もしもカービィがポケモン剣盾の世界に転移したとする 作:東雲るぅ
ユウリは汗だくだった。ユニフォームの袖で、首筋の汗をぬぐう。
「ふふ、どうだい? 年季の差ってもんを痛感したかい?」
「……」
ポプラの言葉に返事するほど、ユウリは余裕がなかった。
「カービィ、ビームウィップ!」
ビームカービィが杖を振るう。
その杖から生成されたビームの鞭が、しなりながらトゲキッスを襲う。
その予備動作をポプラは見逃すことはなかった。
「後退しな!」
ポプラの命令で、トゲキッスはしなるビームの範囲外まで後退した。
「トライアタックだよ! トゲキッス」
カービィの側面に回りこんだトゲキッスが、三連撃のエネルギー弾を放出。
ユウリは、わずかに反応が遅れたあと、急いで指示を出す。
「カービィ、うしろから! ジャンプ!」
トライアタックが直撃する直前で、カービィが指示を聞いて跳躍し、ギリギリで回避に成功。
ユウリは冷や汗をかきながら、つづけて命令する。
「そこからビームマシンガン!」
空中にいるカービィはトゲキッスへ杖を向ける。すると杖が輝き、雨のような、無数のエネルギー弾が放射された。
広範囲に拡散されたビームの雨が、トゲキッスに襲いかかる。
しかしトゲキッスは、エアスラッシュを放ち、ビームの雨を相殺。そのままスタジアムの上空へ飛び上がり、かわしきった。
(だめだ……全然、トゲキッスに攻撃をあてられない)
ユウリは焦っていた。
状況は、一言でいえば泥沼だった。
試合時間は10分近くも経過している。
だが、攻撃をまだ一発も当てられていない。
なにせ、相手の戦い方に慣れない。
ポプラのトゲキッスは、常にカービィの周囲を旋回している。そしてこちらが攻撃すれば、さきほどのように回避し隙をついて反撃してくるのだ。
(常にこっちの出方をうかがっているから、やりにくい……。こんな相手と戦うって初めて)
ポプラは、カウンター主体の戦法を取っている。
ユウリは動揺するのは当然だろう。
まさかジムリーダーが、本気の手持ちを使って、こんな搦め手の勝負をしかけてくるなんて。
「『やりにくい、こんな相手と戦うのは初めて』……といった顔だねぇ」
ポプラの発言に、ユウリは動揺して、言葉を失う。
「卑怯とは言わないでおくれ。あんたのポケモンの攻撃を1発か2発くらえば、トゲキッスはやられる」
ポプラは、手拍子のように、トントンと杖で地面を叩いた。
「正面から挑めば敗れる、難敵……ならば、技術で、戦術で、追い詰める! それが一流のトレーナーだよ」
ポプラは、戦いの熱気で興奮しているようだった。
格上のトレーナーの勢いに、ユウリはさらに焦る。
それに、ユウリの心をかき乱す要因はもうひとつあった。
(どうしてだろう……? あの時と同じ状況なのに、アレが来ないや……)
ユウリが求めていた、あの瞬間。
ゾーンの再現。
遥か格上トレーナとの本気の勝負。緊迫した試合状況。あの時到達した条件はすべて揃っているはずなのに。
あの瞬間がやってくる予兆がまったくしない────。
ユウリの心の迷い。集中が途切れる。1秒にも満たないほんのわずかな時間。
それは、この試合において致命的な隙だった。
「トゲキッス、しんそく!」
ポプラの指示で加速するトゲキッス。ユウリの反応がワンテンポ遅れる。
「カービィ、ビームウィップで迎撃!」
カービィ、杖からビームのムチを作り出し、トゲキッスに振るう。
ポプラは目を細めて、鋭く声をあげる。
「トゲキッス、停止!」
急旋回していたトゲキッスが、突然その場で静止した。
それは衝撃的な光景だった。
カービィが放ったビームのムチ。
半円を描いたビームのムチは、トゲキッスの正面スレスレを通過していく。
「……もうそろそろ慣れてきたよ。そのビーム鞭のリーチは目測5メートルといったところかね……」
「な、なんで……」
「踏んできた場数が違うんだよ、お嬢ちゃん」
そしてその動揺が、さらなる隙を生んだ。
「トゲキッス、はどうだん!」
「ッ! カービィ、ガードして!」
ユウリは指示するが、それよりもトゲキッスの攻撃の方が速い。
わずかな隙を縫って放たれたはどうだんは、見事にカービィへ直撃。
「ぷいやっ!?」
「カービィ!!」
カービィが数メートル後方へ弾き飛ばされる。
地面をぽよんぽよんと転がったあと、カービィはふらふらと立ち上がる。
はどうだんをモロに喰らったが、そこまで致命的なダメージではなかったようだ。
(どうしよう……わたしのせいだ)
冷静になれ、とそう自分に言い聞かせても、ユウリの焦りは一向に落ち着かない。
「……チャージする攻撃は、3秒間の溜め時間が必須。そして攻撃を放った後、コンマ5秒程度の硬直時間が発生する、といったところかね」
ポプラは鋭い視線で、カービィの一挙手一動に目を光らせている。
(……強い、これが本気のジムリーダー!)
ユウリは、戦慄し、理解させられた。
カービィとトゲキッス。両者の戦闘能力では、すべてにおいてカービィが上回る。
しかし自分とポプラでは、ポケモントレーナーとして圧倒的なまでの実力差がある。
だから、読み合いに負け、勝負を決めきることができないのだ。
(……あれ、ちょっと頭が回らないや)
気のせいだろうか、思考がまとまらない。
少しでも気が緩めば、ぼうっとしてしまって、目の前の試合に集中できない。
ユウリが違和感に気づいたところで、ポプラがこう口にした。
「『ちょっと疲れた。思考が冴えない』……わかりやすいくらい顔から伝わってくるよ」
「……これが狙いだったのですか?」
「そうさね、このまんまるピンクは桁違いに強い……じゃあ、それを従えているアンタは?」
ポプラが、なぜカウンター主体の戦法を取ったのか。
それは、カービィに正面から挑むのは無謀だと思ったから?
否、違う。
「わたしを疲れさせるために?」
ポプラの狙いは最初から、ユウリだった。
ポケモン勝負は、トレーナーが指示を出し、ポケモンが技を繰り出す。
では、もしトレーナーがコンディションを崩せば、どうなるだろう?
指示を受けるポケモンはそれに引っ張られる形となる。
「試合が始まる前から、あんたは焦っていた。だからこの戦法に引っかかると思っていたんだが……予想の成果だね」
現にユウリは長時間の集中で、気力をすり減らし、正確な指示ができなくなりつつある。
それは偶然ではなく、ポプラがユウリの消耗を狙っていたからだ。
この時、ユウリはようやく思い知った。
(ダンデさんの試合と、全然違う……)
あの時は、ダンデはカービィについて何も知らなかった。
初見で未知の存在であるカービィを対処するのは、極めて困難。
だから初心者のユウリでも勝利できた。
しかし、ポプラは違う。
これまでのジムリーダー戦で、カービィについての情報はかなり世間に出回っている。
現に、公式戦で初披露するビームの能力に対して、ポプラは初見にもかかわらず見事にさばききっている。
(どうすれば……これじゃ、だめだ。どうやって勝てばいいのかな?)
相手は常にこちらを警戒している。強引に押し切ろうとしても、隙を突かれて、反撃を受けるだけだ。
試合が長引くほど、ユウリは集中を切らし、さらに不利になっていく。
(ゾーンに入ることもできない。ようやく絶好の機会なのに……)
試合が始まる前まであった高揚感は、焦燥感と不安で塗りつぶされていた。
ポプラは、静かに言った。
「たしかに、あんたのカービィは強い。……おそらくチャンピオンダンデのリザードン以上の強さだ」
そしてポプラはつづける。
「だが、あんたはカービィに見合ったポケモントレーナーじゃない」
それはユウリにとってどこまでも残酷な言葉だった。
「アンタが、あたしの策にはまったのも、今こうやって心が弱ったのも、今まで試合で追い詰められた経験がないからだ」
「それは……」
「これまで冒険の中で、あんたは試合で悔しさを感じたことはあるかい? 誰かに負けて、もっと強くなりたいと思ったことはあるかい?」
違うと、ユウリは否定できなかった。
だってそれは、ずっとユウリの中にあった違和感の正体だったから。
「ないだろう。あんたはカービィという強い存在がいた。そいつがどんな相手もすぐに倒しちまうからね」
耳を塞げなかった。
だってそれは本当のことで、ずっと目をそらしつづけていた自分の姿なのだから。
たとえば対等なライバル。
一緒に切磋琢磨する仲間。
ポケモンバトルの、ギリギリの戦いの後の勝利。または敗北した時の悔しさ。
今まで冒険で、一度たりともあっただろうか?
「だから、あんたはトレーナーとして正しく成長できていないのさ」
わかっていたはずだ。
自分には、それらをなにひとつ体験していない。
そうだ、だってユウリはあまりにも────。
「あんたは今まで一人で歩いてきた。挫折も悔しさも絶望も苦しみも知らないままに」
もし、とユウリは思った。
カービィと出会わない世界があったとしたら、自分はどうだっただろう?
「人はあんたを新しいスターだとか、大型新人だとか抜かす奴もいる。みんな、あんたを大層な人間だと思っている」
ホップやマリィたちと肩を並べて、チャンピオンカップ出場を目指して、切磋琢磨していたのだろうか?
「けどね、あたしにとっちゃあ、あんたは孤独に見えてしかたがないんだよ」
ポプラはどこか悲しそうに、ユウリを見ていた。
「トゲキッス、追い打ちだよ。しんそく!」
加速し、カービィに迫るトゲキッス。
「カービィ、ガードして!」
心を乱しつつ、どうにかユウリは指示。
カービィはユウリの言葉に従って、身を守る。
こん、とポプラは杖を1度ついた。それは合図だったのだろう。
加速したトゲキッスは、カービィに突撃せず、そのまま空中で一回転して、カービィの背面にまわる。
フェイントだ!
ユウリがそれに気が付いて、すぐに指示を出そうとしたが────。
「トゲキッス、エアスラッシュだよ」
トゲキッスは、カービィの背後から、至近距離でエアスラッシュをあびせる。
風の刃がカービィに直撃。もう一度、カービィは吹き飛ばされ、コート上をバウンドする。
「カービィ……」
「ういぃ……」
カービィは痛そうな顔をしつつ、立ち上がる。
2度も攻撃を浴びたのに、カービィはまだピンピンしている。
ポプラは呆れたように口にする。
「タフだね、あといったいどれくらい打ち込めば、アンタのポケモンを倒せるのやら……」
ユウリは、自分が情けなくなった。
(わたしのせいだ……)
さっきのフェイントは、相手のサインにもう少し早く察知できたら、防げた。
……そもそも、こんな泥沼の試合になっているのは、自分の実力がカービィと不釣り合いだから。
自己嫌悪に陥るユウリに、ポプラは追い打ちをかけた。
「あんたは本当の意味でポケモントレーナーとして成長できていないのさ」
言葉はまるで鋭いナイフのように、ユウリの胸に突き刺さる。そして棘のように抜けない。
「……そのままじゃあ、あんたはせいぜい2流以下だよ」
息が荒くなる。視界が揺れる。
ユウリは、その場で崩れ落ちそうになった。
ポプラは、残酷なまでにユウリの本当の姿を突きつけた。
これまでの自分は間違っていて、歪んでいる。
そんな歪んだ自分だから、ポプラに勝つことはできない。
これまで自分がごまかしてきて、ずっと積み挙がっていた歪みが、この試合で形となって露わになっている。
だけど、そんな追い込まれている状況なのに、ユウリは無意識でつぶやいた。
「……たどりつかなきゃ」
たどりつく。いったいどこに……?
「あの瞬間に、たどり着かなかきゃ……」
胸が焼かれるような興奮。忘れられない光景。
初めてのポケモンバトル。最強の名を冠するリザードンとの試合。
そうだ、自分はあの時間をもう一度再現したい。
だから、そうなってくれれば、他はどうだってよくて……。
ユウリは、背筋が凍った。
なんで、自分は今、そんなことを考えている?
「あははは……ばかみたい」
ユウリは、笑った。その場で手を叩いて、腹の底から笑い飛ばしたくなった。
「ねえ、ポプラさん……」
試合中だというのに、ポプラはトゲキッスに行動をさせず、ユウリの言葉をじっと聞いていた。
「────わたしって、頭がおかしいんですかね?」
ユウリは、気が付いてしまった。
間違った方向に進んでいると突きつけられたのに、それでも、その間違った方向へ進もうとしている。
これを、頭がおかしいと言わず、なんというのだろう。
「わかっちゃったんです。わたしは、異常者なんです……」
自分はずっと、あの瞬間にたどりつきたくて、手を伸ばしている。
だから、ポプラの言葉も、歪んでいる自分自身も、全部どうでもいいと思ってしまっている。
「わたしは夢がなかったんです。頑張って色々見つけようとしたんですけど、だめだったんです」
子どもの頃から、ユウリは夢のない女の子だった。
だから、自分はそういう人間なんだと思っていた。
毎日が空虚で、それを必死にごまかしたかったから、好物のカレー作りを勤しんでいた。
けれど毎晩寝るたびに、空虚な気持ちになって、自分の生きている実感が消えうせる。
それがたまらなく苦しかった。
「昔からずっとそうだったんです。生きていないけれど、死んでいない、そんな状態だったんです」
だからあの日、カービィと初めて試合をして、ポケモンバトルの楽しさを知り、ユウリの人生は変わった。
「空虚な気持ちを埋め合わせるために、わたしはポケモンバトルをしているんです。そうしないと、わたしの心はいつか死んじゃいそうだから」
自分は空っぽで滑稽な人形だ。
もういっそのこと、誰かが自分の身体を乗っ取ってくれた方がいいと思うくらい。
「……けど、もう疲れちゃったかも」
試合途中だというのに、ユウリは、その場で座り込んだ。
「サイテーだ、わたし。こんな理由でジムチャレンジに参加して……」
そのまま、ごろんと、コートに寝転がる。
「ここまで冒険してきたのに、わたしの手元には何もない……」
ユウリは、もう試合を続行する気力はなかった。
ただただ、自己嫌悪の海で溺れていた。
自分の本当の姿に気が付いてしまって、その姿が到底受け入れられないほど歪んでいるから。
「そうだよね、だってわたしは空っぽだもの。空っぽだから、なにも手にすることはできないの」
ユウリは嘲笑った。
ただ自分の空虚さを消したいだけ。その依存先としてポケモンバトルを選んだことを。
そんな自分の愚かさを。
そしてユウリはこう吐き捨てた。
ここまでの冒険の何もかもは、すべて無価値で、無意味なものだ。
だから、ユウリは起き上がれなくなった。
もう起き上がるつもりもなかった。
するとだんだん、視界がぼやけてくる。
きっと心も体も深く疲弊しているせいだ。
ユウリのめのまえがまっくらになった────。
ぽてぽて、と歩く音がする。
聞き馴染みのある、足音だ。
「ゆうり」
いつもよく聞く、可愛らしい声。
「ゆうり!!」
思わずユウリは「どうしたの、お腹が空いたの?」と言いかけた。
今は試合中なのに。どうしてそう口を開きかけたのだろうか。
ユウリは目を開いて、体を起こした。
目の前には、まるっこいピンクボールの体。
カービィはつぶらな瞳で、ユウリを見ている。
ユウリは、どう言葉として表現すればいいのか、わからなかった。
その瞳の色はうつされたものは、勝負を放棄した自分への失望でも、落胆でもない。
歪みを抱えた自分に対する、嫌悪や恐れでもない。
ただただ、カービィはいつもと変わらない様子で、ユウリを呼びかけていた。
そういえば、とユウリは思った。
これまでの旅は、ポプラの言う通り、本当にひとりぼっちの孤独だったのだろうか?
その時だった。
崩れかけていたユウリの心に、別の感情があふれだした。