レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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この断片は、ルジェの**個人的な葛藤(呪われた身体)**に、**社会的な強制力(長子相続と自由民の定義)**という燃料を注ぎ込む役割を果たしています。


第5話 義足の教官ガズ

 翌朝、凍てつくような北の空気の中、シロヴァはルジェとロサを連れて屋敷の裏手にある広場へ向かった。そこは雪が踏み固められ、泥と混じって黒ずんだ荒地だった。

 すでに数十人の子供たちが集まり、棒切れを振ったり、薪を背負って走ったりしている。

「ガズ! いるか!」

 シロヴァが呼ぶと、丸太に腰掛けていた男が、義足を引きずりながら立ち上がった。

 顔の半分が古傷でひきつり、左足は膝から下がなく、鉄の金具がついた木の棒になっている。かつてシロヴァと共に前線に立ち、馬に踏み潰されて片足を失った古参兵ガズである。今は前線を退き、屋敷に住まう孤児たちの教育係を務めていた。

「へい、お頭。……こりゃまた、随分と色の白いのが来ましたな」

 ガズはルジェとロサを値踏みするように見た。王都の貴族のような線の細さと、整いすぎた顔立ちは、泥臭いこの場では異質すぎた。

「あー、こいつらはな……。『遠い知り合い』から預けられたガキどもだ」

 シロヴァは、二人が「王子と家宰の娘」であることはおくびにも出さず、ぞんざいに言った。

「今日からこいつらを、他のガキと一緒に鍛えてやってくれ。容赦は要らん。特別扱いもするな」

「へいへい。死なねぇ程度に扱き使いますよ」

 シロヴァはルジェの肩をバンと叩くと、振り返りもせずに屋敷へ戻っていった。残されたのは、泥まみれの子供たちの好奇の視線と、ニヤニヤと笑うガズだけだった。

「さて、お上品な新入りさん」

 ガズは持っていた鞭で、自身の義足をコツンと叩いた。

「俺はこの足になってから、口より先に手が出るようになっちまった。とっとと馴染んでくれよ」

 

 ***

 

 その日から、ルジェとロサの「鍛錬」が始まった。

 それは剣術ごっこではない。徹底的な肉体労働だった。

 朝一番、まだ陽も昇らぬうちに叩き起こされ、自分たちの体より大きな背負子を担がされる。

 向かう先は裏山だ。急峻な斜面を登り、枯れ木や倒木を拾い集め、屋敷の暖房と煮炊きに必要な薪を運ぶ。

 まだ十歳のルジェの足腰にとって、それは拷問に近かった。何度も泥に足を取られ、転び、膝を擦りむく。

「遅いぞ! 日が暮れるまでに戻れなきゃ、晩飯の豆はねぇぞ!」

 ガズの檄が飛ぶ。

シロヴァは言った。「自分の食い扶持くらい自分で稼げ」と。これがまさにそれだ。

 

それが終わると肉体の鍛錬だ。

「走れ走れ、兵士は走ってナンボだ!」

 一緒に走っているのは、親を亡くしてフラジュトフ家に拾われた孤児たちだけではない。近隣に住む自由農民――「戦士の家」の次男や三男たちも混ざっている。

 彼らは家の手伝いである農作業や家畜の世話の合間を縫って、ここへ通ってきているのだ。彼らは、孤児たちよりはマシな食事に加え、幼い頃から山を駆け回っているため、足腰が強い。ルジェは常に最後尾で、泥水をすすりながら這うように追いかけるしかなかった。

「ルジェさま、お手を……」

「いい! 手出し無用だ、ロサ!」

 ルジェは手を振り払った。ロサもまた王都育ちだったが、彼女は生まれつき身体能力が高く、まだ余力を残している。だが、ここで助けられては意味がない。

 

   ***

 

 正午。休憩時間。

 子供たちは共同の井戸に群がり、釣瓶で汲み上げたばかりの冷たい水を柄杓で回し飲みしていた。肺が凍りつくような冷たさが、酷使した筋肉の熱を冷ましていく。

 ルジェもまた、泥だらけの顔で柄杓を受け取り、むさぼるように飲んだ。水がこれほど美味いと感じたのは初めてだった。

 その様子を眺めていたガズが、不意に口を開いた。

 

「いいか、よく聞け。お前らが目指すのは『自由民(フリーマン)』だ」

 

 ガズは義足の先で、乾いた地面に一本の直線を引いた。

 子供たちの私語が止まる。農民の子も、孤児も、ルジェもロサも、その線を凝視する。

「この谷で一人前の男として認められ、民会(シング)で発言権を持つための条件はなんだ? ……おい、そこのハナ垂れ、答えてみろ」

 指名された孤児の一人が、緊張した面持ちで答えた。

「……自分の武器と防具を持って、族長さまの招集に応じられること、です」

 ガズは満足げに頷いた。

「そうだ。それができなきゃ、お前らはただの小作人か、あるいは隷属民(スロール)だ」

 セルウィ王国、とりわけ北方の山岳地帯において、自由とは生まれながらの権利ではない。武装する能力こそが自由の証明であり、法的基盤なのだ。

 畑を持ち、家畜を飼う。それは単に腹を満たすためではない。有事の際に、己の装備一式――盾、槍、剣、兜、そして鎧――を自弁するための経済基盤を持つことを意味する。

 王や族長から装備を借りているうちは、半人前だ。自分の命を守る道具を、自分の財産で揃えてこそ、初めて対等な「自由民」として、名誉ある戦士の一席を占めることができる。

「畑もねぇ、家畜もねぇ。招集がかかっても鍬しか持って行けねぇ。そんな奴は、大人たちのなかで発言なんぞできねぇ。誰かの慈悲にすがって生きるか、借金のカタに鉱山へ売られるか、王都へ流れてその日暮らしの糞拾いになるかだ」

 ガズの言葉は、未来への脅迫だった。

 特に、家を継げない次男三男や、ルジェのような「寄る辺なき者」にとっては、それは目前に迫る転落の恐怖そのものだった。

 

 自由農民家の家督を継げるのは長男だけ。次男以降は、長男のスペアだ。成人すれば、自由民として認められるには家を出て自立しなければならない。だが、元手となる畑も家畜も持たずに放り出されれば、待っているのは隷属の道だ。

 フラジュトフ氏のような有力者に認められ、武具を与えられ、賃金で雇用される私的供回り(ハスカール)になる道もある。だが、それは狭き門だ。特別の武勇と、主君のために命を捨てる絶対の忠誠を示さねば選ばれない。

 

 ルジェは、自分の掌を見つめた。

 マメが潰れ、血が滲んでいる。

 王宮にいれば、黙っていても「殿下」と呼ばれた。だがここでは、ガズが義足で引いた線の向こう側――自由民の世界へ行くには、血統など何の意味もない。

 

「……じゃあ、どうすればいいんだよ」

 農民の三男坊が、不安げに声を上げた。

 

「親父は、俺に分けてやる畑も銭もねぇって言うし……、供回りに選ばれるほどの腕もねぇ。俺たちゃ、一生奴隷なのかよ」

 重苦しい沈黙が落ちた。

 ガズは、子供たちの絶望を十分に味わわせるように間を置いた。

 そして、それまでずっとしかめっ面をしていた顔を歪め、古傷を引きつらせてニヤリと笑った。

 

「武器は高い。鎧はもっと高い。まともに働いて買おうと思えば、十年はかかるだろうな」

 

 ガズは、悪魔の囁きのように続けた。

「――だからな、奪うんだよ」

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