もしもカービィがポケモン剣盾の世界に転移したとする 作:東雲るぅ
ユウリは困惑していた。なぜなら────。
「……ユウリ選手、あなたのことをずっと待っていました」
スタジアムの外を出た途端、ひとりの少年がこちらへ近づいてくる。少年は、まるで幽鬼のようにほの暗い雰囲気をまとっていた。
「えーっと」
「忘れられるものか……あなたに与えられた屈辱を、あなたのポケモンに刻まれた絶望を」
ユウリは首をかしげた。
なにかとんでもない因縁をつけられているようだが、あいにくこちらは身に覚えがない。
「ごめん……人違いだと思うよ? 君のこと全然わかんないや」
「っ!! ああそうでしょうね、あなたからすれば取るに足らない凡骨にすぎないのでしょう」
「ぼ、ぼんこつ?」
親の仇のような目で、こちらを睨みつけてくるので、ますます困惑するしかない。
(もしかして、この人、俗にいうアンチってやつ!?)
あまり自覚はないが、どうやら自分は結構有名人らしい。
有名人にはアンチはつきものだというし……ということはこの少年は自分の……もしくはカービィのアンチということか?
そうでなければ、少年が向けてくる異様なヘイトに説明がつかない。
「……僕はビート。第一鉱山でそのまんまるピンクに無残に敗北した負け犬。ええ、あなたにとってみれば、有象無象なのでしょうね」
そこでようやくユウリは思い出した。
そういえば、やたら偉そうな態度でこちらを見下してきたトレーナーと勝負したような。
カービィが強すぎて、相手に申し訳ないと思った記憶がある。
「僕は特別なんだ……僕は委員長に推薦されたんだ……だからお前たちに負けたなんてありえないんだ……」
ぶつぶつと呪文のように唱えたあと、ビートはこう言い放った。
「認めない。お前たちに負けたなんて、認めない」
ビートは敵意を向けながら、手に持っていたモンスターボールを投げた。
「ガラルポニータ! 今度こそ僕が特別であることを示せ!」
ビートはガラルポニータに指示を出し、攻撃を繰り出す。
「ちょ、ちょっと待って! 危ない! カービィ、よけて」
「ぷいっ」
ガラルポニータは、ユウリの隣にいたカービィに向けてふみつけを放つ。
カービィは後退し、攻撃を回避した。
「落ち着いてね。えっと、ビート君!? いきなり攻撃をしかけるのは反則だよ」
ユウリがどうにか宥めようとするが、それがかえって相手に逆燐に触れたらしい。
「うるさい、うるさい。カービィ、カービィ、カービィ。みんながあなたと、あなたのポケモンを賞賛する! 虫唾が走って仕方がない!」
それからビートは嘲笑を浮かべた。
「たしかにあなたのそのポケモンは特別な存在なのでしょう……。
それは認めざるを得ません。
けれど、あなた自身はたまたまカービィを手に入れただけで、所詮はカービィの強さにあやかっているコイキングのフン!
本来であれば、僕より格下なのですよ」
ひどい言いようだ。
しかしユウリは、冷静に聞いていた。
だってその暴言は、ユウリを傷つけるというより、何か必死にごまかそうとしているように思えたから。
(それにまあ、反論できない事実だし……)
ビートの襲撃に、カービィはユウリに目配せしながら、戦いの構えをとっている。
「……カービィ、いいよ」
ユウリは落ち着き払った声音でそう伝え、カービィを引き下がらせる。
それからビートにこう提案した。
「カービィ抜きのわたしと君が勝負したら、君が勝つ……そう言っていたよね?」
「ええそうです」
「じゃあ、やろっか」
「は?」
ユウリは、にこやかに笑みを浮かべた。
「わたしは、カービィ以外の手持ちで君と勝負をする。それでいいよね?」
ビートは呆気にとらえた顔をしたあと、意気揚々とうなずく。
「あはは! いいでしょう! これでようやくどちらが上なのか見せつけることができる!」
ひどい暴言を吐き、こちらを嘲笑する態度。
はっきり言って相手にする義理はない。だが────。
(向こうから対戦を申し込んでくれる相手は久しぶりだからねー)
自分から勝負を仕掛けるトレーナーはここ最近、ほとんど遭遇していない。
というかユウリの方から申し込んだら、相手側がおこづかいを置いて、逃げていく始末。
悲しい現実である。
★
「エースバーン、かえんボール」
ユウリは淡々と命令した。
跳躍したエースバーンが、火の玉をサッカーボールのように蹴りつける。
対してテブリムは、エースバーンの俊敏さに対応しきれない。
そのまま高速で迫りくる火の玉を喰らい、テブリムは一撃で戦闘不能となった。
「……ばかな、ありえない」
ビートは呻き声をあげて、その場で崩れ落ちる。
うなだれたビートのすぐそばには、彼の相棒であるテブリムが無残な姿で気を失っていた。
「なんだか、こっち悪者のような気分になってきた……」
ユウリは、見事にテブリムを倒したエースバーンの頭をなでつつ、顔をしかめる。
試合の結果は、ユウリの勝利で終わった。
圧勝ともいえる試合内容だった。
お互いに手持ちは5体で勝負し、ユウリ側は1体のみ戦闘不能で済んだ。
ちなみに試合中、カービィは手持ちぶさたなので、ベンチに座らせて、近くの売店の「トマトダブルチーズバーガー」を与えれば、すなおに観戦してくれた。
「な、なぜ? カービィのいないあなたなんて、取るに足らない存在のはずだ!!」
「そういえばビート君って何個バッジ持っていたんだっけ?」
「……まだサイトウジムリーダーのところで止まっていますよ」
そういうことか、とユウリは合点がいった。
「君はまだポプラさんを攻略していないんだね……」
このビートという少年はバッジをまだ3つしか集めていないのか。
「ごめんね、君も悪くいうつもりはないんだけど、その……」
ユウリは気まずさで目をそらした。
「はっきり言って、君のポケモンより、わたしのポケモンの方が強いから……」
もしユウリが3つ目のバッジを所持している時点で、今のビートと戦えば、負けていた可能性はある。
それにユウリは、手抜かりなく手持ちポケモンの育成をおこなっている。
たとえカービィなしの実力でも、苦戦しつつもポプラは突破できていたに違いない。
「は、あはは」
ビートは壊れたラジオのように、かすれた笑い声をあげる。
「色々事情があるみたいだけど……次の街にいかなくちゃいけないから、それじゃあ頑張ってね」
ユウリはなにか声をかけてあげるべきではないか、と思った。
だけど、どう話しかけてあげればいいか分からない。そもそも励ましても、相手を余計に怒らせるだけだろう。
ビートから離れたユウリは、ベンチで観戦していたカービィへ歩み寄る。
「うわっ、カービィ、口にトマトの汁がついているよ!」
「ぱや?」
「ほら、拭いてあげるから」
「ゆうり!」
ちらり、とユウリが振り返ると、その場にはすでにビートの姿はなかった。
(あの子、どこかに行っちゃったみたい……本当にこれでよかったのかな?)
後味の悪さを感じた。
けれど、自分にはどうしようもできないと思って、迷いを振り切った。
「いこっか、次の街に」
「はぁーい!」
「今晩は一緒に大盛カレーを食べようね。……そうすれば、ちょっとは気分が晴れるかな?」
★
逃げ出すようにビートは、その場から走っていた。
みっともなかった。
恥ずかしかった。
認められなかった。
やがて息をついたビートは、道端でしゃがみこんだ。
「あはは」
笑いがこらえきれなかった。
「わかっていました。わかっていましたよ」
それは、自分の愚かさに対する嘲笑だった。
「僕は特別なんかじゃない……」
いや、ずっと以前から自分は理解していたのだ。
鉱山であのユウリが繰り出すカービィに敗北した時から。
だけどそれを必死にごまかそうとして、だから今まであんなにユウリたちを否定してきた。
「けど、もう認めるしかないじゃないですか……」
心がぽきりと折れた。
自分は特別でもない。
ただそう思い込んでいただけの、世間知らずのガキだったのだ。
ビートはバッグから、一枚の用紙を取り出す。
それはローズ委員長が直筆の、ジムチャレンジの推薦状だ。
ビートにとって、かけがえのない宝物である。
だが今や、その宝物が紙くずにしか見えないのはどうしてだろう。
「クソッ、こんなものっ!」
ビートは推薦状をぐしゃぐしゃにして、放り投げた。
推薦状を破棄するということは、ジムチャレンジを辞退するのと同義。
もはやビートは、ジム攻略を進める気力も、チャンピオンの座に就く夢さえも、なくなってしまった。
「後継者を探して、ふらふらしていたら、とんでもない逸材を見つけたねぇ……」
ビートは振り返る。
背後に杖をついた老婆がいた。
老婆は、シニカルな笑みを作った。
「あなたはポプラジムリーダー……」
「おやおや、若者に人気ってのは辛いねぇ」
「ええ、屈指の変人だという意味で、知名度は高いですがね」
「……冗談さ、真に受けるんじゃないよ」
突然ポプラはビートに近づき、ぺたぺたと体に触れた。
なんだこのセクハラババアは、とビートは不快感で眉をひそめる。
「ふんふん、いいねぇ、まさしくピンク色だ! 歪んでいるが、まっすぐさもある……ただ、今は歪みの方が大きくなっているがちぃっと気にかかるね」
「なんなんですか離れてください。人を触る趣味でもあるのですか?」
「合格だよ」
「は?」
「あたしの弟子になりな」
ポプラの言動に、ビートは困り果てるしかなかった。
「けど、その前に、あんたのことを知りたい。今のあんたについて話してくれないかい?」
「別にあなたに話す義理はない」
「そうかもね、けど、そのままあんた1人で抱えていたら、潰れてしまうんじゃないかい? あたしにはそう見えるけどね」
「……」
それからビートは、洗いざらいポプラに話した。
自分が味わった絶望と挫折を。
誰かに話せば、少しはスッキリできるかもしれないと思ったのだ。
「なるほどね、あのカービィっていうポケモンが怖いんだね」
「怖くありません」
「正直になりな。あんたがあいつについて話すたびに、声が震えて、目の焦点があっていないよ」
「あんなプリンもどきなんて……」
ビートの話を聞いたポプラは、予想だにしないことを口にする。
「あたしも怖かったさ」
「へ?」
「あのカービィってやつを一目見た時、ついこう思ったんだ。『この化け物をどう倒せる?』ってね」
「なんですって!?」
ビートにとって、予想外の言葉だった。
ガラルの現ジムリーダーで最も年長者であり、歴代でもジムリーダーの勤続年数が最長と呼ばれる、ポプラがそう言ったのだから。
「だからね、あたしはユウリ選手を揺さぶって隙を作った。それしか勝機はなかったんだ。それに、まだあのまん丸ピンクは本気を出していない」
「本気を出していない……?」
耳を疑うような話だ。もしそれが事実なら、救いようがないほどに絶望的だ。
「……すぐに分かったよ。カービィの方が、ユウリ選手の指示にあわせて動いているんだよ」
ポプラは真剣に語る。
「きっとあのまん丸ピンクは、あの子のポケモンであろうとしているだろうね。それが却って、自分を抑えつけて、弱くなっているのは皮肉というべきか……」
「ふ、あの悪魔のようなプリンもどきがそれほどまでに強いのでしょう? なら、大人しく僕は夢を諦めた方がいい。どうせ勝てないのだから」
ポプラと話して、ビートは余計に馬鹿らしくなってきた。
自分がチャンピオンになるなんて、はなから無理だったのだ。
「本当にそれでいいのかい?」
「……」
「あんたはチャンピオンになって、ローズ委員長に認められたいんだろう?」
諦めよう。
そう口にしようとしたところで、ビートは口をつぐむ。
どうしてだろう。
なぜ、その一言が出てこないのだろう。
いや……。
絶望に覆われたはずの、自分の心にふつふつと沸き上がるものがある。
「終わってたまるものですか……」
これはそう、悔しさだ。
自分は今、あのユウリというトレーナーに敗れて、カービィという存在に絶望して、ひどく悔しがっている。
「まだ、僕は負けてはいない」
くしゃくしゃにして路上に投げ捨てた推薦状を拾い上げ、ビートはよろよろと立ち上がる。
そんなビートに対して、ポプラはこう告げた。
「あたしの弟子になるつもりは?」
「いいえ、あなたの手を借りるつもりはありません」
「……そうかい」
「チャンピオンカップへの挑戦権はある。まだ希望はあります。なら、強くなるしかない」
ビートの瞳は、さきほどのように暗く淀んではいなかった。
暗い瞳の中に静かに炎が燃え盛っている。
「強くなって、来るべきチャンピオンカップで、僕がユウリ選手とカービィをくだします」
その宣告を聞いたポプラは、杖を突きながら、踵をかえした。
「旅には気をつけな」
ビートは思う。
ポプラの提案を受け入れて、弟子となっていたら、自分はどうなっていただろう?
ゆくゆくは実力を伸ばし、アラベスクのジムリーダーの座を受け継ぐ……なんて未来もありえたかもしれない。
そっちのほうが自分にとって正しい選択なのかもしれない。
だが自分は違う道を選んだ。
1人で強くなると覚悟をきめたのだ。
ビートはふと、前を向く。
そこには幻影がいた。
自分にとっての絶望の象徴。
あの恐るべき
手が震えた。足がすくんだ。喉がしめつけられた。
けれど────。
「……今に見てなさい。かならず、あなたたちを倒してみせます」
一歩踏み出して、歩いた。
その歩みを決して止めることはなかった。
ビート君、フェアリー堕ちルート入らず、別ルートへ分岐。はたしてユウリ&カービィを倒せるか?
今回でアラベスクタウンのエピソードはおしまいです。次の町へさっさと進みます。