もしもカービィがポケモン剣盾の世界に転移したとする   作:東雲るぅ

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3-2.vsトゲキッス

 ユウリは、ずっと悩んでいた。

 

 冒険に出る前におこなったダンデとの試合で感じた、アレをもうずっと体感できていない。

 

 1秒がまるで1分に感じて、思考が鮮明になり、感覚も冴えわたっていた。

 

 どうやらあの体験は、ゾーンと呼ばれるものらしい。

 ごく一部のポケモントレーナーが、極限の緊張の中、研ぎ澄まされた精神状態となることで、それが発動するという。

 

 ユウリは、あの日、ガラル史上最強のポケモントレーナーと対戦し、強制的に自分の中に眠っていた感覚を引き出されたのだ。

 

 ユウリは、旅の道中、あの体験を再現しようと試みた。

 しかしカービィは強すぎる。

 普通のトレーナーやジムリーダーのポケモンでは、拮抗した勝負にならない。

 かといって、カービィ以外のポケモンでバトルをしても、あの感覚はやってこなかった。

 

 だから確信があったのだ。

 もう一度、はるか格上の相手と戦えば、アレがまた自分に訪れるのではないだろうか?

 

 

 ★

 

 

「えっと、ジムリーダーが本気の手持ちを使うのって、アリなんですか?」

「ダメだね、リーグ運営の条例では原則禁止されているね」

「えぇ……」

 

 ただし、とポプラは付け加えた。

 

「それは通常のチャレンジャーであれば、という話だよ」

 

 ポプラは、手に持っていた杖でコンコンと地面を突いた。

 

「ユウリ選手、はっきり言うとあんたはイレギュラーだ。……いや、アンタが所持しているカービィが、というべきか」

「それは……そうですね」

「正直に言えば、まずジム用で調整したポケモンでは、勝負の土台にすら立てない」

 

 ユウリだって理解している。

 カービィは異常だ。強さも特性もそのすべてが。

 いや、そもそもポケモンじゃないし、この世界の外からやってきた規格外の存在なのだから。

 

「たしかに、あんただけ特例措置をおこなうのは、フェアじゃない。そう思うのは当然のことだよ」

 

 けどね、とポプラはつづけた。

 

「ジムリーダーの役割は、チャレンジャーがチャンピオンカップの参加権を得るにふさわしいかを判断する試験官さ。

 ただポケモンが強いだけじゃない……そいつを所持しているトレーナーが、バトルにおいて適切な指示をくだせるのか? そのために思考力や柔軟性、知識や経験を問わなければならない」

 

 ポプラは、老獪な笑みを浮かべた。

 

「だから、ジムリーダーとして、あんたがアラベスクを突破するに足るトレーナーなのか、テストさせてもらうよ」

 

 ユウリは、唾を飲んだ。

 この感覚は懐かしい。

 

 自分は今、緊張している。

 それは当然のことかもしれない。

 ポプラは、本気でユウリと試合をしようとしているのだ。

 

 だけどそれ以上に、胸を打つこの感覚はなんだろう?

 

「どうしたんだい? 怖気づいたのかい?」

「いいえ……ただ、自分が望んでいた状況がようやく叶ったから……それが嬉しくて」

 

 ああ、だってそうだ。

 トゲキッスがバトルコートに現れて、ポプラがさっき宣告したとき、ユウリはワクワクしたのだ。

 それはまどろみの森で、カービィの戦いを見た時と同じぐらいに。

 

 一目でわかった。

 あのトゲキッスは、相当強い。

 おそらくダンデのリザードンに近しい力量を持つポケモンだろう。

 

 ──条件が満たされた。

 

 現在の地点では、戦うはずがなかったはるか格上の存在。

 そして相対するのはカービィ。これは、自分の原点であるダンデとの試合と、まったく同じ状況である。

 

「ポプラさん。たしかに、わたしはいっぱい悩み事とかあります」

 

 ユウリは、隣にいるカービィへ手を伸ばした。そのまんまるな頭をなでる。

 

「カービィが強すぎるせいで、ジムリーダーとの試合がサクサク進んじゃうとか」

 

 ぷよぷよした感触が手から伝わってくる。

 ぷいっ、とカービィが声をあげて、ユウリに視線をよこす。

 

「誰もポケモンバトルの相手をしてくれないから、野生のポケモンと戦ってけいけんちを稼ぐしかないとか」

 

 ユウリは、カービィを見つめ返しながらほほ笑んだ。

 

「カービィの大食いのせいで、カレーの材料費がかかりすぎて、おこづかいがカツカツとか」

 

 きっとポプラが言う通り、自分の心はカービィみたいなピンク色じゃないのだろう。

 

「だけど、全部、どうだっていいって思っちゃうんです」

 

 年ごろのユウリにとってみれば、悩みなんて上げればきりがないのかもしれない。

 

「ポケモン勝負ができれば……あの瞬間が来れば、なんだっていいんです」

 

 ユウリは、そう言い切った。

 自分が生きている実感さえ得られたら、過去も未来も必要はない。

 なんて刹那的な生き方なんだろうか、とユウリは自分でも思う。

 

「それに今、わたしはとってもワクワクしているんですから!」

 

 ユウリは爽やかに笑った。

 こんなに晴れやかな気分なのは、いつ以来だろう。

 きっと、今日は良い試合になるだろう。うん、絶対そうだ。

 

 ポプラは、心底楽しそうに笑うユウリを、静かな瞳で凝視していた。

 そして、ただ一言、こう言い放った。

 

「────あんたにとって、その子は救いなんだね」

 

 どこか憐れむような声音に聞こえたのは、気のせいだろうか。

 

 

 ★

 

 

 試合が始まった直後、先手を打ったのはトゲキッスの方だった。

 

「トゲキッス、エアスラッシュだね」

 

 ポプラの命令が下る。トゲキッスが翼を大きく一振りし、遠距離から生成した風の刃を飛ばしてくる。

 

「カービィ、しゃがんで」

 

 ぴょこんと、地面でぺったんこになったカービィ。

 真上すれすれにエアスラッシュが通過した。だがすぐさま追撃が加えられる。

 

「トゲキッス、はどうだん」

 

 トゲキッスの技は、これまでの冒険で戦ってきたポケモンたちとは比較にならないほどの、速度と破壊力だった。

 はどうだんは、コートの地面を風圧でえぐりとりながら、迫りくる。

 

「カービィ、ジャンプして回避!」

 

 だが、それにあっさり対応できてしまうのが、カービィのスペックの高さだ。

 ジャンプするカービィ。カービィの足先数センチ下で、はどうだんが通り抜けていく。

 

(なるほど、どうぐを飲みこませる隙を与えないつもりなんだ……)

 

 もしユウリのエースバーンやアーマガアであれば、今の攻撃を回避する暇もなかったし、回避できたとしても反撃する余裕もない。

 カービィならば、回避は可能だろう。

 しかしこれらの猛攻を躱しながら、道具を飲みこみ、変身するのは難しい。

 

(トゲキッスの攻撃を被弾覚悟で、道具を飲みこませる? だめだめ、それは相手の思うツボだ……)

 

 ユウリが、判断に迷っている間も、試合状況は動く。

 

「トゲキッス! トライアタックだね」

 

 またもや、たてつづけにトゲキッスが攻撃をする。

 白い軌跡を描きながら、3つのエネルギー弾がカービィへ迫る。

 

「カービィ、ダッシュで右に避けて」

 

 3つのエネルギー弾は、カービィの移動地点を予測するかのように、不規則に襲いかかる。

 だがカービィはこれらを正確にさばききった。

 

(どうしよう、どうしよう……このままだったら、カービィがフォルムチェンジできないや……)

 

 ユウリの頭の中で、ぐるぐると思考がループする。

 なんとかこの泥沼状態を切り抜けないと、ユウリもカービィも消耗するだけだ。

 

 その時、ユウリにひらめきが走った。

 

(あ、いいこと思いついた)

 

 ユウリは指示をする。

 

「カービィ、地面を吸いこんで」

 

 カービィは足元に向かって口を開き、吸い込みを開始した。スタジアムの土がカービィの口へ飲みこまれていく。

 

「そのまま砂を上に向かって吐き出して!」

「ぺっ」

 

 大量の土をほおばったカービィが、上方向へ口を向ける。

 そして勢いよく、口にため込んだ土を吐き出した。

 上空を舞う土は砂煙を作り、コートを覆う。

 トゲキッスの視界は妨害され、カービィの姿は砂煙の中に隠れた。

 ポプラは眉をひそめた。

 

「トゲキッス、エアスラッシュで砂煙を払うんだね」

 

 相手の視界は遮断されている。カービィの正確な位置を掴むために、相手はこの砂煙を取り除かなければならない。

 トゲキッスはエアスラッシュを放ち、風の刃で砂煙を霧散させた。

 だがユウリの狙いはそれだった。

 

「カービィ、飲みこんで」

 

 ほんのわずかな時間稼ぎができれば、それでよかった。

 

 カービィは手に持っていたあるものを口に含む。

 ポプラはぎょっとした顔をしていた。

 

「……それは道具……いや、わざマシンかい?」

 

 カービィは、口に含んだそれを、コートの外へ吐き出す。

 からんからんと音を立ててとコート外に落ちたそれは、ジュエルケースに密封されたわざマシンのディスク。

 

 ディスクの記された文字──『わざマシン11ソーラービーム』。

 

 一応、ユウリはルール違反と思われないように、ポプラへ説明しておくことにした。

 

「ガラル公式リーグの規定では、一応、わざマシンは道具という括りに入っています。

 なので、ルール上は道具としてポケモンに持たせることは可能です。

 まあ、あくまでポケモンにわざを覚えさせるものなので、対戦で使用する人なんて世界中どこを見渡してもいないと思いますけど……」

 

 カービィの姿が変化する。

 可愛らしい二股の帽子を被り、手には水晶のついたステッキを手にしている。

 ビームカービィだ。

 ポプラはしげしげと変化したカービィを見ながら、興味深げに質問する。

 

「ソーラービームのわざマシンを取り込んだということは、今のカービィは草タイプかい?」

「それは今から、分かることです」

 

 ユウリは命令する。

 

「カービィ、はどうビーム」

 

 ビームカービィは杖をトゲキッスへ向ける。ばちばちと杖にエネルギーが収束する。

 ポプラは目の色を変えて鋭く声を発した。

 

「トゲキッス! エアスラッシュを撃ちな!」

「カービィ、撃って」

 

 カービィの杖から、桁違いな質量のエネルギー弾が発射された。

 それは相手のエアスラッシュを飲みこみ、トゲキッスへ猛然と迫る。

 

「回避!! トゲキッス」

 

 翼をはためかせて、側面へ移動するトゲキッス。

 回避はかろうじて間に合い、カービィのはどうビームを掠るだけで済ませた。

 ポプラは、ビームカービィを分析しているようだった。

 

「ひょっとして、今のそいつは、でんきタイプかい?」

「はい、『ビーム』だからですね」

「くさタイプのわざマシンを取り込んだのに?」

「はい、ソーラービームだから、カービィの能力はビームになったんです。そしてビームなので、でんきタイプです」

「知れば知るほど、あんたのポケモンの特性は意味が分からないね……」

 

 だが、とポプラはつづけた。

 

「……今のあんたのポケモン、最高にピンク色だよ! おかげで年甲斐もなく、あたしの心がピンク色に熱く滾ってきたね……」

 

 その時、ユウリはぞわりと鳥肌が立った。

 バトルコートの向こう側にいる、ポプラの雰囲気が一変した。

 先程まではどこかこちらを見定める試験官のような態度だった。

 けれど、今は違う。

 

「若いのに負けてられないさね。もっと婆にあんたらの力を見せてみな!」

 

 熱気、興奮、闘争心。

 そこにいるのは、もはやジムリーダーという役割を捨てた、ただのポケモントレーナーだ。

 ポプラは今、心底、この試合を楽しんでいるらしい。

 

(……あ、これだ)

 

 ポプラの熱気にあてられ、ユウリの心臓がバクバクする。

 

(あの時、こんな感じだった。ダンデさんが心底楽しそうに試合をしていて、わたしもすっごくドキドキしていて……)

 

 もう少しだ。あともう少しだ。

 自分が追い求めていた、あの瞬間まであとちょっとだ。

 だからこのまま深く、もっと深く、勝負の世界に自分の意識をのめりこませろ。

 

 ────そうすれば、自分はあの瞬間に到達できる。

 

 もしあの瞬間までたどりつければ、きっと自分は何もいらない。

 過去も未来もいらない。夢なんてありはしない。

 あの無限のような、夢幻のような、楽しくて、刹那的な現在を味わうことができれば、他のすべてなんてどうでもいい。

 

 そのためなら、自分は、これまでの何もかもを切り捨てて、あの瞬間を掴み取りたい。

 

 

 ★

 

 

 ビートは膝から崩れ落ちそうになった。

 

「あはは……なんだこれは……なんなんだこれは」

 

 ジムリーダーポプラの本気のトゲキッス。相対するのは、あの憎きまんまるピンクのポケモン。

 両者は、バトルコート内を縦横無尽に動き、攻防を応酬をする。

 

 それは本来想定されていたララテルタウンのジムバトルの水準を、大きく逸脱した試合だった。

 

 ビームカービィが杖を動かせば、その杖から鞭のようにしなるビームが生成される。それがトゲキッスめがけて振るわれる。

 対してトゲキッスは地面スレスレで低空飛行をして、しなるビームの鞭を回避。

 そこからカービィの側面に回りこんで、はどうだんで反撃する。すぐさまカービィはビームの鞭ではどうだんを打ち消した。

 

 観客は息を飲んでいた。歓声も声援も拍手すら送らず、ただ彼らの視線はバトルコートに固定されている。

 目の前で繰り広げられる、白熱の試合に、ただただ圧倒されているのだろう。

 

(ふざけるな……ふざけるな! 認められない、認めてたまるものか)

 

 ビートが、血が滲みそうなほど拳を強く握った。

 

 ララテルタウンにしばらく滞在していたビートは、気分がすぐれない状態が続き、ジム攻略を一旦休止することにした。

 そしてその足で、ビートはアラベスクタウンへ向かった。

 アラベスクタウンは、ビートにとって故郷というべき町だった。

 ビートは家庭のトラブルにより、幼少期の頃にアラベスクタウンの養護施設に預けられ、そこで育った。

 帰る場所などない彼にとって、手を差し伸べてくれたローズ委員長こそがまさに帰る場所だったのだろう。

 しかしそんなビートでも、ふいに自分が育った養護施設がある町へ戻りたくなったのは、安寧の場所を求めてだったのか。

 

 アラベスクタウンに訪れたタイミングで、偶然にも、あの憎きユウリとカービィがジム攻略中だと耳にした。

 最初、自分には関係がないと無視しようと思った。

 けれど、アラベスクタウンのそこらじゅうでカービィやユウリの話題を聞く。

 そのたびにビートは、あの絶望的な敗北を思い出し、体が震える。

 

 だから、ビートはそんな情けない自分を否定したくて、ユウリの試合を観戦しにきた。

 それが、このザマだ。

 

(特例処置として、本気のジムリーダーの手持ちと1on1……? ふざけるな、そんなこと僕以外のトレーナーであってはならないのです……)

 

 自分は誰よりも特別で、選ばれた存在のはず。

 どうせチャンピオンになるから、他のチャレンジャーもジムリーダーも自分の栄光のための踏み台にすぎない。

 

 だけど、そんな考えをこの場で持ち続けられるほど、ビートは愚かではかった。

 自分がもし本気のポプラが持つトゲキッスと戦っても、手も足も出ない。

 だけど、その現実を直視するほど、ビートの中にあるプライドが削られていく。

 

(気分が悪い……ああ、またこれだ)

 

 自分の心を覆いつくしていく、真っ黒な感情。

 それは無力感、絶望、苦しみ、悲痛、全部がごちゃごちゃに混ざり合って、ビートの心を染めあげているのだ。

 

(僕は特別なんだ……だって委員長に選ばれたのだから。そうだ、アイツは決して特別じゃない。あのプリンもどきが強いだけの、ただの凡人なんだ)

 

 なんとか必死に、ユウリを心の中で見下して、罵倒して、自分より格下だとレッテルを貼る。

 

(どうせ、あのプリンもどきを除いたあいつは、僕にすら敵わない雑魚なんだ……。あいつはたまたま強いポケモンをゲットしただけで、調子に乗っているのです……)

 

 だけど、どうしてこんなに、むなしい気持ちになるのだろう。

 ビートはふらふらと観客席から立ち上がる。それから試合状況が目に入らないように、逃げ込むように通路へ向かった。

 人気のいない通路の、壁に背をもたれかけて、ずるずると座り込む。

 

 絞り出すように、ビートは声を出した。

 

「強くならないと」

 

「チャンピオンにならないと」

 

「ユウリに勝たないと、あのプリンもどきを倒さないと」

 

「それが、僕の夢なんだ。それが僕の生きる理由なんだ」

 

「でないと、ローズ委員長は僕を……」

 

 物悲しい少年の慟哭の声が、誰もいない通路に響き渡っていた。

 

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