奇術師ヒソカ。
夥しい死体の中央で秒数を数え終えた男の名前だ。
マラソンの途中でなりふり構わず半裸になって走っていたスーツの男が、そんなヒソカに襲いかかっている。握り締めている木の棒があまりにも頼りなく見えた。ヒソカは軽々と避けて掌を構える。スーツの男が絶体絶命に思われたその瞬間に、ゴンが飛び出して釣竿での一撃を叩き込んだ。
キルアは見ていた。驚愕を隠しきれない様子でゴンのことを見ていた。
右拳を、もう片方の手で覆いながら握りしめている。私には、複雑な心境がそこに現れているように見えた。
ゴンとヒソカの会話を聞きながら、私とキルアは万が一があればゴンを助けられる位置で潜んでいた。幸いにもヒソカはゴンを合格と言い、スーツの男を肩に担いで去っていく。その際にヒソカと、私の視線が交わった。
私は絶を極めてる。キルアも絶はできている。キルアの絶は暗殺者として身につけたであろう技術だ。私から見てもキルアの絶は完璧と言えた。
だというのに、ヒソカは私たちを捉えた。たまに居るのだ。こういう規格外の勘を持つ生物は。
だが興味を失ったように視線は外された。
ゴンで満足したからかもしれないし、私がお眼鏡に適わなかったからかもしれなかった。
その後すぐに金髪の少年が駆けつけたので、私とキルアも合流する。
第二次試験会場に向かう道すがら半ば呆れたようにキルアがいった。
「よくやるぜ、あのヒソカに一撃入れるなんてさ」
「あはは、つい咄嗟に。あのままじゃレオリオが危ない! って思っちゃって」
「まあ無謀すぎるけどな、あのままアイツがやる気だったらどうするつもりだったんだ?」
「いやー……」
何も考えてなかった、と言わんばかりに照れて頬を掻いてるゴンに、気安い調子でキルアが話しかけてる。なんだか一気に二人の距離が縮まった感があった。
わいわいと喋るゴンとキルアを中心に私たちは走ってる。向かっているのは第二次試験会場だ。ゴンが鼻で、ヒソカに連れて行かれたスーツ男の匂いを追いかけてる。
そんな中でチラッと私を見てくるのは金髪の少年だった。
「……ところで、ゴン。そろそろ教えて欲しいのだが、彼女はいったい誰なんだ?」
「あ、うん。カリスさんだよ。さっきの地下道で知り合ったんだ。見た目は子供だけど、大人なんだって」
「……そうか」
普通の眼差しの奥にある、隠しきれない警戒心が窺えた。
「カリスって呼んで。よろしく」
「私はクラピカだ。よろしく頼む」
私たちの間で会話はそれっきり。
ほとんどはゴンとキルアで、そこにクラピカが合いの手を入れる形で雑談しながら湿原と森を横断していく。
たどり着いたのは大きな倉庫がある広場だった。
とんでもない唸り声が倉庫の中から鳴っていたが、時間になって開かれた扉から現れたのは猛獣なんかじゃなく、ただの腹を空かした桁違いにデカい人と、普通のサイズの女の人だった。
2次試験は料理。
一人目のお題は豚の丸焼き。
簡単なのでさくっと終わらせて、スーツ男──レオリオとの自己紹介も済ませて、二人目の試験官の試験を受ける。
お題は寿司だった。
『どうすんだ? 作るのか?料理なんざ出来るとは思えねえけど』
「……」
少し迷った。
チラリと見たのは忍者装束の男だ。頓珍漢なことをしてる周囲の受験生を顔が真っ赤になるくらい笑ってる。アホだ。
ちょいちょいとゴンたちを招き寄せて小声で続けた。
「私は寿司を知ってる」
「……ほう。私も以前、文献で見たことがある。酢と調味料をまぜた飯に新鮮な魚肉を加えた料理、のはずだ」
「魚ァ!? お前、ここは森ん中だぜ!?」
「声がでかい!!」
……私の気遣いが無に帰した。
「──作り方はシンプル。長方形に握ったシャリの上に、同じく長方形に、食べやすいサイズに切った魚の身を載せる」
魚を取ってきて実演してみせる。
今度はレオリオに叫ばれないように言い含めておいた。真顔で注意したからか、今のところ叫ぶ様子はない。私に真顔以外の表情はないけど。
「貝とか、肉類もあるけど、かなりイレギュラー。だから基本は海魚。川魚はお腹壊すから普通は食べない」
「……試験官は食べても大丈夫なのだろうか?その、腹を下すのではないか?」
「その時はその時」
「……そうだな。食べてもらうしか選択肢が……。いや、それすらも試験内容という可能性も……」
真面目に悩み始めたクラピカを置いておいて、ゴンとレオリオはさっそく試作に取り掛かっていた。
キルアは、と思って見てみると意外とすぐに形にしていた。
「んじゃ、お先」
「あ、テメ! 抜け駆けはずりーぞ!」
「早い者勝ちだろ?」
レオリオを煽りながらスタコラとそのまま試験官に持っていって、速攻で不合格をもらって帰ってきた。
ゴンが手を振って迎え入れた。
「キルア! どうだったの?」
「形はいいけど気遣いがどうたら言われたぜ」
仏頂面でそう言ったキルアは再び試作に入った。
「ふむ、となるとカリスの知識に間違いはない、ということだろうな。気遣い、気遣いか……」
真面目な表情で酢飯を口に含んでいるクラピカに。
「うーん、よし! 食べて貰えばわかるよね」
とりあえず食べて貰うゴン。すぐに不合格をもらって帰ってきた。
「次はオレの番だな!」
レオリオは自信満々に持っていき、無事に不合格を持ち帰った。
私の気遣いを無駄にするからだ。
そして肝心の私の料理だけど、見た目は普通のものが出来上がった。見た目は。
『料理なんざ何十年、下手しなくてもそれ以上か?』
渋々ながら頷いた。
味というものを、私はもう覚えていない。果たしてこれが美味しいのが、不味いのか。それすらわからないのだ。もはや概念と化してる。
それでも万が一に賭けてみる。向かう先は、心持ちワクワクした表情の試験官の元だ。
「食べてみて」
「ふーん、どれどれ」
食べた直後に試験官は固まった。宇宙を眺めるような目をしていた。
「……あんた、これ」
「美味しい? 愛情の代わりに力を込めてみた」
「米が、糊みたいになってる……」
不合格をもらってキッチンに帰ってきた。
料理以前の問題と言われた。解せない。
おかしい。私のアドバイスで5人全員が一発合格。仲を深めるという予定が、こんなことになってしまうとは。
その後に忍者装束の男が大暴露をかまして、味だけの審査となった結果、全員不合格となってしまった。
クラピカは深読みし過ぎて逆に不合格を喰らっていた。詳細は語らないが、あんたバカでしょって言われてものすごくショックを受けていた。料理は奥が深い。
「それにしても、合格者0はちとキビシすぎやせんか?」
その言葉と共に降ってきたネテロ会長の鶴の一声で、試験はやり直しに。
試験官である女性──メンチが実演という形で参加する形式で落ち着いた。
そして受験生一同が向かったのは近くにあるマフタツ山と呼ばれる、山が真っ二つに切られてその中央を川が流れている、という一風変わった場所。その山の隙間に巣を張っている、クモワシの卵で作るゆで卵が新しい第二次試験となった。
『オレ様を抱えて飛ぶわけにゃ行かねーだろ? おいてくか?』
「うん」
『……冗談のつもりだったんだが、マジかよ。大丈夫か?』
「円でなんとかする。勝手に動いちゃダメ。わかった?」
『へいへい。オレ様に触る奴が居なきゃいいけどな! がはは!』
「その時は、殺して良いよ」
『殺しやしねえさ。オレ様はお前さんよりもずっと優しいんでね。安心しろよ、勝手にどっか行ったりしねえから』
「そう。好きにして」
地面に置こうとして、少し考えた。万が一は避けたい。それに殺していいとは言ったものの少し抵抗があるのも事実だ。ぬいぐるみを触ったら死ぬって少し理不尽すぎる。
考えて、私はある人のところに向かった。
「ねえ」
「なに?」
メンチが不思議そうに首を傾げていた。
「この子、預かって欲しい。他の人が触ると、良くないかもしれないから」
「……ああ。そういうこと、良いわよ」
念能力の示唆の可能性を察して、それでも少し警戒しながらメンチはぬいぐるみを、うさぎを受け取った。
『おうおう、美人の姉ちゃんじゃねえか。オレ様の好みだねえ、ちんちくりんなんざよりこっちの方がずっと良いぜ』
「……中々ファンキーな口調のぬいぐるみね」
『お褒めに与り光栄だぜえ』
「ねえ、あんた。コイツ悪さしないでしょうね?」
メンチが、わずかに身を強張らせた。私の円の中に入ったからだろう。円で唇を読んで頷いた。
「……たぶん。すぐ、もどる」
「……なる早でお願いね」
『そう言うなよ〜、仲良くしようぜ〜』
残してきたメンチとうさぎを尻目に、さくっと飛び降りて卵を取って帰る。5分も掛かって無い。
戻った時にはメンチは物凄く嫌そうな顔をして、うさぎを突き返してきた。
「悪いけど、次があったら別の奴に頼んで。もう二度とごめんだわ」
『げへへ、おっぺえはいいもんだぜ』
「ふんっっ!! ──あ、ごめん。つい反射で」
プロハンターの拳を受け止めたうさぎは私の手元に戻ってきた。それでもうさぎはヘラヘラ笑っていた。割と本気の拳を喰らってたのにまったくの無傷だ。
『良い拳だったぜ、またよろしくな』
「もう聞こえてない」
『ええ〜、いいじゃんかよ〜、伝えてくれよ〜』
ダル絡みを始めたうさぎを抱きしめて黙らせつつ、取ってきた卵はメンチに渡した。
「事情があって食べれない。合格でいい?」
「……ええ、合格よ」
その後に第二次試験の後半は終わった。
合格者43名。
そして第三次試験会場に向かうために、合格者たちは飛行船に乗り込むのだった。
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誤字報告お礼
『あんころ(餅)』さん
ありがとうございます