ブランク&ブラックワンズ   作:83/hachimitsu

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末尾に主人公のステータスを記載しています。


1話

 桜の季節にしては強い日射しに嫌気が差す日。周りの音をイヤホンで拒否した私は、いつもと変わらない足取りで通学路を歩いていた。

 時刻は10時を過ぎた頃。遅刻にしても遅い時間だ。こんな時間に通学しているのには、それはそれは深い理由が……まぁ、無いのだけど。別に寝坊したわけではない。むしろ全然、6時には起きていた。ただ、少し遅く家を出たくなったというか、制服に袖を通すには暑かったというか。なんやかんやとしていたら9時を回っていたというだけで。

 別に後悔はしていない。しかしこれでも、マジメちゃんキャラをさせていただいている身としては『この遅刻にどう理由付けするか』という問題に直面しているというだけで。

 

 「いやまぁ別に、寝坊しましたで良いんだろうけど。」

 

 嘘をつく事への嫌悪感か、はたまた自分を悪く見せる事への抵抗感か。不快感が残る心象を拭うように様々な言い訳を考えていた。

 大通りを抜け、住宅の合間へ舵を切る。遅刻しがちな生徒なら知っている有名な近道だった。もっとも、私が使うのは初めてだったが。この道をよく利用している友人は「走りやすくてちょうどいい」なんて言っていた事を思い出す。実際、この道は平坦で段差も無く、車通りもない。そのうえ、住宅地とは思えないほど人気がない。自転車で通学している彼女が愛用するのも頷けるものだった。まぁ、同様の理由で学校側があまり通るなと言うのにも頷けるだけど。

 思考が脱線しているうちに高校まであと少しの距離になっていた。結局、遅刻の理由なんて全く思いついていない私は、正直ではないけど寝坊したと言おうなんて諦め、突き当たった塀を曲がった。

 暗い赤が拡がっていた。アスファルトや民家を囲んでいた塀の本来の色が分からなくるほど広くまき散らされたそれが、色を知覚した私に鉄錆た匂いを届ける。これがなに由来の液体か。そんな逃避的な疑問を否定するようだった。

 反射的に顔をしかめる。そして酷く波打つ心を落ち着けるためこぶしを握り締めた。同時にその景色のうちに何かがいることに気づく。暗い赤の中央にいるそれは、私とは違い顔を歪めることなく、ただ佇んでいた。大人ほどの等身。歪んだ背中。赤く鋭い爪と酷く弛んだ皮膚。顔は犬のようであり人間である可能性を否定する。そして、うつろな目はこちらの姿を反射していた。

 こちらを見ていた。いつこちらを見たかは分からない。しかしその双眸は明確にこちらを見据えている。獲物を見つけた野犬のように。瞬間、背筋が泡立つ。あれの害意に警鐘が鳴る。そして私の抱くほんの少しの恐怖心すら覆い隠す敵意が、私を後ろへ飛び退かせた。

 彼が襲いかかってきたのは私が飛び退いたのと同時だったようで、私の眼前で彼の鋭い爪はヒュンと軽快な風切り音を鳴らす。私を引き裂く予定だった爪は、勢いを殺さないままアスファルトに接触すると、少しの摩擦音をたてて突き刺さった。それが人を殺めるには十分過ぎる威力を持っている事は明白だった。自分の反射神経に感謝しつつ、さらに大きく後ろへ退く。

 

 「遅刻の理由はこれにしよっかな。」

 

 小さく呟く。約半年ぶりの怪物との邂逅。自身の不運と少しの現実逃避を口にだす。頭を切り替え、ぐっと集中する。あれを仕留めるために。強い敵意を湛えて。

 大気が揺らぐ感覚が身を包む。布を引き裂く音がしたと思えば、ぐぷり、と2本の真っ黒な触腕が私の背から鋭く伸び、弛んだ怪物──グールを貫いた。触腕で胴と喉を貫かれたグールは首から泡立つ血液を吐きながら少しもがいていたが、すぐにグズグズと黒い物体に変質していいく。やがて、動きを無くしだらりと弛緩したそれを、触腕で叩き潰した。真っ黒な破片を散らして小さくひしゃげたそれは元が生物だとすら思えなくなった。会敵から決着まで、ほんの30秒にすら満たないことだった。

 私はポケットからライターを取り出す。半ば骨董品の仲間入りを果たしたジッポーライターだ。ジッ、と擦れた音と同時に灯った火を黒い物質へ移す。抵抗なく引火したそれはたちまち火の勢いを増し、3分も経つ頃には炭すら残らず鎮火した。

 

 「やっと燃え切った。もうちょっと早く燃えてくれたら楽なのに。」

 

 呟きながら、真っ黒な触腕をしまう。ごぽごぽと水が沸騰するような音をたてながらしまい終えると、背に空気の揺らぎと少しの涼しさを感じた。その事実にため息をこぼす。

 

 「制服も安くない、てか高いんだけどな。」

 

 破れた制服への嘆きを誰に聞かせるわけでもなく愚痴る。独り言が多いのは私の数少ない悪癖のひとつだった。

 いつの間にか取り落としていた学生鞄からカーディガンを取り出す。薄手とはいえ、破れた制服を誤魔化すには十分なそれを羽織りながら、赤く染まった道路に目をやる。相変わらず鉄錆のにおいを発するそれは、ペンキ塗りたてのベンチの様に見えた。なんとなく違和感を感じ、その血溜まりを注視した。

 改めて見ると、その血溜まりに水溜りのような深さが無い事に気づく。深さが無く、道や壁を染色するように液体が飛び散っている。トマトを切るのに失敗し、赤くなったまな板を思い出した。

 今朝の思い出が頭を巡り、同時に先ほど潰した黒い物質を思い出す。そして、その時の光景と今朝のトマト失敗まな板がこの状況の不審点を目立たせる。その不可解さを確かめるため、血溜まりからあるはずのものを探した。

 

 「そういうね。」

 

 あるはずのものが無い事に気づきため息をついた。もし、私が抱いた印象通り、何かがここで勢いよく潰れたのなら、潰されたなにかの破片が散っているはずだ。しかし、周囲にそれらしきものは一欠片として見つから無かった。まき散らされた赤い液体を溜めていたであろう容器の破片がほんの少しも落ちていなかったのだ。

 容器の破片が落ちてないことへの回答として、思いついた理由は2つ。1つは容器は壊れなかった。もう一つは壊れた容器の破片を片付けた、だ。前者なら容器を壊さないように液体をまき散らした者がいるはずだし、後者なら破片を回収した者がいる。つまり、どちらが正しくても、この状況を作るには人が手を加えなければならない。事故などでは無く、人の手が必ず関わっている必要があるのだ。誰かが意図的にこの状況を作ったこと、もしくは作らなければならなかったことに少しの不安を感じた。また経験上、この手の状況は連鎖的に襲いかかってくるものだと、私は認識している。これからなにに巻き込まれるのかと考えると、少し頭が痛くなった。

 

 「あとはどうしてグールがいたのかかな。まぁ、たまたま寄ってきたってのがパッと思いつくけど。本当にそうなら血溜まりはグールを寄せるためなんだろうし。でも、わざわざ引き寄せたい理由ってなに。てか、こんな周りくどい上に掃除が大変な事をする理由って、て話にもなるし。まぁ、分かりようが無いか。」

 

 頭を切り替えるために呟く。そうして新しく湧いたいくつかの疑問を諦め、置いていた学生鞄を手に取る。そしてぐるりと回れ右をして大通り方面に戻った。通報は面倒くさかったからしなかった。

 

 

 近道を逆走した私が学校に着いたのは11時手前だった。着た道を一度引き返し、予備の制服に着替えてからなら大分早い方だと思うが、教師陣はそう感じなかったようで。先生からの凄まじい質問攻めという名の詰問を受けることになった。そうして迎えた4限目の授業を終えた昼休み。げっそりとした私に鈴を鳴らすような声がかけられた。

 

 「今日は随分と重役出勤だったね、火織(ひおり)。」

 

 顔を上げると見慣れた顔があった。肩口で切り揃えた茶髪。美人と称するに十分かつ、実年齢にしては大人びた顔をしている彼女は、年相応の悪戯っぽい笑みを湛え、こちらを見下げている。

 

 「莉桜(りお)……。私は見ての通り、非常に疲れていてですね。少し加減してくれると助かるのだけれど。」

 

 葛西(かさい)莉桜。高校に入学した私を何かと気にかけてくれた恩人にして、親友兼悪友。少なくとも私がこの学校で最も仲の良い友人。

 そんな親友への返答に莉桜はくすりと笑った。このクラスにも少なからずいる彼女に気がある人なら悩殺ものなんだろうな、なんてくだらない事を考えた。

 

 「4限目しか受けてないのにいつ疲れたの?」

 

 「4限目前。」

 

 「あっはは。先生凄い顔だったもんね。普段の行いが良いからじゃない?」

 

 「ちっともそう思ってないくせに。てか、あんたから言われるのは凄い嫌味を感じるのだけど?」

 

 「まぁ私も普段の行いがとても良いですから。見習っても良いのよ?」

 

 「よく言うよ、遅刻常習犯。」

 

 よくやる軽口の叩き合い。いつも通りのやりとりに少しずつ元気を取り戻す。我ながら単純だと感じた。

 莉桜はどこからか引き摺って来ていた椅子に座り、私の机にお弁当を広げる。私もそれにならい、鞄から菓子パンを取り出す。登校の道すがら買ったメロンパンは、私のお気に入りだった。まぁ、気に入っているのは値段だけれど。

 

 「相変わらずそれだけ?」

 

 そう問いかける莉桜のお弁当は3つの箱に分かれていた。おかず1段、白米2段のアンバランスな内容だ。初めて彼女とお昼を食べたとき、見た目スレンダーな彼女がこれを取り出したときは酷く驚いたものだ。そしてみるみるうちに減っていくお弁当に、さらに驚いたのは言うまでもない。

 

 「あんたがおかしいだけでしょ。運動部の男子といい勝負だし。」

 

 「食が細いよりは良いでしょ?」

 

 「太らないの?」

 

 「ご飯食べてるときにその話題出すのは犯罪って知ってる?」

 

 そう言うながらお米を口に運ぶ莉桜を見ながら、私もメロンパンにかぶりつく。いつも通りの甘い味だ。莉桜の方は白米をせっせと口に運んでおり、既に1段目のお米が無くなりかけていた。あいも変わらず素早い。というか、彼女のどこにその量の食べ物が仕舞われているのだろう。

 

 「あ、そう言えば聞いた?」

 

 私がメロンパンを半分ほど食べた頃、彼女が問いかける。

 

 「なにを?」

 

 「噂だよ、噂。都市伝説チックなやつ。」

 

 「めずらし。あんたも噂なんて仕入れるんだ。」

 

 「たまの味変ってやつよ。白米だけじゃ飽きるでしょ?」

 

 「……その量のお米を食べながら言われても説得力が無いのだけれど。まぁ、それで噂って?」

 

 私が聞き返すと莉桜は神妙風な顔立ちになって語り出す。口角を上げないように頬を震わせているあたり、彼女も特段信じているわけでは無いらしい。

 

 「人喰いの化物が出るってお話。路地裏から犬みたいな男が出てきて、通行人を食べちゃうんだって。爪で引き裂いてバリバリと。」

 

 私としては実にタイムリーな話だった。登校中に見たグールの特徴過ぎて思わず笑いそうになる。それを見た莉桜もクスクスと笑う。

 

 「都市伝説にしても、ちょっとチープだよね。」

 

 そう言う彼女に私も笑う。同調では無いけれど。

 

 「まぁ、でもこれはホントに雑な方の噂。もう一つの噂は……クオリティはともかく、身近ではあるから。」

 

 そう言う莉桜は悪戯っぽい笑みをしていた。どうせまたろくでもないと流せる話なんだろうなと思いながら耳を傾ける。口はメロンパンにくっつけながら。

 

 「うちの制服を着た化物が出るんだって。」

 

 「ざっつ。さっきのよりも雑じゃん。」

 

 「いやいや。こっちは見た目がもっと作り話みたいなんだから。作り話過ぎてうちの高校の七不思議に入れれるかも知んないから。」

 

 「ふーん、言ってみてよ。」

 

 「なんでも背中から真っ黒な触手みたいなのをいっぱい出すんだって。」

 

 つい固まってしまう。なんだろうすごく既視感というか、知っている見た目がお出しされた。いや。いやいや。まだ、まだ分からない。最近の女子高生というか、若い人はみんなすごい特技を持っていがちだし。素早すぎてそう比喩されているだけかもしれない。

 

 「そんでその黒い触手に触れちゃうと真っ黒になって死ぬんだって。」

 

 役満じゃないですか。私だよ。私でしかないよ。同じ特徴を持ったうちの生徒なんて見たことないよ。いやまぁ、私のは別に触れただけでそうなるわけじゃないけど。傷口に触れたら真っ黒な謎物質になるってだけで、噂ほど怖いものじゃないし。いや違う。そこは重要じゃない。てかいつだ。いつ見られた。誰が見た。自分自身混乱していることを自覚できるほど、私は動揺していた。必死にそれを取り繕いながら莉桜の言葉に耳を傾ける。

 

 「うちの学校だけじゃなくて、駅前通りとか、隣町でも見た!なんて噂が広がってるから、結構笑っちゃたよね。随分とアクティブだな!って。」

 

 「ははは。」

 

 作りものでしかない乾いた笑いで相槌する。冷や汗はかいてないか、手は震えてないか。結局私は動揺を隠すのに必死で、メロンパンを味わう余裕なんて無かった。

 

 

 放課後、私は図書室にいた。気晴らしに本でも読もうなんて考えからだったが、お昼の噂話が頭から離れず、手に取った文庫本の内容は全く頭に入って来なかった。

 自身の行いを改めて振り返る。触腕を出すときは人目に注意していたし、仕留めそこないも出していない。そもそも、最近はそんなに使う必要は無かった。いや、山の奥の方で練習もしていたから、全く使っていなかったわけでは無いのだけれど。それでも町中で使うはめになったのは、今朝が本当に久々の事だ。そもそも、触腕関係なく、隣町なんて少なくとも半年は行っていないのだし。町中で見られるリスクなんて。

 そこで気づく。そうだ。私は隣町になんて随分と行っていない。行く機会が無かったし、行く理由も無かったから。となれば、あの噂は間違っていることになる。駅前ならいざ知らず、隣町で見られることなんて無いのだから。つまり、偶々見た目とスペックが被っただけの創作なのだと。

 どっと肩の荷が下り、一息つく。そもそもにはなるが所詮噂だ。流行りが去ればそのうち消える。今朝のことがあって少し敏感になり過ぎていたなと反省した。

 しかし今朝のこともあり、不安感は拭いきれなかった。本当に創作だったとして、あそこまで特徴が似かようものだろうか。偶然にしては出来過ぎなのではないかと。その疑問は私の中に燻っていた欲を刺激するには十分だった。もし、実際に私と同じような人──人?が居るなら、私の知らないことを知っているのではないかと。例えばこの触腕の正体や、どこで手に入れたのか。そして何故私が使えるのか、私の身になにがあったのかだ。

 私はこの触腕を使えるようになった時期を憶えていない。確実に使えるようになっていたと言えるのは2年前だが、2年以上遡った私がこの触腕を使えていたかは全く分からない。2年前、私は山奥の洞窟で警察に保護された。その時既に、私はこの触腕を自在に使うことができていた。……正直、あの時はその事実以上に記憶がかなり断片的かつ不連続であったことから、精神的に不安定だった。警察の調べでも、私の身元は分からなかった事が拍車をかけ、触腕がどうのなんて気にする余裕がなかった。……火織という名前も1月以上かけ、やっと思い出せただけだし。

 それはさておき、過去を知りたい私にとってその噂はある種の僥倖だった。もし、本当に私と同じ触腕を使える人がいるなら、私の出自を知っているかも知れない。そんな希望的観測があった。

 

 「はぁ……」

 

 深いため息を吐く。落胆ではなく、調べてみようという決意を含めて。そんな私の肩がトントンと叩かれる。振り向くと少し汗ばんだ莉桜がいた。時計に視線を移すと彼女の部活が終わるには申し分ない時間だった。

 

 「下駄箱に靴があったから驚いたよ。」

 

 「あぁ、成程。でも良くここにいるって分かったね。」

 

 「どうせここでしょって感じだけどね。ほら、帰ろう。どうせなら新作のコンビニスイーツ食べたいし。」

 

 莉桜が私の腕を引っ張る。私は慌てて栞を挟み、学生鞄を腕に引っ掛け立ち上がる。借りる手続きを終えていてよかったと安堵しながら彼女に連れられ、図書館の外へ出る。司書の先生は私たちを見て微笑ましそうに手を振っていた。

 

 

 莉桜と2人の帰り道。自転車押す彼女はうなだれていた。駅までの道にあるコンビニ2軒。その両方で彼女が目当てにしていた新作スイーツは売り切れていた。楽しみにしていた分、それがひっくり返り、大きく肩を落としている莉桜には悪いが、売り切れを嘆く彼女の姿は少し微笑ましく思えた。

 

 「ツいてなかったね、莉桜。」

 

 「ホントだよ。こんなことある?って感じ。」

 

 「日頃の行いが悪いんじゃない?」

 

 「なーに、お昼の仕返しか?この。」

 

 ぐしゃぐしゃと私の頭を乱雑に撫でる。なまじ力の強い莉桜くしゃくしゃは私の頭をぐらぐらと揺らす。うぉぅうぉぅ、と情けない声が私の口から漏れる。

 

 「あ、そう言えばこの辺だよ。

 

 唐突に莉桜が言う。

 

 「え、なにが?」

 

 「ほら、お昼の化物の噂話。」

 

 一瞬、ドキリとする。しかし、図書館で出した結論が効いたようで、お昼ほどの動揺はなかった。

 

 「ふーん。ちなみにどっち?」

 

 「人喰いの方。」

 

 そういえば今朝のグールが出たのはこのあたりだったと思い出す。ここは大通りだから、人目を気にする彼らは出てこないだろうけれど。しかし、今朝使った道は別だ。また出てくるかもしれない。もし出てきたとすれば、エンカウントするのは恐らく私ではなく莉桜だ。彼女がアレと相対する。それは酷く嫌な想像だった。

 

 「……莉桜。莉桜がよく使ってる近道。しばらくは使わないで。」

 

 私がそう言うと莉桜は目を丸くしていた。私は少し不自然過ぎたと反省する。

 

 「どうしたの?まさか小さくて物騒な奴こと『ちいかわ』として名を馳せている神野(こうの)火織ともあろうものがあの噂を信じていると?」

 

 「それを言い始めた奴をぶっ飛ばさなきゃってこと!?わ、わぁ。」

 

 「じゃあ私ぶっ飛ばされるじゃん。」

 

 莉桜の横腹に手刀を入れる。莉桜はぐえっと情けない声を出して横腹を押さえながら足を止めた。自業自得だ。

 

 「ったく。大体『かわ』はどっから出てきたっての。Kすら含まれて無いでしょうが。」

 

 「そりゃまぁ、本質情報的な。」

 

 「もう一発欲しいなら遠慮しなくて良いんだけど?」

 

 「むしろお釣りが欲しいんだけど。」

 

 「あっそ。」

 

 横腹を擦り終わった莉桜が歩き出す。自転車を押す彼女の隣からずれないように、私も歩き出す。少しの沈黙が流れるた後、莉桜が私に微笑む。

 

 「にしても珍しいじゃん。火織があんな噂を信じるなんて。」

 

 「別に信じてないよ。不審者が化物に見間違われたってなら危ないって思うだけ。」

 

 「ふーん。」

 

 莉桜はときどきこんな目をする。見定めるような、見透かすような目を。そしてそんな目をしている彼女に、私が隠し事をできた試しは無い。今の私の言葉が誤魔化しを含んでいる事はバレている。彼女がその目をした時点で、それは明らかだった。しかし、パッと様相を変え、笑みを浮かべる。

 

 「そっか。じゃあ、明日からは早起きしなきゃね。大通り通ってたら遅刻しちゃうし。」

 

 「うん、そうして。……なにも聞かないの?」

 

 思わず聞いてしまう。黙っていればそれで良かったなんて思っても後の祭りだった。

 

 「聞いてほしかったの?」

 

 「いや。でも、気になるかなって。」

 

 私が答えると莉桜は少し考えたような顔をする。ポーズだけの考えた顔を。

 

 「気にならないわけじゃないよ?けどまぁ、言いたくなさそうな事を詮索するほど、私も野暮じゃないから」

 

 「そう。……ありがと。」 

 

 また沈黙に戻る。やっぱり莉桜には敵わないな、恥ずかしくて口が裂けても言えないなんて思いながら歩く。気まずさは無い。むしろ安心感が私を包んでいた。私も彼女に同じくらいの安心感を渡せてると良いのだけど。らしくない考えを心の奥底に沈めた。

 

 「にしても珍しいよね。」

 

 莉桜が口を開く。沈黙に耐えれなかったのかもしれない。彼女はとてもおしゃべりだから。

 

 「なにが?」

 

 「駅前だよ。ちょっと遅いけど、こんなに混んでないなんて珍しいなって。」

 

 そう言われて初めて気づく。確かに人通りが少ない。いや、少ないじゃない。誰一人としていない。平日の日が落ちる寸前のこの時間に、帰宅するサラリーマンすらいなかった。

 一気に悪寒が走る。これは珍しいでは無い。明らかに不自然だ。どうして今まで気付かなかったんだと、心の内で毒づく。

 

 「どしたの?」

 

 莉桜の声が聞こえる。おそらく、私が彼女の手を握ったせいだ。しかしそれを気にする余裕は無く、私は周囲に目を配った。不自然な事が起こるのは、化物と出会う前触れであることを経験していたから。

 それは駅前から薄暗い路地へ続く道だった。私の目が一瞬釘付けになった。そしてペタリと音が聞こえた。路地への道はまだずっと遠い。遠いはずだ。なにせ駐車場を1つ挟んでいる。しかし確かに足音が聞こえた。聞こえてしまった。鋭い爪と眼光が見えた。今朝と同じ、虚ろで害意を湛えたそれだった。




補足説明

COCが分かる方向けの主人公のステータスです。
また、説明出来る気がしない諸設定も記載します。

神野 火織(こうの ひおり)

 STR(筋力):12 CON(体力・免疫力):10 POW(精神力):9
 DEX:16(起用さ・俊敏性) APP:(外見)17
 SIZ(体格):8  INT(知力):12 EDU(教養):8
 HP:11  MP:9
 SAN:30 db±0

 触腕の最大本数は8本。1本1本がSTR13相当の力を持っています。なので火織の最大STRは116になります。人間の最大値が18なので超パワフルだね。

 触腕による侵食は生物(厳密には生細胞)にのみ作用します。そのため、皮膚に触れる程度では侵食しません。殺るなら傷口にドーン、です。物騒だね。
 なお例外的に菌類および微生物には作用しません。
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