レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第4話 伝説の始まり

「止めました! シロヴァ様!」

「ああ。……でかしたぞ、ルジェ」

 

 シロヴァは、愛馬の首を叩きながら、血と汗にまみれた若き指揮官を称えた。

 そして、戦場全体を見渡し、ニヤリと笑った。

 

「見てみろ。潮目が変わった」

 敵軍、ゴルム大公軍は、この左翼を突破するために、虎の子の予備戦力を使い切ってしまった。

 

 その拳が、ルジェたちの盾によって防がれたのだ。

「相手はもう、懐に隠しているナイフがない。……対して、こちらの本陣、ヴァルド大公は、まだ無傷のナイフを握ったままだ」

 

 戦術とは、ある意味でリソースの交換だ。相手が最後のカードを切って失敗した瞬間、こちらの勝利が確定する。

 

 その言葉を証明するように、中央戦線から鬨の声が上がった。

 

 友軍の最精鋭部隊、ヴァルド大公の騎士団が、予備戦力を失って手薄になった敵本陣へ向けて総攻撃を開始したのだ。

 

 ***

 

 ブォォォ……、ブォォォォォ……。

 敵陣から、悲痛な響きの角笛が鳴り響く。

 撤退の合図だ。

 

「敵軍が……退いていくぞ!!」

 

 正面で押し合っていたジュロルディの長槍部隊が、整然と槍を収め、後退を開始する。彼らは傭兵だ。負け戦に付き合って無駄死にする義理はない。

 それを見たゴルム軍の徴募兵たちが、パニックを起こして逃げ出し始めた。

 

 

「か、勝った」

 ルジェはその場にへたり込んだ。

 膝が笑っている。剣を握っていた指が固まって開かない。

 

 全身の筋肉が悲鳴を上げているが、身体の奥底からは、生き残ったという熱い安堵が湧き上がってくる。

 

「……ルジェさま!」

 ロサが駆け寄ってくる。その顔も煤と泥で真っ黒だが、瞳は涙で潤んでいた。

「ご無事ですか!」

「ああ、ロサ。……君も」

 

 近くでは、クラが兜のひしゃげた騎士の死体の上に座り込み、戦斧の刃こぼれを確認していた。

「チッ、また研ぎ直しかよ」

 

 ***

 

 夕日が、死屍累々の平原を赤く染め上げていた。

 一万を超える人間が激突した文句なしの大会戦。その濁流の片隅で、ルジェたち小舟は確かに「役割」を果たし、生き残った。

 

 シロヴァが、ルジェの肩に手を置いた。

 

「よくやった。……初陣でこれだけの修羅場をくぐれば、もうお前を『ひよっこ』と呼ぶ奴はいまい」

 

 ルジェは、自分の手を見つめた。血と泥。そして、消えない鉄の臭い。

 王都を出た時、自分はただの「父に捨てられ、逃げてきた王子」だった。

 だが今、ここにあるのは、戦士を率い、死線を越えた一人の「将」の肉体だ。

 

 ***

 

 夕方から夜のあわい。

「フラジュトフ谷の者で生きてる者はいるかーっ!」

「リュデデンドール谷〜! 生きてるなら答えてくれーっ!」

 

 敵軍が撤退しても、喧騒はまだ止まない。あちこちで生存者を呼ぶ声がこだまする。

 まだまだ夜は零下近くに冷える。このまま完全に日が暮れば、手当てなきまま戦場にとり残された重傷者はそのまま凍死するだろう。あちこちの氏族戦士団、傭兵団が、生き残りを探していた。

 

 敗北し、場の支配を手放した側はいっそう悲惨だ。遥か遠く、ゴルム大公の本陣跡を見やれば、うめき声をあげる重傷者がそのまま放置されていた。

 彼らは、すんでのところで拾った命を手元にとどめておけなかったのだ。

 

 ***

 

 戦場跡を巡回していたルジェは、ジュロルディ傭兵団が展開していたエリアで、奇妙な死体の偏りに気づいた。

 接近戦で斧に叩き割られた者よりも、矢を受けて倒れている者が圧倒的に多いのだ。

 

「……こいつらは、盾を持てないからな」

 

 シロヴァが、転がっている長い槍(パイク)を足で転がした。

 五メートルを超える長槍を扱うには、どうしても両手が必要になる。つまり、防御の要である盾を持つことができない。

 

「密集した槍衾は、騎兵やリーチの短い歩兵には無敵の強さを誇る。だが、遠くから矢を射かけられれば、ただの的だ」

 

 セルウィの戦士は、重い盾を持つがゆえに、矢の雨を耐え、乱戦でも生き残る。

 ジュロルディの戦士は、長い攻撃範囲と騎兵への優位を引き換えに、防御を捨てている。

 どちらが優れているわけではない。それは「何を選んで、何を捨てたか」という、生存戦略の違いだった。

 

(私は……盾を選んだ彼らに救われたんだ)

 

 ルジェは、自分の部隊が守り抜いた丘の麓へと足を向けた。

 

 ***

 

 そこは、最も凄惨な場所だった。

 重装騎兵の突撃を正面から受け止めた場所。

 

 ルジェが率いた五十人の遊撃隊。そのうち、五体満足で立っている者は半数にも満たなかった。

 残りの半数は、馬に踏み砕かれ、槍に貫かれ、冷たい泥の中に沈んでいる。

 

「……ルジェさま」

 生き残ったロサが、包帯を巻きながら近づいてきた。彼女もまた、泥と血で元の服の色が判別できないほど汚れている。

「……よく、耐えました。彼らは」

 

 死体は皆、前のめりに倒れていた。

 誰一人として逃げ傷を持っていない。

 

 彼らは恐怖に震えながらも、ルジェの号令を信じ、槍の石突を地面に突き刺し、その身を肉壁として鉄塊を受け止めたのだ。

 

「見事だ」

 シロヴァが、ひしゃげた盾を拾い上げ、戦死者の胸に置いてやった。

「五百の騎兵を、五十の歩兵が止めた。……常識ではありえん」

 

 通常なら、歩兵は騎兵を見れば逃げ出し、背中を狩られる。

 だが、彼らは逃げなかった。それは恐怖を知らないからではない。ただ、ルジェがためだった。

 

 ***

 

 その夜、フラジュトフ戦士団の焚き火は、異様な熱気で燃え上がっていた。

 通常、冬遠征での死は、あくまで「商売上の損失」だ。

 ――「ああ、あの次男坊、頑張りすぎたか。残念だがこれも戦場だ。あいつの魂に乾杯!」

 

 残された者はそう言って酒を飲み、死者の装備を回収して、ドライに割り切る。共同体のために踏みとどまる義務も、命を賭けて蛮勇を張る名誉も、そう自分に言い聞かせなければやっていられないほどに死は虚しく、ありふれているからだ。

 

 ――だが、今夜は違った。

 

「聞いたか! ガリンの奴、あの鉄の波を受け止めて死んだんだ!」

「ああ! あいつは最期まで槍を離さなかった! ルジェ隊長が自ら『見事だった』と瞼を閉じてくださったんだぞ……!」

 

 悲壮感がないわけではない。だが、それ以上に誇らしさが勝っている。

 「あの若君、ルジェと共に死地に立ち、役目を果たして死んだ」。

 その事実が、犬死にを「物語」へと変えたのだ。

 

「そいつは、あの坊やも本望だろうよ……! 今日は潰れるまで飲むぞ! 皆にも伝えろ!!」

「応!!」

 

 ***

 

 その熱狂は、フラジュトフ家の枠を超え、共に戦場にいた他の氏族戦士団の間にもさざ波のように広がっていった。

 

 隣の焚き火で思い思いに生還の宴を開いていた、リュデデンドール氏族やその他さまざまなセルウィの男たちが、怪訝な顔で顔を見合わせる。

 

「おい、あそこで飲んでる連中……何であんなに士気が高いんだ? 半数近くやられたって聞いたぞ」

「左翼の丘で、騎兵の最前列に立ってた部隊だろう? ……指揮官は誰だ? ルジェ? フラジュトフ谷でルジェ……、おいお前、聞いたことあるか?」

「……いや、聞かない名だな。何のルジェだ? 赤鼻のルジェ?」

「赤鼻のルジェは去年おっ死んだろ」

 

 ある者は鼻で笑った。

「騎士を止めたぁ? 法螺を吹くにも程がある。歩兵だけで止められるわけがねえ。全滅して逃げ散るのがオチだろ」

 

 信じない。物理的に不可能だ。

 だが、その嘲笑は、フラジュトフの陣の奥を見た瞬間に凍りついた。

 

 そこには、小高い山が築かれていた。

 泥と血にまみれているが、月光を浴びて鈍く輝く金属の山。

 戦利品として剥ぎ取られたばかりの、最高級の騎士鎧の山だ。

 

「……おい。あれ、全部騎士の鎧か!?」

「十、いや二十はあるぞ。……本当に狩りやがったのか」

 

 言葉は嘘をつけるが、鉄は嘘をつかない。

 あの小部隊は、本当に重装騎兵の突撃を正面から受け止め、これだけの数を返り討ちにしたのだ。

 

「…………ルジェか、聞いたことあるぞ」

 一人の戦士が、記憶を手繰り寄せるように呟いた。

 

「何年か前の秋、フラジュトフ谷の狩猟会に招かれたウチの長老が言ってた。……そうだ、そう。あんな風な、赤っぽい金髪と女みたいに白いチビでよ」

 

 噂が繋がる。

 規格外の獲物を仕留めた、規格外の子供の話。

 

「へえ、もっと教えろよそいつの話」

「どこの氏族のやつかは知らねえがよ、フラジュトフの客分で、名前は――」

 

 ***

 

 その夜、戦場のあちこちの焚き火で、一つの名前が囁かれた。

 

――フラジュトフの客分

――騎兵を止めた小隊長

――大猪狩りのルジェ!

 

 その名声はまだ、遠い王都までは届かない。前線に出たセルウィの戦士たち、そして居合わせた平原の傭兵たちの間で、酒の肴として語られるにすぎない小さな噂だ。

 

 だが、それは確実に芽吹いていた。

 リッドヒン王が隠そうとし、シロヴァが囲い込もうとした才能が、ついに「伝説」として戦場を駆け巡り始めた瞬間だった。

 

 ルジェ自身は、そんな噂など知る由もなく、ただ静かに死んだ部下たちの装備を磨いていた。

 だが、彼の周りには、もはや誰も「ただの客分」を見る目は向けていなかった。

 そこにいるのは、北の戦士たちが待ち望んでいた、新しい「英雄」の雛形だった。

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