レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第10話 狂犬クラ

 その日の戦闘は、戦術家が見れば欠伸が出るほど退屈なものだった。

 

 平原の小領主同士の小競り合い。策も伏兵もない。

 ただ、真正面から歩兵同士がぶつかり合い、どちらかの士気が折れるまで押し合うだけの、原始的な力比べ。

 

 こういう時にセルウィ戦士は強い。だが、相手の平原傭兵も金がかかっている分、死に物狂いだ。

 

「押せ押せ!」

「崩れるな! 押し返せ!」

 ガシャガシャと盾と盾がぶつかり合い、罵声と悲鳴が上がるが、戦線は膠着したまま動かない。

 

 シロヴァの横で戦況を見守るルジェも、泥試合の様相に少し集中力を欠き始めていた。

 これが戦争の日常だ。華々しい英雄譚など滅多にない。あるのは、泥の中で男たちが押し合いへし合いする、臭くて重苦しい時間だけ。

 

 だが。

 敵の戦列が疲労でわずかに歪んだ、その瞬間だった。

 

 ***

 

「オラァッ!!」

 箍が外れたように、セルウィの盾列から一人の巨漢が飛び出していった。

 

 クラだ。

 シールドウォールを組む時は、彼も窮屈そうに身体を小さくし、整然と隣の男たちに合わせていた。

 だが、いざ乱戦の火蓋が切って落とされると、彼は盾を捨てた。

「邪魔だッ!」

 

 クラは身の丈ほどもある戦斧を振り回しながら、ずんずんと敵陣の中へ歩いていく。

「ぎゃっ」

「ぐわっ!」

 走るのではない。歩くのだ。

 だが、その一歩ごとに、立ち塞がる敵兵が物理的に弾き飛ばされ、空を舞う。

 周りのセルウィ戦士たちが、慌てて彼の側面をカバーしようと追いかけるが、クラの進撃速度は異常だった。

 乱戦、混戦。

 その中心で、クラだけが別次元の暴力を振るっている。

 

 ***

 

「あの馬鹿! 突出して囲まれるぞ!」

 味方が叫ぶ。

 敵の指揮官もクラ――突出した巨漢の姿を見逃さなかった。崩れかけた隊列を押し戻すため、予備戦力の精鋭――騎士からなる重装騎兵の小隊を、クラめがけて突っ込ませたのだ。

 

 ドドドドドッ!

 

 地響きと共に、鋼鉄の騎士がランスを構えて迫る。

 生身の人間が止められる質量ではない。

 だが、クラは逃げなかった。

 彼はあろうことか、突進してくる馬に向かって、半歩、踏み込んだ。

「死ねェッ!」

 騎士がランスを突き出す。

 クラはそれを、紙一重で――いや、獣のような勘でさっと躱した。

 

 そしてすれ違いざま、渾身の力で戦斧を横に薙いだ。

 

 ――ガゴォォォォンッ!!

「な…………!?」

 

 鈍く、重い破壊音。

 斧の刃が、騎士の被るバケツ型ヘルムを直撃したのだ。

 

 鋼鉄の兜がひしゃげ、騎士は首の骨を折られて落馬し、地面を転がった。

 

「……チッ、安い斧だ」

 クラの手元で、ひしゃげた兜の硬さに負けた戦斧の柄が、無残に折れていた。

 彼は舌打ちしてそれを捨てると、落馬した騎士の腰から、上等なロングソードを引き抜いた。

 本来は馬上からも振るえるために長く作られた騎士剣だが、クラが持つと片手剣のように軽く見える。

 

「かかってこい! 次はどいつだァ!?」

 

 血に濡れた巨人が吼える。

 その姿に、敵兵たちは恐怖し、後ずさりした。

 

 ***

 

 シロヴァの馬の横で、ルジェはその光景に戦慄していた。

 本来なら、その恐ろしい重装騎兵を防ぐために、セルウィ戦士は協調し、盾列を組んで耐える。それが弱者の兵法であり、セルウィの誇りだ。

 

 だが、あの男にとって、その「協調性」は手段でしかなかった。

 堅い結束、共同体由来の連携。

 

 それらは全て、彼が「シロヴァのチェックを通過し、冬遠征に加えてもらう」ための、入場チケットに過ぎなかったのだ。

 チケットを使って中に入れば、あとは野放図な「個」の時間だ。

 彼は、小さな箱に無理やり押し込められていた猛獣だったのだ。

 

「……化け物だ」

 ルジェの呟きをまるで肯定するかのように、敵の戦列が崩壊を始めた。

「か、敵わねぇ。逃げろーー!」

 

 一人の巨人が開けた風穴から、裂け目が広がり、そこへ他のセルウィ戦士たちが雪崩れ込む。

 戦術も陣形もない。

 ただ一人の圧倒的な暴力が、停滞していた戦場をこじ開けた瞬間だった。

 

 

 ***

 

 その夜、シロヴァは天幕の奥で、略奪品の安ワインを独りで呷っていた。

 脳裏に浮かぶのは、今日の戦場で暴れまわった巨人、シロヴァの私生児、クラの姿だ。

 

「……ったく、度し難い馬鹿息子だ」

 

 シロヴァは苦々しく吐き捨てた。

 今日のクラの突出は、戦術的には最悪だ。

 セルウィの強みは個を殺した集団戦術にある。盾を並べ、鎖のように繋がるからこそ、騎兵を止められるのだ。

 

 だが、クラは鎖を引きちぎって飛び出した。今回はたまたま勝ったから良いようなものの、もしこれを見た血の気の多い若手どもが「俺もクラみたいに英雄になるんだ!」などと勘違いして列を乱し始めたらどうなる?

 

 セルウィのブランドは崩壊し、傭兵としての商品価値は地に落ちるだろう。雇われで食えないなら、略奪するしかない。それは、曲がりなりにも契約に基づいて行う傭兵よりよっぽど険しい道だ。

 

「それに、あの性格だ」

 シロヴァは天幕の隙間から、遠くで一人、誰とも交わらずに肉を食らっているクラの背中を睨んだ。

 群れのボスに必要な資質とは何か。

 それは腕力ではない。「分配」と「調停」だ。

 獲物を公平に分け与え、部下の不満を聞き、喧嘩を仲裁する。その面倒くさい泥仕事をやるからこそ、人はついてくる。

 だが、クラにはその気が一切ない。

 自分の力で奪い、自分で食う。他人に興味がなく、頭を下げてくる者も拒絶する。あれでは、どれだけ強くても「長」にはなれない。ただの「はぐれ熊」だ。

 

(族長としては失格だ。……使い所を間違えれば、味方を殺す毒にすらなる)

 

 ***

 

 シロヴァはグラスの底に残った澱を見つめ、ふと口元を緩ませた。

 苦虫を噛み潰したような顔の裏で、抑えきれない笑いが込み上げてくるのを自覚する。

 

「……だが、強い」

 理屈ではない。

 あの圧倒的な暴力。騎士の兜を薪のように叩き割り、何者にも縛られずに戦場を闊歩する姿。

 

 それは、シロヴァ自身が若い頃に目指し、そして「氏族長」という責任ある立場に就くことで諦めざるを得なかった、究極の狂戦士の完成形だった。

 

(俺の種だ。あいつは間違いなく、俺の腰から放たれた種で出来た子だ)

 正妻との間に生まれた行儀の良い嫡男たちではない。

 

 若い頃の過ち、どこの馬の骨とも知れぬ女に産ませた庶子。

 だが、その汚れた血の中にこそ、最も色濃く「北の獣」の血が流れていたという皮肉。

 

(俺以上の勇猛な戦士。……これぞ、蛮族セルウィ)

 親としての、そしてオスとしての原初的な誇りが、胸の奥を熱くする。

 

 組織の論理では否定しなければならない存在を、本能が肯定してやまない。

 

「へっ、……せいぜい暴れろ、クラ。お前の首輪を握れる奴なんざ、この世にいやしねぇよ」

 シロヴァはワインを飲み干した。

 

 北の大氏族長は、頭の痛い問題と、ワクワクするような予感を同時に肴にして、夜更けまで杯を重ねていった。

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