もしもカービィがポケモン剣盾の世界に転移したとする   作:東雲るぅ

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3-3.ユウリとカービィ(前編)

 ユウリは汗だくだった。ユニフォームの袖で、首筋の汗をぬぐう。

 

「ふふ、どうだい? 年季の差ってもんを痛感したかい?」

「……」

 

 ポプラの言葉に返事するほど、ユウリは余裕がなかった。

 

「カービィ、ビームウィップ!」

 

 ビームカービィが杖を振るう。

 その杖から生成されたビームの鞭が、しなりながらトゲキッスを襲う。

 その予備動作をポプラは見逃すことはなかった。

 

「後退しな!」

 

 ポプラの命令で、トゲキッスはしなるビームの範囲外まで後退した。

 

「トライアタックだよ! トゲキッス」

 

 カービィの側面に回りこんだトゲキッスが、三連撃のエネルギー弾を放出。

 ユウリは、わずかに反応が遅れたあと、急いで指示を出す。

 

「カービィ、うしろから! ジャンプ!」

 

 トライアタックが直撃する直前で、カービィが指示を聞いて跳躍し、ギリギリで回避に成功。

 ユウリは冷や汗をかきながら、つづけて命令する。

 

「そこからビームマシンガン!」

 

 空中にいるカービィはトゲキッスへ杖を向ける。すると杖が輝き、雨のような、無数のエネルギー弾が放射された。

 広範囲に拡散されたビームの雨が、トゲキッスに襲いかかる。

 しかしトゲキッスは、エアスラッシュを放ち、ビームの雨を相殺。そのままスタジアムの上空へ飛び上がり、かわしきった。

 

(だめだ……全然、トゲキッスに攻撃をあてられない)

 

 ユウリは焦っていた。

 状況は、一言でいえば泥沼だった。

 試合時間は10分近くも経過している。

 だが、攻撃をまだ一発も当てられていない。

 

 なにせ、相手の戦い方に慣れない。

 ポプラのトゲキッスは、常にカービィの周囲を旋回している。そしてこちらが攻撃すれば、さきほどのように回避し隙をついて反撃してくるのだ。

 

(常にこっちの出方をうかがっているから、やりにくい……。こんな相手と戦うって初めて)

 

 ポプラは、カウンター主体の戦法を取っている。

 ユウリは動揺するのは当然だろう。

 まさかジムリーダーが、本気の手持ちを使って、こんな搦め手の勝負をしかけてくるなんて。

 

「『やりにくい、こんな相手と戦うのは初めて』……といった顔だねぇ」

 

 ポプラの発言に、ユウリは動揺して、言葉を失う。

 

「卑怯とは言わないでおくれ。あんたのポケモンの攻撃を1発か2発くらえば、トゲキッスはやられる」

 

 ポプラは、手拍子のように、トントンと杖で地面を叩いた。

 

「正面から挑めば敗れる、難敵……ならば、技術で、戦術で、追い詰める! それが一流のトレーナーだよ」

 

 ポプラは、戦いの熱気で興奮しているようだった。

 格上のトレーナーの勢いに、ユウリはさらに焦る。

 それに、ユウリの心をかき乱す要因はもうひとつあった。

 

(どうしてだろう……? あの時と同じ状況なのに、アレが来ないや……)

 

 ユウリが求めていた、あの瞬間。

 ゾーンの再現。

 遥か格上トレーナとの本気の勝負。緊迫した試合状況。あの時到達した条件はすべて揃っているはずなのに。

 

 あの瞬間がやってくる予兆がまったくしない────。

 

 ユウリの心の迷い。集中が途切れる。1秒にも満たないほんのわずかな時間。

 それは、この試合において致命的な隙だった。

 

「トゲキッス、しんそく!」

 

 ポプラの指示で加速するトゲキッス。ユウリの反応がワンテンポ遅れる。

 

「カービィ、ビームウィップで迎撃!」

 

 カービィ、杖からビームのムチを作り出し、トゲキッスに振るう。

 ポプラは目を細めて、鋭く声をあげる。

 

「トゲキッス、停止!」

 

 急旋回していたトゲキッスが、突然その場で静止した。

 それは衝撃的な光景だった。

 カービィが放ったビームのムチ。

 半円を描いたビームのムチは、トゲキッスの正面スレスレを通過していく。

 

「……もうそろそろ慣れてきたよ。そのビーム鞭のリーチは目測5メートルといったところかね……」

「な、なんで……」

「踏んできた場数が違うんだよ、お嬢ちゃん」

 

 そしてその動揺が、さらなる隙を生んだ。

 

「トゲキッス、はどうだん!」

「ッ! カービィ、ガードして!」

 

 ユウリは指示するが、それよりもトゲキッスの攻撃の方が速い。

 わずかな隙を縫って放たれたはどうだんは、見事にカービィへ直撃。

 

「ぷいやっ!?」

「カービィ!!」

 

 カービィが数メートル後方へ弾き飛ばされる。

 地面をぽよんぽよんと転がったあと、カービィはふらふらと立ち上がる。

 はどうだんをモロに喰らったが、そこまで致命的なダメージではなかったようだ。

 

(どうしよう……わたしのせいだ)

 

 冷静になれ、とそう自分に言い聞かせても、ユウリの焦りは一向に落ち着かない。

 

「……チャージする攻撃は、3秒間の溜め時間が必須。そして攻撃を放った後、コンマ5秒程度の硬直時間が発生する、といったところかね」

 

 ポプラは鋭い視線で、カービィの一挙手一動に目を光らせている。

 

(……強い、これが本気のジムリーダー!)

 

 ユウリは、戦慄し、理解させられた。

 カービィとトゲキッス。両者の戦闘能力では、すべてにおいてカービィが上回る。

 しかし自分とポプラでは、ポケモントレーナーとして圧倒的なまでの実力差がある。

 

 だから、読み合いに負け、勝負を決めきることができないのだ。

 

(……あれ、ちょっと頭が回らないや)

 

 気のせいだろうか、思考がまとまらない。

 少しでも気が緩めば、ぼうっとしてしまって、目の前の試合に集中できない。

 

 ユウリが違和感に気づいたところで、ポプラがこう口にした。

 

「『ちょっと疲れた。思考が冴えない』……わかりやすいくらい顔から伝わってくるよ」

「……これが狙いだったのですか?」

「そうさね、このまんまるピンクは桁違いに強い……じゃあ、それを従えているアンタは?」

 

 ポプラが、なぜカウンター主体の戦法を取ったのか。

 それは、カービィに正面から挑むのは無謀だと思ったから?

 

 否、違う。

 

「わたしを疲れさせるために?」

 

 ポプラの狙いは最初から、ユウリだった。

 ポケモン勝負は、トレーナーが指示を出し、ポケモンが技を繰り出す。

 では、もしトレーナーがコンディションを崩せば、どうなるだろう?

 

 指示を受けるポケモンはそれに引っ張られる形となる。

 

「試合が始まる前から、あんたは焦っていた。だからこの戦法に引っかかると思っていたんだが……予想の成果だね」

 

 現にユウリは長時間の集中で、気力をすり減らし、正確な指示ができなくなりつつある。

 それは偶然ではなく、ポプラがユウリの消耗を狙っていたからだ。

 

 この時、ユウリはようやく思い知った。

 

(ダンデさんの試合と、全然違う……)

 

 あの時は、ダンデはカービィについて何も知らなかった。

 初見で未知の存在であるカービィを対処するのは、極めて困難。

 だから初心者のユウリでも勝利できた。

 

 しかし、ポプラは違う。

 これまでのジムリーダー戦で、カービィについての情報はかなり世間に出回っている。

 現に、公式戦で初披露するビームの能力に対して、ポプラは初見にもかかわらず見事にさばききっている。

 

(どうすれば……これじゃ、だめだ。どうやって勝てばいいのかな?)

 

 相手は常にこちらを警戒している。強引に押し切ろうとしても、隙を突かれて、反撃を受けるだけだ。

 試合が長引くほど、ユウリは集中を切らし、さらに不利になっていく。

 

(ゾーンに入ることもできない。ようやく絶好の機会なのに……)

 

 試合が始まる前まであった高揚感は、焦燥感と不安で塗りつぶされていた。

 ポプラは、静かに言った。

 

「たしかに、あんたのカービィは強い。……おそらくチャンピオンダンデのリザードン以上の強さだ」

 

 そしてポプラはつづける。

 

「だが、あんたはカービィに見合ったポケモントレーナーじゃない」

 

 それはユウリにとってどこまでも残酷な言葉だった。

 

「アンタが、あたしの策にはまったのも、今こうやって心が弱ったのも、今まで試合で追い詰められた経験がないからだ」

「それは……」

「これまで冒険の中で、あんたは試合で悔しさを感じたことはあるかい? 誰かに負けて、もっと強くなりたいと思ったことはあるかい?」

 

 違うと、ユウリは否定できなかった。

 だってそれは、ずっとユウリの中にあった違和感の正体だったから。

 

「ないだろう。あんたはカービィという強い存在がいた。そいつがどんな相手もすぐに倒しちまうからね」

 

 耳を塞げなかった。

 だってそれは本当のことで、ずっと目をそらしつづけていた自分の姿なのだから。

 

 たとえば対等なライバル。

 一緒に切磋琢磨する仲間。

 ポケモンバトルの、ギリギリの戦いの後の勝利。または敗北した時の悔しさ。

 

 今まで冒険で、一度たりともあっただろうか?

 

「だから、あんたはトレーナーとして正しく成長できていないのさ」

 

 わかっていたはずだ。

 自分には、それらをなにひとつ体験していない。

 

 そうだ、だってユウリはあまりにも────。

 

「あんたは今まで一人で歩いてきた。挫折も悔しさも絶望も苦しみも知らないままに」

 

 もし、とユウリは思った。

 カービィと出会わない世界があったとしたら、自分はどうだっただろう?

 

「人はあんたを新しいスターだとか、大型新人だとか抜かす奴もいる。みんな、あんたを大層な人間だと思っている」

 

 ホップやマリィたちと肩を並べて、チャンピオンカップ出場を目指して、切磋琢磨していたのだろうか?

 

「けどね、あたしにとっちゃあ、あんたは孤独に見えてしかたがないんだよ」

 

 ポプラはどこか悲しそうに、ユウリを見ていた。

 

「トゲキッス、追い打ちだよ。しんそく!」

 

 加速し、カービィに迫るトゲキッス。

 

「カービィ、ガードして!」

 

 心を乱しつつ、どうにかユウリは指示。

 カービィはユウリの言葉に従って、身を守る。

 こん、とポプラは杖を1度ついた。それは合図だったのだろう。

 加速したトゲキッスは、カービィに突撃せず、そのまま空中で一回転して、カービィの背面にまわる。

 

 フェイントだ! 

 ユウリがそれに気が付いて、すぐに指示を出そうとしたが────。

 

「トゲキッス、エアスラッシュだよ」

 

 トゲキッスは、カービィの背後から、至近距離でエアスラッシュをあびせる。

 風の刃がカービィに直撃。もう一度、カービィは吹き飛ばされ、コート上をバウンドする。

 

「カービィ……」

「ういぃ……」

 

 カービィは痛そうな顔をしつつ、立ち上がる。

 2度も攻撃を浴びたのに、カービィはまだピンピンしている。

 ポプラは呆れたように口にする。

 

「タフだね、あといったいどれくらい打ち込めば、アンタのポケモンを倒せるのやら……」

 

 ユウリは、自分が情けなくなった。

 

(わたしのせいだ……)

 

 さっきのフェイントは、相手のサインにもう少し早く察知できたら、防げた。

 ……そもそも、こんな泥沼の試合になっているのは、自分の実力がカービィと不釣り合いだから。

 

 自己嫌悪に陥るユウリに、ポプラは追い打ちをかけた。

 

「あんたは本当の意味でポケモントレーナーとして成長できていないのさ」

 

 言葉はまるで鋭いナイフのように、ユウリの胸に突き刺さる。そして棘のように抜けない。

 

「……そのままじゃあ、あんたはせいぜい2流以下だよ」

 

 息が荒くなる。視界が揺れる。

 ユウリは、その場で崩れ落ちそうになった。

 

 ポプラは、残酷なまでにユウリの本当の姿を突きつけた。

 これまでの自分は間違っていて、歪んでいる。

 そんな歪んだ自分だから、ポプラに勝つことはできない。

 

 これまで自分がごまかしてきて、ずっと積み挙がっていた歪みが、この試合で形となって露わになっている。

 

 だけど、そんな追い込まれている状況なのに、ユウリは無意識でつぶやいた。

 

「……たどりつかなきゃ」

 

 たどりつく。いったいどこに……?

 

「あの瞬間に、たどり着かなかきゃ……」

 

 胸が焼かれるような興奮。忘れられない光景。

 初めてのポケモンバトル。最強の名を冠するリザードンとの試合。

 そうだ、自分はあの時間をもう一度再現したい。

 だから、そうなってくれれば、他はどうだってよくて……。

 

 ユウリは、背筋が凍った。

 

 なんで、自分は今、そんなことを考えている?

 

「あははは……ばかみたい」

 

 ユウリは、笑った。その場で手を叩いて、腹の底から笑い飛ばしたくなった。

 

「ねえ、ポプラさん……」

 

 試合中だというのに、ポプラはトゲキッスに行動をさせず、ユウリの言葉をじっと聞いていた。

 

 

 

「────わたしって、頭がおかしいんですかね?」

 

 ユウリは、気が付いてしまった。

 間違った方向に進んでいると突きつけられたのに、それでも、その間違った方向へ進もうとしている。

 

 これを、頭がおかしいと言わず、なんというのだろう。

 

「わかっちゃったんです。わたしは、異常者なんです……」

 

 自分はずっと、あの瞬間にたどりつきたくて、手を伸ばしている。

 だから、ポプラの言葉も、歪んでいる自分自身も、全部どうでもいいと思ってしまっている。

 

「わたしは夢がなかったんです。頑張って色々見つけようとしたんですけど、だめだったんです」

 

 子どもの頃から、ユウリは夢のない女の子だった。

 だから、自分はそういう人間なんだと思っていた。

 毎日が空虚で、それを必死にごまかしたかったから、好物のカレー作りを勤しんでいた。

 けれど毎晩寝るたびに、空虚な気持ちになって、自分の生きている実感が消えうせる。

 

 それがたまらなく苦しかった。

 

「昔からずっとそうだったんです。生きていないけれど、死んでいない、そんな状態だったんです」

 

 だからあの日、カービィと初めて試合をして、ポケモンバトルの楽しさを知り、ユウリの人生は変わった。

 

「空虚な気持ちを埋め合わせるために、わたしはポケモンバトルをしているんです。そうしないと、わたしの心はいつか死んじゃいそうだから」

 

 自分は空っぽで滑稽な人形だ。

 もういっそのこと、誰かが自分の身体を乗っ取ってくれた方がいいと思うくらい。

 

「……けど、もう疲れちゃったかも」

 

 試合途中だというのに、ユウリは、その場で座り込んだ。

 

「サイテーだ、わたし。こんな理由でジムチャレンジに参加して……」

 

 そのまま、ごろんと、コートに寝転がる。

 

「ここまで冒険してきたのに、わたしの手元には何もない……」

 

 ユウリは、もう試合を続行する気力はなかった。

 ただただ、自己嫌悪の海で溺れていた。

 自分の本当の姿に気が付いてしまって、その姿が到底受け入れられないほど歪んでいるから。

 

「そうだよね、だってわたしは空っぽだもの。空っぽだから、なにも手にすることはできないの」

 

 ユウリは嘲笑った。

 ただ自分の空虚さを消したいだけ。その依存先としてポケモンバトルを選んだことを。

 そんな自分の愚かさを。

 

 そしてユウリはこう吐き捨てた。

 

 ここまでの冒険の何もかもは、すべて無価値で、無意味なものだ。

 

 だから、ユウリは起き上がれなくなった。

 もう起き上がるつもりもなかった。

 するとだんだん、視界がぼやけてくる。

 きっと心も体も深く疲弊しているせいだ。

 

 

 ユウリのめのまえがまっくらになった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽてぽて、と歩く音がする。

 聞き馴染みのある、足音だ。

 

「ゆうり」

 

 いつもよく聞く、可愛らしい声。

 

「ゆうり!!」

 

 思わずユウリは「どうしたの、お腹が空いたの?」と言いかけた。

 今は試合中なのに。どうしてそう口を開きかけたのだろうか。

 

 ユウリは目を開いて、体を起こした。

 目の前には、まるっこいピンクボールの体。

 

 カービィはつぶらな瞳で、ユウリを見ている。

 

 ユウリは、どう言葉として表現すればいいのか、わからなかった。

 

 その瞳の色はうつされたものは、勝負を放棄した自分への失望でも、落胆でもない。

 歪みを抱えた自分に対する、嫌悪や恐れでもない。

 

 ただただ、カービィはいつもと変わらない様子で、ユウリを呼びかけていた。

 

 そういえば、とユウリは思った。

 これまでの旅は、ポプラの言う通り、本当にひとりぼっちの孤独だったのだろうか?

 

 その時だった。

 崩れかけていたユウリの心に、別の感情があふれだした。

 

 

 

 

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