レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第5話 知識という武器

 季節が巡り、ルジェは十四歳になっていた。

 河原での訓練の休憩中、一人の戦士が、羊皮紙の束を握りしめてルジェの元へやってきた。

 

「おい、ルジェ。……ちっと、これを見てくんねぇか」

 男は周囲を憚るように声を潜めた。

 彼が差し出したのは、王都から出張に来た武具商人との間で交わそうとしていた、新しい鎖帷子の購入契約書だった。

 

「商人の野郎、『今なら特別に利息は一割でいい』なんて愛想よく言いやがったんだが……どうも胡散臭くてな」

「見せて」

 

 ルジェは羊皮紙を受け取り、目を走らせた。

 文字は平原の共通語で書かれている。読み書きのできないセルウィの戦士たちにとっては、ただのインクの染みにしか見えない代物だ。

 

 ルジェは、商人特有の回りくどい言い回しと、わざと小さく書かれた追記部分を指でなぞった。

 高度な数学など必要ない。ただ、書かれている数字を足し引きすれば、答えは明白だった。

 

「……やっぱりだ。これ、罠だよ」

「ああん?」

「ここに小さく書いてある。『ただし、返済は春の戦利品で行うものとし、その査定額は商会が決定する』って」

 ルジェは、頭の中で素早く計算した。

「つまり、利息は銀貨の枚数じゃなくて、戦利品の価値で取られるんだ。もし向こうが戦利品を相場の半値で買い叩いたら、実質的な利息は一割どころか、五割……いや、倍近くになる」

 

「なっ……! あの商人め、倍だと!?」

 男の顔が怒りで赤黒く染まる。

「ふざけやがって! 『北の戦士様のために勉強しました』なんて笑顔で言いやがって!」

「契約する前でよかったね。……この条件なら、王都のギルド直営店まで行って買ったほうが、旅費を含めても安くつくよ」

 

 ルジェが淡々と告げると、男は安堵の息を吐き、そしてルジェの肩を力任せに叩いた。

「ありがとよ、ルジェ! 危うく冬の稼ぎを丸ごとむしり取られるところだった!」

 

 ***

 

 その噂は、瞬く間に戦士たちの間に広まった。

 厳しい訓練の合間合間に、ルジェの周りには紙切れ一枚を持った大人たちが列を作るようになった。

 

 ある者は、不当な借用書を持ってくる。

 ある者は、商人から渡された商品の目録を持ってくる。

 彼らは腕っぷしなら誰にも負けないが、紙とペンの暴力の前では赤子同然だった。ルジェはそれを一つ一つ読み解き、「損か得か」を弾き出した。

 

 そして、持ち込まれるのは金の話だけではない。

 

「ルジェよお……。俺は、これを読んで欲しいんだ」

 年配の戦士が、丁寧に丸められた羊皮紙を差し出した。それは商売の書類ではなく、使い込まれて端が擦り切れた手紙だった。

「嫁いでった娘からの手紙だ。……元気にしてるか、知りたいんだ」

 

 ルジェは微笑んで受け取り、封を切った。

 王都の片隅で暮らす娘が、字の書ける代筆屋に頼んで書かせたのだろう。拙い表現だが、そこには確かな生活の息吹があった。

 

「ええっと……、『お父さん、元気ですか。冬の寒さは厳しくありませんか』」

 ルジェが読み上げると、男は「おう、おう」と嬉しそうに頷く。周囲の男たちも、焚き火を囲んで静まり返り、その声に耳を傾ける。

 

「『こちらは孫が生まれました。男の子です』……だってさ」

「おぉ……! 孫か! ついに俺もじいさんか!」

 戦士は破顔し、涙ぐみながら天を仰いだ。

 周囲の仲間から「よかったな!」「祝い酒だ!」と祝福の背中叩きを受けている。

 

 ルジェは、その光景を見ながら、読み終わった手紙を丁寧に巻き直して返した。

 文字が読める。計算ができる。

 王都の貴族や学者、あるいはルジェの兄、第一王子ラクサからすれば、子供の遊びのような基礎教養だ。だが、この文字を持たない谷において、それは仲間たちの財産を守り、家族の絆を繋ぐ、魔法にも等しい力だった。

 

 ***

 

「すげえな、ルジェ! お前、あんな計算までできるのか!」

「しかも読み書きまで。俺たちじゃ、絶対にごまかされてたぞ!」

 

 帰り道、戦士たちはルジェを囲んで興奮していた。

 彼らの眼差しは、明らかに変わっていた。

 それは、シロヴァやクラに向けるような、圧倒的な腕力に対する敬意とは違う。

 

 「この人についていけば、俺たちは損をしない」「騙されない」という、生活者としての切実な信頼。

 自分たちの生活を、人生を守ってくれる「知恵者」への眼差しだった。

 

「王都で……少し習っただけだよ」

 ルジェは謙遜して笑ったが、胸の奥では静かな衝撃を受けていた。

 

(……ああ、そうか)

 

 ルジェは、自分の手を見つめた。

 肉刺(まめ)だらけで、剣ダコのできた武人の手。だが、その指先はペンを握ることも知っている。

 

 王都にいた頃、物心ついた頃から座学を強制され、家庭教師の退屈な授業にうんざりしていた日々。 父上はどうしてこんな役に立たないことをさせるんだ、と恨んだこともあった。そんな幼き頃のあの知識が、今、武器となり盾となり仲間を守っている。

 

(僕は、父上や兄上のように賢くはない。難しい本も読めない。……けれど)

 目の前の契約書の罠を見抜くことはできる。

 そして、家族の手紙を読んで、男たちを笑顔にすることもできるのだ。

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