冬至を越え、皆が一つずつ齢を重ねる。
そしてレアネリア大陸最大の大平原にも、冬の本番が訪れた。
だがそれは、ルジェが知る故郷の「白く清浄な死の世界」とは全く異なっていた。
雪は薄く積もっては、昼間の微妙な暖気で溶ける。雨が降る。
気温は零下を行ったり来たりするため、大地は乾く暇がなく、永遠に続く粘土質の沼地と化していた。
外を歩けば泥が足首まで食らいつき、馬の脚を折る。鎧は錆び、革靴は腐り、冷えた身体に風邪が流行る。
「……故郷の吹雪の方が、まだマシだ」
戦士のひとりが、泥だらけの足を焚き火で乾かしながらぼやいた。
「あっちは凍死するだけだが、こっちは心が腐る」
平原北部、セルウィ盆地と平原の境目あたりでは、セルウィと同じく冬のあいだは雪が解けず、降り積もる。
さらに南――平原南部から南岸の海沿いにまで行けば、冬こそが雨季であり、農業と戦争の季節だという。
だが、フラジュトフ戦士団がこの冬に展開しているのは平原中部。中途半端な寒さと湿気が支配する、ある意味では最も憂鬱な前線だった。
***
派手な戦闘はなくなった。
代わりに行われたのは、「食うこと」による戦いだった。
ある小領主の砦に駐留した一ヶ月。
ルジェたちの任務は、ただそこにいて、領主が提供する食事を食べ続けることだった。
大軍が動きづらい冬とはいえ、秋の収穫の直後だ。食糧庫は豊かに溢れ、それを狙う狼藉者、あるいは戦略的に備蓄を破壊しようとする隣の領主がいないとも限らない。
フラジュトフ戦士団三百名は、備蓄を何割か減らす代わりに、致命的な略奪や焼き討ちを防ぐ保険として雇われたのだ。
朝から晩まで、焼いた羊、煮込んだ麦、大河で穫れた川魚を詰め込む。
運動不足にならないよう、泥の中で相撲を取り、また食う。
「食え、ルジェ、ロス! 食い盛りのお前の腹に入った分だけ、故郷の備蓄が減らずに済む」
「はい!」
「はい!」
古参兵の言葉通り、これは「口減らし」の最終形態だ。
冬の間、三百人の健啖家が谷を離れているだけで、故郷の食料事情は劇的に改善する。さらに彼らは、他人の金で贅沢な肉を身につけて帰るのだ。
ルジェとロサは、平原の泥臭いエールでパンを流し込みながら、自分の身体がまた一回り大きくなるのを感じていた。成長期の少年にとっては、この肉こそが春に持ち帰る見えない戦利品かもしれない。
***
そして、変化は唐突に訪れた。
南から吹く風が、湿気を帯びた生暖かいものに変わったのだ。
平原の春は、セルウィより二ヶ月は早い。
雪が降らなくなり、晴れの日が続くと、泥だらけの大地が少しずつ乾いていく。
道が乾き始めると、戦場にも動きが出る。
冬の間、泥に沈黙していた諸侯の軍隊が、領境付近で農繁期前の小競り合いを始めたのだ。
フラジュトフ戦士団もまた、それに便乗していくつかの小さな契約をこなし、駄賃を懐に入れた。
ルジェはもう、戦場の喧騒に怯えることはない。
血の匂いにも慣れ、シロヴァの横で地図を覗き込み、「あそこの丘は騎兵が登りにくいですね」と意見具申さえするようになっていた。
小間使いの少年は、いつしか歴戦の相貌を帯び始めていた。
***
年明けを迎えて数ヶ月経ったある晴れた朝。
シロヴァは空を見上げ、北の山脈にかかる雲の形をじっと睨んでいた。
そして、誰に言うともなく呟いた。
「……雪解けだ」
北の山で、雪解け水が川を溢れさせる季節が来る。
それは、セルウィ人にとって絶対的な合図だった。
「総員、荷をまとめろ! 撤収だ!」
シロヴァの号令が飛ぶ。
「まだ稼げるのでは?」と食い下がる若手に、シロヴァは拳骨を落とした。
「馬鹿野郎! 俺たちは傭兵である前に『農民』だ! 種まきに遅れたら、いくら銀貨があっても来年の冬に餓死するぞ!」
平原諸侯にとっての戦争は夏が盛りだが、セルウィ人にとっての戦争は終わりだ。
これからは、もっと過酷で、もっと重要な「大地との戦い」が待っている。
畑を耕し、家畜を放牧し、短い夏の間に冬支度をする。
そのサイクルに間に合わなければ、自由民としての生活は破綻する。
「よし、このあたりで故郷に帰るぞ! 土産は十分だ!」
「オオオオッ!!」
戦士たちが歓声を上げ、略奪品と食料でパンパンに膨れ上がった荷車を押し始める。
その顔は、戦場に向かう時の殺気だったものではなく、家路を急ぐ子供のように晴れやかだった。
ルジェもまた、ロサと共に北を向いた。
(帰ろう。……僕たちの谷へ)
一行は、春の光を背に受けながら、北の隘路を目指して進軍を開始した。
――だが、一路北に向かうフラジュトフ戦士団の前に、最後の一波乱が待ち受けているのだった。