。

 二十代後半から四十代前半。人生で最も脂の乗り切った、男盛り、戦士盛り。

 分厚い胸板。丸太のような腕。歩くたびに砂利を踏みしめる足音すら重いようだ。

 

 そして何より、装備が違う。

 全員が自前の鎖帷子(チェインメイル)と鉄兜、分厚い革鎧を身につけている。背負っているのは、傷だらけだが手入れの行き届いた、堅く重い(オーク)の円盾だ。

 その全てが、氏族長シロヴァの厳しい検品(クオリティ・コントロール)をクリアした、「合格品」たちなのだ。

 

 まだここはセルウィ国内ゆえ、行軍の歩調までは揃っていない。だが、そのスピードは凄まじかった。

 

 雪が峠を閉ざす前に、山脈を越えて南へ抜けなければならない。

 重装備を身に着けながら、誰一人遅れることなく黙々と歩を進める。その背中には、プロフェッショナルだけが持つ静かな威圧感があった。

 

 ***

 

 夜。野営地。

 ルジェはシロヴァの小間使いとして陣営を走り回り、水や薪を配り終えた後、戦士たちの焚き火の近くで息をついた。

 

 そこで耳に飛び込んできた会話は、高尚な忠義などではない。

 剥き出しの、そして切実すぎる「欲望」だった。

 

「……今回こそ、稼がなきゃなんねえ」

 一人の屈強な若者が、手入れ中の剣を磨きながら語っていた。

「弟が兜を欲しがってるんだ。剣と鎧はようやく揃えた。あと兜さえあれば、あいつもシロヴァ様の検品を通って、正規の盾列(ライン)に加われるんだ」

「いい兄貴だな。弟まで盾列に入れりゃあ、一家の稼ぎは倍だ」

 

 別の焚き火からは、もっと苦い声が聞こえる。

 

「俺は、絶対に勝って帰る。……次こそ、次こそ家を建てるんだ!」

 三十代後半の髭面の男が、悔しげに固いパンを齧っていた。

 

「いいか、俺の身の上を聞いて涙しろ。十年前に親父が死んで、うちの家督は長兄が継いだ。それはいい。だが、その兄貴も去年死んで、家は兄貴の息子……、俺の甥っ子のものになっちまったんだ!」

 

 自由民の家督相続は残酷だ。痩せた土地を細かく割り、全滅しないため、すべてまとめて長子が継ぐ。

 弟たちに回ってくる土地はない。

 兄が死ねば、その息子が継ぐ。叔父である彼は、自分より若い甥に顎で使われる「部屋住み」として一生を終えるか、出ていくしかないのだ。

 

 髭面の男は甥の身長を身振りで示した。

「こぉんな小さい甥っ子だぞ!? そいつが俺の家の長だ!」

「わははは! そいつぁ悔しいなぁ」

「これ以上、甥の家の部屋住まいはやってられん! 俺は独立するんだ! 自分の暖炉を持つんだよ〜〜!」

 

 その叫びに、周囲の男たちが同意の声を上げる。

「俺もやるぞ! 農耕馬が老いて、来年はもう保つか分からん。新しく買うんだ」

「俺は嫁取り費用だ! 銀貨を積み上げて、今度こそ可愛いあの娘のクソ親爺の首を縦に振らせる!」

「ガハハ! そりゃあ一番の難敵だな!」

「黒い岩のヨーレン家だろ? あの爺さんは頑固だからなぁ」

 

 野心。野望。熱気。

 金が欲しい。女が欲しい。家が欲しい。自由が欲しい。

 そのシンプルで強烈なエネルギーが、凍える夜の空気を熱く震わせていた。

 

 ***

 

 ルジェは膝を抱え、彼らの横顔を見つめた。

 彼らは、王のために戦うのではない。

 自分の人生を、未来を切り開くために、命をチップとして賭けているのだ。

 

 そして、そのチップを預かり、勝負の場へ連れて行ってくれる胴元こそが、あの男。

 フラジュトフ氏族長、シロヴァ・フラジュトフ。

 

 ルジェの視線の先、上座の焚き火の前で、シロヴァが豪快に笑いながら部下たちと杯を交わしている。

 彼が「行け」と言えば、この猛者たちは地獄へも行くだろう。

 それは恐怖による支配ではない。

 「この人についていけば、必ず勝たせてくれる」「俺たちの夢を叶えてくれる」という、絶対的な信頼と利害の一致。

 

(……すごい)

 

 ルジェは身震いした。

 これが「ボス」だ。

 王都の宮廷で見てきた、血統だけで偉ぶる貴族たちとは違う。

 数百人の男たちの人生と欲望を、その背中一本で背負って歩く男。

 

 ルジェは荷物持ちの列に戻り、粗末な毛布にくるまった。

 明日も早い。

 だが、その胸の鼓動は高鳴っていた。自分もいつか、あんな風に誰かの夢を背負える男になれるだろうか。

 

 冬の星座の下、欲望を孕んだ行軍は続く。

 目指すは南。富と裏切りの地、――平原だ。

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