#本文断片:丸太の突撃
「せーのッ!」
「構えろッ! 来るぞッ!」
ガズの怒号と同時に、屈強な大人たちが四人がかりで抱えた太い丸太が、子供たちの盾列に向かって全力で突き出された。
それは、即席の攻城槌であり、擬似的な騎兵突撃(チャージ)の衝撃を再現するものだった。
ドォォォォンッ!!
鈍く、重い衝撃音が広場に響く。
「ぐぅッ……!」
ルジェは歯を食いしばった。盾越しに伝わる衝撃で、腕の骨がきしみ、肩が外れそうになる。
だが、一歩でも下がれば終わりだ。自分が下がれば隣のロサの側面が空き、そこから列が崩壊する。ルジェは泥に足をめり込ませ、全体重を前にかけて耐えた。
「崩れるなぁ! 本物のランスチャージはこんなもんじゃねぇぞオッ!」
大人たちが容赦なく丸太を押し込み、グリグリと捻る。
隊列の端にいた農民の次男坊が弾き飛ばされ、泥の中を転がった。
「立て! 死にてぇのか!」
古参兵の罵声が飛ぶ。
平原の戦場で最も恐ろしいもの。それは数百キロの馬体と、全身を鋼鉄で固めた重装騎兵が繰り出す一点突破の長槍突撃だ。
生身で受ければ串刺しになり、半端な盾なら粉砕される。
それを止める唯一の方法は、個人の恐怖を殺して密集し、複数の盾と人間の筋肉を重ね合わせて、衝撃を分散させる「壁」になることだけだ。
***
休憩時間。
腫れ上がった腕を雪で冷やしながら、一人の少年が近くにいた古参兵に尋ねた。
「でもよ、おっちゃん。怖い怖い騎兵の突撃を耐えるために、俺たちはこんな盾列を組むんだろ? じゃあ、依頼主は俺たちセルウィ族じゃなくて、その強い騎兵を頼ればいいんじゃないのか? 金があるなら、隣の領地の騎士様を助っ人に呼べば、俺たちよりずっと強いだろ」
「わはは、頭良いな坊主」
髭面の古参兵は、少年の頭を粗雑に撫でて笑った。
それはもっともな疑問だった。歩兵である自分たちが束になっても勝てるか分からない相手を、なぜ味方にしないのか。
「いいか。平原ってのはな、誰も信用できねぇ蛇どもの巣窟なんだよ」
古参兵は、腰に下げた革袋から干し肉を取り出し、ナイフで削ぎながら語り出した。
「平原に王はいねぇ。古代帝国が潰れてからこっち、大小の領主が自分の土地を少しでも広げようと、隣の土地を虎視眈々と狙ってる。……そんな連中が、隣の強い領主に『助けてくれ』って頼んだらどうなると思う?」
平原に割拠するのは、王権によって叙任された騎士などではない。自らの武力で土地を切り取り、城を構えた独立不羈の小領主たちだ。
彼らは「騎士」や「男爵」を自称するが、その実態は武装した地主であり、隙あらば隣地を併呑しようとする野心家たちである。大諸侯の調停や保護すら拒み、自らの利権のみを信じて生きている。
古参兵はナイフの切っ先を突きつけた。
「虎を追い払うために狼を家に入れたら、今度は狼に食われる。あるいは『お前は弱いから、今日から俺の家来になれ』と言って居座られる。騎士ってのは、土地と権力が欲しくて戦う生き物だからな」
子供たちが顔を見合わせる。
互いが潜在的な敵であり、契約よりも裏切りが常態化している社会。
誰も信じられない。抜きん出た勢力が生まれようとすれば、周囲が結託して足を引っ張り、均衡を保とうとする。過酷なセルウィ盆地よりよほど温暖で、数倍の豊かさを誇りながら、けして統一されることがない権力の泥沼。
それが「平原の力学」だった。
***
「そこで、俺たちセルウィの出番だ」
古参兵は、誇らしげに自分の胸を叩いた。
「俺たちは、平原の土地なんぞ欲しがらねぇ。あんな暑苦しくて人間関係のドロドロした場所、頼まれても御免だ」
彼らが欲しいのは、痩せた故郷で冬を越すための物資だけ。
銀貨と、麦と、鉄と、織物。土地という不動産には興味がない。
「戦が終われば、俺たちは雪解けと共にさっさとこの山へ帰っていく。……だから平原の領主どもは、安心して俺たちに背中を預けられるんだ。『あいつらは金さえ払えば必ず帰るし、金さえ払えば絶対に裏切らない』ってな」
最強の防御力と、最高の信用、野心がないこと。
これこそが、貧しい山岳国家セルウィが平原の戦争経済に食い込んでいる理由だった。
「だからこそだ」
古参兵の目が鋭くなる。
「俺たちが『弱い』と思われたら、商品価値はゼロだ。盾列を組めねぇ奴、逃げ出す奴は、セルウィの信用に関わる。だからシロヴァ様は、半端者を戦士団(ウォーバンド)には入れねぇんだよ」
ルジェは、自分の痣だらけの腕をさすった。
単に強ければいいのではない。信用される商品でなければならない。
この過酷な選別基準こそが、国を守る評判、抑止力となる。これが、弱いものが強者に奪われ、強者も容赦なく引きずり降ろされるこの世界で、自分たちが生き残るための唯一の道なのだ。
「さあ休憩終わりだ! 丸太のおかわりが欲しい奴は前に出ろ!」
「「うおぉぉぉッ!!」」
ルジェはロサと共に立ち上がり、再び泥の列へと戻っていった。