「──メンチ、大丈夫?」
「ん? ああ、別に、大したことじゃないわよ」
ブハラに片手を振って問題ない素振りであしらってから、メンチは牛肉をフォークで突き刺した。
場所は飛行船内だ。第二次試験も終了して役目を終えたメンチではあるが、審査を終えた試験官もハンター試験の最終試験は見物するのが常だった。最終試験に合格すればプロハンター。つまり後輩だ。新しい後輩を真っ先に確認できる場として、絶対ではないが、何かしらの事情がない限り最終試験に立ち会う試験官は多い。そのためメンチも多分に漏れずネテロ会長に帯同していた。
そういった事情もあってメンチを含めた一次、二次試験官は飛行船に同乗しているのだが、現在は情報交換を兼ねた食事会に集まっていた。そんな中で、メンチだけが少しばかり思い悩んだ様子であるのは一人の受験生の姿が脳裏から離れないからだった。
「ねェ今年は何人くらい残るかな?」
会話を続けながら、メンチはとある少女のことを考える。それとなく他の試験官たちに確認してみたが、あの少女に注目しているのはメンチだけだった。うさぎのぬいぐるみを抱きしめている、ゴスロリの格好をした可愛らしい少女。
メンチが彼女を初めて意識したのは、第二次試験での審査で寿司を食べた時……ではない。あの時は変な子供に変なものを食べさせられた、という程度に過ぎなかった。念能力を修めている事は見ればわかったが、だからと言って44番のように挑発行為を行うわけでもなかったし、野良の能力者がハンター資格を取りにきたんだな、としか思わなかった。その程度ならよくある、とまでは言わないが珍しい事でも何でもない。
仕切り直しとなった第二次試験の、ゆで卵の試験の際にぬいぐるみを受け取った時でもない。喋るぬいぐるみは具現化系と考えれば珍しくないし、触れたところで何か能力が発動した兆候もなかった。制約なのかやたらとウザかったし、胸を触ってきた時は本気で殺意が湧いたが、けれど言ってしまえばそれだけで注目するほどの能力はない。殴った感触からしてかなり丈夫に作ってあることに驚いた、というのが唯一注目に値する事柄だろう。
結論を言おう。
メンチが少女を初めて認識したのは、彼女が円を使った時だった。
問題だったのは少女のオーラだ。
ぬいぐるみを受け取った後に、どういう意図なのか彼女は円を使った。
メンチはあらゆる食材を取り扱う関係もあってオーラの感覚が敏感だ。オーラに触れればある程度の実力はもちろんのこと、言葉では説明し難い詳細な部分までわかることがある。纏ではわかりにくいが、練によって増幅されていたり、円のように練の発展系であれば高確率でよくわかる。故に至近距離でオーラに晒されたことで、メンチは彼女に注目せざるを得なくなった。
メンチは少女のオーラに触れて理解した。この子は化物だと。いや、悪意はない。害意も感じなかった。だがオーラの底が全く見えなかったのだ。まるで深海の海魚と目が合った気分だった。それだけなら、まだ力量差ということで納得できた。でも少女は違った。メンチですら窒息してしまいそうなほどの悲しみや苦しみをオーラに湛えていた。溢れる生命エネルギーとは裏腹に、今すぐにでも溶けて消えてしまいそうな儚さが同居していたことが、強烈な印象として残っていた。
「──そんな中、たまに現れるんですねェ、ああいう異端児が。我々がブレーキをかけるところでためらいなくアクセルをふみこめるような」
サトツが44番のことを指してそう言った。……あの少女は、果たしてそのどちらだろうか。メンチはフォークを咥えながら考えて、料理を眺めているうちにふと思い出した。
「事情があって食べられない……ねェ」
少女が残したその言葉に、どうにも引っ掛かるものを感じて、メンチは再び物思いに耽るのだった。
私は試験会場到着のアナウンスを受けて移動していた。
飛行船内では特段何もなかった。
ただただ暇な移動時間を過ごして、朝9時半頃にようやく目的地に到着した。到着予定時刻は朝8時だったのが何かのトラブルで少し伸びたようだった。
「三次試験の内容ですが、試験官からの伝言です。生きて、下まで降りてくること。制限時間は72時間です」
飛行船が着陸したのはトリックタワーと呼ばれる刑務所を兼ねた施設だった。
トラップや問題を解きながら、下まで降りていくという趣旨の試験。
外壁を伝うことは難しいため、屋上に設置されている隠し扉から塔に侵入するしかない。
トリックタワーの屋上の5つある扉が密集している場所で、私たちは向かい合っていた。クラピカが口火を切った。
「どの扉から降りる?」
「じゃんけんで決めようぜ、罠に掛かっても恨みっこなしだ」
「いいよ!」
「ま、それが無難かな」
私も頷きで答える。ジャンケンに勝った順番に扉を選び、降り立った先にあったのは多数決の道。
タイマーを腕に嵌めて、いざトリックタワーの攻略に乗り出した。
多数決の道というだけあって、事あるごとに⚪︎と×で解答を求められる。右と左どっちに進むのか、という場合でもマルバツだった。
そんな私たち一行が辿り着いたのは、何かの舞台のような場所だった。
四方が底なしの穴で囲まれた特設のリング。
死刑囚である退役軍人の男が、堂々とルールの説明を始めた。
私たちは5人いて、試練官も5人いる。
勝負は1対1で、各自一度だけしか戦えない。
この道は多数決の道なので、私たちが三勝すればこの試練はパスできる。
戦い方は自由。引き分けはなし。片方が負けを認めた場合において残された片方を勝利者とする。
最初の試練官はスキンヘッドの退役軍人が名乗り出た。
……原作では、どうだったっけ。
『確か速攻でまいったって言うんじゃねえか?』
そんな気がする。最後に見たのずっと前だから、ほとんど覚えていないのだ。
「私が行く」
「あ、おい!」
レオリオが止めるのを無視して、私は舞台に向かった。
向かい合う退役軍人の男がデスマッチを提案してきたので頷いて、勝負が始まった。
──試練官の一番奥にいる男と目があった。心臓を抜かれる男。ふと、キルアを思い出した。
思わず振り返ってキルアを見る。
キルアは怪訝な顔で私を見ていた。なにせ、退役軍人はその間も私のことをボコスカ殴ってる。でも私は微動だにせずキルアを見つめていた。
今じゃなくてもいい。でも、別に今でもいい。
いつものように、私はあの子を呼んだ。
「……ナニカ、起きて」
『──』
返事はない。
もうずっとずっと、私のナニカは眠ったままだ。
私の目的。
それはキルアのナニカに会うことだ。なんでも願いを叶えてくれる。叶えられる願いにおそらく上限はない。
だからきっと、キルアのナニカなら、私を殺せる。そして私が死ねば、この肉体という名の牢獄は壊れる。私に囚われているナニカを解放してあげられる。私が、私のナニカにお願いや命令ができれば、もっと早く解放してあげられた。でもそれはできなかった。
だから私は、キルアと仲良くなるためにここまで来た。
だけどナニカという言葉にも、キルアは反応を見せない。
……キルアはナニカの記憶を、失っているんだっけ。やっぱりある程度は原作に沿わないとダメか。
でも、わざと負けるのは印象が悪い。
改めて正面に向き直る。引き攣った顔の退役軍人の男が立っていた。
「まだやる?」
「い、いや、俺の負けでいい……」
リングに設置されている、勝敗数を示す掲示板に私の勝利が刻まれた。
淡々とリングから帰った私を、クラピカが真っ先に出迎えてくれた。
「どういう理屈だ? 体格差を考えればあり得ない……だが、君は明らかに平然としていた。あの男と示し合わせて手加減してもらったとは思えない。事前の根回しをするには時間が足りないし、時間があったとしてもハンター試験で不正は不可能だ。また彼と知り合いであったとしても、刑期を短縮したい彼が君に対して手加減するなど道理に合わない。つまり、君は実力で彼の拳を平然と無防備に受け止めたことになる」
私が試合中に見つめていた、キルアのことも怪訝そうに伺い始めたクラピカに、私は人差し指を立てて唇に添えた。
「内緒。でもハンター試験に合格すればわかる」
「……そうか」
これ以上問い詰められても、私に答えるつもりなどない。
それを察する速さはさすがだ。この後に続けられたクラピカの謝罪を受け入れて、キルアを見る。
けど怪訝そうに私を見るだけだった。
『……確か、記憶じゃねえ。針が刺さってるんじゃなかったか? 操作系の能力なら、行動を縛るなんてことも出来るはずだしな。記憶喪失に見えるのは、記憶の補完が行われてるからだろ』
言われてみれば、そんな気がする。
私がキルアの針を抜く。……力加減間違いそうで怖い。キルアが自分で針を抜けるように誘導する。……私には難しいかもしれない。何とか原作通りに進んでくれることを祈ろう。
私の戦いの結果にちょっと引いてるレオリオと、すごいと目を輝かせているゴンと会話しながら、次の試練官が出てくるのを待った。
次に出てきたのはセドカンという爆弾魔だった。
ゴンが立候補して、それぞれが蝋燭を持って、先に消えた方が負け、というシンプルなルールで戦ってゴンが勝利した。
さあ、後一勝で私たちの勝利だ。という段になってあちらさんが少し揉め始めた。
そうして出てきたのは、ジョネスという名前の大量殺人犯だった。戦うなら死を覚悟する必要がある。悲壮感たっぷりにレオリオが語った。
「……私が行こう」
「いや、オレがいく。お前には、やるべきことがあるだろ」
「ふざけるな。そういうお前こそ──」
「はいはい、オレがいくから通して」
「あ、おい。キルア?! お前オレの話聞いてたか!?」
余裕綽々と足を進めて、キルアはジョネスに問いかける。
「勝負の方法は?」
「勝負? 勘違いするな。これから行われるのは一方的な虐殺さ。試験も恩赦も──」
そこから続けられる戯言を聞き流して、キルアは聞き返した。
「うん。じゃあ死んだ方が負けでいいね」
「ああ、いいだろう。お前が」
勝負は一瞬だった。
ジョネスと向かい合っていたキルアは、気がつけばジョネスを通り過ぎた先にいた。
その掌に、脈打つ新鮮な心臓を乗せながら、薄らと笑っていた。
砕け散った心臓に手を伸ばして、舞台の上でビクビクと痙攣するジョネスを無視する。
キルアは平然とした調子で試練官に3勝0敗であることを宣言し、私たちは試練官たちから恐れの視線を向けられながら、第三次試験の迷路の攻略を再開した。
「暗殺一家のエリート!?」
「あ、そっか。2人は知らないんだね」
ゴンも平然とした調子で話を続けて、迷路の攻略に進んでいく。
「キルア、さっきの技はどうやったんだ?」
「技ってほどのもんじゃないよ。ただ抜き取っただけだよ」
そう言って手を変形させて暗殺術の一端を見せるキルアに、ゴンは猫かぶってるのかな? と首を傾げたり、レオリオは頼もしい限りだ、と強気に虚勢を張ったり、クラピカは敵になるかもしれないこの先の試験を想像して、少しだけ顔を険しくしながら冷や汗を垂らした。
そのあとはあっちやこっちやと迷路の攻略を頑張って進めて、最後の分かれ道に辿り着いた。
長く困難な道と短く簡単な道。
満場一致で長く困難な道を選んだが、先に進む前に、ゴンが壁を壊せないかな、と呟いたので私の拳一発で貫通させて第三次試験のゴールを無事に決めた。
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発掘報告書より抜粋
──調査は、記録保持区域約6,100m²の内、5900m²(調査費用の80%)をプロハンター:アーネスト=マクガフン負担とし、残り200m²(調査費用の20%)を文化庁の国保補助事業として、1881年より開始された。(オチマ連邦教育委員会文化課)
2.調査の経過
メーレフン遺跡の発掘調査は、1881年10月14日から12月19日まで実施し、整理は12月20日から2月29日まで行った。
地下部の発掘調査
第22次調査でネイ神殿周辺地区と──壁体はこの神殿に付属する施設と推測される──第23次調査では──すでに撹乱を受けており、内部からは多量の人骨や副葬品の破片が多数発見された。何らかの儀式に用いられたものと推測される──内部には煉瓦が不規則に詰め込まれていた。一部欠損があるが地殻変動や盗掘などの外部刺激によるものと推測される──グリッド3E06aからは壁面に掘り込まれた碑文が発見された。しかし書き残された内容が示唆する物品が確認できず、我々の発掘作業以前に、この場から持ち去られていたと推測される。
《以下は黒く塗りつぶされている》
下記は碑文の一部を抜粋。
──海を渡り大陸に行けば災いがある。しかし授かった聖杯は我らの願いを叶えた。祈れ、願え、そして命じよ。肉たる器の聖杯に、不可能はない。
──聖杯は壊れていた。歪んでいた。願いを伝えてはならない。考え得る限り最悪の形で願いは成就する。決して封印を解いてはならない。決して。
遺跡に記された碑文より推測。
聖杯とは、遺跡から持ち去られた遺物の一つと推測される。不可解なのは、封印されていたと思われる場所に半ば崩壊した人型らしき窪みがある点だが、遺物との関連は不明。
遺跡の構造自体も非常に強固であり、当時の人々がどれほど遺物を恐れていたのかが窺える。加えて碑文を読み解くと、遺物は何らかの受動的な意思表示が可能であり、その故郷は暗黒大陸にあることがわかる。当時の愚行と苦境を察するに余りある。
早急にハンター協会と許可庁に報告の上で指示を仰ぐ。
ハンターとしての意見を述べるならば、遺物発見後は速やかに確保、隔離し、人類存続のために再封印すべきと進言する。
注釈
『Χάρις』を聖杯と訳したが、女神という意味も持つ。文脈から考えるに聖杯とした方が的確であるためそう記す。
報告者
遺跡ハンター:アーネスト=マクガフン
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題名少し変更しました。
聖杯は静かに眠っている→聖杯は静かに泣いている
理由はこっちの方がしっくりきたからです。
次の更新は明日18時予定です。
>すみません、今後の展開が変わるかもなので、先に何話か書き溜めするので予定より遅れます。
聖杯の元ネタはFateZeroです。
カリス(主人公)はアルカと似ています。ナニカと話すことはできても、お願いすることも命令する事もできませんでした。だから……。