TS少女のヒーローアカデミア   作:ネコ023

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7.ドキドキが止められない

 こうして原作で言うところの『ヘドロ事件』は幕を下ろした。

 いや、まさか被害者が爆豪からオレに変わるとは。流石に予想もしてなかった。

 

 とはいえ、ある意味貴重な体験だ。

 原作の名場面を間近どころか当事者として関わることができたんだし。まぁ、ヘドロに包まれたときは正直生きた心地しなかったけど。

 

 臭いし、熱いし、気持ち悪いし。本当に酷いものだった。口の中にアイツのヘドロが入ってきたときは思わず吐きそうになったよ。

 もう二度とあんな経験はしたくないね。

 

「女の子なのに凄いタフネスだね! それにその個性っ! プロになったら――」

「あ、はい……ありがとうございます……」

 

 で、現在はプロヒーローの熱い勧誘を受けております。

 

 どうやらヘドロヴィランに抵抗していた姿がとても魅力溢れるものだったらしい。もちろん、ヒーローとしての素質的な意味で。個性に加えて華奢な身体に反して体力あるねと褒めちぎられた。

 

 サイドキック? あっ、ちょっと考えさせてください。

 TVインタビュー? すんません。ちょっと疲れてるんで……。

 

 そんな感じで色々空返事で答えながらオレは視線を横へと向けた。

 

「全く、無茶にも程がある!」

 

 プロのヒーロー二人に囲まれて怒られる緑谷の姿。

 アイツも自分の行動がどれだけ無謀な事だったか理解しているからこそ、正座して縮こまり、言われるがままになっていた。

 

「聞けば、君は無個性だそうじゃないか!」

「君が危険を冒す必要はなかったんだ!」

 

 ……何も、そこまで言う必要なくね?

 なんて、なんか不思議とむかっ腹が立ってきちゃってさ。

 自然とオレはそちらに歩み寄る。

 

「あの……」

「ん? あぁ、君か。大丈夫だったかい?」

「えぇ、おかげさまで。ありがとうございました。……それで、その……」

「なんだい?」

「これ以上、緑谷(オレのヒーロー)を悪く言うのはやめてください。お願いします」

 

 柔和な笑みを浮かべた二人のヒーローにオレは頭を下げる。

 確かに、緑谷がやったことは褒められたことじゃない。人質が増えるか、最悪無駄死にするところだったんだから、怒られるのも仕方がないことだ。

 

 でも、そんな危険を冒してでも緑谷はオレを救い出してくれたんだ。

 

 プロのヒーローたちが応援を待とうと尻込みする中で、彼だけが躊躇せずに助けに来てくれたんだぞ? 原作知識で知ってたとはいえ、嬉しくないわけない。

 

 だからこそ友人としても、恩人としてもその辺で勘弁してほしいとこなのだ。

 

「……確かに、俺たちも言い過ぎたかもしれんな」

「あぁ、そうだな」

 

 と、二人ともそう言って視線を緑谷へ。

 

「少し言い過ぎたね。悪かったよ」

「申し訳ない。人一人を救い出した功績は称賛に値するはずなのにな」

「い、いいえっ! お二人が謝るようなことでは……!」

 

 深々と頭を下げるヒーローたちに、胸の前で手を振りながらあたふたとする緑谷なのだった。

 

 

 

 ▼

 

 

 

「とんだ目に遭ったなぁ……」

「う、うん……」

 

 そんなこんなでヒーローや取材陣から解放された帰り道。

 緑谷の前を歩きながら苦笑する。

 

「あぁ……。ちょっと帰るのが憂鬱だ」

「えっと、どうして……?」

「さっきから通知が止まらねーんだよ」

 

 取り出したるは、ヴィランに襲われながらもなんとか死守したスマホ。

 画面には連絡アプリからの通知で、両親からの安否確認を求める内容の連絡がズラリ……。当たり前だけど、すげー心配させたみたいだ。

 

『テレビ見たよっ! 大丈夫だったの!?』

『仕事を早く切り上げてすぐ帰るから!! 巫与も真っ直ぐ帰るようにね!!』

 

 などなど。そんな感じの通知が引っ切り無しに流れてきてる。

 両親だけでなく、友人からも連絡が絶えず送られてきていた。

 

 あっ、爆豪からも送られてきてる……。

 

 『無事なんか』って短い文だけど、一応オレのこと気にしてくれてんのな。何気に嬉しいから『爆豪の個性のおかげで助かった。サンキュー』と返信しておく。

 

 ………………既読スルーである。

 らしいと言えば、らしいのか?

 

 オレが原作の名場面見たさに商店街へ行ったばかりに。無駄にみんなに心配をかけてしまった。申し訳なさで、少し顔を合わせるのが気まずい。特に両親。

 

 きっと帰ったら号泣されるんだろうなー。

 身体が痛いと思うほど抱きしめられるんだろうなぁー。

 まぁ、でも自分で蒔いた種だ。甘んじて受け入れよう。

 

 なんて考えながら歩いていると、後ろから聞こえてきていた足音が止まった。

 

「……複世さん、ごめん」

 

 次いで聞こえてきたのは、緑谷の謝罪だった。

 

「……え? 急にどうした?」

「複世さん、さっきはああ言ってたけど……やっぱり複世さんも僕が無茶したこと怒ってるのかなって」

「オレが?」

「うん。だって……さっきから、目を合わせてくれないから……」

「うっ……」

 

 痛いところを突いてくる。

 

 そう。先程からオレは緑谷と目を合わせようとしていない。意図的に視線を逸らし、真っ直ぐ緑谷のことを直視しないように心がけてる。なるだけ緑谷の顔を見ないように、彼の前を歩いていたのだってワザとだ。

 

 だって、そうしてないと耐えられないから。

 

 …………この胸のドキドキに。

 

 あぁそうだよッ! 未だにヴィランから救い出された瞬間の胸の高鳴りが継続中なんだよ、コンチクショウっ! ただ一緒に歩いてるだけで胸が張り裂けそうなくらいに高鳴りが抑えられねーってのにさっ!

 

 顔なんか直接見たら、普通に鼓動が止まりそうなんだよっ!

 なんなんだよ、この緊張感……!

 ヴィランに襲われてたときよりしんどいわっ!

 

「だから、その……怒ってるのかなって」

「そんなわけないだろ!? これは、その……お前が……」

「僕が……?」

 

 言えるわけがねぇ。なんか、緑谷が格好良く見えるからとか言えるわけねーよ!

 

 こちらを気遣うような優しい視線も、オレをヘドロヴィランの中から救い出してくれた発育途上中のガッシリとした腕も。なんだったら、もじゃもじゃの髪だって。

 

 その全てが、直視できないくらい格好良く見えるとか言えるかよっ!

 

 なんだよ、なんなんだよっ! 恋する乙女かよ、オレはっ!?

 

 確かに性別は女だけど、精神的には未だに男みたいなもんなんだぞ!? それが、ちょっと助けてもらったからって、こうまで心が乱されまくるとか……チョロすぎるにも程がある!

 

 落ち着かなくては……!

 家に帰るまでに、今まで通りに振舞えるようにしなくては……!

 

 コレは恋愛的なやつじゃない。そ、そう……! 言うなれば、原作シーンを鑑賞できた興奮からくる胸の高鳴りだ。緑谷が格好良く見えるのだって、きっとフィルターか何かが掛かってるからに違いないんだ。

 

「な、なんでもない……。一時的なもんだと思うから……気にしないでくれ」

「そ、そうなの……?」

「今日だけで色々あっただろ? ちょっと疲れてるだけだから。心配しないでくれ。大丈夫。オレ、お前に怒ってなんかいないから……」

 

 早口にそう告げて帰路を歩く。

 

 後ろで緑谷が『ほ、本当に怒ってないのっ!?』と声を上げつつ横に並んできたので、彼とは逆方向に顔を背けながら『オコッテナイヨ』と答えておいた。

 

 そんなこんなで、精神的によろしくない帰り道を歩きながら、ようやっと我が家の前へとやってくる。時間にして数分だが、体感的には数時間にも及ぶ帰り道だった気がする。……とにかく心臓に悪すぎた。

 

「送ってくれて、サンキューな。それじゃあ、また……」

「うん。またね」

「…………なぁ、緑谷」

「えっ? な、なに……?」

 

 帰路に着く緑谷を呼び止める。

 いつもよりやや猫背で陰のある雰囲気の彼に、オレは今できる精一杯の笑みを浮かべてこう告げた。

 

「助けてくれて、ありがとな! 『ヒーロー』!」

「……ッ!!」

 

 感謝の気持ちを伝えることは大切なことだ。

 いくら、心が騒めいて平常心を保てないと言えども、これだけは忘れちゃいけない。務めて笑顔を保ちながらそう告げて、返答も待たずに逃げるように家の中へ。

 

 扉を閉めて鍵を掛ける。扉に背を預けて、腰砕けになるように腰を落としていると、口から漏れるのは盛大な吐息だ。

 

「なんだよ……! 落ち着けよ……! 落ち着いてよっ、オレの心臓……!」

 

 たかが、ちょっと顔を合わせただけでコレとか……。

 これ、オレマジで……。緑谷に――――

 

 

「私が来たッッ!!」

 

 

 ………………ん???

 

 凄く聞き覚えのある声が聞こえて、急いで二階に移動して窓から玄関前を確認してみる。すると、そこには泣き崩れる緑谷とガリガリ状態のオールマイトの姿。

 

 何か色々喋ってる。『考えるより先に体が動いていた』とか、『君はヒーローになれる』とか。うん、原作同様の名シーンが自宅の目の前で繰り広げられてる。

 

 えっと、感動的な名場面であるのには違いないんですが……丸聞こえですよ?

 良いんですか? 『君なら私の”力”を受け継ぐに値する』とか、絶対漏らしちゃいけない話でしょうに……。原作読んでて思ったけれど、ここ住宅地ですよ!?

 

 オレ以外に誰か聞いてたらどうするつもりなんです!?

 

 そんなオレの心配はよそに話は続く。

 オールマイトの個性、『ワン・フォー・オール』のこと。後継を探してこの街に来ていたこと。緑谷がそれを快諾するのは原作同様であった。

 

 そうして二人の公開密談が終わるまで、オレの心臓はドキドキしっぱなしだった。

 無論恋愛的な意味ではなく、心配な意味でだが……。

 

 翌日、緑谷と顔を合わせたとき、何故だか胸の高鳴りは起きることはなかったのだった。もしかしたら、我が家の前で繰り広げられたあの隠すつもりがサラサラない密談による心労のせいかもしれない。

 

 なんかホッとしたような。残念なような。

 不思議な気分になったのは言うまでもない。

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