レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第12話 ユーンズ領防衛戦~渡し場の戦い~

 決戦前、ユーンズ男爵の館、急遽作戦室となった応接間のひとつ。

 

 広げられた地図の上には、領地を分断する川と、その唯一の渡河点である浅瀬(フォード)が描かれていた。

 ここを抜かれれば、豊かなユーンズ領はザガン伯爵の軍勢に蹂躙される。

 

「敵は必ずここを通る。馬も輜重(しちょう)も、この浅瀬以外は渡れないからだ」

 シロヴァは地図上の浅瀬を指で叩いた。

 

 そして、鋭い眼光をルジェに向けた。

「で、どうだったか? ルジェ、見てきただろう」

 

 シロヴァがユーンズと交渉の細部を詰め、五百人の戦士たちの戦意を高める傍ら、ルジェは身軽な小部隊のみで明日の決戦地を偵察していたのだ。

 

 もともとは、川の此岸も彼岸もユーンズとその同盟領主の土地だ、地図にそう大きな誤りはないだろうが、地理を羊皮紙の上に表すには限界がある。実際に誰かが目で見なければ危険でしょうがない。

 

「はい。問題なくいけるかと。やや遠いですが、潜めそうな森もありました」

「よし。じゃあ作戦は『鉄床戦術』だ。川を渡ろうとする敵を正面で受け止め、動きが止まったところを側面から叩く」

 

シロヴァは地図上の配置を確定させた。

 

「俺が正面で敵の目を引きつけ、泥沼に引きずり込む。……お前たちは下流の浅瀬を夜のうちに渡り、森に潜め」

 シロヴァの指が、敵の側面を突く矢印を描く。

 

「合図はお前が見定めろ。それまで息を殺して待て。……いいかルジェ、これは『狩り』と同じだ。早く飛び出しすぎても、遅すぎても死ぬぞ」

「承知しました」

 ルジェは緊張した面持ちで拳を握りしめた。

 

 正面激突の死地はシロヴァが引き受けてくれる。

 だが、ルジェに課せられた任務もまた重い。

 

 わずか五十人で、数千の敵の横腹に風穴を開け、その混乱を波及させなければならないのだ。失敗すれば、本隊ごと包囲されて全滅する。早朝から「好機」まで何時間に及ぶかわからない待機時間、敵に捕捉されれば何もかもおしまいだ。

 

「信用してるぞ、ルジェ。行け!」

「はいっ!」

 

 もはや少年を抜けた顔が凛々しく引き締まる。青年の初陣が始まろうとしていた。

 

 ***

 

 夜が明け、川霧が晴れると、対岸を埋め尽くすザガン伯爵軍の全貌が露わになった。

 三千を超える軍勢。

 

 対するユーンズ男爵軍の本隊はおよそ五百、六百といったところ。

 狭い渡し場を挟んで、密度の差は歴然としていた。

 

「ふん。蛮族どもめ、川を背にせず、川を前にして陣取ったか」

 

 ザガン伯は、対岸で盾を並べて待ち構えるセルウィ軍を見て鼻を鳴らした。

 狭い浅瀬で待ち構えることで、こちらの「数の利」を殺そうという魂胆だろう。だが、所詮は小細工だ。

 

「……まずは徴募兵どもを行かせろ。押し潰せ!」

 

 ザガン伯は、扇子で無造作に前を指した。

 彼にとって、二千の徴募兵は戦力ではなく、堀を埋める土嚢と同じ「消耗品」だ。

 彼らを突撃させ、敵の体力を削り、矢を消費させ、死体の山で足場を作る。本命の騎士を投入するのはその後だ。

 

 ***

 

 ブォォォォ……!

 進軍の角笛が鳴る。

 

「うぉぉぉぉっ! 一番乗りだ!」

「逃げたユーンズの土地は俺たちが貰うぞ!」

 

 どっと歓声を上げて川へ雪崩れ込んだのは、色とりどりの服を着た徴募兵たちだった。

 彼らは収穫を終えたばかりで体力があり、勝ち戦だと聞かされているためそれなりに士気も高い。恐怖を知らない彼らは、我先にと浅瀬に足を突っ込み、対岸へ殺到した。

 

 バシャバシャと水飛沫が上がる。

 川幅は狭い。一度に渡れるのは横二十人ほど。

 そこへ二千人が後ろから押し寄せるのだ。それは行軍ではなく、物理的な圧力を持った「肉の濁流」だった。

 

 ***

 

 対するシロヴァは、最前列の中央で盾を構え、静かにその濁流を待っていた。

 

「……来るぞォ。腰を落とせ」

 シロヴァの声は静かだった。

 敵は多い。だが、狭い浅瀬のおかげで、一度に相手をする数は二十人でいい。

 後ろに何千いようが関係ない。目の前の敵を突き殺し、死体で壁を作れば、そこが新たな防壁になる。

 

「構えッ!」

「オオオッ!」

 

 ドォン! ドォン!

 セルウィの戦士たちが一斉に盾を打ち鳴らし、隙間のない鋼鉄の盾列(シールドウォール)を形成する。

 

 ドガァァァァッ!!

 

 農民の波が、盾の壁に激突した。

 錆びた槍、農具、そして人間の体重。それらが全て、セルウィの盾によって弾き返される。

 

「押せ! 押し込め!」

「痛ぇ! 後ろ、押すな!」

 ザガン軍の前衛は、すぐに地獄を見た。

 前の人間はセルウィの盾列に串刺しにされるが、後ろからは味方が押し寄せてくるため、逃げることも下がることもできない。

 彼らは浅瀬の中で圧死し、あるいは槍に貫かれ、粗末な兜ごと脳天を叩き割られ、次々に川面を赤く染めていった。

 

 ***

 

 その光景を、ザガン伯は後方の丘から悠然と眺めていた。

「よいぞ、その調子だ」

 

 人が死んでいる? 構わない。

 敵も疲労しているはずだ。あの盾の壁を支え続けるには、莫大な体力がいる。

 農民兵が千人死ぬ頃には、蛮族どもの腕も上がらなくなっているだろう。

 

「傭兵隊、準備しておけ。農民が道を埋めたら、貴様らがこじ開けるのだ」

「ははっ!」

「そして最後は、我が騎士団が踏み荒らす」

 

 ザガン伯の戦術に、慈悲はない。

 あるのは、圧倒的な物量で相手の許容量(キャパシティ)を飽和させ、圧壊させるという、冷酷な算数だけだった。

 

 川の水が、血と泥で濁っていく。

 

 シロヴァ率いる「鉄床」は、この理不尽な質量の暴力に対し、一歩も引かずに耐え続けていた。

 ルジェの「鎚」が振り下ろされる、その瞬間を信じて。

 

 ***

 

 太陽が高くなり、川霧が晴れる頃、ザガン伯の優越感は 少しずつ苛立ちへと変わり始めていた。

 

「……遅い」

 ザガン伯は丘の上で貧乏ゆすりをしていた。

 朝から数時間、すでに千人近い農民を波状攻撃で送り込んだ。川は血で赤く濁り、死体が堰となって流れを阻害している。

 

 計算上、これだけの圧力をかければ、敵の防御陣形は疲労で崩壊し、突破口が開いているはずだ。

 

 だが、対岸の「盾の壁」は、不気味なほど微動だにしなかった。

 徴募兵が錆びた槍で突こうが、体当たりしようが、北の岩盤に波が砕けるように弾き返される。

 

「妙に苦戦しているな……。これ以上は死体が増えて邪魔になるだけか。……引いて立て直すぞ!」

 ザガン伯は舌打ちし、第一波の撤退を命じる。すぐに彼の家臣が撤退の太鼓を鳴らし、後退を命じた。

 

「後退っ、後退ーっ!」

「くそぉ、何が勝ち戦だよ!?」

 腰の引けていた徴募兵たちが、次々に敵に背を見せて下がってくる。

 

 統率の取れてない部隊ならこの背を追って隘路の渡し場から出てくるところだが、戦士団にそんな規律を乱す者はいなかった。

 

 ***

 

「次は傭兵と従士隊を出せ! 金を取る分の働きをさせろ!」

 農民が引いた後、ザガン伯は第二波として八百名の職業軍人を投入した。

 徴募兵とは装備も練度も農民とは段違いな職業軍人(メンアットアームズ)たち。これなら抜けるはずだ。

 

 ――だが、それでも戦況は変わらなかった。

 渡し場が狭すぎるのだ。一度に接敵できる数が限られているため、こちらの「数の利」が死に、相手の「個の強さ」と「結束」だけが際立つ。

 

 セルウィの戦士たちは、前列が疲労すれば即座に後列と入れ替わるローテーションを完璧に行い、常に万全の状態で待ち構えている。

 

「ええい、押し込めぬのか! 貴様らは案山子か!?」

 ザガン伯の怒号が飛ぶが、川の中の兵士たちは「無理だ、硬すぎる!」と悲鳴を上げるばかりだった。

 

(遅い、遅い! 早く飲み込まねば他の領主の介入を招くかもしれん……)

 いまのユーンズ領は屠殺前の太った羊だ。素早くザガン伯が併呑しなければ、ザガン伯とは別の方角にいる領主が、その無防備さに気づき、攻め寄せてくるかもしれない。

 

 ザガン伯は、自らの陣営だけでこの大きな羊を独り占めしたいのだ。別の獣と獲物の奪い合いをするのはごめんだった。

「傭兵たちには、退けば斬ると脅せ! 敵兵は少数だぞ、けして休ませるな!」

 

 ***

 

 長い午前が過ぎ、太陽が中天に達した。

 三度目の攻撃が失敗し、ザガン伯が部隊を引かせた時、対岸から信じられない音が聞こえてきた。

 

 ガン、ガン、ガン!

 セルウィの戦士たちが、剣で盾をリズミカルに打ち鳴らしている。

 そして、腹の底から出るような蛮声で、何かを叫んでいる。

 

「……何と言っている?」

「あー……、その」

 ザガン伯が側近に問うと、側近は冷や汗を垂らして言い淀む。

 

「忖度はいい。答えろ」

「……『もっとマシな男を寄越せ』『俺たちの準備運動にもなりゃしねえ』……と」

 

 挑発。

 連戦で消耗し、疲弊しているはずの蛮族兵が、むしろ息を整え、こちらを嘲笑っているのだ。

 ザガン伯のプライドに大きくヒビが入る。

 

「おのれ蛮族めぇ……!!」

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