レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第12話 「自由」傭兵たち

 平原から北へ、故郷へと戻る途中の街道で、フラジュトフ戦士団は奇妙な集団とすれ違った。

 

 数百人の男たちが、隊列も組まず、ぞろぞろと泥道を歩いている。

 統一された軍旗はない。装備は高級な騎士剣から農具の鍬までバラバラで、その多くが赤錆にまみれている。彼らの目は虚ろで、飢えた獣のような光を宿していた。

 

「……おい、寄るな」

 セルウィの古参兵が、露骨に鼻をつまんで吐き捨てた。

「近寄るんじゃねえ、ノミが伝染るぞ」

 

 それは比喩ではなかった。彼ら――「自由」傭兵団からは、風呂に入っていない体臭と、腐った傷口の臭いが漂っていた。

 彼らはセルウィの整然とした隊列を見ると、恐怖と羨望の入り混じった視線を向けながら、そそくさと道を空けた。

 

「あれは……?」

 すれ違って数分経ってからルジェが呟くと、近くの戦士の一人が答えた。

 

「あれか? ありゃあ、「自由」傭兵(フリーカンパニー)どもだ」

 その戦士は、先程の悪臭を思い出したかのように顔をしかめた。

 

 あえて強調された「自由(フリー)」という響きには、これ以上ないほどの皮肉と蔑みが込められている。

 

「別名『野ネズミ』、あるいは『輝ける野盗団』とも言うな。ギルド所属の傭兵と違って、奴らはどこにも所属しない、なんの証明も持たない。この世の全てから『自由』な一党だ。平原のあちらこちらに湧いて出る」

「『自由』……。聞こえはいい言葉ですね」

ルジェが呟く。

 

「ああ。ギルドの掟にも、主君の命令にも縛られない。……だがな、そいつは『誰も守ってくれない』ってことと同義だ」

 彼らの正体は、重税に耐えかねて逃げ出した農奴、討伐されて追い散らされた盗賊団、故郷を追われたゴロツキや逃亡兵、欲にくらんで傭兵ギルドへの上納金を持ち逃げした元傭兵たちだ。

 

 行き場を失い、唯一心得のある腕っぷしを頼り、「傭兵団(カンパニー)」を自称して食い物を奪うしかなくなった成れの果て。

 

「精強なセルウィの戦士はもとより、まともな傭兵団は、奴らを同業者だとは思わねぇ。あいつらはただの『武装した乞食』だよ」

 

 あらゆる共同体、あらゆる世俗権力のしがらみから自由になった彼らには、帰る家がない。冬を越す備蓄もない。

 だから、死に物狂いで略奪する。だが、失うものがないゆえに、規律も結束もない。「頭数を揃えられれば誰でもいい」という領主に雇われ、一枚の銀貨のために死にゆく者たち。

 

 同じ「傭兵」という看板を掲げていても、そこには埋めようのない階級差があった。

 

 ***

 

 その日の夕刻。 

 一行が宿営地として選んだ小さな宿場町で、この地を預かる騎士がシロヴァを訪ねてきた。

 

「……というわけでな、傭兵隊長殿。あの野ネズミどもを追い払って頂きたいのだ」

 騎士は苦虫を噛み潰したような顔で依頼した。

 昼間にすれ違ったあの「自由」傭兵団が、この騎士に任せられた近くの村に居座り、食料を食い荒らしているという。

 

「ご自分でなさらないので?」

 シロヴァが意地悪く尋ねると、騎士は舌打ちした。

「数は向こうが多い。それに、奴らは失うものがないから必死だ。……我が封土の農民をぶつければ、勝てはするだろうが、それなりの被害が出る」

 

 徴募兵となる農民は領地の財産だ。

 春になれば畑を耕す貴重な労働力を、薄汚い野盗相手に損耗させるわけにはいかない。怪我をして働けなくなれば、その分だけ領主の収入が減る。

「なるほど。自分の手は汚さず、金で解決したいと」

 シロヴァはニヤリと笑った。

「いいでしょう。……掃除代は高くつきますがね」

 これは戦争ではない。衛生事業だ。

 

***

 

 「自由」傭兵。彼らの装備はそれぞれの集団によって上にも下にも――特に下に――多種多様だが、この集団が纏う装備は決してボロ切れではなかった。むしろ、遠目には豪勢に見える者さえいる。

 

 戦場で死んだ騎士から剥ぎ取ったであろう上等なロングソード、脱走する際に持ち逃げした正規軍の鎖帷子、あるいは元プロの証である、ギルドの紋章入りの鉄兜。

 

 だが、近づいて改めて見れば、その実態は酷いものだった。

 立派な剣は赤錆が浮いて刃こぼれし、鎖帷子は油が切れてギシギシと鳴り、兜の紐は切れている。

 

 都市に入れてもらえない彼らは、鍛冶屋や武具屋に頼れないのだ。

 彼らの中には、騎士剣を振り回しながら、左手には鍋の蓋や、民家の扉を外しただけの板を盾として持っている者さえいる。

 

「へっ、まったく無様なもんだねぇ」

 セルウィの戦士たちは、嘲笑を隠さない。

「平原の連中は、まともなギルドの傭兵でさえ腰が軽くて信用ならねぇってのに、こいつらはそれ以下だ」

 

 セルウィ人にとって、戦士の強さとは「故郷の強さ」だ。

 帰る家があり、装備を直してくれる鍛冶師がいて、背中を守る仲間がいる。

 

 それらを全て捨てて「自由」になった彼らは、セルウィの戦士からすれば、ただの群れからはぐれた哀れな羊に過ぎない。憐れみなどない。あるのは、敗北者に対する冷徹な侮蔑だけだ。

 

 ***

 

 ブォォ……。

 単調な角笛の音色とともにフラジュトフ戦士団が姿を現すと、「自由」な男たちは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 

「うわぁぁ、討伐隊だ!」

「逃げろ!」

「いや、逃げるな!」

「戦え! お前ら、数はこっちのほうが上だ!」

「バカっ、あれはセルウィ傭兵だ! 俺は逃げる!」

 

 怒号、悲鳴。略奪品を抱えて逃げようとする者と、一発逆転を狙って色めき立つ者がぶつかり合い、統制が取れていない。

「……規律の欠片もねぇな」

 シロヴァは馬上で、その烏合の衆を冷ややかに見つめた。

 

 数は向こうの方が多いかもしれない。個々の腕っぷしも、農奴を除けば元盗賊や元兵士なだけあって弱くはないだろう。

 

 だが、あの錆びた剣で、手入れされた鉄兜、厚い革鎧と樫の盾を割れるとは思えない。

 

「総員、盾列(ライン)用意ィ〜……」

 シロヴァは習慣的に号令をかけようとして、途中で止めた。

 

 右手を挙げ、部下たちを制止する。

「……いや、手間だ。盾など要らん」

 シロヴァは剣を抜き、無造作に振り下ろした。

 

「予想以上に、なっちゃいねェ。突撃(チャージ)! 掃除してこい!」

 

 ***

 

「オラァァァァッ!!」

 盾列を組むことすら放棄したセルウィの戦士たちが、個々の暴力として雪崩れ込んだ。

 

 それは戦闘ではなかった。一方的な「駆除」だった。

 

「ひぃっ、待て! 俺は元ギルドの……」

「知るかよ! 死ね!」

 

 鍋の蓋の盾は、斧の一振りでへしゃげる。

 手入れされていない剣は、北の鉄兜にかち合った瞬間、脆い音を立てて砕け散る。

 

「うおぉ、元傭兵部隊長の俺が相手――、ぐわぁ!?」

「ほらよっと!」

「へっ、背中がガラ空きだぜ」

 

 腕っぷしには自信があるのだろう、戦鎚を振り回す大柄な自由傭兵を、セルウィの戦士たちが三人がかりで翻弄し、やがて巨漢の背中へと短槍を突き立てた。

 

 いくらか居た腕に覚えのある者たちが、最前線に立ったゆえに真っ先に討たれると、「自由」傭兵たちは霧散した。

 そして背中を見せて逃げ出したところを、次から次に狩られていく。

 

 先のオストール公との戦いのような、死と隣り合わせの緊張感はない。

 あるのは、プロフェッショナルが素人を蹂躙する、残酷なまでの実力差だけだ。

 

 ルジェは、シロヴァの傍らでその光景を見ていた。

 味方の戦士たちは、害虫を潰すように淡々と敵を殺している。そこに躊躇いはない。

 

 だが、ルジェの目だけが、泥に沈んでいく彼らの「背景」を見てしまっていた。

 

(あの男も……かつては誰かの息子だったはずだ)

 

 ルジェの視線の先で、まだ若い――自分より少し年上くらいの兵士が、腹を槍で突かれて絶命した。その顔には、恐怖と、故郷への未練が張り付いている。

 借金で首が回らなくなった農民の息子か。あるいは、厳しい親方から逃げ出した職人の見習いか。

 

 自由を求めて、あるいは生きるために群れを飛び出し、流れ着いた果てが、この泥の中の死だ。

 

(誰も守ってくれない。誰も弔ってくれない。……それが、この平原で『独り』になるということ)

 ルジェの胸に、チクリとした痛みが走る。

 戦士たちが向ける侮蔑とは違う、どこか自分自身にも重なるような、寄る辺なき者への静かな憐憫。

 

 もし自分も、シロヴァという後ろ盾を失えば。王族という値札を失えば。

 待っているのは、彼らと同じ「自由な野垂れ死に」かもしれない。

 

 一方的な蹂躙。

 恨みはない。だが、慈悲もない。

 わずか一刻もしないうちに、村から「自由」な男たちは一掃された。

 

 逃げ遅れた死体が泥に沈み、運良く逃げ出した者たちは蜘蛛の子を散らすように荒野へ消えていく。

 

 ***

 

「損害報告! ……なし!」

「怪我人は?」

「擦り傷が二名! あ、転んで鼻血出した奴が一名!」

 ドッと笑いが起きる。

 セルウィ戦士団は、文字通り「無傷」だった。

 装備の質、栄養状態、そして組織としての練度。すべてが違いすぎたのだ。

 

「よし、じゃあ装備を改めろ、使えるモンだけ拾え!」

 部隊長の声が響く。

 戦士たちは手早く死体から金目のものを漁る。

 

「チッ、いい兜だと思ったが、中は錆だらけだ」

「靴も底が抜けてやがる。しけた連中だぜ」

 蔑みの笑い声の中で、ルジェだけが、泥に沈んだ名もなき若者の死顔に、そっと視線で別れを告げた。

 

 その憐れみは、甘さではない。

 「自分も一歩間違えればこうなる」という、冷たい教訓を伴った共感だった。

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