レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第13話 春告げの砦攻め

 南から北へ。

 雪解けの泥道を避け、少しでも乾いた街道を選んで帰路を急いでいたフラジュトフ戦士団は、ある領境の丘で、奇妙な喧騒に遭遇した。

 

 街道を塞ぐように、荷馬車や武装した集団がごった返している。

「――侯爵閣下、侯爵閣下!」

「なんだ、儂は今戦略の思案で忙しいのだぞ!」

 豪奢な馬車から顔を出して怒鳴ったのは、この辺りを治める大貴族、マーラーン侯だった。

 

 白髪混じりの頭を振り乱し、目は血走っている。

 

 だが、彼の目がシロヴァの旗印と、整然とした重装歩兵の列を捉えるや、その表情は一瞬で驚愕から歓喜へと変わった。

 

「な……、通りかかりのセルウィ戦士団だと!?」

 侯爵は馬車から転げ落ちんばかりに身を乗り出し、天を仰いだ。

「なんという幸運……! 軍神アリュートーの加護は、まだ我らにあったか!」

 

 

 ***

 

 事情は、平原ではありふれた、しかし当事者にとっては腸が煮えくり返るような「裏切り」だった。

 

「あの砦だ! あそこを守っていた城代が、敵対するリットン伯に寝返りおったのだ!」

 マーラーン侯は、唾を飛ばしてまくし立てた。

「あやつめ……! 儂の娘を娶り、一族として遇してやった恩を忘れ、あろうことか敵の手引きをしおって!」

 信用ならない平原の社会。娘婿だろうが義父だろうが、条件が合えば平気で背中を刺す。

 しかも、タイミングが最悪だった。

 春の耕作シーズンを前に、マーラーン侯の主力である農民徴募兵たちは畑から動きたがらない。

 

 マーラーン侯の傍に仕える将軍が、やや疲労の見える顔で、しかし冷静に説明する。

「今から農民を招集すれば、種播きに間に合いません。かといって農閑期を待てば、敵の援軍が入り、砦の防備は固められてしまうでしょう」

 

 この砦を失えば、防衛線に穴が開く。

 何より、舐められたまま黙っていては、他の配下たちも雪崩を打って離反しかねない。

 威信(メンツ)の問題だ。

 

「そう! だから儂は、なりふり構わずかき集めたのだ!」

 侯爵の目は狂気を帯びていた。

 彼は先祖伝来の宝物庫を開き、さらに商業ギルドから土地を抵当に借金をしてまで、手当たり次第に「武力」を買い漁っていた。

 

 だが、雇おうと目論んでいた付近のギルド傭兵団が、すでに向こう側に高値で買われてしまっていたのだという。

 

「金はある! いくらでも出す! 頼む、あの砦を落としてくれ!」

「ふぅむ…………」

 

 ***

 

 シロヴァは腕を組み、北の空を見上げた。

 雲が厚い。

 帰還が遅れれば、雪解けでセルウィ川が増水し、渡河が困難になり、セルウィ盆地「南の隘路」が通れなくなる。その場合に使える迂回路は、丘陵地帯の峠越えや、森の中の獣道といった間道――戦利品を満載した荷車は通れない。更には、セルウィ川沿いの平たい盆地の道も、泥沼と化していることだろう。

 

 そうなれば、セルウィ盆地の北端、フラジュトフ谷の農繁期に男手が戻れない。妻と子、残された老人だけで硬い土を耕すことになる。それは凶作を意味する。

 

 すでに戦利品は十分だ。リスクを冒す必要はない。

 だが……、侯爵が提示した袋の中身は、目が眩むほど魅力的だった。

 

(……三日だ)

 シロヴァは計算した。

 あと三日なら、ギリギリ間に合う。

 

「……期間は三日。それ以上は付き合えん」

 シロヴァは決断し、侯爵の手を握った。

「その間に落ちなければ、我々は引く。前金は返さない。それでもいいなら、契約しよう」

「構わん、三日で十分! どのみちこの機会を逃せば儂の領地はおしまいだ!」

 

 ***

 

 翌朝。

 裏切り者の砦を包囲するマーラーン侯の軍勢は、まさに「金で買える戦争のカタログ」だった。

 

 戦場のあちこちには、食い詰めた「自由」傭兵(フリーカンパニー)の群れ。彼らは装備こそボロボロだが、金への執着だけで殺気を放ち、配られた土嚢に土や砂利を詰め込んでいる。彼らが真っ先に砦の射程に飛び込み、犠牲を払いながら土嚢で堀を埋めるのだ。

 

 そのやや後方には、南方の都市国家から高給で雇われた弩弓傭兵(クロスボウマン)の部隊。巨大な盾(パヴィース)を並べ、機械仕掛けの強力な弩を整備している。

 

 更に後方のマーラーン侯やシロヴァの居る本陣には、攻城兵器職人(エンジニア)たちが組み上げた、車輪付きの運びやすい投石機(オナガー)が数台、不気味なシルエットで並んでいる。

 

 そしてセルウィの鋼鉄の歩兵は、堀が埋まったあとの「突破部隊」として、戦力を保ったまま、危険な突入に向けてここに控える。

 

 ルジェは、その雑多で豪華な布陣を見渡した。

 忠誠心など欠片もない。あるのは金による契約だけ。

 だが、その純粋な欲望の集合体が、これから一つの砦を飲み込もうとしている。

 

「……始まるぞ」

 

 シロヴァの低く抑えた声と共に、戦場に最初の石弾が放たれた。

 春を告げる雷鳴のような轟音が、平原の空気を震わせた。

 

 

 ***

 

「いざ、進めーーーーっ!」

 攻城戦の火蓋が切られると、まずは最も安い命が投入された。

 前衛の「自由」傭兵たちだ。

 

 彼らは鍋の蓋や民家のドア、あるいは編んだ枝など、粗末極まりない矢盾(マントレット)を掲げ、砦の空壕に向かって殺到した。

「一番乗りは金貨! 金貨が出るぞ!」

「進めぇッ!」

「おおおぉぉぉぉ!」

 

「来たぞ、射てぇ!」

 彼らが殺到すると、たちまち城壁からの矢が雨のように降り注ぐ。

 

 高所から射たれて勢いづいた矢に、鍋の蓋など役に立たない。彼らは次々に射倒され、崩れ落ちていく。

 

 彼らの任務は「土嚢を運び、壕を埋めること」だった。だが、彼らが落とした土嚢よりも、彼ら自身の死体が堀の底に積み重なり、皮肉にもその「肉」が後続のための道を作っていく。

 

「……酷いな」

 本陣の高台で、ルジェは顔をしかめた。

 時折、流れ矢がヒュンと音を立てて近くの地面に突き刺さるが、シロヴァは眉一つ動かさない。

 

「酷いが、あれが奴らの『使い道』だ。矢を消費させ、堀を埋める。……あれで金が貰えるなら本望だろうよ」

 

 ***

 

 一方、その金目当ての惨劇のやや後ろでは、「金のかかった戦争」が展開されていた。

 南方の弩弓傭兵団だ。

 彼らは人間大の巨大な盾を地面に立て、その隙間から機械仕掛けの強力な弩を構える。

 

 ガキン、という金属音と共に放たれた太い矢(クォレル)は、城壁の狭間(スリット)を正確に狙い撃ち、うかつに顔を出した守備兵の頭を兜ごと貫く。

 

 連射速度は遅い。だが、その威力と精度は桁違いだ。

 

 そして後方では、車輪付きの投石機が唸りを上げた。

「準備よし――、放て!」

 ブォン!

 放り出されたバスケットボール大の石弾が放物線を描き、城壁の上部に激突する。

 

 ガゴォォン!

 胸壁(バトルメント)の一部が砕け、石片が飛び散る。「自由」傭兵を射下ろしていた城壁上部の守備隊がざわめいている。

 

「おお! 当たったぞ! その調子だ!」

 マーラーン侯が手を叩いて喜ぶが、シロヴァは冷ややかな目で指摘した。

 

「よーく見てみろ、ルジェ。……城壁を砕くには、まだまだ足りない」

 石弾は、壁の上の飾り、胸壁を欠けさせただけだ。分厚い城壁そのものをこのサイズの石弾で崩壊させるには、何百発も同じ場所に撃ち込まねばならないが、それだけの時間も石弾もない。

 

「侯爵は使い方が下手くそだな。……いいか、ああいうのは、もっと良い使い方がある」

 シロヴァは、周りの平原人に聞こえないよう、北方訛りのセルウィ語で低く呟いた。

「壁を壊すんじゃない。壁の中に、火のついた藁や汚物、あるいは……伝染病で死んだ牛や人の死体を放り込むんだよ」

「えっ」

「そうすれば、中は火事と疫病で地獄になる。守備兵は一睡もできず、心が折れる。……それなら、石の壁がどんなに厚くても関係ない」

 シロヴァは、軽い悪戯を教えるような顔で、戦場のやり口を述べた

 

「それは……、また酷いことになるでしょうね」

「おう。それが戦場ってやつだ」

 ルジェは、空を飛ぶ石弾を見上げながら、そこに腐乱死体が乗せられている光景を想像し、背筋が凍りついた。

 

 戦争とは、かくもおぞましく、合理的なものなのか。

 

 

 ***

 

 そして、堀が「自由」傭兵の死体と土嚢で埋まると、いよいよ中央の本隊に命令が下る。

 セルウィ戦士団だ。

「ブチ抜いてボーナスを手に入れるぞ! 気合い入れろ、テメェら!!」

「オオォ!!」

 

 彼らは、巨大な丸太を数十人で抱え、頭上に盾を掲げて亀の甲羅(テストゥド)のように密集し、城門へとじりじりと進む。

 

「まずい、弓兵隊! 『自由』傭兵なぞ捨て置け! 破城槌だ、破城槌部隊を狙え!」

 突破部隊の接近を見るや否や、砦の守備隊長が叫ぶ。

 

 ズドドッ! カッ! カッ!

 たちまち射撃が集まり、矢が盾を叩く音が、雨音のように響く。だが、彼らは止まらない。

 

 城門に取り付く。

「イチ、ニッ――、ドン!」

 

 丸太が門を叩く。ズシン、と腹に響く音がする。

 

 だが、守備側も無策ではなかった。

「油だっ、ぶちまけろーーーーっ!」

 砦の正門の上、落とし口(マチコレーション)から、ぐらりと大鍋が傾けられた。

 

「あっ、油だッ! 退避ーーーーッ!」

 誰かの絶叫と共に、白煙を上げて煮えたぎる油が滝のように降り注いだ。

 

 ジュワアァァァァッ!!

 

 いかに屈強な戦士とて、数百度に熱された油には敵わない。

 

「ガアァァァァ! クソがっ!」

「アチィ! アチィ!」

 肉が焼ける音。蒸気。そして絶叫。

 油は盾の隙間から入り込み、革鎧を煮込み、皮膚を焼く。

 

 雑多な「自由」傭兵なら、ここでパニックを起こして我先にと武器を捨てて逃げ出し、背中を撃たれて全滅したことだろう。

 だが、セルウィは違った。

「慌てるな! 盾を離すな!」

「負傷者を内に入れろ! 下がるぞ!」

 火傷を負ってのたうち回る仲間を、即座に無事な者が引きずり込み、盾の壁を維持したまま、ムカデが後退するように整然と射程外へ下がっていく。

 

 後退時にこそ部隊の規律が現れる。

 その規律正しさに、敵味方の双方から、ため息のような感嘆が漏れた。

 

「……失敗したが、見事だ」

 シロヴァは満足げに頷いた。

「あれができるから、俺たちは高く売れるんだ」

 

 一波目は防がれた。

 だが、門にはヒビが入っている。そして何より、貴重な油を使わせた。

 

 攻城戦は、リソースの削り合いだ。

 

「そうだ、ルジェ! 見て学ぶだけじゃなく、お前なら『どうするか』をよく考えておけ。攻城戦は定石だけじゃねえ、壁をブチ抜いても乗り越えても、穴掘ってでも、城攻めは『なんでもいい』んだ」

「はい……!」

 

 ルジェは、油の焦げた臭いが漂う戦場を見下ろしながら、次の手を必死に考えていた。見学席の時間は、もうすぐ終わる。

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