レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第14話 陥落

 後方の天幕に、油をかぶった負傷兵たちが運び込まれてきた。

 

 焼け焦げた皮の臭いと、脂汗の臭いが充満する。

 ルジェはバケツと布を持って走り回っていた。

 

「アアアァ、アチィ……、痛え……ッ!」

「動かないで! 今、薬を塗るから!」

 ルジェが取り出したのは、大量の卵の白身と、酢を混ぜた粘り気のある液体だった。

 

 卵白の冷たさが火傷の熱を吸い出し、酢が膿を清める――と信じられている。このあたりでは最も一般的な火傷薬だ。

 

「ぐぅ……ッ! し、沁みるゥ……!」

「我慢して! これを塗らないと、皮膚が引きつって剣が振れなくなる」

 

 ルジェは、赤く爛れた戦士の腕に、ヌルヌルとした卵白をたっぷりと塗りたくり、その上から豚脂(ラード)を染み込ませた包帯を巻いた。

 

 脂が空気を遮断し、痛みを和らげる。

 ルジェの手は卵と脂と膿でベトベトだったが、彼は顔をしかめることなく、慈愛すら感じさせる手つきで処置を続けた。

 

「痛ウゥ……ッ、すまねぇ、ルジェ。……お前の手は、冷たくて気持ちいいな」

 うわ言のように呟く戦士の額を、ルジェはそっと拭った。

 

 ***

 

 前線から交代で戻ってきた戦士たちも、兜を脱いで地面にへたり込んでいた。

 北の寒空の下だというのに、彼らの髪は汗で濡れそぼり、湯気を立てている。

 死の雨をかいくぐり、数百キロの丸太を抱えて突撃するという行為は、それほどまでに体力、精神力を削るのだ。

 

「水だ! 飲み水をくれ!」

「あの城代め、よくも油なんぞ使いやがって……次は殺す」

 

 ルジェは彼らにも柄杓で水を配り歩いた。

 恐怖よりも、怒りと疲労が勝っている。彼らの闘志はまだ折れていない。

 

 ***

 

 その頃、本陣に建てられた簡素な(やぐら)の上で、シロヴァは目を細めて城壁を凝視していた。

 

 一波目の攻撃で、厚いはずの城門は軋んでヒビが入っている。

 

 守備兵たちは「次こそ突破される」という恐怖に駆られているようだ。

 

「おう、看護ごくろう。……見ろ、ルジェ」

 戻ってきたルジェに、シロヴァが指差す。

 

 城門の真上にある楼閣(ゲートハウス)周辺に、守備兵が蟻のように密集している。

 

 弓兵、投石兵、そして槍兵までもが、門を守るために一点に集められ、そこだけ黒山の人だかりになっていた。

 

 逆に言えば、それ以外の城壁の上は、驚くほど人がまばらだ。

 

「奴らはビビっている。門さえ守れば勝てると思い込んで、兵を寄せすぎたな」

 

 シロヴァはニヤリと笑った。

 敵の思考が読めた。ならば、裏をかくだけだ。

 

 ***

 

「梯子を持ってこい!!」

 シロヴァの雷のような号令が飛ぶ。

 

 待機していた別動隊が、茂みの中に隠していた攻城梯子(スケーリング・ラダー)を担ぎ上げた。

 

 シロヴァの意図を素早く察し、戦士団の部隊長が号令をかける。

「丸太隊、もう一度だ! 派手に歌って、派手に叩け! 敵の目を門に釘付けにしろ!」

「梯子隊は両翼へ走れ! 壁の上が手薄だ、一番乗りはいただきだぞ!」

「オォーーーーッ!」

 

 ***

 

 ドォォォン! ドォォォン!

 再び破城槌が城門を叩く。守備兵が悲鳴を上げて門の上に殺到し、矢や石を落とす。

 だが、その隙に。

 城門から離れた左右の城壁に、長い梯子が次々とかけられた。

 

「登れぇ! 登れぇ!」

「急げーっ、俺たちが一番乗りだ!」

 続いて、セルウィ戦士のみならず、生き残った「自由」傭兵たちも梯子をかけていく。

 

「なっ、あっちにも!? 兵を回せ!」

「間に合うか! 登ってくるぞ!」

 城壁の上がパニックに陥る。

 門を守れば壁を登られ、壁を守れば門を破られる。

 シロヴァが仕掛けた、単純だが逃げ場のない二択だった。

 

 ルジェは、梯子を登っていく戦士の背中を見上げた。

 上からは石が、下からは野次が飛ぶ。

 一番最初に壁に手をかけた者が、英雄になるか、串刺しになって落ちてくるか。

 運命の賽が投げられた。

 

 

 ***

 

 それは、まるで地獄の釜の縁に群がる蟻のような光景だった。

 

 城門への攻撃と並行して、左右の城壁には無数の梯子がかけられる。セルウィの戦士団だけでなく、一発逆転を夢見る「自由」傭兵たちも、我先にと壁に取り付く。

「急げ! 一番乗りは俺だ!」

 

「上がってくるぞ、突き落とせ!」

 上からは石や丸太が落とされ、梯子を登る兵士に直撃する。先端が二股になった竿が梯子にひっかけられ、梯子ごと後ろへひっくり返される。

 

 数メートルの高さから背中を打ち付け、さらにその上から自分の梯子と後続の仲間が降ってくる。

 

「ひいっ、お、お、落ちるーーっ!」

「バカ野郎、お前っ、落ちてくるな!」

「うわっ、うわーーーーーっ!」

 

 グシャリ、という鈍い音。阿鼻叫喚。

 城壁の下は、うめき声を上げる肉の絨毯と化していた。

 

 そんな混沌の中、左翼の城壁に新しくかけられた梯子を、猛烈な勢いで登る影があった。

 

 先の会戦で敵戦列を粉砕した巨漢――、シロヴァの庶子、クラだ。

 

 彼は盾を頭上に構え、一段飛ばしに駆け上がる。

 

「あそこだ! 落とせ!」

 守備兵が気づき、三人がかりで抱え上げた、漬物石よりも巨大な岩塊が、クラの頭上から投下された。

 

 ヒュオオッ!

 直撃すれば、首の骨がめり込み、脳漿が飛び散る質量だ。

 

 だが、クラは止まらなかった。

 避けない。避ければ下に当たる。

 

 彼は――、あろうことか、左手の盾を斜めに突き出し、岩を迎えに行った。

 

「ああっ――!?」

 見る者の驚愕の声。

 

 ガゴォッ!!

 

 盾が粉々に砕け散り、同時にバキリと、生木を折るような嫌な音が響いた。

 クラの左腕の骨が、衝撃でへし折れた音だ。

 

「グゥ……、オラァァッ!!」

 だが、クラは咆哮一発、激痛をねじ伏せた。

 岩は軌道を逸れ、虚空へと落ちていく。

 左腕はだらりと垂れ下がったままだが、右手はまだ死んでいない。

 クラは残った右手一本で梯子の最上段を掴み、その怪力で身体を引き上げ、胸壁を乗り越えた。

 

 ***

 

「なっ、登ってきやがった!?」

「手負いだぞ、突き落とせ!」

 

 守備兵が槍を繰り出す。

 クラは身体をひねってそれをかわすと、すれ違いざまに槍の柄を脇に挟み、右手で敵兵の顔面を殴りつけた。

 

 ボグッ!

「ぎゃあっ!」

 

 鼻骨が砕ける音と共に敵が崩れ落ちる。

 クラは奪った槍を片手で振り回し、暴風のように暴れまわった。

 

「どけぇッ! 邪魔だーーッ!」

 城壁上の狭い通路(キャットウォーク)で、長柄の武器を振り回す巨人は災厄そのものだ。

 

 一人、また一人と突き落とされ、あるいは壁に叩きつけられる。

「見事だクラ!」

「加勢しろ、拡げるぞッ!」

 

 その隙に、後続のセルウィ戦士たちが次々と梯子を登りきり、橋頭堡を確保していく。

 

「止めろ! 壁が破られるぞ!」

「門の守備隊を回せ! 急げ!」

 城壁の上がパニックに陥る。

 あの怪物を止めなければ、城内へ侵入される。守備兵たちは悲鳴を上げ、城門の防衛を放棄してクラの方へと殺到し始めた。

 

 ***

 

 城壁の上の密度が偏ったその瞬間、城門前の抵抗が目に見えて薄くなった。

 本陣の櫓の上で、シロヴァが手を叩いた。

「今だッ!!」

 城門に取り付いていた丸太隊が、最後の力を振り絞る。

 

「イチ、ニッ、――ドォォンッ!!」

 

 メリメリメリ……! バタン!

 巨大な閂が悲鳴を上げ、分厚い木の扉が内側へと弾け飛んだ。

 暗い口が開く。

 

 固く閉じられていた砦の喉が、ついにこじ開けられたのだ。

 

「開いた! 開いたぞォォォォッ!!」

「雪崩れ込めぇッ!」

「城門だ! 続けーーーーっ!」

 

 歓喜の雄叫びと共に、フラジュトフ戦士団の獰猛な狼たち、そして略奪に飢えた「自由」傭兵たちが、壊れた門へと殺到していく。

 勝負あった。

 

 ***

 

(それよりも――)

 ルジェは、砦の城壁の上、片腕をぶら下げながら仁王立ちするクラのシルエットを見上げていた。

 痛みを感じないのか。死ぬのが怖くないのか。

 その姿は、英雄というよりは、戦いの神に愛されすぎた狂戦士(ベルセルク)のように見えた。

 

「………………すごい」

 ルジェの口から、感嘆と畏怖が漏れる。

 門を開けたのは丸太だが、その鍵を回したのは、間違いなくあの一人の戦士だった。

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