もしもカービィがポケモン剣盾の世界に転移したとする 作:東雲るぅ
『ユウリは、将来、何になりたい?』
それは、幼い頃のユウリの記憶だ。
5歳の頃、ユウリは母にそう尋ねられた。
母にとってみれば、ただの話の種のひとつだろう。
自分は何になりたい?
その問いかけに、みんなは口々にこう答える。
僕はチャンピオントレーナーになりたい。
私はポケモンブリーダーになりたい。
研究員になりたい。医者になりたい。看護師になりたい。料理屋さんになりたい。
この世の中には「ポケモンマスター」などという、漠然とした存在に憧れる少年だって、どこかにいる。
誰しも、こうなりたい、ああなりたい、という自分の夢を抱く。
しかしユウリは、生まれてこの方、なにかを夢見たことがなかった。
「オレは、いつかアニキを超えて、最強のポケモントレーナーになるんだ!」
ユウリには、幼馴染がいる。
幼馴染の名はホップという。
ホップは、いつも夢を抱いていた。「最強のポケモントレーナーになる」という途方もない夢を。
彼は、本気で叶えようとしている。
ユウリは思った。
自分は夢がない。だからこの幼馴染がまぶしい。
自分もそうなりたい。けれどなれないから、もどかしい。
だから幼馴染として、彼が夢を叶える姿を見守って、自分を無理やり納得させようとした。
しかし最近、少しだけこう思い直す。
本当にそれでいいのだろうか?
★
「え、え……ダンデさん、今、なんて言いましたか?」
ユウリは、信じられなかった。
聞き間違いだろうか。戦ってほしい?
あのチャンピオンダンデが、ガラル最強のポケモントレーナーが、初心者トレーナーの自分になんと言った?
「君のポケモン……カービィと、戦わせてほしい」
ダンデの視線は、鋭くなる。
そのつらぬくような視線の先には、のほほんと寝転がっているカービィがいる。
そう、初めてカービィと遭遇した時、ダンデは一目でカービィの強さを見抜いていた。そしてその時からダンデは、ずっとカービィとバトルしたかったのだろう。
「冗談ですよね?」
「冗談じゃないさ。君のカービィと矛を交えたい。心の底からそう望んでいる」
その言葉から、決して冗談ではないと伝わってくる。
「初めて君のカービィを目にしたとき、肌で感じたよ。『こいつは今まで出会ったポケモンの中で一番強い』とね。あの時、君にバトルを申しこみたい衝動に駆られた。あそこで平静を保てたのは、自分でも驚いているぐらいにな……」
ダンデの豹変に、ホップは戸惑っている。いや、この場にいる全員だ。
ただしカービィを除いて……。
「ア、アニキ……どうしちまったんだよ。いったん落ち着こうぜ」
「落ち着いてられるか、ホップ。……俺はずっと待ち焦がれていた」
「アニキ……」
「俺はいまワクワクしている。こんな気持ちになったのは、いつ以来だろうか? 何年ぶりだろうか? 戦ってみたい、と純粋に思ったのは……」
ユウリは、いつもテレビの中継で、ダンデの試合を見る。
常に絶対王者であり続けたその姿。それはきっと、孤高であり孤独。
かつてあったチャレンジャーとしての情熱は、ずっと失われていたのだろう。
それが、カービィという強敵が現れ、ダンデの中にある情熱がふたたび戻ろうとしているのだろうか。
「いっぺん落ち着きなさい。ダンデ君が三度の飯よりポケモンバトルが好きなのは、嫌というほど知っているんだから」
「止めるな、ソニア」
「止めるわよ。大人げないわ」
「いや……大人げないというのは分かっている。だが、それでも俺はカービィとポケモンバトルをしたい」
それは、チャンピオンダンデではなく、ポケモントレーナーであるダンデの思いだった。
「はぁ……ダンデ君ったら、むかしっから何も変わっていないのね。ほんとうにバトル馬鹿……」
そんな幼馴染同士のやりとりに、マグノリア博士はため息をつく。
「ここのバトルコートは狭いわ。裏手にあるコートを使いなさい。あそこなら、貴方のリザードンが暴れても問題ないでしょう」
ダンデとユウリ。お互いの視線がかちり、とぶつかり合う。
──目と目があったトレーナー同士は、ポケモンバトルをおこなう。
これは、この世界において暗黙の了解だ。
「今からおこなうのは、1on1のポケモンバトル! 君の持つカービィと、俺の最強のリザードン。トレーナーの卵である君が、頂にいるこのチャンピオンダンデに、はたしてどれだけ到達しうるのか?」
「君の可能性を、君の未来を、ここで見せてくれないか」
ユウリは、ごくりと唾をのんだ。
正気の沙汰ではない。
ユウリは、つい数日前に、自分のポケモンを持ったばかり。
そんな新米トレーナーが、ガラルの頂点であるダンデと本気の試合をするのだ。
緊張。恐怖。困惑。
様々な感情が沸き上がって、ユウリの心は圧倒される。
断ろう、と思った。
そしてその思いが口からこぼれかける寸前、愛嬌のある声が聞こえた。
「ぽよ!」
ぽよんぽよん、と跳ねるピンクの体。
カービィが、ユウリの元へやってくる。
「カービィ」
ユウリの中にあった、負の感情はだんだんと消えていく。
そしてユウリの胸によぎったのは、ある感情。
あのまどろみの森の奥で、カービィが自分を守ってくれた時の、安堵感。
そして、森の中でおこなわれたバトル。それを観戦した自分が感じた、高揚感。
あの瞬間、味わった高揚感。
あれをもう一度感じられたら、何がおこるのだろう?
夢がない。つまらない自分。そこから何かが変わるかもしれない。そんな期待。
「カービィ、お願いがあるの……わたしと一緒に戦ってくれない?」
ユウリは、カービィの前でかがみこむ。
しかし身長差から、どうしてもカービィを見下ろす形になってしまう。
「きみはすごく強い。そしてわたしは全然弱い。わたしはきみと釣り合わない。こんなことをきみにお願いするのは、身勝手だってわかっているの」
カービィは、ぼやっとした表情をしている。
何を考えているのかさっぱりだ。
もしかしたら彼は、自分を取るに足らない存在だと思っているかもしれない。
「きみはまどろみの森でわたしとホップを守ってくれた。今度は、あの時見せた力を、わたしのために貸してくれない?」
ユウリは、心の中で自嘲した。
カービィには、自分よりダンデのような強い人がふさわしい。あるいはホップのような、夢を持つ人がいいだろう。
自分のような、夢がない、空っぽな人間はふさわしくない。
「……そういえば、ずっとこの言葉を言っていなかったね」
だから、今から告げる言葉は、あまりにも傲慢だ。
「わたしのポケモンになってくれない?」
ユウリは、カービィに手を差し出した。
★
カービィは、どう答えるべきか、わずかに迷う。
「迷う」なんて、カービィにはあまりない。
迷う暇があれば、即決即断なのだ。
たとえ仲間が敵に洗脳されても、カービィならば容赦なくブチのめすだろう。
……というか過去に、数回、それを躊躇いなく実行している。
異世界に飛ばされて、カービィは、この世界の新しい文化に触れた。
人とポケモン。このふたつが共存した世界。
そして人間であるトレーナーと、ポケモンが一蓮托生となり、バトルする。
ユウリは、懇願している。
自分のポケモンとなってほしいと。そしてポケモンバトルに参加してほしいと。
カービィは、さしだされたユウリの手を、じっと見つめる。
「ぽよ!」
カービィは、短いまん丸の手で、勢いよくユウリの手を掴んだ。
「カービィ? ほんとうに良いの?」
「うい!」
カービィとユウリは出会って、まだ少ししか経っていない。
だが、カービィにはどうでもいいことだ。
自分に美味しいご飯を食べさせてくれた。
一緒にベンチ座って、カフェの飲み物を飲んだ。
理由なんて、いくらでも挙げられる。
そう、カービィにとって、ユウリはすでにトモダチなのだ。
カービィは、トモダチの頼みは断らない!
「か、か、カービィ!!」
感激したのか、ユウリはカービィを抱きしめる。ぎゅっと強く、もう決して離すまいと。
「ぽよぉ、ぷい……」
カービィはじたばたするが、ユウリが満足するまで、とうぶん解放されることはなかった……。
★
研究所の裏手にある、バトルコート。
それは、ダブルバトル専用のコートだ。
スタジアムのコートより面積はずっと狭いが、一般的な規定で定められているバトルコートより広い。
なにより人目がつかない場所なので、派手に暴れても騒ぎにならないのだ。
コートの右端に立ったのは、ユウリとカービィ。
一方、コートの左端に立ったのは、ダンデとリザードンだ。
コートから少し離れた位置で、ホップとソニア、マグノリア博士がいる。
「アニキ……ほんとうに、本気でユウリと戦うつもりかよ」
「ええ、ダンデ君はポケモンバトルに関しては頑固というか……絶対に手を抜かないわ。よほどカービィと戦いたんでしょう」
「けどアニキのマジを間近で見れるなんて、わくわくしてきたぞ」
「ホップ君ってほんとうにダンデ君のことが好きなのね……」
「ソニア、この戦いをよく見ておきなさい。未知の存在であるカービィを観察する、良い機会よ」
「はい、おばあさま。絶好のチャンスね! よく目を凝らしておくわ」
「よくわかっているじゃない」
そう言って、マグノリア博士はコートへ歩み寄る。今回のバトルではマグノリア博士が審判をつとめるのだ。
(うわっ、どうしよう、心臓がバクバクしてる……)
ユウリは、緊張のあまりめまいがする。
「準備はできたかい?」
ダンデは、そう問いかけてくる。
(心の準備がぜんぜんできていないよ……)
ユウリの心臓の鼓動は、不安でますます激しくなる。
視界がぐるんぐるんとなっていき、このままでは倒れてしまいそうだ。
「ゆうり!」
自分の名前を呼ぶ声。
それは、カービィだった。
「えっ、カービィ、わたしの名前を……」
「ゆうり、ゆうり!」
カービィは、何度もユウリの名前を言う。
まるで、不安に駆られたユウリを励ますように。
ユウリは、驚く。自分の名前を呼んでくれたことに。
そしてこの小さなピンク玉が、なによりも頼もしく感じる。
「よろしくお願いします」
だからユウリは、不安を振り切ることができた。
カービィとリザードンがコート内に入る。
両者が、左右それぞれの位置についたところで、審判であるマグノリア博士が合図を鋭く言い放つ。
「それでは、始めなさい!」
★
まず開始と共に、先手をうったのは、ダンデのリザードンだった。
「いけっ、<げんしのちから>だ!」
ダンデのかけ声と共に、リザードンの周囲に浮遊する岩石がいくつも現れ、射出される。
カービィに殺到する岩石群。まともに喰らえば、大ダメージだ。
ユウリは、冷や汗をかきながら、命令をだす。
「カービィ、ホバリングで回避して!」
カービィが風船のように体をふくらませて、上空をふよんふよんと飛び、回避する。
「カービィ、近づいて、接近戦をしかけるよ!」
「近寄らせるな、もう一度<げんしのちから>だ」
リザードンはもう一度<げんしのちから>をはなつ。
飛来する岩石。カービィは、くるりと空中で回転し、あざやかにこれを回避。
地面に着地すると同時に、すばしっこい走りで、あっという間にリザードンとの間合いを詰める。
「えい!」
それから、カービィとリザードンは格闘を繰り広げる。
小柄な体躯のカービィが、俊敏に動き回り、リザードンの死角から、攻撃をしかける。
リザードンは、手や足や、翼や尻尾を用いて、応戦。
この格闘勝負において、カービィは不利だった。
それはそうだ。カービィの手足は短く、殴る蹴るのリーチが全くないのだ。
一方リザードンは、尻尾を振り払って攻撃もできるし、いつでも距離を取って、技を放てる。
「リザードン、<エアスラッシュ>だ」
リザードンは<エアスラッシュ>を繰り出す。
リザードンの鋭利な爪によって、繰り出される斬撃。
カービィは、ジャンプしてエアスラッシュを回避する。だがそれは、大きな隙となる。
「いまだ。尻尾で叩きつけろ」
それを、ダンデが見逃すはずがなかった。
リザードンは尻尾を振るい、空中で無防備になったカービィを打ち払う。
ぽよんぽよん、とカービィは地面をリバウンドし、ふっとばされた。
「……うぅい」
幸い、カービィはたいしたダメージを受けていないようだ。
見た目に反して、カービィの体は頑丈なのだろうか。
「カービィ!!」
ユウリは思わず叫んだ。そして自分の判断ミスを責めた。
(……違う。これはカービィの戦い方じゃない。これじゃあ、カービィの力を引き出せない)
そこでユウリは、気が付いた。
カービィは、自分の指示に従っている。相手に対してどう立ち回るのか、それらはすべてトレーナーであるユウリに委ねられている。
「リザードン、たたみかけろ、<だいもんじ>!」
リザードンの口から放射された、質量をともなった巨大な炎の渦。
それがカービィに殺到する。
ユウリは思い出した。
そう、カービィは、なにかを吸い込み、その何かに応じて能力を得ていた。
「──カービィ、吸い込んで!!」
カービィは大きく口を開き、吸い込みをする。
<がんばり吸い込み>であれば、たとえリザードンのだいもんじでも飲み込むことができる。
炎の渦を吸い込んだカービィは、白い光に包まれて、姿を変える。
燃え盛る炎の冠を被った、カービィ。
ファイアカービィだ。
「それは君が言っていた、カービィの能力か……。面白い! その力のすべてを俺たちにぶつけてこい」
ダンデは、闘志に塗れた瞳で、カービィをにらむ。
「リザードン、<だいもんじ>!」
「カービィ、応戦して!」
リザードンのだいもんじが、もう一度迫りくる。
それに対して、カービィは、口から炎を吐いて、だいもんじを打ち消そうとする。
コート内でぶつかり合う、2つの炎。それが周囲の地面を黒く焦がし、熱波を生んだ。
ユウリは、襲いかかる熱波に思わず、目を閉じた。
ユウリは、新米トレーナーである。
だから、トレーナ―としての読み合いでは、ダンデに敵うはずがない。
数秒間、二つの炎は衝突し、お互いに打ち消し合った。
炎で覆い隠されていた視界が、開ける。
そこには、エネルギーをチャージしている、リザードンがいた。
「狙い撃て! <ソーラービーム>!」
ソーラービームは強力な草タイプのとくしゅわざ。
しかしデメリットとして、その場で硬直して、数秒間チャージしなければならない。
だからこそダンデは、戦術を組み立てた。
炎によって、ユウリたちから、ダンデのリザードンが見えなくなる。
その数秒間の間に、リザードンにソーラービームの準備を整えさせたのだ。
「ぱぎゅあっ」
リザードンの胸元。そこへ集まった緑のエネルギーの集合体。それが放出される。
「カービィ、なんとか頑張って!!」
ユウリは焦った末に、もうまったく命令とはいえない、ひどい無茶ぶりを言う。
うわ、無能すぎる、わたし。ユウリは心の中でそう自嘲する。
カービィは、避けることも、ガードもせず、ソーラービームに向かって、一直線に走る。
カービィは何をやっているのだろう。自滅するつもりか?
ユウリは、カービィの奇行に目を疑う。
一方ダンデは、もしかしたら、と予測を立てた。
カービィの体は、炎に包まれていく。そのまま火の玉と化したカービィはソーラービームに突撃する。
<バーニングアタック>を繰り出したカービィと、緑の光線は激突し、爆発を起こす。
周囲が黒煙に包まれ、ユウリとダンデにはどうなったのか分からない。
一拍置いたあと、その黒煙から、火の玉となったカービィがリザードンめがけて、突っ込む。
「リザードン、受け身を取れ!」
すかさず、ダンデは命令を飛ばす。
わざで反撃しようにも、回避しようにも、衝突までの数秒間では間に合わない。
その場で、攻撃を受け流し、最小のダメージでおさえるしかなかった。
「ぎゅああっ!」
バーニングアタックがリザードンに直撃。悲鳴を上げたリザードンであるが、こらえる。
カービィは<ひだるまスピン>で追撃しようとするが、翼を広げて、リザードンは後退する。
ダンデは、思考を回す。
(今のカービィは、おそらく……ほのおタイプ。カービィのわざは俺のリザードンにはこうかいまひとつだろう。そして逆に、カービィにソーラビームはこうかいまひとつだった……。あまりダメージを受けていないのがなにより証拠だ)
ダンデは、類まれの才覚と長年の戦いの経験から、戦闘中のポケモンを見れば、ひんしになるまでの残り体力を把握することができる。
(カービィの残り体力は9割。俺のリザードンも9割。カービィと俺のリザードンの体力の消耗具合は、ほぼ同じぐらい……)
ダンデは、カービィの分析を進めた。
(最初は、素早さに特化したポケモンだと思っていた。だがコイツは違う。攻撃力、防御力、体力、すべてにおいて並外れている)
この小さなピンクボールは、純粋な戦闘力において、ダンデのリザードンを上回っている。
しかしそれ以上に、ダンデは、カービィに対して得体の知れなさを感じている。
おそらくこいつの実力は、自分では読み取るに至らない。
こいつの神髄を、自分のリザードンでは、引き出すに至らない。
それでも、ダンデはこうも思う。
(……面白い。たとえどれほど強者でも、どんな存在であろうとも、俺と俺のポケモンたちがすべてを超えていくだけだ)
一方、外野は、
「なんだか、アニキ、いつもよりイキイキしているなぁ」
「何年ぶりかしら、あんな楽しそうなダンデ君を見るの」
「良いなぁ、ユウリのやつ……」
「ん、どうしてかしら?」
「アニキのリザードンとマジのバトルで張り合えて……あんな強いカービィが仲間で……ジムチャレンジに参加しないなんて、もったいねえよ」
「そうね……けど、それは結局、ユウリ次第なんじゃない?」
「うん、わかっているだけどさ……やっぱりユウリには参加してほしいんだ」
(ど、どうしよう。次は……どうすれば……)
ユウリはパニックになっていた。
それはそうだ。ユウリはポケモンバトルに関して、ほとんど初心者レベルだ。戦闘回数は10回にも満たない。
だから目の前で激しく展開される戦いに、どう指示を出せばいいのかわからなくて、途方に暮れている。
(これじゃあ……わたしはただ、強いカービィにすがっているみたいだ)
なにが、一緒に戦ってほしいだ。自分が情けなくなる。
(なんとかトレーナーとして役割を果たさないと、一緒に戦ってくれているカービィに顔向けできない……)
ユウリは、思い出した。あの森での戦い。
戦いの中で、カービィは様々な姿に変化した。
ファイアカービィでは、リザードンに決定的な一撃を与えられないだろう。そう狙うは『こうかばつぐん』なのだ。
そして、戦闘は展開されていく。
「リザードン。<げんしのちから>!」
ダンデの命令。リザードンはげんしのちからによって、岩石を飛ばしてくる。
ユウリは仮定を立てる。
今のカービィは、炎を身にまとっている。しかも炎の技を使っていることから、炎タイプであると考えた方がいい。
(<げんしのちから>は岩タイプの攻撃。ということは、今のカービィに、岩タイプの攻撃はこうかばつぐんになってしまう可能性がある。喰らったらまずいかも……)
考えろ。頭を絞って考えつくせ。
自分はトレーナーとして何ができる? カービィと共にどうやれば勝利をつかめる?
ユウリのバラバラだった思考が、少しずつ繋ぎ合わさり、ポケモントレーナーとしての思考に再構築されていく。
彼女の才能が、開花した瞬間だった。
「カービィ! 能力を捨てて!」
とっさの、ユウリの命令。カービィはファイア能力を解除。
迫りくる岩石群。
ユウリは迷いなく、言い放つ。
「吸いこんで!」
「ぽよ!」
カービィは口を開き、つっこんでくる岩石をすべて飲み込んだ。
そしてストーンカービィに変身。その直後、リザードンのだいもんじが襲いかかる。
「カービィ、石像に変身して、やり過ごす!」
「うい!」
カービィは、星マークがかたどられた四角のブロックに変化。星マークのブロックをだいもんじが焼き尽くす。しかし傷一つつくことはない。
そのまま元の姿に戻ったカービィは、ダンデのリザードンと距離を詰める。
「続けて放て! ソーラービーム!」
ダンデの指示。リザードンが、胸元に緑のエネルギーを集めだした。
カービィとリザードンは、距離が離れている。
リザードンが、ソーラービームをチャージして、放出するまでの時間は稼ぐことはできた。
「カービィ、もう一度、石像になって!」
放たれるソーラービーム。ストーンカービィは、またもや石像に変化した。
「M」のマークが入った帽子をかぶった、髭を生やした男の像。
何かのキャラクターだろうか。もしくはカービィの知り合いなのかもしれない。
ソーラービームは直撃するが、石像に変化したカービィには効かない。
「なに!」
ダンデは、ストーンカービィの鉄壁さに驚く。
それは当然だろう。
ストーンカービィの石像状態は、いわゆる無敵となるのだ。
その場から動けない代わりに、ほとんどの攻撃を無効化する。コピー能力ストーンの最も恐ろしい本領だ。
「空に飛び上がれ、リザードン!」
「逃がさないで、カービィ!!」
翼を広げて、空中へ飛翔するリザードン。
それを追従するように、カービィは大きくジャンプする。
跳躍しつつ、カービィは、右手に巨大な石の腕をまとまりつかせた。
<石ころアッパーカット>と呼ばれるそれは、生成した岩のこぶしでアッパーカットを繰り出す、対空用の技だ。
岩のこぶしが、リザードンを激しく打ち上げる。
リザードンは、ほのお、ひこう、の複合タイプ。
つまり岩タイプの攻撃では、通常の4倍のダメージをくらう。
「リザードン!!」
リザードンは、吹き飛ばされる。
(よし、うまくいった!)
その瞬間、ユウリが感じたのは、あの高揚感。
じわじわと自分の心に染みわたる、熱狂。
その時、ユウリは思った。
自分は、この興奮を何度も味わいたい。
(ポケモンバトルってこんなに面白いんだ……わたし、全然気づかなかった)
ユウリは自分の心に気が付いた。
もっとポケモンバトルがしたいと。そう心が叫んでいるのだ。
試合は佳境へ突入していた。
カービィの攻撃により、リザードンの体力は4割まで減った。そこへカービィが猛追する。
カービィはホバリングし、リザードンに迫る。
だが、リザードンはやすやすと追撃を許さない。
「リザードン、<エアスラッシュ>だ!」
ダンデのそう指示を出しつつ、右手でサインを出した。
リザードンは振り返って、ダンデのサインを確認した後、わざを繰り出そうとする。
右腕を大きく振り上げ、技を発動する動作を見せる。
大きな隙だ。
すばやくカービィの攻撃を差し込められるだろう。
「カービィ、攻撃して」と口にしかけたところで、ユウリの頭の中に、鋭い閃光が走る。
(あれ、なにかおかしい……)
1秒にも満たない、わずかな時間の切れ目。
この間、ユウリの思考はかつてないほど回転する。
(ダンデさんみたいなすごいトレーナーが、ここで安易に、何の仕掛けもなく反撃してくるのかな?)
不思議なことに、カービィとリザードンの姿が止まって見える。
この1秒で、まるで何分も長考しているかのように、ユウリは思考の海に溺れていく。
(リザードンは右腕を大きく振り上げている。あれっ、こんなに予備動作が隙だらけだっけ?)
それは集中力の極限。一般的にはゾーンと呼ばれる現象。
ごく一部のポケモントレーナーはごくまれに、これを体感するという。
研ぎ澄まされた思考により、わずかな時間がまるで永遠に引き延ばされたかのように錯覚する。
(ううん、違う。リザードンの攻撃はもっと無駄がなく洗練されていた。これはわざとだ。わざと、隙をつくっているんだ……じゃあ、どうして、何が狙い?)
ユウリは、ポケモンバトルの才能があった。
しかしそれは、彼女の奥深くに眠っていて、まだこのはじまりの町で発露するものではなかった。
(尻尾? ……そっか、リザードンは尻尾で攻撃できる。まずエアスラッシュを繰り出すと見せかけて、リザードンの右腕にわたしたちの注意を向けさせる。それから、リザードンから見て、左側から尻尾をつかって、不意打ち!)
本来の世界戦ならば、ユウリはホップからしつこく勧誘されて、流されるままにジムチャレンジに参加する。
そこで、他の同期たちと切磋琢磨し、自然な成長曲線を描き、順当に才能を開花させていくはずだった。
しかしカービィとの出会いが、彼女の運命を分岐させてしまった。
(尻尾で不意打ちして、カービィを地面にたたき落とす。そして空中でチャージしてからソーラビームを放つ。カービィが落下する数秒間でチャージして放出ってところかな? 今のカービィにくさタイプはこうかばつぐんだと思うから)
本来ならば、ダンデは、ユウリが一番最後に戦う最強のポケモントレーナーだった。
この段階で、戦う相手ではないはずである。
しかしどういうわけか、こうやってユウリとダンデは戦っている。
繰り出された相手ポケモンは、ガラルリーグ史上最強のポケモンと呼ばれるリザードン。そしてユウリが繰り出すのは、別宇宙最強の戦士。
非公式戦とはいえ、ガラル地方のポケモンバトルにおいて、これは、まぎれもなく最高レベルの試合だ。
これにより、ユウリの中に眠っていた才能が刺激を受け、そのポテンシャルを引き出されるのはもはや必然だった。
(そういえば、直前に、ダンデさんが何か手でサインのようなものを作っていた。それをリザードンが一瞬振り向いて、確認していたような。たぶん、絶対にそうだ)
それは遅かれ早かれ覚醒してしまう、ポケモントレーナーの才能だ。
彼女はきっと世界から望まれている。
この物語の主人公はお前だ、と。
(だから、カービィに指示すべきことは……)
ユウリは、指示を下す。
「カービィ、
リザードンの尻尾払い攻撃が、右側から迫る。だが、直前にカービィは左へ動き、尻尾こうげきはかすっただけだった。
「なっ! リザードン、急いで距離を──」
ダンデの指示が届く前に、カービィの石ころアッパーカットがリザードンを打ち抜く。
態勢を崩したリザードンは墜落した。
「とどめをきめて、カービィ」
「ぽよ」
カービィは石像に姿をかえて落下し、リザードンを押しつぶす。無防備となったリザードンにとどめを刺した。
リザードンは、戦闘不能になった。
バトルコートは静寂に包まれる。
誰も、何も言えなかった。
ソニアも、ホップも。マグノリア博士も。敗北したダンデも。勝者となったユウリも。
なぜなら、それはありえないことだから。
きっと、ガラルのポケモントレーナーならば、この光景を信じられないだろう。
あのダンデが、あのチャンピオンダンデ最強のリザードンが、何の実績もない無名の新人に敗れた。
その沈黙を破るように、カービィがバトルコートの中央に立つ。
それから、ぴょんぴょん、と見事な振り付けでダンスを披露する。
左右にサイドステップ。それからブレイクダンス。最後にムーンウォーク。まるでプロダンサーのように華麗に踊りだ。
己の勝利を、喜びを、体をつかって表現しているらしい。
(すごく上手い、カービィってこんなこともできるんだ……)
ユウリは微笑ましくなって、カービィに近寄る。
そして手のひらをカービィに向ける。カービィも丸い手を差し出す。
「やったね」
「ぽよ」
ふたりは、おたがいにハイタッチをした。
勝利の余韻から冷めたユウリは、ふと疑問に思った。
(そういえば、さっきのあれってなんだったんだろうか)
ユウリが、試合中に体感したゾーンのことを思い返す。
だがそれ以上は考えを深められなかった。
なぜなら、冷静になったユウリが、今自分の置かれている立場を理解してしまったからだ。
(……ちょっと待って、非公式戦とはいえ、ダンデさんにバトルで勝っちゃった。わたし、とんでもないことをやっちゃったんじゃ……)
これで「ジムチャレンジに参加しません」とは言ってしまったのだから、なんというか、ダンデやホップに対して失礼なように思えてしまう。
ダンデはひとりごとのようにつぶやいた。
「これほどのポケモンを引き連れ、たしかな才覚を持ちながら、君はガラルの頂を目指さないのか? 本当に……もったいない」
カービィという、最強の存在。
そしてユウリという、才能の芽を出した超新星。
それが、ガラルの頂点を競うチャンピオンリーグに現れることはない。
ダンデにとってみれば、目の前で金塊がドブに捨てられていくようなものである。
「まさか、まさか、この俺のリザードンが破られるとは……。全力だった。相手が子供だとしても、新米トレーナーだとしても、全力だった。それでも……俺は敗れた。俺は届かなかった」
それは、チャンピオンダンデではない……ダンデという一人のポケモントレーナーの心の声。
ユウリは、臆せずに言う。
「きっと1on1のバトルでなかったら、わたしは負けていました。だって、わたしは3体しか手持ちがいないし、そのうち2体もダンデさんのポケモンよりずっと弱いです」
「関係ないよ。俺が持ちかけた1on1のバトル。俺はそれに、敗れた。俺の最強のリザードンが敗れた。その事実が何よりなんだ」
ユウリは、意を決して、告げる。
「ダンデさん、お願いがあります」
「なんだい?」
「……わたしに推薦状をください」
「え……」
ユウリは、自分の胸に当てて、今の感情を確かめた。
「わたし、いま、すごく嬉しい。ダンデさんと戦って、ダンデさんに勝つことができて」
喜びが、自分の胸の中に広がっている。
それは勝利の喜び。たしかな達成感。ユウリはこれを味わいたかった。
たしかに、ジムチャレンジという、自分の知らない世界に飛び込むのが怖い。
けれど、恐怖以上に参加したい意欲が上回った。
「ジムチャレンジに参加して、もっとポケモンバトルがしたいです」
ジムチャレンジに参加すれば、より多くのトレーナーと、より強いトレーナーと、より激しく戦うことになるだろう。
ユウリはそれを望む。
ポケモンバトルをやりたい、と。
きっと戦うたびに、勝利するたびに、喜びという名の美酒を味わえるだろうから。
ユウリの宣言に、ダンデは目を大きく見開いた。
「ふふふ……ふふははははは!!」
子供のような笑い声。それはダンデのものだった。
ダンデは無邪気な笑みを浮かべる。まるで最高のおもちゃ箱を見つけた子供みたいな、そんな。
「俺はどうやら狭い世界でずっと生きてきたらしい。なにが『ガラルの頂』だ。なにが『最強』だ。俺はひどく驕っていた。俺はまだチャレンジャーに過ぎなかったんだ」
ダンデの瞳は少年のように透き通っていた。そして今にも沸騰しそうなほどの熱を宿している。
その瞳が、ユウリとカービィをとらえる。
「改めて名乗らせてもらおう。俺はポケモントレーナーのダンデ。チャンピオンリーグで君たちを待つ挑戦者だ。カービィ……ユウリ……」
「チャンピオンから直々にそんなことを言われても……困ります」
「ぷい」
「ふふ、楽しみにさせてもらう。君たちとバトルコートで相まみえるときが。……じゃあな、ホップ、ユウリ、二人の活躍を楽しみにしているぜ」
そう言って、ダンデはユウリに推薦状を手渡した。
それからマントをはためかせながら、ダンデはバトルコートを去る。
「話す時間すら惜しい。今すぐに鍛え直さねば」と言い残して。
その後、ユウリとホップは、ソニアに『ポケモン図鑑』をスマホロトムにインストールしてもらい、マグノリア博士から『ダイマックスバンド』を受け取った。
そうして推薦状を手に入れた二人は、晴れて正式なジムチャレンジャーとなった。
★
後にガラルのリーグ史において、長く語られることとなる。
片田舎の小さな町からとつじょ現れ、後に魔王と呼ばれる天才。
『絶対』である王者ダンデを超越した、『絶望』の魔王と呼ばれる少女。
そしてその相棒であるピンクの悪魔。
彼らはその圧倒的な実力により、対決するトレーナーをすべてなぎ倒していったという。
彼らの活躍は、一言でこう言い表される。
『魔王ユウリとピンクの悪魔が現れるとき、ガラル地方のトレーナーは恐怖におののく』