もしもカービィがポケモン剣盾の世界に転移したとする 作:東雲るぅ
────『レディースアンドジェントルメン! ごきげんよう、皆様。いよいよガラル地方の祭典、ジムチャレンジがはじまります!』
広大なスタジアムに、大勢の人間の声であふれている。
スタジアムの観客席は満席だ。なぜなら、この日、この場所で、ガラル地方最大の催しの開始が宣告されるのだから。
スタジアムの中心の芝生には、ジムチャレンジャーたちが整列している。
それぞれが、リーグ委員会から支給された白のユニフォームに着替え、誰もがこれから歩む栄光への道と試練に思いを馳せている。
その中に、ユニフォームに着替えたユウリの姿があった。背番号は312。
その隣には、カービィがいた。
(うう……ポケモンを隣に連れているのわたしだけだし、なんだか目立つなぁ)
カービィはモンスターボールに収納することができない。
開会式の直前、受付の事務員にそう伝えれば、あっさりとスタジアム内にカービィを同伴させてもいいと許可をもらったのだ。
こてん、とカービィはその場で座って、目を閉じた。
まずい、とユウリは思った。そして案の定、カービィはすぐに寝息を立てはじめる。
「お、起きてよ、カービィ」
ユウリは、かがみこんで、カービィをゆすって起こそうとする。
そうこうしているうちに、開会式は進行していく。
スタジアムの奥にある壇上には、スーツを着こなした浅黒い肌の男がマイクを片手に、言葉を発した。
ジムチャレンジを主催・運営を取り仕切る、ガラルポケモンリーグ委員会。その委員長であるローズだ。
『8人のジムリーダーを倒し、8つのジムバッジを集めた者が、栄光あるチャンピオンカップへの出場権を手に入れるのです!』
ローズの発言と共に、スタジアムの入り口から7人の人物が現れる。
彼らが、スタジアムの中心に進むと、観客席から熱狂の渦があふれかえる。
ターフタウンジムリーダー、くさタイプ使いのヤロー。
バウタウンジムリーダー、みずタイプ使いのルリナ。
エンジンシティジムリーダー、ほのおタイプ使いのカブ。
ラテラルタウンジムリーダー、かくとうタイプ使いのサイトウ。
アラベスクタウンジムリーダー、フェアリータイプ使いのポプラ。
キルクスタウンジムリーダー、こおりタイプ使いのメロン。
ナックルシティジムリーダー、ドラゴンタイプ使いのキバナ。
スパイクタウンジムリーダー、あくタイプ使いのネズを除き、ガラル地方のジムリーダーがここに集った。
ユウリは、ぼんやりと彼らの姿をながめていた。
(……なんだか、あれよあれよという間に始まっちゃったなぁ)
ここにいるジムチャレンジャーたちは、各々の目的と夢を掲げ、ガラルの頂であるチャンピオンの座を目指している。
だが、ユウリはというとただ「ポケモンバトルがたくさんしたい」という、なんとも単純な理由で参加している。
ユウリは、自分が場違いであると思った。
だが、その考えをすぐに振り払う。
そうだ、自分はダンデさんに、素質を認められたトレーナーなんだ。それに、自分が参加したことに、ホップは喜んでくれた。
もっとポケモン勝負がやりたい、と思ったのだ。
だから悩むことなんて何一つない。
それに……。
(どんどん強い人たちとバトルできるんだもん。楽しむしかないよね……)
ユウリは待ちきれない思いだった。
あのダンデとの試合の時に味わった感動を、これからいくども味わうのだろう。
ならば、このジムチャレンジに参加しない理由なんて、何一つない。
一刻も早くスタジアムから飛び出して、一番目のジムに赴きたい気分であった。
これからカービィと共に、このジムチャレンジを終わらせ、チャンピオンリーグへ出場権を手に入れる。
そしてチャンピオンリーグで、さらに激しい戦いに身を投じるのだ。
それこそが、ユウリの最も望んでいることだった。
★
ホップにとって、幼馴染のユウリは、昔から同じ時間を過ごしてきた人物だ。
同じ田舎町で育ち、同い年で、ご近所さん。
彼女を一言で言うなら、どこにでもいそうな、普通の女の子。
ポケモンスクールのクラスならば、2、3番目に可愛い……そんな女の子。
カレーが大好きで、自前の道具でキャンプをするのが得意な、そんな女の子だ。
ユウリが、ジムチャレンジに参加すると言った時、ホップはたいそう喜んだ。
きっとこれまでも、その関係は変わらない。
自分たちはお互いに、ポケモントレーナーとして切磋琢磨しあう関係になるはずだ。
これから旅の間で、何度もバトルし、実力を確かめ合う。そしてチャンピオンリーグでお互いのすべてをぶつけあうのだ。
そう、思っていた。
「おーい、ユウリ!」
開会式が終わった後、ユウリの後ろ姿を見かけたホップは駆け寄る。
他のチャレンジャーたちに交じって、ユウリと、手持ちポケモンであるカービィが、並んで歩いている。
──この後、よかったらポケモンバトルしようぜ! 腕試しだ!
そう、後ろから声をかけようとした。だが、その言葉は、喉元でひっかかった。
ホップの頭に浮かんだのは、ユウリとダンデの試合。
あの時の試合のすべてが、今も、ホップの脳裏に鮮明に焼きついている。
ユウリのカービィと、ダンデのリザードンの激闘。
そして、カービィが様々な能力を使い、リザードンを追い詰める。
戦闘不能になり、動かなくなったリザードン。
ホップの価値観が、根底から覆された瞬間だった。
ホップにとって、ダンデは憧れの存在だった。
そしてダンデのリザードンは、ホップにとって強さの象徴であった。
負けることなど、ありはしない。たとえ伝説ポケモン相手でも引けを取らないはずだ。
それが、ああもあっさりとカービィに敗れ去ったのだ。
幼少期から彼が抱いていた『絶対』であるはずの価値観は、壊れてしまった。
だから彼は、こう思った。思ってしまった。
(……あ、今のオレの手持ちじゃ、ユウリに敵うはずがない。アニキのリザードンよりずっと強いカービィに勝てるはずがないよな)
「どうしたの、ホップ、体調悪いの?」
ホップの存在に気づき、ユウリが振り返った。
きょとん、とユウリは不思議そうにホップを見つめてくる。
カービィも、そのつぶらな瞳で、ホップをとらえている。
「ああ……大丈夫だぞ。ちょっと緊張しちまったからな」
そうホップが返すと、ユウリはほほ笑んで「じゃあ、また明日」と背を向けて、カービィと歩き出した。
ホップは、錯覚した。
その背中が、すぐ近くのはずなのに、遠くに離れてしまっているように見える。
自分とユウリは対等なはずだった。
なのに、今のユウリは自分を追い抜いて、手を伸ばしても届かない場所に行ってしまったように思えた。
★
「ついに、はじまったか」
ダンデは、そうつぶやいた。
開会式が始まってから、ダンデは特等席からずっと眺めていた。
カービィとの試合の後、ダンデは自身のポケモンたちと鍛錬に明け暮れていた。
一分一秒でも惜しい。自分の元に現れた
そんな執念の炎を燃やしていた彼は、わざわざ時間を作って、この開会式に訪れたのには理由があった。
それは、カービィとユウリの出場をこの目で確かめるためである。
ダンデは、ユウリたちがジムチャレンジに参加したことを、狂おしいほど歓喜した。
ユウリとカービィはジムチャレンジを達成し、必ずやリーグに出場するだろう。
そしてほぼ間違いなく、リーグトーナメントを勝ち抜き、チャンピオンである自分のもとへたどり着くはずだ。
だがそれと同時に、ダンデは不安に襲われた。
推薦状をユウリに渡したが、もし彼女の気が変わり、参加を辞退するかもしれない。
そうなれば、カービィと戦う絶好の機会は失われてしまう。
それは、ダンデにとって最もあってはならないことである。
そんな思いに駆られたダンデは、時間を捻出し、開会式に足を運んだのだ。
もちろん、列に並ぶユウリを見つけ、安堵をし、カービィを目にし、今すぐに戦いたいと強く望んだ。
「ダンデ君。今年のジムチャレンジは君の弟くんが参加すると聞いたが……どうかね?」
開会式が終わってしばらく経ち、ダンデはスタジアムの外へ出ようとした。
そこへローズ委員長が現れる。ダンデはチャンピオンとして仮面を被り、彼に接する。
「ローズ委員長、ガラルに台風がやってきますよ」
「ああ、たしか来週辺りにカロス地方の方から……と、ニュースで報じられていたね」
「いいえ、そちらの方でありません」
いずれ台風がやってくる。
この数年間、ガラルリーグは、チャンピオンダンデという男が頂点に立ち、その絶対性は今まで揺らぐことはなかった。
だが、そんなくだらないものは、あのポケモン研究所の試合で脆く崩れ去った。
それは、孤高の王者だったダンデにとって、最も望んだことだった。
まだ、人々は知らない。
だが、いずれ人々はこの台風の存在を知る。
そしてこの台風は、ガラル全土を席捲するだろう。
「……委員長、突然で申し訳ないが、数か月間お暇をいただきたい」
「ほぉ君が……珍しいですね。どこか旅行にでも行くのかね?」
準備が必要だ。
今の自分では、たやすく敗れてしまうだろう。
もっと強くならなければならない。うかうかしても時間は待ってはくれないのだ。
「はい、これからカロス地方に赴きます。それからアローラ地方にも……リーグが始まるころには、戻ってきますよ」
たとえどれほど巨大な台風がやってきたとしても、吹き飛ばされぬ堅牢な玉座を築きあげればいいのだ。
最近、ダンデはよく胸騒ぎがする。
それはまだ駆け出しトレーナーだった頃に、ダンデの中にあった感情。
緊張、不安、喜び、期待、興奮、感動。
それはポケモンバトルへの情熱。
とっくの昔にダンデの中から失われていた、かつて心の中にあった炎。
その炎が今は着火し、ダンデにこう囁くのだ。
────
★
エンジンシティのスタジアムを出たユウリとカービィ。
ぽてぽてとユウリについて歩くカービィ。
ユウリは「カービィ」と名前を呼んだ。カービィは、ユウリの方を向いた。
「ごめんね」
ユウリの言葉に、カービィはわけが分からずキョトンとする。
「これからわたしはたくさんのポケモンたちと戦うことになる。そのたびに、君の力を借りることになる」
カービィは思う。
ユウリの話はあまりよく分からない。
ただ自分はこのガラルの地をめぐり、ポケモンバトルに身を投じることだけは分かる。
これまで幾度もなく、カービィは様々な世界を冒険し、つわものたちと戦った。
きっと今回も、同じようなことをするのだろう。
カービィはそれでもいいと思った。
なぜなら、あのポケモン研究所で『ユウリのポケモンになる』と約束したからである。
「ゆうり」
「カービィ?」
「はーい!」
自分は平気だよ、と伝えるように、カービィは元気な声を出した。
ユウリはそれを悟って、頬をほころばせた。
「ありがとう、本当にカービィが一緒にいてくれてよかった……」
「ぽよ」
「今日のカレーは10杯までおかわりしてもいいからね」
「うわぁい!!」
いずれ、プププランドの自分の家に帰らなければならない時が来るだろう。
だからそれまでの間、カービィはユウリのポケモンとして力を貸す。
そして彼女を、勝利に導くのだ。
★
「ん? ホップからだ……どうしたんだろう? ……『ポケッターを見てくれ!』……?」
スマホロトムを起動したユウリは、ホップからのメッセージに気づく。
ホップの言葉に従い、ユウリはポケッターを開く。
ポケッターとは、この世界において、利用人口が数億を超えるほど広く普及されているSNSである。
どうやら、今、ポケッターではある動画が出回っているらしい。
その動画の閲覧数は、投稿されてまだ数時間しか経過していないのに、いいねの数は、もうすでに10万以上に達している。
「……げ」
ユウリは、うめき声をあげた。
その動画は、あるものを撮影していた。
それはスボミーインのホテル内で、くるくると自慢のダンスを披露しているカービィの姿だった。
ユウリの預かり知らぬところで、なんだか大変なことになっているらしい。