看取られたい魔法使いアレクちゃんのおしまい   作:桐木

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儚き人々の標

 聖暦七百五十二年。

 魔界化スゥト山王個体魔物通称竜王との最終決戦において戦況は絶望的であった。

 十番台聖女二名を含む、合計十二名の先遣隊は魔界化スゥト山にて全滅。後世に名高い竜殺しの英雄(ドラゴンスレイヤー)三名は汚染魔力を封じられぬまま、竜王と交戦することとなった。

 

 開戦当初、戦線は竜王の気まぐれとも呼べる慢心により、膠着状態にあったとされる。ここで勝機をこじ開けたのが、魔法使いアレクサンドラである。彼女は現代において禁術指定されている肉体魔力変換を使用。自らの肉体を魔力へと変換し、魔法を行使した。この犠牲により竜王は飛行能力を喪失し、地上へと墜落。アレクサンドラはその代償として消滅した。

 竜王は依然として魔法行使及び汚染魔力により戦士の接近を阻んでいた。この窮地に対し、聖女セシリア(洗礼名セインテス・カンタリナレラ=〇〇八・ハイフィールド)は、聖女の御業によりその身に汚染魔力を封じ込めた。しかし、竜王の魔力量は一桁台聖女であっても強大な量だった。浄化許容量は瞬く間に限界を超え、聖女セシリアの肉体は内側から侵食される汚染魔力により崩壊。壮絶な殉死を遂げた。

 魔力の大半を失った竜王と戦士ガイラッドは死闘を繰り広げる。その末に彼は竜王の心臓に剣を突き立てた。

 

 決戦から三日後、王都の門をくぐったのは戦士ガイラッドただ一人であった。 民衆は勝利に沸き立ったが、ガイラッドの表情に笑顔はなく、彼が二人の仲間の遺品――聖女のロザリオと、魔法使いの杖の破片――を固く握りしめていた姿は、多くの画家の題材となっている。

 

 『聖暦七百年戦記』より。

 

 

 

 

 

 

 カラン。と。

 杖が地面に落ちた軽い音が耳から離れない。

 

 役目であると穏やかに言ってのけたセシリアの、その直後の断末魔が耳から離れない。

 

 アレクの末期の言葉が、染み付いている。

 

 それでもガイラッドにはただ一人生き残った人としてやるべき仕事が残されていた。

 

 

 

 激戦から暫く経った頃、ガイラッドは冒険者互助会(ギルド)を訪れた。

 戦後処理が忙しかったというのもあるが、アレクの死に向き合うのが億劫だったということも、ガイラッドは否定できなかった。

 

 ガイラッドがギルドのカウンターに顔を見せると、数回のやり取りの後で応接室に通された。

 そして数枚の書類を渡された。

 

「あいつの遺書――」

 

 ガイラッドは職員が退室した後、書面を一瞥してからそう呟いた。

 意外だった。

 ガイラッドから見ればアレクがそういった真面目で面倒な手続きをするようには思えなかった。

 同時に、彼女は遺された誰かを慮ることをするだろうとも思えた。

 

 ガイラッドは封蝋を重い指先で外した。そして息を整えてから書面に目を落とした。

 

 上質な真白い紙には、教本に載るような優美な字、格式高い言い回しで、遺産の分配について書かれている。

 ガイラッドは呆気にとられてから、こういった時に、自身の相棒は貴族であったことを思い出させたものだと、ふと思った。

 

 ガイラッドは紙をめくった。

 

 二枚目の紙にはやや崩れた、日常的によく見ていた書体で書き連ねられていた。

 宛名はガイラッド。

――遺書だ。

 

 

 

 これを読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。

 

 以前話したように、私は看取らせも曇らせも大好きですが、一般人にそれを押し付けるほどの性欲異常者ではありません。

 

 ですからどうか。悔やんでください。泣いてください。

 それからあなたがもう一度立ち上がることを待っています。

 

 

 

「またわけの分からない妄言を……」

 

 ガイラッドはそう言った後にかすかに笑みを浮かべた。

 短いがアレクらしい遺書だった。

 

 遺書を読んだからといって、ガイラッドが以前の、アレクが生きていた頃の気持ちに戻るわけでもない。

 明日は変わらずにやってくる。

 それでもガイラッドはようやく、ああ、本当にあいつはいなくなったのだ、と理解できた。

 

 ガイラッドは遺書を丁寧に折りたたんで懐にしまう。

 そして立ち上がった。

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