よろしくお願いします。
1曲目
2008年8月ロンドン
その日、世界が揺れた。
イギリスの大衆紙がこぞって書き入れたその一文は瞬く間に欧州中に広がり、舞台の上で汗まみれになって言葉を紡いでいるであろう男たちを皆一様に脳裏に焼き付けた。
収容人数二万のアリーナのチケットは数時間で完売。ネットオークションに出たチケットの値段はワンマンライブの中でも異例、正規料金の20倍近くてにまで膨れ上がった。同時に行われたインターネットでの生配信において世界各国から700万人以上もの観覧者がおり、回線が何度も落ちたためにほぼ見れないと言った事態にまでなったのだ。
伝説
誰が言い始めたとかではない。誰もが口から発せなかった。
ただ一つ分かるのは『このライヴは伝説になる』ということだけだった。
《アリーナの皆さん、元気ですかぁぁぁ!!》
舞台の中央に立ち、一際存在感を放つ青年から観客達は目を離せないでいた。
彼の一挙手一投足に歓喜し、心震わせる。
その声に反応した観客達は叫ぶ。
何か。
言葉では表せない何かを乗せて叫ぶ。多くの人の集団が1つの生き物みたいに声を揃えて叫ぶ。
ワアアアっと響いた声を受け、彼は右の口角をニヤッと上げる。
《まだまだ、やりたいなんじゃないですか?》
煽る
《まだまだ、叫び足りないんじゃないですか?》
更に煽る。
それに乗せられるかの様に、周りの男たちは一斉に楽器をかき鳴らす。
観客はいっそう叫び声を上げる。
《残念だけど、俺達の今日のライヴは次の曲で終わる》
爆音ひしめく中、彼が呟いた一言は誰の耳にも入った。
全ての音が止み、彼に注目する。
《でも俺達の音楽は終わらない。いつの日か争いや諍いが起きる世の中が変わるまで、俺達は叫び続ける。だから持って行ってくれ、俺達の音楽を
左胸に右の拳を当て、そう言った彼を見てまたアリーナは爆音に包まれた。
誰が言ったか分からないが、皆が彼を呼んだ。
《ありがとう、ありがとう!難しい話は終わりだ。揺らせ、お前らが今立ってるところを!!
アリーナを揺らせ! 心を揺らせ!! 世界を、揺らせぇぇぇッ!!!》
《Lat's JUMP!!!》
その日一番の熱気に包まれた。
『FLOW MIND』
15歳の天才ロックアーティスト『J』をボーカルに置くイギリス発祥のロックバンド。
その名前はイギリスだけでなく世界中で響き渡り、彼らを知らない人はいないとまで言わしめた。まさに生きる伝説であり、世界で最も破天荒で最も愛深い男達と言われるようになったのだ。
そんな伝説を作った男たちは電撃的に活動を休止した。
理由は深くは語られていない。
だがファン達は信じていた。彼らが活動を再開することを。
伝説になった。そして彼らはいなくなる。
更なる伝説のために……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねーねー、昨日『FLOW MIND』解散しちゃったね。」
「解散じゃなくって休止だってば。あーあ、あたしもすっごい好きだったから、早く再開してほしいなぁ……。」
女は三人よると姦しいと言うが、二人でも十分に賑やかそうだ。
そんな風に頭の端で思いながら
まだ肌寒い四月の始め、桜も今が咲時と言わんばかりに満開だ。
今日は自分が高校へ入学する日だからか、少し気分が浮ついている気がする。
「ヤマトぉ……。」
「……どうしたワン子。」
浮ついた気分をさっと流せざるをえないくらいはっきりと分かる涙声が自分の左側から聞こえてくる。いつもなら快活な
「ヤマトと京が違うクラスなんて、アタシは誰にわからない問題をきけばいいのよ!」
「いや、まず教えてもらえると思っているところから直そうか。」
という会話を金曜集会でしていたのは記憶に新しい。
「だってぇ……だってぇぇ……!」
「決まったことは仕方ないんだから、受け入れろよ。」
「うぅ……ヤマトが冷たい。」
相変わらず涙目のワン子が更に気落ちしたところで調子を戻すためにポケットに入れていたビスケットを渡しながら、さっきの女生徒二人の会話を想い出す。
『FLOW MIND』は大和も気に入っているロックバンドの一つだった。知り合いのツテで会ったバンドマンのコウタさんに進められて聞いたのだが、初めはこれを同い年の男性が作っているとは甚だ信じられなかったものだ。
曰く、最も破天荒で、愛深い男達。
曰く、
曰く、伝説になった男達
調べればすぐに出るほど、彼らのことは世界中に出回っている。
その証に、先ほど話題に出ていた休止宣言がイギリスの話題にも関わらず日本の新聞の一面に出ていたことからも分かるだろう。まぁ、メンバーの半数が日本人であることにも起因しているだろうが。
派手に魅せる正確なリズムキープが心情のドラマー ヤスこと
ファンキーかつ高速スラップが得意なベーシスト ケリー・オーズナー
叙情的なものから太いサウンドまであらゆる音を操るギタリスト ラット・スワイプス
そしてフロントマンにして隔絶された才能の塊と世界が認めたボーカリスト
ボーカルのJは本名などほとんどの事柄を公開していないが、日本人だということと齢が15だということだけはプロフィールに記載されていた。
風間ファミリーの半数以上この『FLOW MIND』を気に入ってるためよく話題にも出ていた。いつの間にかこんなにのめり込むとは、自分でも信じられなかったものだ。
「どうしたの、ヤマト? 考え事?」
随分長く黙り込んでしまったのか、持ち直したワン子が心配そうに見上げている。
「いや、さっきの女の子達が……。」
「? あぁ、あのバンドのことね。お姉様も聞いてたみたいだから、残念そうだったわぁ。アタシも結構気に入ってきてたのに。」
「そうそう、そのこと。なんで休止したのかなぁって。」
「そうよねぇ。まだまだゼッチョウなのになんで止めたのかしら?」
そこで衝撃を受けた大和は、不覚にも足から崩れ落ちそうになった。「えっ?えっ?」と心配そうに慌てるワン子を見つめて。
「絶頂なんて言葉を知っていたのかッ!!」
「失礼ね!!」
日本は平和そうだ。
多馬川の上を掛ける橋、多馬大橋は地元民から『変態大橋』と言われている。
なぜ言われているかは、察して欲しい。『変態大橋』に差し掛かったところで、風間ファミリーの一部の面々と合流する。
「あぁ……ヤマト!! 今日に限って先にイっちゃうところもカッコイイ結婚して!!」
「なにか不穏な響きだったのには突っ込まないよ、お友達で。」
「突っ込む!?」
「そっちじゃないし……。なんだ京、今日はグイグイ来るな……。」
始まったコントのような会話を黙って聞いていた長身の
「そういえばモモ先輩は? 姿が見ねぇが。」
「そういえばそうだね。ワン子、モモ先輩は?」
「お姉様は今日挑戦者が来るから先に行っててって。」
ワン子と同じところに住んでいるのに、一緒にいないのを見て不思議に思ったのだろう。話題の中心の
それに続いたモロにワン子が答える形になった。
先んじて聞いた大和は知っていたが百代は今日挑戦者がいるらしく、少し遅れているそうだ。おそらく授業開始には余裕で間に合うだろうが……武神も大変そうだ。
「せっかく高校に入学したわけだし、新しいオンナたちにアッピールするチャンスだぜぇ!」
「もう! いきなり脱がないでよ、見てるこっちが寒くなるよ!」
「むしろ違う方にアピールする可能性の方が大。クラスを変な空気にしないでよ、めんどくさいのに。」
「まあ見てろって、すぐに俺様の魅力でメロメロにしてやんぜ!」
「不安しか感じないよ」
「しょーもない……。」
「学習しないわぁ。」
「ワン子にゃ言われたくねーよ!!」
相も変わらずコントのようなやり取りを続けているメンバーをぼーっと眺めていると、上から影が降ってきた。
文字通り降ってきた影は空を駆けてきた我らが武神、川神百代だった。
「よーっす、おまたせー。」
「あ、お姉様!」
「……ッ!? いきなり抱きつくの止めなよ。」
「嬉しいくせに、意地張っちゃって。カワイイ奴め。うりうり。」
間髪入れずに大和にもたれかかるように抱きついた百代はワン子の言葉に視線で返すと早々に大和弄りを進める。
スキンシップが過激すぎていつも大和は大変だと感じているが、背中に感じる柔らかい感触も吝かでは無いため強い否定をしないようにしている。気づかれてはいるが。
「今日の挑戦者はどうだったの?」
「大陸一の格闘家だと謳っていたが、期待はずれだ。最初の一発で終わってしまった。」
「さすがモモ先輩、最強すぎるぜ!」
不満そうにしているものの、決闘の空気は心地よかったのか、心持ち期限が良さそうな百代に舎弟としては嬉しいものがあった。
「そういえばキャップは?」
唐突に話題が切り替わる。風間ファミリーのリーダー。キャップこと
「キャップはなんか、旨いかつ丼屋があるって商店街のおじさんに聞いたから、行っちゃったよ。岩手まで。」
「岩手!?」
「相変わらず、フットワークの軽い男だな。」
キャップは祭り事……いや、楽しいことが好きだ。旨いものがあると聞けば飛んでいくし、大量に釣れると聞けば、その日のうちに漁に行くといった具合である。
当然というか、勉強は苦手分野だ。冒険家になると公言しているため、学校の勉強には興味が湧かないそうだ。おそらく湧くことは二度とないだろう。
「
前を歩いていた百代がクルッと背後に居る大和の方を向くとそう言った。
「モモ先輩そりゃないぜ、俺様にも一人くらい分けてくれよ!!」
「やだね。カワイイ子はみんな私のものだ。」
「女と女とか非生産的だね。」
「男と男なら!!!?」
「もっとないよ!!」
男前な百代は女子生徒にモテる。それはもう、もの凄くモテる。おそらく大和達のこれから通う事になる『川神学園』で一番のモテ具合だろう。
男女の関係の話はやはり盛り上がる(一部同性についてだが)、それがいけなかったのか後ろ向きに歩いていた百代が前を歩いていた、男子生徒にぶつかった。
「おっとっと……。なんだよー、もう。じゃまだぞー!」
冗談の色を多分に含んでいるが、ぶつかっておいてそれはないだろう。コケることは無かったようでホッとしていたが謝らないのも失礼だと思い、大和は急いで「すいません、大丈夫ですか?」と声をかけたが、跳ねるように反応した川神学園の象徴的な白の制服を着た男子生徒は背中に担いでいた物を確認するために道路脇に下ろしていた。
黒の特徴的な形をしているそれはギターケースだった。
手に持っていたカバンをケースの下に敷き路面に当たらないようにして取り出していた。
男の顔は焦っていた。それも尋常じゃないくらい。大和が声をかけたのにも関わらず無視されたのが気にならないくらい。
何故かサングラスをかけているため普通なら分からないはずの焦りが、はっきりと見て取れる。
ケースからチラッと見えたギターは、お世辞にも新品のように綺麗ではなかったが、使い古されたが故のマットな輝きが、不思議な魅力があった。そして、ヘッドに刻印された文字とフォルムに大和は見覚えがあった。
『Gibson/Les Paul』
ギターといえばと言われるくらいに有名なもので、ギターを弾けない人も名前くらい知っている逸品だ。最低でも15万はするものに神経質になることは否めないだろう。川神学園の制服を着ているということは同年代なのだから。
その男子生徒は無言のままギターをしまい、担ぎ直して大和たちに焦点を向けてきた。正しくはぶつかった百代にだが。
異質だった。
無表情に近い上にサングラスをかけているのに、それ越しに怒気が伝わってくる。その上よく見ると首筋に
そして、男はゆっくりと百代に向かって歩き出した。
悪いことをしたというつもりはあったかもしれないが、先ほどヤマトが感じた機嫌の良さは勘違いだっただけで本当は鬱憤が溜まっていたのかもしれない。なぜこんなにも怒気を向けられるか分からないと、百代は少し面倒くさそうにその言葉を呟いてしまった。
「たかがギターで」と。
春の軽やかな風が吹く中、殺伐とした空気と驚愕が入り乱れる。
殺伐としているのはもちろん大和たちのいる空間だ。
では驚愕は誰か。それは、今まさに百代に向かって蹴りを放ち憤怒の表情をしている男以外の全員だった。
蹴りの拍子にサングラスはズレ落ち、地面でカツンと音が鳴る。蹴りを防いだ百代は思った以上の威力と、目の前の男の容姿に驚いているようだ。
黒色だが、カラーリングのあとが残る傷んだ黒髪と、相対するように光る赤い双眸。
奇しくも百代と似通った色合いの男は、世界が知る男だった。
そう
『FLOW MIND』のボーカリスト『J』
百代は後に言う。
「あんな出会いだった男に、心を許す時が来るとは思わなかった。」と
色々と不明点がありましたので捏造しています。
この小説では、入学時のクラス分けは郵送で送られます。
あとクラスは適当です!!
気分が乗って書いていたら5000字を超えていた……。
毎回これくらい書けるといいな。