レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第8話 戦闘を終えて

 戦闘が終わると、そこには静寂と作業が残った。

 戦士たちは黙々と戦場を歩き回り、味方の遺体を集め、敵の死体から金目のものを剥ぎ取っていく。

 陣地の一角では、シロヴァが帳簿を広げていた。

 先ほどまで先頭で剣を振るっていた猛将の姿はない。そこにいるのは、冷徹で、厳格な「遺産管理人」としての氏族長だった。

 

「……これはロルンの剣と鎧だ。回収しろ。家へ送る」

 シロヴァは、血に濡れた鎖帷子を無造作に放り投げた。

「こっちは……ジュランのとこの次男坊か。あの家には遠征費用の借金があったな。今回の報酬からそれを引いて……残りは、これだけか」

 

 シロヴァは銀貨を数え、革袋に分ける。

 死ねば終わりではない。死んだ後こそ、残された家族のために、誰かが正確に計算し、一切誤魔化さずに送り届けねばならない。

 それが、命を預かった「ボス」の最後の義務だ。

 ルジェはその背中を見ていた。

 武勇だけでは足りない。感情に流されてもいけない。

 人の死を「数字」として処理できる強さがなければ、群れは率いられないのだ。

 

 ***

 

 ルジェの視線が、並べられた味方の遺体に向く。

 首が飛んだ者、腹を割かれた者。その死に様は凄惨を極めていた。

 王都にいた頃のルジェなら、嘔吐していただろう。だが不思議と、嫌悪感は湧かなかった。感覚が麻痺してしまったのかもしれない。

 

 代わりに胸に去来したのは、静かな敬意と、そして昏い羨望だった。

(彼らは……『男』として死ねたんだ)

 

 彼らの肉体は傷ついているが、その存在は勇敢な戦士として完結している。

 誰も彼らの股間を覗いて「どっちだ」と疑ったりしない。

 迷いなく戦い、迷いなく散った。その潔さが、中途半端な肉体を生きていかねばならないルジェには、眩しいほどの完成品に見えた。

 

 ***

 

「あーあ……。張り切りすぎだぜ、ロルン」

 遺体の傍らで、一人の戦士が膝をついていた。

 彼は親友だった男の、血と泥で汚れた頬を布で拭いながら、苦笑しつつ涙を浮かべていた。

「お前が死んだら、誰が妹の結婚式で自慢話をするんだよ。……馬鹿野郎」

 

 戦士は涙を乱暴に拭うと、立ち上がり、北の空――遥か地平線の向こう、セルウィ盆地を囲む山脈の方角へ向かって祈りを捧げた。

 

「戦の神よ、その武勇を受け入れ給え」

「山の神よ、その魂に道を貸し給え」

 

 祈る相手は、特定の神ではない。

 彼らが帰るべき場所――祖霊たちが待つ、故郷の谷だ。

 肉体は平原の土になっても、魂だけはあの山へ、煙となって帰れるように。

 それは、残された者たちができる、たった一つの手向けだった。

 

 ***

 

 ルジェもまた、北へ向かって黙祷した。

 その時、ふと視界の端に、剥ぐるみ(追剥)にされて転がっているオストール軍の徴募兵の死体が映った。

 まだ若い。ルジェと同じくらいの少年だ。

 その懐からこぼれ落ちた粗末なペンダントには、女と子供の似顔絵が彫られていた。

(……あちらにも、待っている家族が)

 思考が、勝手に滑り出す。

 彼にも故郷があり、借金があり、守りたい誰かがいたのではないか。

 僕たちが奪ったのは、ただの敵兵という記号ではなく、誰かの「父」であり「夫」だったのではないか。

 ズキリ、と胸の奥が痛む。

 それは戦士としてあるまじき感傷だ。だが、ルジェの中にある「一面」が、奪われた命の重みを勝手に想像させてしまう。

 

(いや――、違う)

 ルジェは首を振り、その考えを強引にかき消した。

 

(今は、仲間を弔う時間だ)

 敵に情けをかけるなど、命を賭けて戦った祖霊たちへの冒涜だ。それに、そんな甘いことを考えていては、この先立っていられない。

(これから、いくらでも見るんだ。……いちいち心を痛めていたら、壊れてしまう)

 

 ルジェはペンダントから目を逸らし、シロヴァの元へ戻った。

 冷たい風が吹く。冬遠征はまだ始まったばかりだ。

 

 ***

 

 弔いの煙が空に溶けると、今度はもっと俗世的な煙――肉を焼く煙が野営地を覆った。

 センネンス伯は、戦場では腰抜けだったが、商売人としては抜け目がなかった。

 

 彼は「勝利の祝い」と称して、領内から商人をかき集め、エール樽や食料、そして化粧の厚い娼婦たちを野営地へ送り込んできたのだ。もちろん、タダではない。

 

「さあさあ、勝ったんだ! 飲めや歌えや!」

「南の女は肌が柔らかいよ! 北の岩肌とは違うよ!」

 狙いは明白だ。

 昼間に支払った「倍額の報酬」を、少しでも自分の懐へ回収するためだ。

 だが、戦士たちもそれを承知で、気前よく銀貨をばら撒いた。明日死ぬかもしれない身だ。金など持っていてもあの世では使えない。

 

「死んだロルンの分も飲むぜぇ!」

「カーッ、旨い! 平原の羊はいい草食ってるねえ」

 

 あちこちで酒盛りが始まり、天幕の裏では嬌声と荒い息遣いが響く。

 生と死、金と欲望が高速で循環する、戦場の宴。

 

 ***

 

 その喧騒から少し離れた焚き火のそばに、一際大きな影があった。

 クラだ。

 彼は誰も寄せ付けず、一人で座り込み、羊の骨付き肉をバリバリと音を立てて齧っている。

 娼婦たちがその逞しい体躯に目をつけ、秋波を送っても、彼は犬を追い払うように睨みつけて無視した。

「……あいつは、いつもああなのか?」

 ルジェが尋ねると、酒を飲んでいた古参兵が、声を潜めて教えてくれた。

「ああ。クラは、とっつきにくい奴さ」

 兵士は焚き火に薪をくべながら語る。

 

「あいつは、シロヴァ様の若い頃の『お手付き』の子……庶子(バスタード)だ。母親は平原の娼婦だったとか、戦士団が陥落させた町の町長の娘とか言われてる」

 

 フラジュトフ家には、大柄で気性の激しい正妻――「大奥様」がいる。彼女は夫の不貞の証であるクラを嫌い、屋敷に近づけさせなかったという。

 

「だが、腐っても氏族長の血だ。その気になれば、王都の警備隊長や、シロヴァ様の私的供回りの隊長として、いい暮らしもできただろうに」

 古参兵は、呆れたように、しかし敬意を込めてクラを見た。

 

「なのにあいつは、それを蹴った。一人の戦士としてシロヴァ様の厳しいチェックを受け、俺たちと同じ泥の列に並ぶことを選んだんだ」

 血統のコネを徹底的に拒絶し、己の腕一本で立つ。

 

 その生き様と、昼間の戦いで見せた圧倒的な膂力は、自由民たちから畏怖と羨望を集めていた。

 

 ***

 

(強い……)

 ルジェは、骨を噛み砕くクラの横顔を見つめた。

 丸太のような腕。岩のような筋肉。そして何者にも頼らない、孤高の独立心。

 それは、ルジェが喉から手が出るほど欲しい、そして決して手に入らない「純粋な男の強さ」そのものだった。

 自分は、さらしを巻き、胸甲で隠し、王族という身分とシロヴァの庇護の下で戦っている。

 だがクラは、剥き出しだ。

 その存在の在り方が、ルジェには眩しすぎた。

「……話してみたいな」

 ルジェが立ち上がろうとすると、古参兵が慌てて袖を掴んだ。

「よせ、ルジェ。あいつには近づかんほうがいい」

「え?」

「あいつは……酒癖が悪ぃんだ。それに、機嫌が悪い時に絡まれると、相手が誰だろうと見境がなくなる」

 兵士は声をひそめた。

「以前も、些細なことで味方を半殺しにしたことがある。『狂犬』だよ。……触らぬ神に祟りなしだ」

 

 ルジェは再びクラを見た。

 肉を食い終わり、酒瓶を煽る巨人の背中には、誰も触れさせない危うい空気が漂っていた。

 憧れと、危険な予感。

 ルジェはその夜、クラに声をかけることはできなかった。

 

 だが、運命は遠からず、この二人の半端者を、決定的な形で衝突させることになる。

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