「だからな、奪うんだよ」
ガズの言葉は、乾いた風に乗って子供たちの耳にこびりついた。
それは単なる盗賊の勧めではない。この貧しい北の地で、持たざる者がのし上がるための唯一の正規ルート――「
「冬になれば、シロヴァ様は
ガズは遠くの山並みを睨んだ。
「そこで敵を殺し、その装備を剥ぎ取るんだ。あるいは勝利の分け前として銀貨を貰う。……そうやって剣を買い、鎖帷子を買い、それを身につけて初めて、お前らは晴れて『
農民の三男坊たちが、ごくりと唾を飲み込む。
彼らは「
一方、孤児たちはもっと悲惨だ。帰る家すらない。彼らにとって、戦場だけが唯一の生の出口だった。
***
「……簡単なことじゃあねえがな」
ガズは、自身の左足――鉄の金具がついた木の棒を、愛おしげに、そして忌々しげに鞭の柄で叩いた。コン、コン、と硬質な音が響く。
「俺は最後の遠征で、この足一本を失った」
子供たちが息を呑む。だがガズは自嘲気味に笑った。
「だが、代わりに敵の騎士から剥ぎ取った
それは、ここにいる少年たちが夢見る「上がり」の姿だった。
遠征に出なければ、彼は一生、誰かの家の納屋で寝起きする小作人だっただろう。足を差し出し、血を流すことで、彼は「自分の城」と「自由民の権利」を勝ち取ったのだ。
だが、子供の群れの中から、少しませた少年が声を上げた。
「でもよ、ガズ爺。あんた、今はシロヴァ様の屋敷で部屋住みだろ? 小屋はどうしたんだよ」
その問いに、ガズの表情が曇った。古傷のひきつりが、より深く刻まれる。
「……長男がおっ死んだんだよ。流行り病でな」
ガズは足元の泥に視線を落とした。
「働き手を失った畑は荒れる。カミさんも倒れた。薬代と日々の飯代で借金をして……、それがあっというまに膨らんだ」
自由民の資格。それは「武装して参戦できること」だ。
だが、生活が困窮すれば、最も高く売れるものから手放さざるを得ない。
「俺は、畑も、家畜も、小屋も……そして俺を『自由民』たらしめていた防具も剣も、全部売り払った」
武具を失うこと。それは、この国においていわば市民権を返上することを意味する。
招集がかかっても、ガズにはもう武器がない。鎧もない。足もない。
彼はその瞬間、誇り高き自由戦士から、ただの足の悪い無力な老人へと転落したのだ。
「民会(シング)に出る資格を失い、行く当てもなくなった。……それで、シロヴァ様が俺を拾ってくださったんだ。この仕事と、飯と寝床を用意してな」
ガズは屋敷の方へ向き直り、深く息を吐いた。
「シロヴァ様は慈悲深いお方だよ。本当に」
その言葉には、へつらいではない本物の感謝があった。
北の冬は厳しい。生産性のない人間を食わせておく余裕など、どの氏族にもない。役立たずは凍えて死ぬのが常識だ。
だというのに、シロヴァは「かつて共に盾を並べた」という縁だけで、武器も足も失った自分を屋敷に置き、子供たちの教官という役割を与えて生かしてくれている。
それはこの過酷な土地において、奇跡に近い温情だった。
***
「……」
ルジェは、自分の手を見つめた。
王族の血? 高貴な生まれ? そんなものは、武具ひとつ、銀貨一枚で消し飛ぶ程度の薄っぺらいメッキに過ぎない。
現に、あの勇敢だったはずのガズですら、すべてを失ってここにいる。
(私には、何もない)
ルジェは痛感した。自分はこの孤児たちと同じだ。
父に見放された今、自分を守るものは何もない。シロヴァの慈悲にすがって粥を啜る、ただの居候だ。
自由を手にするには、誰かに認められるには、奪い取るしかないのだ。
「……ルジェさま」
隣で、ロサが微かに震える声で囁いた。
「私が……私が、ルジェさまの剣になります。ルジェさまが剣を失っても、私が」
彼女もまた、ガズの話に戦慄していた。主君が「自由民以下の存在」に落ちる恐怖を感じ取ったのだ。
「ありがとう、ロサ」
ルジェは首を振った。
「でも、違うんだ。……僕自身が強くならなきゃ、僕たちはここから一歩も進めない」
「よぉし休憩終わり!」
休憩の終わりを告げるガズの怒鳴り声が響く。
戦士の子らはパッと立ち上がった。
「もう十周行くぞ! 遅れた奴は晩飯抜きだ!」
ルジェは走った。
王都へ帰るためではない。
ただ、自分の足で立ち、自分の剣を持つ「何者か」になるために。
その切実な渇望が、ルジェの足を前へ、前へと動かしていた。