レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第6話 新たな鎧

 戦利品の山分けが一段落した頃。

 

「お、これなんかちょうどいいな」

 シロヴァは、積み上げられた騎士の鎧の山から、胸板の厚い鉄の胸甲(キュイラス)を拾い上げた。あの騎兵突撃の際、小部隊の指揮官格がつけていたものだ。

 

 そして、それを手入れしていたルジェの元へ歩み寄り、無造作に放り投げた。

 

「……着替えろ」

 

 ルジェは慌ててそれを受け止めた。ずしりと重い。だが、関節の作りや裏地の革は最高級品だ。

 

「シロヴァ様? ですが、私にはこの鎧が……」

 

 ルジェは自分の胸元――幼い頃から身につけ、身体の成長に合わせてベルトを緩めながら使い続けてきた、愛着ある胸甲を押さえた。

 

 これは、王都を出る時に王家が用意してくれたものだ。唯一の「故郷のよすが」であり、自分を守る殻だ。

 

 だが、シロヴァは鼻を鳴らした。

 

「王族の紋章こそついてないが、わかるやつが見れば、そいつは王都の良い名工の仕事だとわかっちまう」

 

 シロヴァは、ルジェの滑らかな鎧の曲線を指でなぞった。

 

「戦場で目立ちすぎる。それに、鉄の質はこの騎士のも負けてない。南の最新式だ。どれか少し大きいやつに替えちまいな。それとも他のがいいか?」

「ですが……」

 

 ルジェが尚も渋ると、シロヴァは声を潜め、ルジェの耳元でボソリと呟いた。

「……胸元、きついんだろう?」

「っ!!」

 ルジェの心臓が跳ね上がった。

 

 図星だった。

 

 ここ数ヶ月、急速に発達した乳房は、さらしで潰してもなお主張を続け、少年の体型に合わせて作られたタイトな胸甲を内側から圧迫していた。

 

 呼吸をするたびに肋骨が痛み、激しく動けば擦れて血が滲む。

 限界だったのだ。

「……気づいて、おられたのですか」

 ルジェが顔を赤くしてうつむくと、シロヴァは苦笑した。

 

「俺は狩人だぞ。獲物の身体つきを見誤るかよ」

 シロヴァは、ルジェが受け取った黒い鎧を顎でしゃくった。

 

 それは大柄な騎士用のもので、胸板の部分が大きく膨らんで作られている。これなら、さらしで潰した胸どころか、さらに厚着をしても余裕がある。

 外見は多少こっけいに見えるだろうが、中の「秘密」は完璧に守られる。

 

「見栄えより実利を取れ。……楽になるぞ」

 

 *** 

 

 シロヴァが投げ寄越したのは、これまでのルジェのスマートな鎧とは対極にある、無骨な代物だった。

 玉ねぎ型胸当て(globose breastplate)、あるいは鳩胸型胸当てとも呼ばれる胸鎧。

 

 真正面からの騎兵槍(ランス)の突撃を受け流すために、胸板が鳩のように大きく前方へ張り出した、極端な曲面構造を持つ 最新式の板金鎧だ。

 

「……でかいですね」

 ルジェが手に取ると、ゴロンとした重量感がある。

 

 だが、構造を見て納得した。これは胸甲と腹甲(プラッカート)が分かれている分割式だ。

 

 腹の部分は革ベルトで締め上げればルジェの細い腰にも合わせられるが、胸の部分だけは、金属の形状として強制的に「大きな空洞」が確保される。

「まあ着てみろ。……詰め物(パディング)をたっぷりとな」

 

 ***

 

 ルジェは、厚手の綿入れ(ガンベゾン)の上から、その黒鉄の鳩胸を装着した。

 

 ガチャリ。

 腹甲をきつく締め、胸甲を被せる。

 

「……!」

 ルジェは目を見開いた。

 苦しくない。

 

 さらしで押し潰されていた胸の膨らみが、鎧の張り出し(バルジ)の中にすっぽりと収まり、誰にも触れず、圧迫もされずに解放されている。

 深呼吸ができる。肺いっぱいに空気が入る。

 

 だが、鏡に映った姿は、少々滑稽だった。

 細い手足に、小さな顔。それなのに胴体だけが、歴戦の巨漢騎士のように分厚く膨れ上がっている。

 

 まるで、サイズの合わない服を着た子供だ。

「……不格好だな」

 シロヴァが苦笑する。

 

「だが、それがいい。これなら誰も、中身が『女のように膨らんでいる』とは思うまい。『サイズの合わない中古の鎧を、詰め物をして無理やり着ている貧乏性な傭兵』にしか見えん」

 

 ***

 

 ルジェが天幕を出ると、待っていた戦士たちがその姿を見て目を丸くした。

「おぉっ、ルジェの旦那! 随分とゴツい鎧に替えなさったな!」

「あはは、ちっとばかし胴体が浮いて見えますぜ。ベルトで吊ってるのが丸わかりだ」

 

 彼らは笑ったが、誰も怪しみはしなかった。

 戦場において、死体から剥ぎ取った高級な鎧を身に着けるのは常識だ。だが、あつらえた一点物(オーダーメイド)ではないため、サイズが合わずに不格好になるのもまた、よくある「傭兵あるある」なのだ。

 

 隙間に羊毛を詰めたり、追加の革ベルトで無理やり固定したり。その歪なシルエットこそが、現場を生き抜く者のリアリズムだった。

 

「……笑うなよ」

 ルジェは、胸甲をコンコンと叩いて苦笑した。

「こいつは、あの丘で僕たちを殺しかけた指揮官の鎧だ。……頑丈さは身をもって知っている」

 

 ルジェは、あえて「戦利品への敬意」を口にした。

「こいつを着ていれば、死んだ仲間たちや、あの時の恐怖を忘れずに済む気がするんだ」

 

 その言葉に、戦士たちの表情が引き締まる。

「……違いねえ。いい供養だ」

「似合ってますぜ、大将。強そうだ」

 

 完璧な言い訳だった。

 「戦友を忘れないための、不格好な遺品」。

 その物語があれば、ルジェが今後どれだけこの鎧を着続けようと、どれだけ胸板が厚く見えようと、誰も咎めないし、中身を疑うこともない。

 

(ありがとう、名も知らぬ騎士よ)

 ルジェは、自分の胸元に広がる、冷たくて安全な空間(スペース)に感謝した。

 

 この鉄の鳩胸の中でなら、私は息ができる。

 ルジェは新しい殻の重みを心地よく感じながら、北への帰路を歩き出したのだった。

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