「会長、良かったんですか? 見学者をもう一人追加だなんて」
「ふむ。まー、条件は一緒みたいなもんじゃ。一人も二人も変わらんじゃろう」
髭を扱きながら、何事かを思案する会長の姿にビーンズは少しだけ心配になる。
「それならいいのですが……、それで最終試験の内容はもう決められたんですか?」
「うむ、一風変わった決闘をしてもらうつもりじゃ。そのための準備として、まず九人それぞれと話がしたいのォ。その後で、見学者の2名ともな」
少し遠くを見るような、けれども射抜くような。それでいてどこか惚けたような眼差し。
誰よりも会長を一番近くで支えて来た実績のあるビーンズでも、会長が何を考えているのかさっぱりわからない。
(そりゃあ経験だけはありますけど、自負はあんまりないですからね……)
支えているというより、サポート役というより、後処理係、という言い方の方がビーンズ自身を示すのに正確な表現である気がする。
ともかく、今年の試験も何事もなく終わってくれますように、とビーンズは静かに願うのだった。
九人の面談はそれほど時間も掛からずに終わった。
後はトーナメント表を作るだけ、なのだが、今回はちとばかし変わったメンバーが参加している。
ネテロはこれまでに数多くのハンター試験を監督してきたが、合格をふいにしてまで見学を申し出た受験生を見るのは今年が初めてだ。年甲斐もなく少しだけワクワクしているのを感じる。まあ年甲斐なんて普段からないのだが。
それはさておき、見学者の一名は簡単に終わった。
246番のポンズ。優秀なハンターになれるだろう。今年は残念ながら見学のみとなるが、来年以降は期待できそうな新人ハンターだと感じる。好きなものがハッキリしているところが良い。自分などよりも真っ当な良いハンターになれるだろう。
問題は……いや、面白いのはここからだ。最後の一人。見学を最初に申し入れて来た、かなり変わった受験生。そんなゴスロリ少女が部屋に入って来た。
その姿を見たネテロは、不意に首筋が冷えた。
経験値だけは多いのがネテロだ。そう自認している。無駄に長く生きて来たが、これは久しい経験かもしれない。自分より、何十倍、下手しなくとも何百倍もの年月を重ねた生物を見るのは。
「よう来なさった。ほれ、座りなさい」
「うん」
無警戒にぽてりと座布団に腰掛ける様子は普通の少女と変わりない。可愛らしいものだった。何万年も生きているようには到底見えない。……それは、ただのネテロの勘でしかない。疑わしいとも言える。だがネテロには、そう見えていた。
「さて、お主が最後の面談じゃが、けっこう楽しみにしておったのよ。なにせハンター試験の長い歴史の中でも、見学だけを申し入れて来た者は何人もおるが、合格できるのにも関わらず辞退して見学しに来た者はさすがに前例がないのでな」
内容の無い話で適当に会話を続けながら、ネテロはつぶさに観察を続ける。
瞳孔の開き、オーラのゆらぎ、座っている時の重心の位置、もろもろを含めた人間観察だ。
その判定の結果、ゴスロリ少女──カリスは、元人間ではあるかもしれないが、現時点では普通の人間ではない。魔獣でもない。その
恐るべき技術だ。こうして観察しても人体となんら遜色がない。
未知の金属であるという想定も、恐らく、たぶん。そうした結論になる。ただの勘である。
例え最新鋭の設備の整った研究施設であっても、彼女の外見が未知の金属であることを見抜くことは相当な困難を極めるだろう。未知の金属である、という決め撃ちをかまして、その上で多大な時間を掛けても証明できるかわからない。そのくらい規格外な隠蔽技術だ。もしかすれば、当初から隠蔽するつもりなどなく、たまたまそのような形が合理的だったから、そうしただけの可能性すらある。
だが問題はそこではない。
未知の技術が使われている。多いに結構。人類の進歩は凄まじいが、その生贄になるのは忍びない。ハンターを志望している若人(表向き)なのだから、わざわざ声の大きい者たちに知らせる必要もあるまい。何よりそれでは面白くないし。
未知の金属であるという点でもない。
問題は『この大陸』に存在しない以上は、おそらく……。
──彼女の出身地が、暗黒大陸。それも失われた文明の出身である可能性が極めて大である。その一点のみだ。
史学、地政学、民俗学、生物学、医学、物質工学、その他もろもろのさまざまな学問の観点はもちろんのこと、暗黒大陸の攻略という面で見ても、彼女の存在自体に限りない価値がある。まさしく歴史の生き証人でもある。人類からすれば青天の霹靂という他ないし、カリスというよりもパンドラと名を改めた方がしっくりくるほどだ。彼女の存在が公になれば、それこそ大陸全土を揺るがすほどの騒動に発展することに疑問の余地はない。
ただネテロとしてはあまり気乗りしない。もちろん騒動が起きる分には構わないのだが、彼女が捕まってしまうのは面白くない。なにせ、彼女は答えの書いてある答案用紙そのものだ。ネテロとしては、正直ノーセンキューである。
(……うむ、黙っとこ)
ジンも息子も、それに類する者たちも興味を示さないだろう。いやネタバレを喰らう前に、と渡航をより急ぐ可能性はあるか。
だが有象無象は興味を持つ。
集まるのはハイエナのように結果ばかりを求める者たち。ロクなことになるまい。となれば、ネテロの立場としては知らぬ存ぜぬ、のらりくらりと過ごすのが一番面白い。
──だがそれはそれとして、何かが引っ掛かる。
彼女の存在が公になればハンター協会一丸どころか全世界が一丸となって(名目上は)狩るしかない。そうなったら色んな意味でネテロは困る。黙ってたことがバレたらバレたで猛烈な突き上げも喰らうだろうし。だからこそネテロですら冷や汗をかくほどハラハラと見守ることが出来るだろう。……そう考えると、このまま黙って見逃す事の方がネテロにとっても悪くない話のように思える。
だというのに、この警鐘はなんなのか。
このまま放置すればとんでもないことになる。根拠はない。理由もわからない。ただ、この歳まで生きて来た年の功とも呼ぶべき何かが、特大の警鐘を鳴らしている。
下手を打てない。それだけはなんとなくわかる。最悪の想定、それですら生ぬるいと感じる。だがその理由がわからない。
(わからんなー、話してる分には、ただの抜けてる娘っ子にしか見えねーし)
「──ほほう、では、ハンターになりたいという訳ではないのかね?」
「そう。私には出会いが必要だった」
「ロマンスじゃの、枯れたこの身には良い刺激じゃわい。して、その相手は誰なのかね?」
「……内緒」
「ほう! そう言われるとますます気になる。
「嫌いじゃないけど違う」
「ふーむ。そうか、ではこれ以上聞くのも野暮じゃ。そろそろ面談も終わりにしようかと思うが──」
かと言ってこのまま話し続けても見えてくるとは思えない。しかし、この場を離れれば余人を交えずにこうして会話することすら難しいだろう。
ネテロが警戒している。
ただそれだけの話を、嬉々として膨らませる相手には、残念ながら心当たりがありすぎる。もしそうなればもっとマズイ。制御不能の爆弾の導火線に火をつけて野に放つようなものだ。
(困った困った。さて、どうしたもんか)
非常に不味いのに動くこともままならない。なんとも困った話だ。
「最後に握手でもせんかね? ちっとばかし力を込めさせてもらうが」
「構わない」
「うむ、ではさっそく」
握りしめる掌は小さかった。まさしく少女の小さな手だ。だが注目すべきは、別にあった。
これでも半世紀前は人類最強であった自負がある。そのネテロが、今持てる全力の力で握りしめてみた。
「……? 私も、握り返した方がいい?」
それを平然と受け止めて首を傾げている。
頑丈さが、明らかに人類の想定できるレベルを超えている。
あくまでも念による打撃に拘った場合ではあるが、例えこの娘っ子が絶でオーラを完全に遮断していたとしても、結果は変わらないだろう。その確信がある。物質としての格があまりにも違いすぎる。
兵器を使ったとしてもどうだろうか。もし彼女が金属である想定が間違っていないのなら毒すら効かない。金属だというなら、熱ならば何とか通るか……? それも、難しいように感じる。
知らずのうちに、狩ることを想定している自分に、ネテロは少しばかり驚いた。
「いやいや、それには及ばんとも。ご苦労じゃった。面談は以上で終わりじゃ」
小首を傾げながら、部屋を出ていった少女の背中を眺める。
(戦うという選択肢はない。俺個人として挑む気にすらならねえ。この感覚は、あっちに行った時以来か……)
暗黒大陸の、玄関を覗いた時のことを思い出す。いまの気持ちは、まさしくその時と同じだった。
未だに少女を危険視せねばならない理由はわからない。だが根拠のない懸念は武力を持ってすら排除できないと来た。先んじて手を打たねば、手遅れになりかねない。かといって刺激もしたくない。困ったものだ。
「それでも、どうにかして、お帰り願わねばならんな……」
顎に手を当てて思案するその姿は、会長を知る者が見れば声を失って驚くほどに真剣味を帯びながらも、どこか楽しげだった。
12月21日18時に更新します。