TS少女のヒーローアカデミア 作:ネコ023
…………あぁ、世の中って何が起きるかわからないもんだな。
視界の大半を占める赤が、自分の身体から流れ出る血液だと知ったとき、なんというかそんなことを考えてしまった。
友人と一緒に映画を見てきた帰り道。感想を語り合いながら、大型ショッピングモール内を歩いていたら、目の前から男が走り寄ってきた。
焦点の定まらない血走った目に思わず友人を庇う様に前に出たら、腹部に強い痛みを感じて…………瞬間、オレは刺されたのだと自覚すると同時に、ドサリとその場に倒れ込む。
刺した相手のことは知らない。視界に広がる床と血液の中に混ざって下手人の顔がチラリと映るけれど、全く知らないおっさんだ。なんだよ、その気持ち悪い笑顔をやめろよ……。
「は……はははっ! 人を殺してやったっ! これで俺は、刑務所送りだろっ!」
オレの血がベッタリと付着したナイフを手に笑うおっさん。
はぁ? 刑務所行きたくてオレを刺したってか? ネットニュースでよく見る犯罪理由だけれど、ふざけんなよ……。テメェの勝手で他人の命奪うんじゃねぇよ……。
あぁ、くそ……本当に痛いじゃないか。
意識も段々薄れてきたし……。これ、絶対生還無理なやつだろ……。
「〇〇っ! しっかりしろよ! おいってばっ……!」
「…………う……ぁ……」
「一緒にまた映画見に行くんじゃなかったのかよっ! 『ヒロアカ』だって、まだ読み始めたばっかりだろっ!? こんなところで死ぬなよっ!」
「……無茶……い……ぅな……」
辛うじて返せたのはその程度。オレの口はそれ以上は動いてくれなかった。
あぁでも、コイツとまた映画を見に行くことができないってのは残念だ。小学校からの付き合いで、話も合うし一緒にいて退屈しない奴だったから。
これが最後だと思うと……寂しいな…………。
最後といえば、父さんも母さんも……。
大した親孝行も出来ずでさ……。就職してからいろんな所に連れてってあげたいと思ってたのに。それも叶わずかよ……。
あと、ヒロアカだ…………。
緑谷出久は最高のヒーローになれたんだろうか……?
まだ、単行本だって十一巻までしか読んでないっていうのに。
ははは……先が気になるなぁ……。
「○○……? おい、○○っ! …………………………」
薄れゆく意識の中で、聞こえてきていた友人の声もやがて聞こえなくなり、結局オレの命の灯火は消えていく。もしも願いが叶うなら、来世は痛いのとは無縁の人生を送りたいもんだ……。もう、刺されるのは御免だし……。
まあ、来世があるならだけど……さ……。
▼
それが前世のオレの最期。
腹を裂かれ、痛みに悶えながらの終わりを迎えたわけだけれども、やっぱり世の中は何が起きるか分からないもので……。気付けば人生二回目のオレです。
はい、どうやら所謂転生というものを経験したらしいです。
いやぁ、焦ったね。目の前がブラックアウトして、視界が広がったと思ったら知らねー女の人の腕に抱かれていたんだもん。しかも、隣には普通に美形の男も座ってて、慈愛の視線をこちらに向けてきていたし。
『ここは何処?』、『あなた達は誰?』なんて言葉を発そうとしても、声にならない空気が口から漏れるばかりで会話なんてまともにできなかった。
おかしいなと思って、身体を確認してみたら見事なまでに赤ん坊。
そして、不幸なことにちんちんが消えていた。綺麗さっぱり跡形もなく。
結局最後まで活躍の機会に恵まれないまま息子が消滅とか。
死んだばかりだっていうのに消えたくなったのを覚えてる。
結果ギャン泣きよ。年甲斐もなく思い切り泣いてやったわ。
で、それなりに泣いて冷静に考えてみたところ、『これ、転生ってやつじゃね?』と結論付けた。で、すぐさまテレビ視聴という情報収集を行って、この世界が『僕のヒーローアカデミア』の世界だと理解したわけだ。
オレが生前、最後に読んでいた漫画『僕のヒーローアカデミア』。
”個性”という超常現象が日常化した世界で、憧れのヒーローから力を授かった少年が友やライバルと切磋琢磨しながら最高のヒーローを目指す物語だ。タイトルに
主人公がいじめられっ子なのは序の口で、仲が最悪を通り越して地獄みたいな家族を描いたり、宿敵の教え子が師匠の肉親だったと判明したり。少年漫画ってこんなに重たい話だったっけ? なんて思わず読んでて思うレベルの闇深さ。
とはいえ、それと同等に爽快な場面も多いので、仕事終わりや休憩時間に電子書籍で読んで。家に帰ったらアニメで視聴して。それなりにハマっていた気がする。
まぁ、残念ながら最後まで物語を堪能する前に死んでしまったわけですが……。
だけど、待てよ……?
この世界がヒロアカであるというのなら……。
(……物語の続きを直接見れるってことか!?)
正直続きを読むのは絶望的だと思っていたんだけど、この世界が正にその舞台となれば話は別である。
オレを転生させた神も憎いことをしてくれるじゃないか。
そうと決まれば話は早いと、オレは馬鹿みたいに頑張った。
いつまでも両親の腕の中にばかりいられないと、四肢を懸命に動かして早々にハイハイを習得。その勢いのままに二足歩行もマスター。
小学校に入学した頃には、更なる努力を重ねた。
『お母さん、欲しいご本があるの』
『あらあらそうなの?』
『小学校の授業だけじゃ物足りないから、中学の予習をしたくて……』
『中学っ!? えっと、まだあなたには早いと思うのだけど――』
『今のうちから頑張って、雄英高校に進学してヒーローになるんだっ!』
『――科目は何がいいかしら?』
『お父さん。オレ、明日からジョギングと筋トレを始めるから』
『えっ!? 突然だなぁ……』
『うん。それでね、お父さんが使ってる重りを貸してほしくて……』
『お父さんの? 流石にアレは無理じゃないかなぁ……。特注品で、一応20㎏はあるから、まだ早いんじゃ――』
『将来はヒーロー目指してるから。今のうちに身体作っておこうかなって!』
『お父さんのお古じゃ身体を壊しかねないから、新しいのを買おうか』
そんな感じで、両親の全面的な協力を受けながら、オレはただ我武者羅に頑張った。元々オレに甘い両親だったけれど、『雄英高校』、『ヒーロー』の単語を駆使すれば大抵のことは叶えてくれた。
それだけのネームバリューがその二つには存在するからこそのゲロ甘具合。
協力させておいて結果を出さないわけにもいかないと、オレはさらに頑張って、頑張って、頑張り続けた。
そんなこんなで転生してから十二年。真新しいセーラー服に身を包んだオレは、今年入学した中学校――折寺中学にやってきていた。
そう、あの緑谷出久と爆豪勝己の出身校である。
「いやー、緊張するねーっ! 新しい友達出来るかな!? 恋人出来たりして!」
「すぐできるんじゃね? オレと違って女の子らしいし」
小学校からの友人の言葉にそう返すと、彼女はぷくぅと頬を膨らませる。
「巫与だって磨けば光る逸材じゃん!」
「小学校四年生で成長が止まったオレにそれ言う?」
「幼女趣味の人には受けが良さそうだよね?」
「全然嬉しくねー」
今世のオレの名前は
そんな少女が今世のオレである。
過度な筋トレなどの弊害か。オレの身体は十歳のころからパッタリと成長しなくなった。まぁ別にいいんだけど。隣を歩く友人が、その巨大な胸部故に悩み事が多いのは知ってるし。そもそもオレは前世が男だし。
むしろ、胸よりちんちんが消えたことの方がショックだわ。
できることなら、男の娘に生まれたかったです。
「もー、そんなんじゃ恋人出来ないぞー?」
「女子の恋人ならいつでも募集中です」
「母性に飢えてるの?」
「んなわけないだろー」
なんて談笑しながら通学路を歩いていると、友人の背後に濃緑色の特徴的な癖毛の持ち主の姿を視認する。全体的に細身で、自己卑下の表れか若干猫背ぎみな彼は、手元のノートに視線を落としたまま校舎へと歩を進めていた。
「……巫与? どうしたの?」
「別に。なんでもねーよ」
「嘘だ~! 絶対誰かに見惚れてたでしょ!?」
友人はオレの視線の先へと顔を向ける。それから彼の姿を確認すると、こちらにまた振り向いた。浮かべた表情は『マジ?』である。色々失礼だぞ?
「嘘……。巫与って、ああいうのが好みなの? 意外……」
「好みって訳じゃねーし。ちょっと気になったってだけで……」
「マジで!? どういうところが好きなのさ!?」
「だから、そういうのじゃないっての!」
それからも友人の詮索に適当に返しながらオレも校舎へと向かうのだった。