聖杯は静かに泣いている   作:風梨

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マラソン

 

 

『暇だなー。走るだけって暇すぎんだろ。つかオレ様はお前に抱かれてるだけだし。走ってすらねえし、走ってる方がまだ絶対マシだぜ。つーことで走らせろ』

「いいから黙ってて。うるさい」

『暇なんだものー! 暇で人は死ぬんだぜ?』

「ならいいじゃない。さっさと死んで」

『辛辣ぅー!! オレ様メンタルブレイクしちゃう!!』

 

 一人でぶつぶつと喋りながら走っているせいかもしれない。うさぎの声は基本的に私にしか聞こえないから、そのせいで私の周囲に人気(ひとけ)がない。走っている集団の中にいるのに、私を中心にぽっかりと空間が空いてる。

 ……地味になんだろう、なんて言えばいいのかな。

 

『無言で避けられる拒絶感ってえぐ痛いよな』

「そういうこと」

 

 痛いのは嫌いじゃないけど、こういう心が痛いのは好きじゃない。

 ハンター試験の第一次試験が始まって、もう6時間くらいは経ってる。

 2次試験会場まで試験官に着いて行くこと、というシンプルなルールに従って私たちは走っていた。

 

 そうこう走っているうちに階段が現れた。

 とんでもなく長い。見上げる果てが見えないほどの階段だった。

 

『そろそろか?』

「うん、そろそろだね」

 

 うさぎに頷いて応えて、私は走るペースをぐんと上げた。

 

 

 

 走って走って、ようやく先頭に躍り出た。無理やり押し除ける訳にもいかないから、結局脱落者が増えるまで中々進めなかったのだ。

 目の前ではヒゲの紳士が変な走り方をしてる。

 そして、集団の先頭には二人の少年がいた。ツンツン頭の少年。そして銀髪の少年だった。

 

「なんだ、ゴン以外にもいたんだ。案外珍しくもないのか?」

「……」

 

 生意気な銀髪がそう言って、ツンツン頭は興味深そうにこっちを眺めてきた。

 名前は知ってる。知り合うために先頭まで来たのだから当然だ。でもそれを表に出すほど私は子供じゃない。

 

「子供が参加してるなんて珍しい」

「お前だって子供だろ」

 

 見た目だけはそう。これでも長いこと生きてる。生きてると言えるのか微妙だけど。

 

「キルア、人を見掛けで判断しちゃダメだよ」

「はー? どう見ても子供だろ、コイツ。ぬいぐるみ抱えてんだぜ」

 

 ビシッと指を刺される。

 ……それを言われたら何も言えない。

 

『ほーん、このガキが目的ってやつか。まー、ぼちぼち知り合っとけばいいんだっけか? 大して役に立つようには見えねえが。念も覚えてねえし』

 

 興味津々なうさぎの独り言は無視して二人に答える。

 

「いいよ子供扱いで。私は大人だから許してあげる」

「……」

 

 オレがガキみたいじゃねーか、と言いたげに銀髪の少年が仏頂面をして見せた。

 

「お姉さんも汗かいてないんだね。キルアもだけど、二人とも凄いや」

 

 私は当たり前だけど、見れば銀髪の少年も汗をかいてない。ツンツン頭の少年はそれなりに息を荒くして汗をかいているから気にしていたのかもしれない。

 ──いや、ツンツン頭の少年なんて呼び方はやめたい。さっさと自己紹介を済ませよう。

 

「私はカリス。カリス=ピグマリオン」

「オレはゴン! ゴン=フリークス!」

「キルア。──んで、ゴン。話の途中だったろ」

「あ、そっか」

 

 そこからゴンの志望動機を聞いて、聞き終えたタイミングで出口が見えてきた。

 ……ひとまず時間切れ。まあ焦ってもしょうがない。時間はまだたっぷりある。

 

『おら! もっとガンガンいけよ! どんだけ待ったと思ってんだ!?』

 

 急げばいいってものじゃない。うさぎを黙らせるために強めに抱きしめながら出口を潜り抜ければ湿原が顔を見せた。

 詐欺師の塒、という通称があるくらい、騙すことに特化した生物たちが住んでいる場所だ。普通の人間ならかなり危険。ハンター試験の会場として選ばれることも納得の危険地帯だ。

 だけど念能力者である私にとって散歩道と何ら変わりない。その後にトランプ男──ヒソカが登場したが大したことではないのでそのまま流して、またマラソンが始まった。どんどん霧が深くなっていき、足元すら危ういほど濃い霧が湿原を走る集団を覆っていった。

 

「ゴン、もっと前に行こう」

「うん、試験官を見失うといけないもんね」

「そんなことよりもヒソカから離れた方がいい。あいつ殺しをしたくてウズウズしてるから」

 

 キルアがしたり顔で、同類だから匂いがわかる、と言っているのを聞き流しながらマラソンを続ける。騙された人たちの悲鳴をBGMに走り続ける。不安と不穏の空気があたりに充満していった。

 その内に私たちの後ろの集団が列から逸れてしまい、その中にいたであろうスーツ男の悲鳴が響き渡り、一緒に走っていたゴンが声のする方に駆け出していった。

 

「ゴン!! ──くそ」

「追いかけなくていいの?」

「一回逸れたら終わりだって。ゴンには悪いけど、オレは合格を棒に振るつもりはないからさ」

「友達が死ぬかもしれないのに、追いかけないの?」

「アイツもそこまで無茶しないだろ。それに……」

「なに?」

「なんでもねーよ」

 

 友達という言葉に対して、何か言おうとしたように私には見えた。けどそこは突かない。

 

「そう。あの子は無茶しそうだけど、本当にそれでいいの?」

「……オレは忠告した。それを無視したのはアイツ。いいだろ、もうこの話は終わりにしよーぜ」

「わかった。でも私はゴンを追いかける」

「ッ!?」

「追いかけないのは、キルアだけ。それでいいの?」

 

 そう言って見せれば、後一歩といったところか。淡々としたまま──というか表情筋が死んでいるだけだけど──私は続けた。

 

「……もしかして怖がってる?」

 

 挑発に負けてカッチーンとキルアにスイッチが入ったのがわかった。

 

「おーおー、いってくれるじゃんか。試験官に合流する手はあるんだろーな」

 

 なんて単純なんだろう。面白い。

 

「大丈夫。解決の見込みはある」

 

 ゴンの鼻でもいいし、私が円で広域探知してもいい。

 走り出すのは同時だった。

 向かうのはゴンのいる方角。私たちは殺戮が起こる前に辿り着くために、全速力で湿原を駆け抜けた。

 

 

 





明日の朝9時、夕方18時更新予定です。
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