レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第3話 死神の突撃

 泥を跳ね上げて到着した伝令は、馬から転がり落ちるようにして叫んだ。

 

「敵の予備戦力が動いた! 敵、ゴルム公の本陣の重装騎兵が、大きく迂回してこちらの左翼へと向かっている!」

 

「なっ……!?」

 いずれも勇猛なセルウィの氏族戦士団が、一斉にざわつく。

 

 ルジェの背筋が凍りついた。

 左翼。つまり、今自分たちがいる場所だ。

 正面にはジュロルディの長槍部隊が壁を作っている。そこで横っ腹を騎兵に突かれれば、セルウィ軍二千はサンドイッチにされて全滅する。

 

「援軍は!?」

「本陣からの命令は!?」

 場にいる氏族長たちやシロヴァが怒鳴る。

 

「『左翼の戦線を維持したまま、重装騎兵を防げ』! ……一歩も下がるな、とのことだ!」

 

(――無理だ!!)

 正面の槍衾と押し合いながら、横から来る鉄の塊を受け止めろというのか。

 

「クソったれ! ……あの大公め、俺たちを捨て駒にする気か!」

 シロヴァは、伝令に聞こえないようにセルウィ語で吐き捨て、即座に頭を切り替えた。

 文句を言っている暇はない。やるしかないのだ。

 

「ルジェ、遊撃隊で側面に展開しろ!」

「――はっ!?」

 

 ルジェの答えを待たず、シロヴァは手綱を引いた。

「迷うな、やれッ! 俺は前線へ行く! 槍との押し合いから、引き抜けそうな連中を引っこ抜いてお前の援護に回す! ……それまで死ぬなよ!」

 

 他の氏族の遊撃隊も大慌てで動き出すが、より中央に近い戦線幅を任された戦士団などは、左の側面攻撃には間に合わない。

 

 左翼のなかでも戦線の特に左側にいて、最大戦力を保持しているのは……、フラジュトフ戦士団。――――ルジェ。

 

 ***

 

 シロヴァが去り、ルジェはたった五十人の手勢と共に、丘の上に残された。

 側面や後方はぞろぞろと他の戦士団の遊撃隊も集まってくるが、彼らをあてにはできない。

 

(この部隊が……、私の部隊が、最前線)

 ルジェの脳の奥がすうっと冷える。

 

 冷たくなった視線の先。

 

 地平線の彼方から――、どす黒い砂煙が上がっている。

 そして、その中から現れたのは、悪夢のような光景だった。

 

 五百を超える重装騎兵。

 

 馬も人も、全身を鋼鉄の鎧で覆っている。夕日を反射して輝く切っ先が、すべてこちらを向いている。

 

 ド……ド……ド……。

 

 最初は小さな音だった。

 だが、それは瞬く間に、内臓を揺さぶる地響きへと変わる。

 ドドドドドォォォォ……!!

 

「……来るぞ」

 

 ルジェの声が震えた。

 

 かつて、古参兵ガズが言っていた。

 「本物のランスチャージはこんなもんじゃねえ」と。

 模擬戦の丸太ではない。殺意を持った数百キロの鉄塊が、時速数十キロで突っ込んでくるのだ。

 

 ***

 

「総員ンッ、構えーーーーッ!!」

 

 ルジェは、裏返りそうな声を必死に張り上げた。

 ここで逃げれば、背中を刺されて死ぬ。全員死ぬ。

 生き残る道はただ一つ。恐怖を殺して「壁」になることだけだ。

 

「膝を落とせッ! 槍の石突(いしづき)を地面に埋めろ! 槍のないやつは隣と盾を重ねろッ!」

 

 ザッ! ザッ!

 

 極限状態にあって、五十人の戦士たちは条件反射のように動いていた。

 

(怖い! 怖い!)

(母ちゃん! 父ちゃん!)

(恨むぞ、戦の神!!)

 

 いかに鍛えられた戦士といえど、人である以上は避けられない恐怖。

 

 目の前に迫る、死。だが――。

 

((ルジェが逃げてない――!))

 

 彼らはルジェと共に、あの泥の訓練場で、何百回も丸太を受け止めてきた仲間たちだ。

 その中心に、クラがいる。ロサがいる。

 クラは盾を持たず、巨大な戦斧を構えて仁王立ちしている。彼自身が、最強の防波堤だ。

 

「ビビるなよォ、野郎ども!」

 クラが獰猛に笑う。

「丸太よりちょっと速いだけだ! 止めればただの肉だぞ!」

 

 その強がりもまた、凍りついた戦士たちの魂に火を入れた。

 

 

 ***

 

 距離が詰まる。

 百メートル。五十メートル。

 

(死ぬ)

 

 騎兵の蹄の音が、鼓膜を破るほどの轟音になる。

 

(死ぬ)

 

 地面が揺れ、立っていることさえ難しい。それは馬蹄か震えか。

 

(死ぬ)

 

 本能が警鐘を鳴らす。

 だが、ルジェは逃げなかった。最前列で盾を構え、迫りくる死の波を見据えた。

 

 

 ――父上。見ていますか。

 私は今、逃げていません。

 

「衝撃(インパクト)ォォォッ!!」

 

 

 ドッガァァァァァァァァンッ!!

 

 世界が砕ける音がした。

 

 先頭の騎兵が、ルジェたちの盾の壁に激突したのだ。

 槍が盾を貫通し、骨が砕け、馬が嘶き、人が空を舞う。

 血と泥と鉄片が、爆風のように飛び散った。

 

 ――だが。

 砂煙が晴れた時、壁は割れていなかった。

 

 数人がミンチになり、隊列はひしゃげている。だが、中心部は踏み止まっていた。

 クラが、突っ込んできた馬の首を戦斧で叩き折り、強制的に「堤防」を作っていたのだ。

 

「止めたぞ! 馬が止まった!」

「引きずり下ろせ! 殺せェ!」

 

 足が止まった騎兵は、ただの重たい缶詰だ。

 生き残ったセルウィの狼たちが、歓喜の雄叫びを上げて襲いかかる。

 

 ルジェは、痺れた腕で剣を抜き放った。

 生きている。耐えきった。

 今度は、こちらの番だ。

 

 ***

 

「ヒヒイィィィィン!」

 悲痛な軍馬の悲鳴。

 

 突撃の勢いを殺された重装騎兵は、一転して狙いやすい的になった。

 泥濘みに足を取られた馬は動けず、落馬した騎士は自重で起き上がれない。

 

「囲め! 甲冑の継ぎ目を狙えェ!」

「叩き潰せーーーッ!!」

 

 ルジェの遊撃隊と、シロヴァが前線から引き抜いて駆けつけた増援部隊が、蟻のように騎士たちに群がる。

 斧が兜を砕き、短剣がバイザーの隙間を刺す。

 

 かつては恐怖の対象でしかなかった騎士が、今は狩られる獲物として泥に沈んでいく。

 

 後ろに続く第二波の重装騎兵が、固く守る側面を、更にもうひとつ迂回しようとするが――。

「俺たちも続けーーッ! フラジュトフだけに戦果を取られるな!」

「オオォーーーーッ!」

 間に合ったとばかりに、隣の戦士団が吶喊してきた。

 左翼の勢いは、これでもうひとつ友軍に傾いた。

 

 

「はぁ、はぁ……ッ!」

 

 ルジェもまた、泥まみれになりながら剣を振るっていた。

 目の前の騎士が動かなくなるのを確認し、顔を上げる。

 視界の端で、敵の後続が――突撃に失敗した仲間を見て、恐れをなして馬首を返しているのが見えた。

 

「……止めた。止まりました、シロヴァ様!」

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