レアネリア戦記(書きかけ、チラ裏、AI利用)   作:湯木一栄

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第9話 北の戦士の誇り

 秋の終わりの夜、フラジュトフ家の大屋敷(ロングハウス)でささやかな収穫祭が開かれた。

 

 今年は冷害もなく、ライ麦と燕麦の実入りは平年並みだった。つまり、餓死者は「そう多くない」程度の収穫だ。それでも、長く暗い冬を前に、人々は麦酒(エール)を浴び、貴重な蜂蜜酒(ミード)を解禁し、束の間の熱気に酔いしれた。

 この夜ばかりは、部屋住みの居候や、ルジェたち見習いにもエールが振る舞われた。

 

 酸味が強く、ぬるいエール。だが、酒精は確かに血管を駆け巡り、男たちの口を軽くした。

「おい、若いの。もっと飲め! 南に行けば、こんなションベンみたいな酒じゃなく、琥珀色のワインが川のように流れてるぞ!」

 赤ら顔の古参兵が、ルジェの背中をバンと叩いた。

 炉端には、遠征経験のある男たちが車座になり、まだ平原を見たことのない若者たちに「外の世界」を語って聞かせていた。

 

 ***

「いいか、平原の農民、農奴どもってのはな、生まれた村から一歩も出られねぇんだ」

 古参兵は、さも哀れな生き物を語るように言った。

「あいつらは豊かな地面を持ってる。だが、その土地に鎖で繋がれてるのと同じだ。領主様の許可がなきゃ、隣の町へ行くことさえできねぇ。一生、同じ景色を見て、同じ畑を耕して死んでいく」

 セルウィの男たちが嘲笑する。

 彼らは知っている。平原の農民が、自分たちよりも遥かに良い服を着て、小麦のパンを食べていることを。

 だが、彼らにとってそれは「幸福」ではなかった。

「あいつらは家畜だ」

 別の男が吐き捨てた。

「俺たちは違う。俺たちの土地は岩だらけで、風は冷たく、貧しい。……だがな、俺たちには足がある! 剣がある!」

 男は立ち上がり、足を踏み鳴らした。

 ドン、ドン、と床板が鳴る。

「俺たちは好きな時に山を降り、好きな場所へ行き、力ずくで欲しいものを奪って帰ってくる。移動の自由! 戦う自由! それこそが『人間』の証だ!」

 

 ***

 豊かさは人を弱くし、貧しさは人を強くする。

 それが、セルウィ盆地全体に共有されている歪んだ、しかし強固な優越感の正体だった。

 客観的に見れば、それは持たざる者の負け惜しみかもしれない。

 だが、彼らは本気で信じていた。肥え太った平原の民は、風雪を知らぬがゆえに魂が脆い。我らは、飢えと寒さを友とするがゆえに、魂が鋼のように硬いのだ、と。

 そうでなければ、この不毛な北の地で生きる自分たちの人生を肯定できないからだ。

 

 ***

 誰かが、調子はずれな歌を口ずさみ始めた。

 酒場の流行歌ではない。遠征に向かう行軍の中や、焚き火を囲む夜に、自然と生まれた労働歌のようなものだ。

 単純なリズムに合わせて、男たちが机を叩く。

「♪南の豚は 柔らかいベッドで眠る

 (ドン! ドン!)

 ♪北の狼は 凍った石の上で眠る

 (ドン! ドン!)

 ♪豚は太るが 柵からは出られねぇ

 ♪狼は痩せても どこへでも行ける

 ♪冬が来れば 柵は壊れる

 ♪太った羊は 誰の餌だ?

 

 ♪俺たちの餌だ! 俺たちの肉だ!

 (ドンドンドン!)」

 

 野卑で、荒々しく、そしてどこか哀愁を帯びた大合唱。

 ルジェもまた、エールの入った木椀を両手で握りしめながら、そのリズムに身体を揺らした。

(太った羊、痩せた狼……)

 ルジェは、自分がどちらであるかを問いかけた。

 王都で守られていた頃の自分は、柵の中の羊だったかもしれない。だが今は、飢えた狼の群れの中にいる。

 彼らの歌声は、平原への略奪を正当化する蛮族の論理だ。けれど、この熱狂こそが、小国セルウィが大勢力のひしめく大陸で生き残ってきたエンジンの音なのだ。

「飲め! 歌え! 雪が道を閉ざすまで!」

「冬遠征で、たらふく食おうぜ!」

 貧しき狼たちの宴は、夜更けまで続いた。

 その熱気の中で、ルジェの心にも「北の民」としての歪んだ誇りが、少しずつ、しかし確実に根を下ろし始めていた。

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