もしもカービィがポケモン剣盾の世界に転移したとする 作:東雲るぅ
1-1. プロローグ
こことは異なる別宇宙。その辺境にある惑星、ポップスター。その中にある平和の国プププランド。
緑の草原の、ぽつんとひとつ、えんとつがついた楕円形の家が立っていた。
その家の住人は、ベッドでスヤスヤと寝息を立てていた。
住人は、可愛らしい容姿をしていた。まんまるピンクの体に、つぶらな瞳と短い手足。
住人の名は、カービィ。
かつてプププランドは何度も危機に見舞われた。
ある時は国中の人々が悪夢に襲われ、またある時はダークマター族によって掌握されたり、ハルトマンカンパニーに機械化されることもあれば、魔女によって絵の世界に塗りつぶされることもあった。
だがそのたびに、春風とともにやってきたカービィが、ものの見事に悪をやっつける。
彼は、何度もプププランドひいてはポップスターを危機から救った。
それだけにとどまらず、天空世界や鏡の世界、果ては銀河の星々を旅し、各地の悪を打ち払った。
やがて人々は口にする。彼こそが英雄なのだ。
しかしカービィは、そんな人々の称賛を顧みない。
なぜなら、カービィは食べ物をお腹いっぱいに食べることができれば、それで十分なのである。
賞賛など、好物のマキシムトマトの前では無価値になってしまうのだ。
「うぅ~いぃ……」
世界を何度も救った小さな英雄は、目をぱちぱちさせて、目が覚める。
眠気を払いながら、体を伸ばそうと思ったが────。
「う、うい……ぽよ!?」
カービィの視界に映った光景は、いつもの自宅の情景ではなかった。
暗い空。
眼下には、巨大な雲海。
そして真上には巨大な満月。
風を切るような轟音が、カービィの耳をさらう。
重力に従った体がぐいぐい降下し、ついに雲海を突き抜ける。
──どういうわけか、自分は上空を落下しているらしい。
突然の事態に慌てふためいたカービィであったが、すぐに平静になり、この窮地を脱しようとする。
『ワープスター!』と、カービィが心の中で呼びかける。
すると、どこからか黄色に光る星型の乗り物──ワープスターがやってくる。
カービィは、ワープスターに乗りこむ。
だが、カービィのすぐ眼前には地面が迫っていた。
どん、と巨大な地響きと衝撃が、カービィを襲った。
★
時間は、人もポケモンも寝静まった深夜。
ガラル地方の南端にある田舎町、ハロンタウン。
夜闇に包まれたハロンタウンの片隅にある、一軒家。その二階の部屋で、一人の少女がうめき声をあげていた。
「んむぅー、全然眠れない……どうしよう……」
少女──ユウリは、ベッドの上でごろごろと転がりながら、愚痴っている。
栗毛のボブカットの髪はくしゃくしゃになっていて、かわいらしい顔立ちはへの字の表情を浮かべていた。
その日の晩、なぜかユウリはなかなか寝付けずにいた。
やがて痺れを切らしたユウリは、ベッドから上体を起こし、なんとなしにカーテンを開けて、部屋の窓から外を見ることにする。
しばらくぼんやり外を眺めていたユウリは、おかしなものを目撃する。
夜空。流星のような物体が、ものすごい勢いで落下してくる。
その物体は黄色の軌跡を描きながら、ハロンタウンに隣接している<まどろみの森>付近に落下していった。
「なんだろう、あれ?」
ひょっとすると隕石だろうか?
いや、もしかしたらポケモンという可能性だってある。
隕石に付着して宇宙からやってきたポケモンがいるらしい。そんな荒唐無稽な話を、幼馴染のホップから聞いたことがある。
そんな風に、ユウリはつい想像力を働かせてしまう。
「……よし、見に行ってみよう」
そして、飛来した何かを見に行こうと考えるのは、当然のことだった。
グレーのニットパーカーに、緑色のベレー帽。
ユウリは、パジャマから外出用の服にぱぱっと着替える。
そして両親を起こさないように家の外へ出たあと、謎の流星が墜落した場所へ向かう。
ハロンタウンの南の柵を乗り越えた先にある、<まどろみの森>。
<まどろみの森>は、誰も入ってはならない禁足の森。
ハロンタウンの住人ならば、誰しもが知っていることだ。
しかし、ユウリは好奇心という名の誘惑に抗えなかったのだ。
森の入り口から少し進んだ場所に、
周囲の木々は墜落の余波で吹き飛んでおり、辺り一面が焼け野原になっている。
その中心には、巨大な星型の乗り物──ワープスターが墜落していた。
おそらくこの星型の乗り物が飛来したものだろう。ユウリはそう推測した。
ユウリが近寄ろうとしたその瞬間、ワープスターがぽんっと音を立てて消える。
そしてワープスターの陰に隠れていた、何かが姿を現した。
ユウリはおそるおそる、その何かを、スマホロトムのライト機能で照らしてみる。
「ぽよ?」
その何かとは、もちろんカービィである。
「プリン? ……けど、ちょっと見た目が違うような」
ユウリの、カービィを目にした率直な感想である。
プリンであれば、もっと体の色はもう少し白い。そしてもうちょっと瞳は丸っこい。
なにより、このピンク玉には耳がない!
ユウリはかがみこんで、カービィと目を合わせる。
つぶらな瞳をぱちくりさせて、カービィもユウリをじっと見ている。
おたがいに数秒間見つめあったあと、まず動きを見せたのは、カービィであった。
「はーい!」
そう声を出して、カービィは手を挙げる。
挨拶をしているらしいと、ユウリは理解する。
「あなたはなんていう名前のポケモンなの?」
思わずそう尋ねたユウリだったが、すぐに、それは無意味な行為であると気が付く。
ポケモンは人の言葉を理解できるが、そのほとんどは会話をできない。
ごくまれに、思念で会話できるエスパータイプのポケモンもいるらしいが、都市伝説の類だろう。
「カービィ!」
「カービィっていう名前なの?」
「はーい!」
カービィは、自分の名前をユウリに伝える。そして「ん!」と小さな手をユウリの顔に向ける。
「……ひょっとして、わたしの名前を教えてほしいってこと?」
「ぽよ!」
どうやら正解らしい。そう思ったユウリは、屈託のない笑顔を浮かべる。
「わたしはユウリ、よろしくね」
「はぁい!」
★
「ユウリ、この子ってば、食いしん坊なのね」
「あはは……」
それから翌日。
起床したユウリは、いつものように一階の食卓で朝食を取る。
普段は、母と母のポケモンたちと食卓を囲うのだが……今日から、新しいメンバーが追加される。
「カレーがぁ……うう、わたしの分まで食べないで……」
自宅のキッチンの食卓の上に並んだ、皿に乗った料理たち。
椅子にどっかりと座り込んだカービィが、それらを皿ごと吸い込んでいく。
「スォォォォォ!」
ユウリの手元にあったカレーライスも、吸い込まれていく。
数秒後、カービィは食べ終えたのか、皿をぺっぺっと吐き出す。口から飛び出た皿は、その場で綺麗に積み重なっていく。
しかもまだまだ食い足りないらしい。きょろきょろと辺りを見回して、新しい食事を探しているみたいだ。
このままでは、冷蔵庫にある食材にまで手を付けられそうだ。
「カレー、カレー、カレー……」
ユウリは、うめいた。
相当な大食漢だ。もしかすると、カビゴンにも勝るとも劣らない食いしん坊なのかもしれない。
「本当によく食べる子ねぇ。ユウリもたくさんご飯を食べなさいよ」
頭を抱えるユウリをよそに、ユウリの母はのほほんとしている。
母親のほんわかした態度を受けたせいか、ユウリは開き直ることにした。
「まあ、なんとかなるかな……?」
その結果、数時間後には、ユウリ宅の冷蔵庫はすべて空っぽになってしまったのだった。