三雲修は勇者でない 作:香川出身ボーダー隊員
泣き言を言う芙蓉をスルーして僕たちは宇多津駅へ戻り、電車とバスを乗り継ぎ次なる目的地、大鳴門橋へ僕たちは向かう。
「瀬戸大橋は残念だったけど、この大鳴門橋には歩道橋があるんだ!瀬戸大橋よりも近づけるはずだよ」
「『渦の道』の事だよな、床の一部がガラス張りになってて鳴門の渦潮が見ることが出来る。僕も何度か行ったことがあるよ」
「そ、その通りだ三雲君。それじゃあい、行こうか…」
何故か震えた声で返事をする芙蓉に疑問を覚えたが、その答えをなんとなく察せることは出来る。
大鳴門橋は、真下から渦潮が見えるという特徴があるが、それは裏を返すとガラス張りの床のせいで高い場所から下が全て丸見えになるという、高所恐怖症な人なら行きたくもないような場所だということだ。つまり……。
「おい見ろよ芙蓉、三雲!渦潮が見れるぞ」
「この大きさも渦潮はいつでも見れるって訳じゃないから、かなり運がいいぞ」
「ふ、2人とも落ち着きたまえ。わ、私たちは遊びに来た訳じゃないんだぞ……」
「ちょっとくらい良いだろ!三雲の言う通りこんなのいつでも見れる訳じゃないんだぞ」
「…嶽山の時と今のを見て思ったけど。芙蓉、もしかして高いところが苦手なのか?」
柚木の言葉に耳を貸すことなく、足を震わせながら芙蓉はさっさと行こうとする。
その行動を見て1つの仮説が浮かび、問いかけた。
「そ、そんな訳ないだろ!子供じゃあるまいし!!?」
「ふーん…よっ!!」
何気なしに柚木は芙蓉をガラス床の場所へ押し出す。
「うわあああぁぁぁぁぁ!!!!!落ちるーー!!!助けて三雲くーーーん!!!!!!」
涙目で僕の腰へしがみつき、芙蓉は懇願しだした。
この件で確信した、芙蓉は高いところが苦手なんだと。
大橋の先まで進んだが、瀬戸大橋と同じく途中で行き止まりになっていた。
結局僕達はこの1日で2つの大橋を巡ったが目ぼしい結果は得られなかった。
芙蓉side
「あ〜生き返る〜〜」
大鳴門橋を後にした私たちは近くの足湯で疲れをとっていた。私自身、こんな長い距離を動いた事は初めてだった。疲れはしたが、それ以上の充実感と満足感が私の中にはあった。
「結局近付けそうな場所はなかったな芙蓉」
「リリだ」
「え?」
「私の事はリリって呼んでくれ、三雲君も柚木君も。学校のクラスメイトにはそう呼んでもらってるんだ。中々言い出せる機会がなかったけど丁度いい機会だ」
「それはいいけど、リリってどこから来た名前なんだ?」
「前に三雲君には私が芸能界で子役タレントとして活動していた事は話したけど、柚木君にはまだ言った事がなかったよね?」
「お前の口からは聞いたことはないけど、一応は知ってる」
「そっか。じゃあ詳しいことは省くけど、その時使ってた芸名が、『芙蓉・リリエンソール・友奈』って言うんだ。リリエンソールは母方の名字で、母が生まれたアメリカでは名字と名前の間に父母の名字を入れる伝統があったらしい」
「確かミドルネームって言うんだっけ?」
「その通りだよ、柚木君。私はこのリリエンソールという名前が気に入ってるんだ」
この国の法律ではミドルネームは認められていないから、普段は芙蓉友奈の名前を使っているが、私が気に入った人間や好きな人間にはこちらの方で呼んでもらうようお願いしている。
「いい機会だし君達の呼び方も変えてみようか。これからは三雲君じゃなくて修君って呼んでもいいかい?」
「僕は別に構わないよ、リリ」
「い、意外とすんなり呼んでくれたね…。前々から思ってたんだけど、君は他の同年代の男の子に比べて、女の子に対して耐性が強くないかい?自分で言うのもなんだけど私や柚木君のような美少女と一緒にいると普通緊張するようなものだろ」
「私をお前と同じ美少女の括りに入れるな」
柚木君はそう反論するが、彼女だって綺麗な美少女だと私は思う。私と違って背も高くて、シュッとしているし、短く綺麗に揃えた黒髪と吸い込まれそうになる黒い目はとても人の目を引くものだろう。
「別にそんなことは無いと思うけど……」
私の問いかけにどう答えるか困った三雲君はいつもより少し多めに冷や汗をかいていた。
「……まあ強いて言うなら、母より
「君の母君は一体どんな人なんだ……」
私が調べた情報でも、三雲君の親子関係が特段悪いという情報はなかったし、三雲君自体がこういう言い方をするなら、そこまで酷い目にあっているとは思わないが少し気になってしまう。
「私は柚木のままで頼む、リリ。友奈って言う自分の名前、嫌いなんだ」
「そっか、じゃあ改めてよろしくね柚木君」
柚木君が『友奈』の名前を嫌う理由は分からないが、本人が話したがらないのならこちらから聞き出そうとするのはよくない。
「ところで話は変わるけど、本当に僕たちの交通費を全額払って大丈夫なのかリリ?」
「私もそれは思った。自分で言うのもなんだけど、これにプラスで私のバイト代だとかなりの出費になるんじゃないのか?」
「ああ、そこは気にしなくていいよ。修君には前に言ったけど、芸能界で稼いだお金がたんまりあるんだ。『金は天下の回りもの』なんて言葉の通り、お金は使うものだ。貯めるのも大切だろうが、ただ持ってるだけじゃダメなんだ」
「でも…」
「いいんだよ、修君。このお金はいくら使っても……」
私はそうしてある人のことを思い返す。私が本当にお金を使いたかった人――今は亡き母の事を……。
side end
翌日、僕たちは電車を使い、愛媛の来島海峡大橋へ向かっていた。
「瀬戸大橋と大鳴門橋は前哨戦。この来島海峡大橋こそが大本命だよ!」
「本命って、来島海峡大橋に何かあるのか?」
「西暦時代、愛媛県は小さな島々を橋でむすんで、本州に繋がるように出来ていたんだ。来島海峡大橋はその出発点とも言える橋で、しかもその橋は自動車専用じゃなくて自転車でも通ることが出来る私たちにうってつけの橋なんだ。となると、修君が言ってたように壁へ繋がっていて抜け道になっている可能性は大いにあるだろ!!?」
「お前、そんなこと言ったのか?」
「可能性の話として言っただけだ……」
自分で言っておいてなんだが、橋が壁まで繋がっている可能性はほぼゼロだと思う。
昨日見た橋同様どこかで行き止まりになっていると思うが、リリのことだ。自分の目で確かめない限り納得はしないだろう。
電車を降り、駅近くのレンタルサイクル屋で自転車を借り、来島海峡大橋に向かって漕ぎ出す。余談だが、愛媛県もまた西暦時代からの名残で身近にレンタルサイクルがある場所だったりする。
来島海峡大橋を渡り始め、橋の上を漕ぎ続けるが、陸地を走るのとは違い海風の影響を強く受ける。
「き、気を抜くと風に煽られて、身体を持っていかれそうになるな…。け、結構怖い……」
「リリは小さいから、飛ばされないよう気をつけろよー」
「余計なお世話だよ柚木君!そもそも私が小さいんじゃなくて君たちが大きいんだ!!」
そんなことを言い合う2人を横目に、僕も自転車を漕いでく。
「そういえばこういう話を知っているかい?昔、壁が出来てすぐの頃、四国の海は生態や環境が変わり、元の姿を見ることは出来ないと言われてたんだ」
「そうなのか?」
「ああ。昨日見た鳴門の渦潮だって無くなるだろうと言われていたし、海は濁って汚れ、ほとんどの生物が住めなくなるとも言われていた。でも、結局そうはならず、壁ができる以前と同じ環境が保たれている。大赦が言うには、神樹様のご加護だということらしいね。でも私は──神樹の力なんてものは信じない。きっと科学的に説明がつくと思っている」
「……」
リリの大赦不信にも慣れてきたつもりだったが、たまに大赦について冷たく言い放つ度に何がそこまで彼女を突き動かすのか気になっていた。
自転車を漕ぎ続け、ある場所で僕たちの足は止まってしまった。
「行き止まりか…」
「結局この2日間は無駄足に終わったな」
そんな柚木の言葉にリリは首を横に振る。
「いいや、無駄なんかじゃない。『通れない』という事が分かっただけでも大きな収穫だよ。それに、今まで1番壁の近くに近づけた」
リリはそう言いながらカバンから双眼鏡を取り出し、壁を観察する。
「……これはすごい発見だ。修君と柚木君も見てくれ」
リリから双眼鏡を受け取り壁を観察する。瀬戸大橋の展望台から覗いた時にははっきり見えなかったが、近づいて見ると新しい発見があった。
壁はアスファルトやセメントのような無機物で固められたものではなく、植物の根や蔦が絡み合って出来ていた有機物の塊だった。
「……確かに、これはここまで近づかないと分からないな」
「どうだい、初めて壁をちゃんと見た感想は?」
「……改めてだけど、あれは神樹様の奇跡によって出来たものだとしか考えられないよ。あんな密度で根や蔦が絡み合った構造物が、人の手が関わらずに出来たと考えるのは無理だ」
「なるほど…。まあ自分以外の意見を聞くことも大切だからね、君の意見はわかったよ」
僕の意見を聞いたあと、リリはリュックサックから別の双眼鏡のようなものを取り出していた。
「それは?」
「レーザー距離計というものだ。レーザーが当たる場所によって距離や大きさを測るものだ。すまないが修君、私が言う数字を書き込んでくれないかな?」
柚木に双眼鏡を渡し、リリから受け取ったノートとペンを使い、数字を書き込んでいく。
レーザー距離計での測量を終えたリリは、僕たちの方を向く。
「…今回の調査は私たちにとって大きな一歩だ。壁への侵入経路が見つからなかったのは残念だが、こうして近づく事で壁の大きさや材質を知ることが出来た。修君の言う通り、あれは人の手によって作られたものではなく、突如として現れたものだと考えるのもやぶさかではないだろう。でも、私は認めないし諦めない。必ずあれに隠されている真実とあの外にある景色を見てやる」
それは、壁に対しての宣戦布告とも取れるような発言だった。
いつもの明るく少し抜けているリリとは思えないほど威圧感のある様子だった。
「それと、今日までの2日間私に付き合ってくれてありがとう修君、柚木君。君達2人と一緒に旅をして、色々な物事を育めたことこそこが、今回の1番の収穫だ!」
「……」
「あれ、もしかして柚木君照れてる?」
「うるさい。さっさと帰るぞ」
「ああ、置いてかないでくれよー!」
先に自転車を漕ぎたす柚木をリリは追いかける。その2人に追いつくように僕も来島海峡大橋を後にした。
「さて、昨日と今日の二日間。合計で十三時間のバイト代を支払わなくてな
ならないね」
電車に乗って観音寺市に帰ってきた頃、日が傾き始め出していた。
「……いや、それは受け取れない」
「バイト代は要らない。つまり我が勇者部に「そういうことじゃない」そこまで食い気味に言わなくてもいいだろ……」
「私は、それを受け取れるほどの仕事をしていない。だからバイト代を受け取る訳にはいかないんだ」
「気にしなくていいんだ柚木君。このお金は、私が持っていても意味を見いだせないんだ。それに取りに行くって言っても君の家からすぐ近くに私の家があるんだ」
「まて、なんでお前私の家を知っているんだ?」
「言っただろ、調べ物は得意だって。もちろん修君の家も知っているよ」
「そ、そうか……」
得意げそうに笑うリリに、僕は少し恐怖を覚えた。リリの前では隠し事は通じないと思った方がいいだろ。
そうして僕たちは、リリの家に呼ばれることになった
「ただいまー」
「「お邪魔します」」
リビングを通り抜け奥の部屋に行くと、仏壇があり、リリが手を合わせていた。
祭壇に飾ってある写真は、大人になったリリを想起させるような容姿だった。
「それは……」
「母の祭壇だよ。少し前に病気で亡くなったんだ」
「!?そ、そうだったのか……」
それを聞いて、僕と柚木も祭壇に向かって手を合わせた。
「昨日も言ったけど、母はアメリカ出身でね。2015年にたまたま日本へ観光旅行に来ていたんだ。それ以来ずっとこの四国で暮らしてた」
「……、」
「母の親兄弟はアメリカにいて、バーテックスが現れて以降、どうなったかは分からない。日本の中のことでさえ情報がなかったんだから、外国の状況なんてなおさらだ。母は亡くなるまで、故郷や親兄弟のことを気にしていた。社会が安定して、壁の外へ出られるようになったら……一度故郷に戻りたいと……そう言っていたよ」
リリは祭壇の前から立ち上がる。
「さて、助っ人代を取ってくるよ。しばらく待っててくれ」
そう言ってからリビングへ向い、柚木へのアルバイト代を持ってきたあと、僕たちは解散した。
柚木を家に送ったあと、一人で今日までの出来事を思い返す。
(リリが壁の外を知りたがるのは、亡くなった母の遺言か何かなのか…?)
そう考えれば納得のいくところもあるが、ときおり見せるあの冷たい視線が、それだけではないのではないかと思わせてくる。
どんな理由であれ、リリを一人で行動させるのは危なく感じる。
だから僕は、彼女の元を離れたくないんだ。例えそれが、要らないお節介だと言われようとも…。
(……でも、)
本当に彼女の元を離れたくないのは、それだけの理由なのか?自分自身の中に芽生えてきた疑問にすら、僕は答えを出せずにいた。