レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第9話 客分と小間使いの日々

 センネンス伯の依頼を完遂した後も、フラジュトフ戦士団の冬は終わらない。彼らは雪の平原を転戦し、次なる契約を求めて移動を続けていた。

 

 戦闘のない日のルジェは、客分(ゲスト)の立場からただの少年へ戻り、一人の小間使い(ページ)としてフラジュトフ戦士団の野営地を走り回る。

 水汲み、薪割り、馬の世話。そして夜になれば、古参兵たちの鎧の手入れや、靴の修繕まで請け負う。

「おいルジェ! 俺の剣を研いどけ! 刃こぼれしてるぞ!」

「へい、ただいま!」

 王都にいた頃なら考えられない屈辱だろう。だが今のルジェにとって、それは心地よい疲労だった。

 

 汗を流し、手を汚すことで、自分もこの巨大な群れを動かす機構の一つになれているという実感が持てるからだ。

 

 戦士たちも、ルジェを「苦労を知らない客分」として軽んじることはなくなった。よく働く、少し線の細い気のいい弟分。その距離感が、ルジェの孤独を癒やしていた。

 

 ***

 だが、ひとたび角笛が鳴り、戦場、あるいは交渉の場となれば、ルジェの立ち位置は一変する。

 

 シロヴァはルジェを呼び寄せ、自らの馬のすぐ横――前線指揮官の視界を共有できる「特等席」に置くのだ。視界を得るため馬も貸し与えられ、シロヴァの私的な客分(ゲスト)として、王都のどの学校でも得られない、現役最強格の現場指揮官から贅沢な指導を受ける身分となる。

 

「よく見ろ、ルジェ。敵の右翼が揺れてるな。……あそこの指揮官がビビり始めた証拠だ」

 小競り合いの最中、シロヴァは自分なりの目線で戦況を細かく解説する。

 

 人が死ぬ瞬間、陣形が崩れる予兆、そして撤退のタイミング。

 安全な場所から俯瞰することで、ルジェは「個の武勇」ではなく「軍の指揮」という、王族に必須の視座を叩き込まれていった。

 

「お前は剣を振らなくていい。その目で盗め。……俺のやり方を全部な」

 それは、シロヴァなりの英才教育だった。

 ルジェは泥だらけの小間使いの服のまま、王の瞳で戦場を見つめる。その矛盾した経験が、彼の器を歪に、しかし巨大に育てていく。

 

 ***

 

 冬も深まると、北の地に遅れること一ヶ月、平原にも雪が降る。

 派手な戦闘の契約は減り、地味な仕事が増えてくる。

 ある小領主からの依頼は、「隣国への威嚇」だけだった。

 

 国境沿いの村に駐留し、時折武装して練り歩き、模擬戦を行い、派手に焚き火を焚いて「俺たちはここにいるぞ」とアピールするだけだ。

 

 報酬の銀貨は安い。だが、シロヴァは喜んで契約した。

 なぜなら、その契約には「滞在中の食料と寝床の提供」が含まれていたからだ。

 

「いいか、ルジェ。食え。詰め込めるだけ詰め込め」

 領主が提供した倉庫の中で、戦士たちは羊肉のシチューと黒パンを貪り食っていた。

 

 冬の間、これだけの数の大喰らいの男たちが故郷の谷にいれば、備蓄は一瞬で底をつく。だが、平原にいれば、他人の飯で腹を満たし、さらに暖を取ることができる。

「俺たちがここで食えば食うほど、故郷の家族の分が浮く。……これも立派な『稼ぎ』だ」

 戦わずして食う。

 果敢に攻めて命を懸ける銀貨も尊いが、食料という現物払いで冬を越すこともまた、冬遠征の重要な目的なのだ。

 

 ルジェは、他人の領地の麦で作られたパンを噛み締めながら、この遠征の意味を改めて身体で理解する。

 

 これは戦争ではない。巨大な「口減らし」であり、集団での越冬行為なのだと。

 

 セルウィ盆地の各地の辺境、貧しい土地の谷が、それぞれ氏族ごとに戦士団を結成し、平原に降りていく。そうして平原で飯を食い、春に帰ってくる。そのサイクルによって、この国は廻っているのだ。

 

 

 ***

 

 戦闘のない日。ルジェは小間使いとして、泥と煤にまみれて働いていた。

 だが、どんなに汚れても、その隠しきれない「素材の良さ」は、荒くれ男たちの目を引いてしまう。

 休憩中、二人の戦士が、薪を運ぶルジェの背中を眺めながらヒソヒソと話していた。

「……なぁ。あいつ、何モンだ? あの『ルジェ』ってチビは」

 新入りの戦士が、下卑た笑みを浮かべて顎をしゃくる。

「肌は雪みてぇに白いし、顔なんざ俺の故郷の村一番の娘より可愛いぞ。……まさか、シロヴァ様の『夜のお相手』か?」

 

 戦場には女がいない。だからこそ、高貴な身分の指揮官が、美少年を「小姓」と称して連れ歩くことは、平原の貴族社会では珍しいことではない。

 

 すると、隣にいた古参兵が、新入りの頭をひっぱたいた。

「馬鹿ッ! 滅多なこと言うんじゃねえ! シロヴァ様に聞かれたら半殺しにされるぞ!」

「い、痛ってぇ! だってよぉ……」

「あいつはただの愛人じゃねえ。……いや、愛人かどうかは知らんが、少なくとも『飾り』じゃねえよ」

 

 ***

 

 古参兵は声を潜め、真顔で言った。

 

「俺、この前の大狩猟会に参加してた従兄貴から聞いたんだがな。……あいつ、あの大猪の真正面に立って、槍一本で突っ込んだらしいぞ」

「はあ!? あの細っこい身体でか?」

「ああ。ふっ飛ばされて、ボロ雑巾みてぇに転がりながらも、きっちり一番槍を入れて片目を潰したって話だ」

 

 新入りは、信じられないという顔でルジェを見直した。

 ちょうどルジェが、自分の背丈ほどもある薪の束を抱え、「よいしょ、っと!」と掛け声を上げて積み上げているところだった。額の汗を拭う仕草すら、どこか優雅で、そして可憐だ。

「……へーぇ。小さいのに、度胸あるじゃん」

「だろ? シロヴァ様が気に入って連れ回すのも分かるぜ。……ま、可愛いのには変わりねえけどな」

 男たちはニヤニヤと笑い合い、ルジェに声をかけた。

「おーい、ルジェ! こっちにも薪をくれ!」

「はい、ただいま!」

 ルジェがパッと顔を上げ、駆け寄ってくる。

 そのひたむきな姿に、男たちの加虐心と庇護欲が同時に刺激される。

(こいつは……、俺たちのマスコットだ)

 

 彼らはルジェを「正体不明の客分」として腫れ物扱いするのではなく、「シロヴァ様のお気に入りで、度胸があって、やたらと可愛い弟分」として認知し始めていた。

 時折、尻を撫でられたり、際どい冗談を言われて赤面させられたりするのも、彼らなりの歪んだ愛情表現だった。

 ルジェは、その視線の裏にある欲望に薄々気づきながらも、拒絶はしなかった。

 王宮で「存在しない者」として無視されるより、こうして「可愛い弟分」として、からかわれながらも輪に入れてもらえる方が、今の彼にとっては遥かに救いだったからだ。

 

 

 ***

 

 冬遠征の陣中において、女の居場所はない。

 

 いるとすれば、それは金で買われる娼婦か、現地で攫われた哀れな犠牲者だけだ。

 

 ゆえに、ルジェの侍従であり護衛でもある乳兄妹、ロサは、この遠征に加わるにあたり髪を切り詰め、ルジェと同じように布で巻いて胸を潰し、汚れたチュニックを纏って「少年」になりすましていた。

 

 名は「ロス」。

 ルジェと同じくシロヴァの小間使いという身分だ。

 

 兵士たちの間でのロサ(ロス)の評判は、ルジェとは対照的だった。

 

「おい、ロス! 酒持ってこい!」

「……置いておきます」

「あぁん? 愛想のねぇガキだな。ルジェの爪の垢でも煎じて飲めよ」

 ロサは決して笑わない。

 誰かがルジェに馴れ馴れしく触れようとすれば、殺気立った目で睨みつけ、その手が伸びる前に割って入る。

 その姿は、可愛げのない狂犬、あるいは影として映っていた。

 

「ま、あいつの剣の腕は確かだ。薪割りをさせてもスジがいい」

「ルジェの金魚のフンだがな」

 兵士たちはロサを「付き合いの悪いガキ」として敬遠しつつも、その働きぶりと、ルジェへの異常な執着を奇妙がりながら認めていた。

 

 「女かもしれない」という疑念も、ロサの放つピリピリとした拒絶のオーラと、日々の泥仕事での汚れが覆い隠していた。

 

 ***

 

 ある夜、シロヴァは天幕でロサを呼び止めた。

「おい、モルコドの娘」

「……はい」

「バレたら犯されるぞ。俺の部下といえど、女に飢えた狼だ。理性がいつまで持つか分からん」

 シロヴァは脅すように言ったが、ロサは短剣の柄に手をかけて即答した。

「指一本でも触れようとすれば、斬り落とします。……それに、私は女ではありません。ルジェさまの『剣』です」

「フン。……親父に似て強情なことだ」

 シロヴァはニヤリと笑い、それ以上は何も言わなかった。

 自分の力で身を守れるなら、男だろうが女だろうが構わない。それが北の流儀だ。

 

 ***

 

 そして夜、ルジェと二人きりの時だけ、ロサは「少女」に戻る瞬間がある。

 互いに胸の巻き布をほどきどき、擦れて痛む皮膚に薬を塗り合う時間だ。

 

「……痛みますか、ルジェさま」

「ああ。……お前も、赤くなっている」

 

 ルジェは、自分のために無理をして男装し、傷を負うロサの肌を見て、申し訳無さと愛おしさに胸を痛める。

 ロサは、ルジェが男たちに可愛がられる――尻を触られたりする――のを見て、嫉妬と心配で胸を焦がす。

 

 この遠征の間、ロサはルジェにとって、物理的な護衛である以上に、唯一の秘密を共有できる、魂の避難所ともなっていた。

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