レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第6話 自由を手にするには

「だからな、奪うんだよ」

 ガズの言葉は、乾いた風に乗って子供たちの耳にこびりついた。

 

 それは単なる盗賊の勧めではない。この貧しい北の地で、持たざる者がのし上がるための唯一の正規ルート――「遠征(ヴァイキング)」の示唆だった。

 

「冬になれば、シロヴァ様は戦士団(ウォーバンド)を組んで南の平原へ降りる。あるいは、隣の領地との小競り合いもあるだろう」

 

 ガズは遠くの山並みを睨んだ。

「そこで敵を殺し、その装備を剥ぎ取るんだ。あるいは勝利の分け前として銀貨を貰う。……そうやって剣を買い、鎖帷子を買い、それを身につけて初めて、お前らは晴れて『自由民(フリーマン)』への切符を手にするんだ」

 農民の三男坊たちが、ごくりと唾を飲み込む。

 彼らは「予備(スペア)」だ。長男に万一のことがあった時のための予備として育てられ、何もなければ一生兄の部屋に小間使いとして過ごすか、いざというときには家を出される運命にある。

 

 一方、孤児たちはもっと悲惨だ。帰る家すらない。彼らにとって、戦場だけが唯一の生の出口だった。

 

  ***

 

「……簡単なことじゃあねえがな」

 ガズは、自身の左足――鉄の金具がついた木の棒を、愛おしげに、そして忌々しげに鞭の柄で叩いた。コン、コン、と硬質な音が響く。

「俺は最後の遠征で、この足一本を失った」

 子供たちが息を呑む。だがガズは自嘲気味に笑った。

「だが、代わりに敵の騎士から剥ぎ取った鎖帷子(チェインメイル)と、銀貨十枚を手に入れた。……それが俺の代償だ。その金でこの谷に小さな開墾地を買い、小屋を建て、カミさんを迎えたんだ」

 それは、ここにいる少年たちが夢見る「上がり」の姿だった。

 

 遠征に出なければ、彼は一生、誰かの家の納屋で寝起きする小作人だっただろう。足を差し出し、血を流すことで、彼は「自分の城」と「自由民の権利」を勝ち取ったのだ。

 だが、子供の群れの中から、少しませた少年が声を上げた。

「でもよ、ガズ爺。あんた、今はシロヴァ様の屋敷で部屋住みだろ? 小屋はどうしたんだよ」

 その問いに、ガズの表情が曇った。古傷のひきつりが、より深く刻まれる。

「……長男がおっ死んだんだよ。流行り病でな」

 ガズは足元の泥に視線を落とした。

「働き手を失った畑は荒れる。カミさんも倒れた。薬代と日々の飯代で借金をして……、それがあっというまに膨らんだ」

 

 自由民の資格。それは「武装して参戦できること」だ。

 だが、生活が困窮すれば、最も高く売れるものから手放さざるを得ない。

「俺は、畑も、家畜も、小屋も……そして俺を『自由民』たらしめていた防具も剣も、全部売り払った」

 武具を失うこと。それは、この国においていわば市民権を返上することを意味する。

 招集がかかっても、ガズにはもう武器がない。鎧もない。足もない。

 彼はその瞬間、誇り高き自由戦士から、ただの足の悪い無力な老人へと転落したのだ。

「民会(シング)に出る資格を失い、行く当てもなくなった。……それで、シロヴァ様が俺を拾ってくださったんだ。この仕事と、飯と寝床を用意してな」

 ガズは屋敷の方へ向き直り、深く息を吐いた。

「シロヴァ様は慈悲深いお方だよ。本当に」

 その言葉には、へつらいではない本物の感謝があった。

 北の冬は厳しい。生産性のない人間を食わせておく余裕など、どの氏族にもない。役立たずは凍えて死ぬのが常識だ。

 だというのに、シロヴァは「かつて共に盾を並べた」という縁だけで、武器も足も失った自分を屋敷に置き、子供たちの教官という役割を与えて生かしてくれている。

 それはこの過酷な土地において、奇跡に近い温情だった。

 

 ***

 

「……」

 ルジェは、自分の手を見つめた。

 王族の血? 高貴な生まれ? そんなものは、武具ひとつ、銀貨一枚で消し飛ぶ程度の薄っぺらいメッキに過ぎない。

 現に、あの勇敢だったはずのガズですら、すべてを失ってここにいる。

(私には、何もない)

 ルジェは痛感した。自分はこの孤児たちと同じだ。

 父に見放された今、自分を守るものは何もない。シロヴァの慈悲にすがって粥を啜る、ただの居候だ。

 

 自由を手にするには、誰かに認められるには、奪い取るしかないのだ。

「……ルジェさま」

 隣で、ロサが微かに震える声で囁いた。

「私が……私が、ルジェさまの剣になります。ルジェさまが剣を失っても、私が」

 彼女もまた、ガズの話に戦慄していた。主君が「自由民以下の存在」に落ちる恐怖を感じ取ったのだ。

「ありがとう、ロサ」

 ルジェは首を振った。

「でも、違うんだ。……僕自身が強くならなきゃ、僕たちはここから一歩も進めない」

 

「よぉし休憩終わり!」

 休憩の終わりを告げるガズの怒鳴り声が響く。

 戦士の子らはパッと立ち上がった。

 

「もう十周行くぞ! 遅れた奴は晩飯抜きだ!」

 ルジェは走った。

 王都へ帰るためではない。

 ただ、自分の足で立ち、自分の剣を持つ「何者か」になるために。

 その切実な渇望が、ルジェの足を前へ、前へと動かしていた。

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