レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第13話 ルジェの初陣

「おのれ……、おのれ蛮族!」

 

 ザガン伯は采配の扇子をへし折った。

 敵を少数と見て、正面突破にこだわりすぎた。これでは日が暮れてしまう。

 

 彼は地図を睨みつけ、戦術の常道を思い出した。

「隘路に固く陣取る敵を崩すには、裏手に回り込むべし……か」

 

 この渡し場以外は水深が深く、歩兵には渡れない。だからこそ敵はここに陣取った。

 

 武装したまま泳げる兵士は貴重な存在だ。数が少ない。

 職業軍人のなかにいるそんな稀有な者たちを無理に渡らせてみたはいいが、冷たい川を泳いで全身ずぶ濡れなところへ、対岸にいる僅かな重装騎兵が駆けつけ、容易く川に追い落としていった。彼らはユーンズの父の代からの直臣だろう。ユーンズを見限っても行く先がない私的な供回りだ。

 

(泳げる兵は貴重だ……、舟を用意する時間はない……。だが、馬ならどうだ? 騎兵の馬力ならば、多少の深みや急流でも無理やり渡れるのではないか?)

 

 ザガン伯は、本陣に控えていた虎の子の戦力――自身の手勢である百騎の重装騎士たちを振り返った。

 

「おい! いますぐ強行渡河できる地点を探れ! 馬ならば渡れる浅瀬がどこかにあるはずだ!」

「はっ! ……迂回ですか。上流へ向かいますか、下流ですか?」

 

 騎兵隊長が問うと、ザガン伯は血走った目で叫んだ。

 

「同時にだッ!!」

 

 兵力を惜しんで、これ以上時間を浪費するのはもう御免だ。

 上流と下流、両方に騎兵を放ち、渡れた方から敵の背後を突く。挟み撃ちにすれば、あの盾の壁も崩壊する。

 

 完璧な作戦だ。ただ一つ、この作戦には「本陣を守る精鋭がいなくなる」というリスクがあったが、ザガン伯はそれを無視した。

 敵は全員、対岸に張り付いていると思い込んでいたからだ。

 

 ドドドド……。

 地響きと共に、騎士たちが左右へ散っていく。

 本陣に残されたのは、ザガン伯とその側近、そして戦意の低い予備の徴募兵だけとなった。

 

 ***

 

 騎士たちが視界から消え、本陣が静まり返った、その時だった。

 

「……ん?」

 

 ザガン伯は、奇妙な音を聞いた。

 川の音ではない。

 本陣の側面――誰もいないはずの、深い森の茂みの方角から。

 バキバキと、何かが藪を踏み砕く音。

 

 ――次の瞬間。

 

「オオオオオオオッ!!」

 

 空気を震わせる蛮声(ウォークライ)と共に、森の闇から異形の集団が飛び出した。

 泥にまみれ、殺気を纏った五十の影。

 その先頭には、身の丈ほどもある戦斧を振り上げた巨人と、美しく冷徹な瞳をした若き指揮官がいた。

 

「な、なんだ!?」

「側面から奇襲!? 馬鹿な、対岸にそんな兆候は……!」

 

 伝令が悲鳴を上げて転がり込んでくる。

 

「敵襲ーッ! 数は五十! 蛮族兵です! 本陣へ突っ込んできます!」

 

 ザガン伯は、信じられないものを見るように目を見開いた。

 

 正面の敵に釘付けになっていた彼は、気づいていなかったのだ。

 昨夜のうちに、冷たい川を泳いで渡り、泥の中でじっと息を潜めてこの瞬間――「本陣が空になる時」を待ち続けていた、凶暴な(ハンマー)の存在に。

 

「クラ! やれッ!」

「応ッ!」

 ルジェの澄んだ声が、戦場の空気を切り裂いた。

 

 ***

 

 側面からの奇襲。

 その報告を受けたザガン伯は、パニックに陥りながらも、数字の上ではまだ楽観視していた。蛮族兵がでてきたあの森は、けして大きくない。潜める数などたかが知れていた。

 

「たかが五十人だ! 捻り潰せ!」

 本陣に残っていたのは、前線から交替で下がってきた従士(メンアットアームズ)二百と、残る農民徴募兵千人。

 さらにザガン伯と同盟する有力者たちの私兵もいる。

 五十対千二百。普通に戦えば、囲んで棒叩きにして終わりだ。

 

 だがザガン伯は、慌てたことで最悪の命令を下した。

「全員でかかれ! 農民どもも行け! 傭兵も、従士たちもだ! 数で圧殺しろ!」

「おおぉーーーっ!」

狭い本陣の中で、千人の農民兵と二百のプロが同時に動き出す。

 

「押し潰せ! 押し潰せ! ……うわっ!? 俺らの前に出てくるな!」

「なにを、貴様の隊が邪魔しにきたんだろう!」

 

 衝突、渋滞……、そして。

「前線のやつらを皆殺しにした蛮族兵だ! に、逃げろ〜〜!」

 

 氏族長シロヴァ自らが率いる、フラジュトフ戦士団本隊の戦いぶりをずっと見続けていた徴募兵たちだ。

 心の準備もできないままに、目の前で自らよりよほど良い防具の職業軍人が斧で薙ぎ払われる姿を見て、彼らの士気(モラル)は崩壊していた。

 

 恐怖に駆られた農民が無秩序に走り出し、規律ある従士たちの進路を塞ぐ。

 そこへ、ルジェ率いる精鋭五十名が、錐のように突き刺さった。

 

 ***

 

「オラァッ!!」

 先頭のクラが、戦斧を一閃させる。

 ガシャアァッ!

 立ちはだかった従士の盾ごと、板金鎧の兜がひしゃげる音が響く。

 人間が空を舞い、後ろの農民兵を巻き込んで倒れる。

 

 クラだけではない。

 その脇から、両手斧を持った屈強な戦士たちが追随し、クラが開けた穴をさらに広げる。

「クラに続けェ!」

「オオオッ!!」

 投げ斧が唸りをあげて飛び、側面から迫る兵士の顔面を砕く。

 

 さらに続けて、その死角から鋭い風が走る。

 ロサだ。

 

 彼女は乱戦の隙間を縫うように走りながら、手にした投げナイフを正確無比に放っていた。

 狙うのは、部隊を統率しようと声を張り上げている小隊長たちの喉だ。

 

「敵は少数だ! 落ち着い……ガハッ!?」

 喉にナイフを生やして部隊長が倒れる。

 指揮官を失った農民兵は、後退する圧を留められなくなり、ただの悲鳴を上げる群衆と化す。

 

 ***

 

「つ、強い! だめだ、支えきれん!」

「騎士たちを呼び戻せ! 伝令を!」

 

 前線の部隊長が、血相を変えて馬に飛び乗ろうとした。

 だが、その手綱を、冷たい刃が断ち切った。

「行かせない――!」

 

 ルジェだった。

 彼は自ら前線に立ち、返り血で顔を染めながらも、氷のように静かな瞳で踏み込み、剣を突き出した。

 切っ先が、鎧の隙間――脇の下の動脈を正確に捉える。

 

「ぐわっ……!」

 部隊長が落馬し、絶命する。

 これで、指揮系統は完全に寸断された。

 

 ザガン軍は、自らの重みで潰れ始めていた。

 逃げ惑う千人の農民兵が「混乱の波」となり、戦おうとする従士たちの邪魔をする。

 従士が剣を振ろうにも、周りに味方の農民がいて振れない。

 いかに個の力が強くとも、身動きが取れなければただの的だ。

 

 一方、ルジェたちは盾列を組まない散兵戦術で、その混乱の隙間を縫うように暴れまわる。

 

 乱戦、混戦の極み。

 

 クラが鎧ごと叩き割り、ロサが隙間を刺し、ルジェが急所を突く。

 五十人の狼が、千頭の羊の群れの中で踊り狂うような一方的な殺戮だった。

 

 ***

 

「ば、馬鹿な……! 我が精鋭たちが、農民ごときに邪魔されて……!」

 ザガン伯は、目の前の惨状に愕然とした。

 数で勝つはずが、数が仇となった。

 血飛沫が、すぐそこまで迫っている。

 

「お前か――、ザガン伯!」

 本陣の柵のなかに猛然と飛び込んでくる、赤みがかった金髪の影。

 

 ザガンとルジェとの視線が合った。美しい、死神のような少年の瞳。

 

「ひっ……!」

 ザガン伯は後ずさり、そして周りに控える最後の護衛たちに叫んだ。

「おっ、お前たち! 出番だ!」

 伯爵の周りを固めていたのは、十名の巨漢たちだった。

 

 全身を最高級の南方産の全身鎧で固め、巨大な両手剣やメイスを携えた威容。

 

 彼らはザガン伯が巨費を投じて雇い入れた、選りすぐりのボディーガードだった。普段は前線には出ることなく、ザガンの財力と威厳の誇示として伯爵の傍に仕える彼らだが、ここにきて初めて、保険としての役割を果たすことになった。

 

「南の闘技大会で優勝したというから、高給を払って雇っているのだ!」

 

 ザガン伯は、すがるように叫んだ。

「その力を見せろ! あの蛮族どもを捻り潰せ!」

 

 ザッ、ザッ。

 十人の鋼鉄の男たちが無言で前に出る。

 戦場の泥臭さとは無縁の、洗練された「個」の暴力が、ルジェたちの前に立ちはだかった。

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