聖杯は静かに泣いている   作:風梨

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約8600字



ポンズ

 

 

 

 草木に隠れたウロの中だった。

 ゴンは痺れた身体を隠しながら、毒が抜ける時をじっと待っていた。

 脳裏で反芻されるのは別れ際に放たれたヒソカの言葉だ。

 

『今みたくボクの顔にいっぱつぶち込むことができたら受け取ろう♦︎それまでそのプレートはキミに預ける♣︎』

 

 何も出来なかった自分に対する惨めさ。

 そして何より、好き放題にやられてやり返せなかった自分自身が、すごく悔しくって。ゴンが握りしめた拳は、力を込めすぎていて、毒とは無関係に感覚がなかった。

 

 そんなゴンの耳に、木々の隙間から音が聞こえていた。誰かが歩いている。それも複数人。

 急速に意識が覚醒して、耳は音を丹念に拾い集める。

 

「──ほんとに、こんなとこにゴンがいるのかよ? 隠れてたら見つけるのも大変だぜ」

「確かにキルアの言う通りだな。カリス、この辺でいいのか?」

「そう、あそこ」

「んな簡単に見つかるわけ……」

 

 聞き馴染みのある声たちに、目を見開いた。

 そんなゴンと、ウロの中を覗き込んできたレオリオと目が合った。

 

「マジでいたぞ!? ──って、ゴン! その怪我どうした!? 早く診せろ!」

 

 やいのやいのと騒がれるままにレオリオに手当を任せて、毒素を分解しやすくするための薬も処方してもらって、たくさんの水を飲む。

 一息をついたところで、レオリオはようやく安心したように笑った。

 

「ったく、あんなところにマジで居るなんてな。結構ギリギリだったのか?」

「あはは、うん。ありがとうレオリオ。助かったよ」

「いいってことよ。つっても、市販薬だから効果はそれほど期待できねーけどな。汎用性は高いが、特効薬って訳じゃねーし」

「ううん。もう効いて来た気がするもん」

「ははは、まあそう言ってもらえると──、ってなんでもう動けるんだ……?」

 

 起き上がって、屈伸をしてみせれば唖然とした顔のレオリオが見れた。

 そんなにおかしいことだろうか。

 首を傾げたゴンに、クラピカが微笑みながら続ける。

 

「それで、私とキルア、カリスは必要なプレートを既に集め終えた。後はレオリオのターゲットを狩れば4次試験は通過できそうなのだが、ゴンはどうなんだ?」

 

 会話を引き継ぐように、ニヤリと笑ったキルアが続けた。

 

「プレートは手に入ったのか? お前のターゲット、ヒソカだったろ?」

「「ヒソカ!?」」

 

 レオリオとクラピカが同時に驚きの声を上げていた。

 でもプレートが得られたのは自分の実力とは言い難い。だから控えめにゴンは頷いた。

 

「うん、まぁ……ね」

「……あのヒソカからか。よく無事だったな、ゴン」

「よくやるぜ、オレなら別のやつを狙うってのに」

 

 レオリオはそう言ったが、なんだかんだ言いつつも、ターゲットがヒソカだったのならヒソカのプレートを狙った気がする。

 

「ゴンの体調が万全になったら行動を再開する」

 

 会話を締めるように、カリスがそう言った。

 誰も文句はないようで全員が頷きで応える。

 幸いにもレオリオの薬が効いたのと、みんなの協力が得られてたくさん食べて水もたくさん飲めた。おかげで二日と掛からずに毒は抜けた。

 

「──じゃあ、オレの鼻で薬品の匂いを辿ればいいんだね?」

「ああ、頼めるか?」

「うん! やってみる」

 

 そこから探索を再開して、しばらくするとゴンの鼻に刺激臭が漂って来た。

 何らかの薬品の匂い。自然界にはない濃縮された人工の匂いを感じる。間違いない。

 

 そしてゴンたちが見つけたのは、ぽっかりと穴の空いた洞窟だった。

 

 

 

 

 

 246番。ポンズは洞窟にいた。

 好き好んで入った訳じゃない。ポンズのターゲットだった男が、この洞窟に居たから来ただけ。

 そして今は洞窟から出る事が叶わなくなっていた。

 幸いにもプレートはある。試験終了まで待っていれば、プレートの位置情報を参照して委員会が助けに来てくれることを、ポンズはこれまでの経験から知っていた。食料はほとんどないけど数日なら水だけで何とか保つ。だから死ぬ心配はない。それでもポンズの表情は暗かった。

 

「……今年も、ダメだったかー」

 

 ぼんやりとした独り言に、応えてくれる相手はいない。

 たった一人きりの洞窟の中に声が反響する。

 

 一応もう一人居るにはいる。いや、居たと言うべきか。

 ポンズのターゲットである、バーボンという男だ。

 だが今はもう物言わぬ骸となっていた。手を下したのはポンズだ。いや、正確に言えば違う。

 

「……おいで」

 

 ポンズは気まぐれに被っていた帽子を軽く指で叩いた。それを合図に、帽子の中からプツプツと蜂たちが姿を見せる。

 シビレヤリバチという種の蜂たちだ。バーボンをやったのは、この子達だった。

 

 指で8の字を描いて、適当にコミュニケーションを取る。

 この子達との付き合いは長い。

 生まれた時からずっと一緒にいる。けれど別に家業という訳ではなかった。

 

 ポンズは普通の田舎娘として生まれた。

 郵便ポストも一つしかなくて、人の往来も必要最低限の田舎町。ポンズが生まれ育ったのはそんな町だ。

 物心ついた時から昆虫に興味があった。危険だけれど、とても美しい。その不思議な魅力に惹かれて、気がついた時には蜂とコミュニケーションを取るようになっていた。

 両親からは危ないからやめろ、と説得もされたし、友達からは不気味がられた。

 それでも、ポンズは昆虫と接する事が好きだった。

 

 ハンターを志したのは、そんな環境に嫌気が差したから、という理由もあるにはある。けれど、それよりも何より大きかったのは、この世にはもっとたくさんの昆虫がいて、まだ見ぬ不思議な生物たちに溢れていると知ったからだった。

 図鑑や写真、動画で見るだけじゃない。この目で見て確かめて、様々な種類の昆虫や生物を見つけたい。多くの人に知られるように名を残したい。いつかは新種の昆虫を見つけて、自分好みの名前を付けたい。

 

 そんなありきたりな、けれど輝かしい夢を抱えたポンズを納めておくのに田舎町は少し狭すぎた。

 だからポンズはハンターを志した。

 情報を集めて、武器を手に入れて、鍛えても超人というほどにはならなかった身体能力を補うために蜂たちの力を借りた。

 ハンター試験に臨むのは、これで3回目だ。

 13歳の時から挑んでる。でも、ルーキーと言える域は過ぎたと自己評価できても、今年もまた不合格になりそう。

 

 思わず目を閉じる。

 決してプロハンターにならなければいけない訳じゃない。

 確かに恩恵は大きい。立ち入り禁止区域への許可が降りやすかったり、仕事を受けやすくなるメリットはとても大きい。探検をするための融資だって一流企業並みに受けられる。

 それでもインセクトハンターとして、アマとして活動することはできる。事実これまでにポンズは幾度となくアマチュアとして仕事をして来た経験もある。

 だから、諦める選択肢も一つだ。プロじゃなくても良い。ポンズの動機は昆虫たちへの好奇心なのだから。

 

「なんて、言葉ではどうとでも言えるわよね……」

 

 自嘲気味に笑った。それでも諦められない、と。

 理屈じゃない。なりたいからなる。プロとして堂々と活動したいから、プロの資格を取る。プロハンターに拘る理由なんてそれだけで十分だ。

 今年はもう難しいかもしれない。

 それでもまた来年。いつか必ず、プロの資格を取って見せる。

 

 そう意気を新たにしたポンズの耳に、洞窟の入り口から足音が聞こえてきた。

 ……どうやら別の受験生が立ち入ろうとしているらしい。声をかけようか、と少し迷った。密室で見ず知らずの相手と時間を共有するリスクもある。

 だけど、もしかしたらこの状況を打開する策を持つ人物かもしれない。

 

(例え少しだけでも可能性があるなら……。私は、そっちに賭けたい)

 

 そして現れたのは、白シャツを着た男性だった。ポンズのことを見つけて、意を決したように話しかけてくる。

 

「……ポンズか?」

「ええ、そうよ。その様子じゃ、私はどっちにしろ賭けに負けたみたいね」

「賭け?」

「そう。あなたが私のプレートを狙っているなら、ここから脱出できる手段をあなたが持っていたとしても、解決は難しいから」

 

 座ったままそう言って様子を伺う。半分本当で、半分嘘だ。

 まるで無警戒に入って来た様子からして、脱出できる手段を持っているとは思えない。それは本当。

 でもプレートを狙っている相手が入って来たことは、まだ負けじゃない。ポンズには蜂という切り札がある。並大抵の相手に負けるつもりはなかった。それでもあえて賭けに負けた、と降参したフリをしたのは、もしこの後に争う事があれば、油断させて勝率を少しでも上げるためだった。

 

「脱出、か。何か罠が仕掛けてあるんだな?」

「そうよ。といっても、私が仕掛けたものじゃないけどね」

 

 顎で指し示した先には、バーボンの死体がある。

 

「ヘビ使いバーボンの罠よ。でも彼はもう死んでる……。御愁傷様。この洞窟から出ようとする。あるいはバーボンの身体に触れようとする。そのどちらかの条件を満たせば蛇が襲ってくる……。あなたも、もうここから出られないわ」

「ッ! なるほど、な」

 

 そのまま少し考え込んだ様子の男は覚悟を決めた様子で、出口に向き直った。

 

「ちょっと、何する気?」

「外に仲間がいるんだ。オレがこのまま出てこなかったら、心配して入ってくるような、お人好し共でな。──わざわざ心中することはないだろ?」

 

 ニヤリと笑った男は、そう言って出口に近づいて大声で叫んだ。

 

「クラピカ!! ゴン!! キルア!! カリス!! 来るな!! ヘビだ!!」

 

 そう言って叫んだ男に、出口に陣取っていたヘビたちが反応して男に殺到して噛みついた。

 ゾッとするような光景に思わず総毛立つ。だから、言ったのに。……バカな男だった。

 でもこれで、男の言う仲間たちは入ってこないだろう。命を賭した警告なんて、本当にバカなことを……。

 

 だが驚いたことに、仲間たちは洞窟に入って来た。

 金髪の男に、ツンツン頭の少年。銀髪の少年に、ゴスロリの少女。

 ……なんか一人毛色の違うのがいるけど、これが男の仲間たちだろう。ハンター試験の最中だというのに、これだけの大人数で固まって、それも協力体制を築いているなんて驚くべきことだ。

 

 そんな、二つの意味で驚いているポンズの前で、仲間たちは男を助けようと悪戦苦闘を始める。

 ポンズも鬼じゃない。もう助かることもないとは思いつつも、諦め半分の心境で、情報は惜しみなく提供した。だからってどうこうなるとは思えないけど……。

 そう思っていたポンズの思惑とは裏腹に、ツンツン頭の少年が警告したのにバーボンの死体に手を伸ばした。

 

 そして解毒薬を見つけて、ついでにポンズの狙っていたバーボンのプレートを交渉材料に睡眠ガスの交換を持ちかけられた。

 断る理由はない。もしかしたら、今年はまだハンター試験を諦めなくて済むかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に催眠ガスに身を任せて……、寝て起きたら外だった。

 

「……本当に、5分間も息を止めたんだ」

 

 近くにあったバーボンのプレートを掴んで、握りしめた。

 

「バーボンのプレート……! これで、私もまだ合格を狙え──」

 

 ──ると思ったが、大事な物がない。

 探しても、探しても、ない。なくなってる。サーっと血の気が引いた。

 ポンズのプレートがなくなっていた。

 

「ま、まさか、あの子……」

 

 会話を思い出すと、確かにポンズのプレートについては何も言及してなかった。取られたら、なんて考える間もなく睡眠ガスを噴射してた。まだ今年のハンター試験を諦めなくて済むかもしれない。その欲望で目が曇っていた。その事実をハッキリと認識して、大きな感情が湧き上がるのを感じた。

 

「やられた……!」

 

 嘘はついてない。バーボンのプレートは、確かに置いてあるからだ。

 それだけでも温情と言えるかもしれない。でも、それとこれは話が別だ。メラメラと湧き上がるこれは、怒りなのかそれとも別の何かか。

 

「フフフ、インセクトハンターを舐めてもらっちゃ困るのよね……」

 

 あの子たちの気配は蜂が覚えてる。地の果てまで追いかけて、プレートを奪還して見せる。

 催眠ガスで眠った時間は恐らく数時間程度。幸いにもまだ時間は三日もある。

 絶対に見つけて、プレートを取り返す。

 その意気を込めてポンズは立ち上がって──、帽子がないことに気がついた。

 

「……嘘でしょ?」

 

 視線を向けた先は、先ほどまで閉じ込められていた洞窟。

 きっとあの中に帽子は残されてる。あれには蜂たちの巣の役割もある。あの帽子がなければ、ポンズの戦闘力は半減どころじゃない。

 

「……いいえ、諦めないわ」

 

 帽子は蜂たちに持って来て貰えば良い。

 そんなこと出来るかわからないけど、無手で挑むのはさすがに無謀がすぎることはポンズも理解していた。

 

 ──幸いにも蜂たちはポンズの指示を理解してくれた。

 指示を出せば、睡眠ガスで目覚めた蜂たちは帽子を持ってポンズの元に戻って来たのだ。

 

 これで最低限の準備は整った。

 次は、あの集団を見つけなければ。

 会話を聞いていた限りではほとんどのプレートを集め終えているようだった。だからどこかに固まって隠れ潜んでいるはず。

 

「頼んだわよ」

 

 指で八の字の指示を出して、蜂たちにさっきの受験生たちの追跡を頼んだ。

 迷う様子もなく飛んでいく蜂を追いかけていけば、数時間もすれば見つかった。

 ……特に隠れる様子もなく、湖の近くで野営をしているようだった。こいつら、今が試験中だってことを本当に理解してるんでしょうね? これじゃ、ただのキャンプじゃない。

 

 思わず口に出しそうになった文句を押し込めて、まずは様子見をすることにした。

 朝は釣りから始めるようだった。ツンツン頭の少年と、銀髪の少年が交代交代に釣竿を融通し合って楽しそうに釣りを楽しんでいる。その間に、残った三人が果物や食べれる野草、たまに獲物を取ってくる。湖畔に組んだ石造りの焚き火台の上にはどういう方法でか、真っ平の石を鉄板のようにして置いている。ジュージューと焼けるお肉や焚き火の周りに突き刺した川魚の焼ける良い香りが漂ってくる。

 

 多少の調味料は持ち運んでいたようで、それなりに味を整えて食事を終えれば、暇な時間は談笑をしたり、キャッチアンドリリースの釣りを楽しんだり、ダーツの真似事を始めたり、一部の奴は優雅に読書を始めたり。筋トレを試みるやつまでいた。

 

(こ、こいつら。ここがリゾート地とでも思ってる訳……!?)

 

 途中でさらにもう一人、忍者装束の男が訪問して来て、ぺらぺらと何かを喋りながら食事を共にしたり。

 まるでハンター試験中とは思えない和やかな風景が繰り広げられていた。

 

 ──だというのに、まるで隙がない。

 銀髪は少しでもこちらが動く素振りを見せれば警戒を見せて、ゴスロリ少女に関してはたまに牽制するかのようにポンズのいる場所を見てくる。

 その度に場所を移動しないといけないから、優雅なキャンプを楽しんでいる奴らとは裏腹にポンズは結構疲労困憊だった。残る三人だって勘が鈍くはない。気づかれそうになった事は何度かあった。

 

(それでも、私のプレートを持っている奴は特定できた……。最初に洞窟に入って来た、シャツ姿の男ね)

 

 慎重な行動のおかげで情報収集はなんとか上手くいった。だけどそのために時間を使いすぎて、残り時間はもうほとんどない。今夜が明けて朝がくればもう試験は終了だ。

 

(今夜が勝負。蜂たちに頼んで盗んできてもらうことも考えたけど、羽音で気付かれてしまう……)

 

 それでもポンズが自分で取り返しに行くよりはリスクが低い。

 だがここでリスクを負えないようなら、ハンターとしてのポンズは死んだようなものだろう。覚悟を決めて、野営をしている場所に忍び込む。今までにない集中力を発揮していることを、ポンズは自覚していた。

 

 一歩二歩と進む。息を殺して、森の中で昆虫たちに気付かれない時のように、静かに忍び込む。

 草木で作られたテントの中で、シャツの男は寝ているようだった。簡易的なベッドで寝息を立てているのが見える。

 無防備にぐーすか寝ている姿は何かの罠なんじゃ、とも思えるが、ここで退く選択肢はない。生唾を飲み込んで、寝台に近づいた。

 ──運が良い。いつも男が大事にしている、鞄がすぐ側に置いてあった。恐らくは抱きしめて眠っていたのだろうが、寝相が悪くて腕の力が緩んでしまい、寝台の下に落ちていた。

 

 慎重に開いて、中に入っていたポンズのプレートを手に取った。

 あとは、ここから気付かれないうちに脱出するだけ。

 いよいよ目前に迫って来た、4次試験突破の現実に少しだけ緊張が高まる。静かに、焦らずに、そっと抜け出す。

 草木で作られたテントから出て、ゆっくり静かに森の中に帰る。

 しばらく離れて、ようやく張り詰めていた息を吐いた。

 

「やった……! プレートを、取り戻した……!」

 

 ポンズの手の中には、246番のプレートの輝きが確かに──。

 

「こんばんは」

「ッ!? 誰!?」

 

 プレートを守るために抱きしめながら振り返る。

 そこには、ゴスロリ少女が立っていた。

 

「まさか完璧な絶を使えるなんて……正直、予想外だった。キルアとゴンが夜の森に遊びに行ってたのも運が良い」

 

 ゴスロリ少女の腕の中にいるうさぎのぬいぐるみが、何故か動いていた。

 わちゃわちゃと腕を振り回している。……腹話術、という訳ではない。何も聞こえない。

 

「そう。この子も原作にいたはず。よく覚えてないけど……。でもレオリオを不合格にする訳にはいかない……」

 

 ぶつぶつと意味不明なことを呟き始めてる。ちょっと怖いけど、見た目はただの少女。このまま逃げる事だって──。

 そう思って思考が止まった。

 

(待って。私はここまで息を潜めながらだったけど、結構な距離を移動したはずよ。尾行がないかも確認してた。なのに、なんでこの子……最初から付いてきてたみたいに、私の背後にいるの?)

 

 もしかして、この子は、圧倒的な格上なのではないか。

 その可能性に気がついた時、ポンズは一目散にその場から駆け出していた。

 

(逃げれるとは思わない……! でも、これで焦って私を捕まえるようなことをすれば、この子達が……!)

 

 逃げれるならそれでいい。

 逃げられなくても蜂という切り札がポンズには残っている。

 だから大丈夫。その予想は、些か楽観的すぎた。

 

「逃がさない」

 

 その一言で、少女はポンズの前に回り込んでいた。

 少女の手がポンズを掴む。掴まれて理解した。この子、ヤバい。理由はわからない。でもまるで巨岩にでも触れてるように、一歩も動けなくなった。

 

「は、離して!!」

 

 ポンズの危機に蜂たちの防御体制がONになる。

 一斉に帽子から抜け出した蜂たちが、少女の身体に殺到して針を突き刺すべく突撃した。

 身体に纏わり付く蜂たちを一瞥した少女が、口を開いた。

 

「──鬱陶しい」

 

 その一言だけだった。

 それ以外には何もない。手を動かした訳でも、睨まれた訳でも、殺気を込められた訳でもない

 だがそれでも、ポンズは理解不能の恐怖が心の奥底から湧き上がるのを感じた。

 

(いやだ、怖い、ここに居たくない!!!)

 

 ガクガクと震える身体を止めることが出来ない。

 腰は抜けて、足はもう動かない。ヘナヘナと地面に落ちた。掴まれたままだったから、まるで宙吊りにされたようにポンズは頭を差し出す形になってしまった。

 

(な、なに!? なんなの、これ!! 怖い!! わかんない! ただただこの子が怖い!!)

 

 多量の冷や汗を流しながら、ただ祈るように終わるのを待った。

 わずか一瞬だったような気もするし、何十分もそうしていたような気もする。始まりも突然だったのなら、終わりも突然だった。

 

 急に空気が軽くなったように、威圧感は消え去った。

 

「……ごめん。そこまで本気じゃなかったんだけど、念を覚えてない子には刺激が強すぎた」

 

 気がつけばポンズは唖然と座り込んでいて、目の前のゴスロリの少女は無表情のままに、ポンズと目線を合わせるために腰を屈ませていた。

 

「い、いまの、な、なんなの」

「今のは念能力。ただの練。……あ、言っちゃダメなんだった」

「ねん、のうりょく? それが、いまの威圧の正体……?」

「……うん」

 

 ゴスロリ少女の腕の中で、ぬいぐるみが一層激しく動いている。

 それを煩わしそうにしながら、ゴスロリ少女は続けた。

 

「あなたは試験に落ちる。……でも、最終試験を見学できるかもしれない」

「け、見学……?」

「そう。私はネテロ会長と交渉して、ターゲットのプレートがあれば見学できる許可を貰った。あなたもその条件は満たしてる。だから、たぶん大丈夫」

「それは、いいんだけど」

 

 ようやく気持ちが落ち着いて来た。

 だけど見学なんかよりも、ずっとずっと気になることがある。軽く深呼吸をしながら聞いてみた。

 

「さっき言ってた念能力って、どういうものなの? 私でも覚えられるの?」

「……誤魔化せなかった」

「あなたね、それ言っちゃもう無理よ」

 

 無表情なのに、口調は困った様子で誤魔化せなかったという少女に苦笑いが溢れる。

 

「教えて欲しい、お願い」

「……誰でも覚えられる。ポンズにも可能」

「そう! そうなのね。……わかった、見学させてほしい。あなたも見学するのね?」

 

 渋々ながらこくりと頷いて見せたゴスロリ少女に、手応えを得てポンズは手を差し出した。

 

「私はポンズ。知ってるみたいだけどね。あなたは?」

「カリス」

「そう、カリスね。よろしく」

 

 嫌そうにポンズの手を見つめるカリスの手を無理やり取って、握手を済ませる。

 離すもんですか。こんな小さな子でもあれだけの威圧感が出せる技術。絶対に盗んで見せる。来年プロハンターになるためにも絶対に。

 失禁しかけた事実も忘れて、ポンズは少し困っていそうなカリスを見つめながら、その手を硬く固く握りしめた。

 

 ──4次試験終了。

 合格者9名。

 見学者2名。

 最終試験に進む。

 

 





次の話はキリが良いので2000字程度で短いです。本日18時に投稿します。



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